「あぁ……あ……腕……私の……腕……」
『ヴモオオオ……』
ミノ……タウロス……
目の前には灰色の巨体。
顔は醜悪に歪みまるで自分の勝ちを確信したかのようだ。
それでも腕を切られた鬱憤が残ってるのか下に転がっている私の腕を踏みつけた。
『……?』
が、私の腕は潰れない。
当然だ。
私のその部分は今までどんな奴にも傷一つ付けられたことなんて無い。
いくらお前でもそんな攻撃じゃ通りっこない。
「……げほっ!……はぁ……っんはぁ……無理に、きまっ、てるだろ……お前なんかじゃ……傷一つ……つけれりゃしない……」
ミノタウロスは正に怒り心頭といった感じで腕を何回も何回も殴ってる。
けど壊れるのは肌色の部分だけ。
依然黒く染まった所には傷一つついてない。
……そうだ、まだ私には……脚が残ってる……まだ……勝てるんだ……私にはまだこれが残ってる!
希望が見えてくると血の減少で霞んだ視界がクリアになってくる。
不思議と血も止まってきた様な気がする。
チャンスだ、今の状態ならいける。
けど、ここで焦ったらいけない。さっきの二の舞にはなりたくない。
今度はもっとチャンスを伺って《ピシッ》…………え?
何……で、私の……それ……は……
目と鼻の先にある腕。
私の……私だけの……誰にも壊されることのない、腕……
その腕は今……少し……でも確かにひび割れていた。
「……ダメ……」
『ヴモオオオオオッッッ』
攻撃は加速していく。
それに合わせてヒビは深く長く硬いものが割れる時特有の軽い音を鳴らしながらその亀裂を深めていく。
それは周辺にも多数の亀裂を呼び今や腕全体に広がっている。
壊れるのは……時間の問題だった。
「ダメ、ダメダメ!やめて!壊さないで!それは……それは私の!お願いします!何でもしますからそれだけ!……は……」
《パリン!》
硝子が割れるような音を鳴らし私の腕は粉々に弾け飛んだ。
バラバラになった破片は灰になって消えていく。
もうそこには私の腕のあった跡なんて何処にも残っていなかった。
聴こえてくるのはミノタウロスの雄叫びと私の息遣いだけ。
もう私には……戦う気力なんて残っていなかった。
「あ……ああ……ああああああ……」
「あぁあああぁああぁあ!!!!!!」
逃げる。
ただその場から早く抜け出したかった。
何かの雄叫びが聴こえてくる。
なんだろう?怖い……恐いこわいコワイ……助けて、誰か助けて……助けてよ……
『ヴモオオオオオ!!!』
とにかく道の通りに走ってみる。
途中に上にいけそうな穴とかがあったからがんばって昇ってみたけど後からついてくる牛みたいなのはまだおってきてる。
怖いよ……早く逃げなきゃ……
他にもいろいろな生き物がいる。
みんな後ろの牛さんに潰されてるけど大丈夫かな?
けがとかしてないといいな……
『ヴォォォォォォォっ!!』
「ひっ!」
うっ、うぅっ……なんで、なんでこうなっちゃったの……わたし……ただあそこにいただけなのに……あの牛さんはだれ?どうしておってくるの?たすけてよ……ママ……
─ほら、泣かないの**─
……ママ?ママがいる!
ママ!助けて!変なのがおってくるの!
ママ!ママ…………どうして……私がいるの?
ママがめのまえに出てきた。
だから助けてもらおうと思ったらママの前に女の子がいる。
それは私だった。
どうして私が二人いるの?
私は一人だけのはずなのに……あの子はだぁれ?私のすがたをしたあの子はだれなの?
……もしかして……私は私じゃなくてあの子が私……じゃあ私はだれ?
─だってママ……─
─**……泣いてたら強くなれないの。また##君達にいじめられたんでしょ?だったらやり返せばいいのよ─
─やりかえす……?─
─そう、やり返すの。私は強いんだーってあの子達に教えてあげるのよ。そうすればもう虐められなくなるわ─
そうだ……ママは私に教えてくれた……やられたらやり返せって、そうしたらもう虐められなくなるって……でも、一人じゃ怖いよ……ママ……どうしたらいいの?
─一人はいやだよ……ママ……─
─ふふっ……大丈夫よ、**。本当に困った時は誰かが必ず助けてくれるから。だから頑張るのよ**─
─だれか……?でも、なんで本当にこまった時しか助けてくれないの?─
─それはね、まだ頑張れるから。頑張って頑張って頑張って……もうダメだー!ってなった時に必ず助けてくれる人は現れるの─
そうだ。ママは最後まで頑張りなさいって教えてくれた。
私は……今限界まで頑張った?
もう死ぬってくらいまで頑張ったか?
そんな事……ない。
私はまだ……やれる……
─だから**。例えどんなに挫けても挫折してもこれだけは覚えておいて……最後まで頑張った人には必ず救いが待ってる。貴方にとっての救いが手を広げて待っているから……だから……─
私はもう……諦めない……
だって……約束したから……ママと……お母さんと……
─自分が生きる事を諦めないで─
お母さんは最後に私を見て消えていった。
「追いかけっこは終わりにしよう……ミノタウロス」
ミノタウロスの突進を躱して立ち止まる。
突然止まった私に何かを感じたのか突っ込む事をやめてこちらを観察してくる。
やっぱりこのミノタウロスは頭がいいよね。
変な所で牛みたいに前が見えなくなるけど。
さっきの腕の時みたいに。
「私は今ここで……貴方を殺す」
もう前は霞んでよく見えない。
ミノタウロスの様なシルエットが見えるだけで細かな所ははっきりとしない。
身体にも力が入らなくなってきてる。
だから下半身に意識を集中させて脚だけは動かせるようにする。
けど、それも長くは続かない。
「だから、さ……貴方も私を全力で殺しに来て。……そうしないと……限界まで頑張れないから……」
私の言葉が理解出来たのかは分からない。
でも、ミノタウロスは前傾姿勢を取って一目で分かるくらいに今から私に突進してくると言っているような行動をとる。
「ありがとう……ミノタウロス」
脚の位置をずらす。
いつでも相手の動きに対応出来るように。
思い返せば最初に会ったモンスターはミノタウロスだった。
あの頃の私は未熟で、戦う力なんて何も持っていなくて……逃げるしか出来なかった。
そんな私が今……貴方の前に立っている。
本当なら今の私でも貴方の相手にはならない。
立っていられるのはこの力があったから。
なければとっくのとうに死んでいた。
そしてこの力が目覚めたきっかけも貴方だった。
「最初と影の世界には入ったきっかけになったモンスターはもしかしたら貴方なのかもね」
だったらいいな……
私はふとそんな気持ちになる。
らしくない……今まで感情の変化なんて沢山したけど、何だか今の気持ちは凄くこそばゆい。
今から貴方と戦うのがとても切なくなる。
けど、それ以上に……
「私は貴方を殺したいし……まだ死ぬ訳にもいかない……私はまだ……」
「この世界を知らないから」
『ヴモオオオオオッッッッッッッ!!!』
ミノタウロスは一番の雄叫びを上げて突っ込んでくる。
……よりも先に力を使って脚を影の中に入れる。
『ヴモッ!?』
ミノタウロスの身体は走る勢いそのままに影に身体を沈ませながら突っ込んでくる。
止まっている間に沈ませる事は出来なかった。
例えそんな状態で沈ませても避けられる可能性があったから。
確実にハメられる瞬間を狙わないといけない。
けど、予想以上に早かった。
沈み切る前に私にその身体はぶち当たるだろう。
それ以前にその手の鉈を振り回して殺されるかもしれない。
どちらにしても……沈み切る前にしなきゃいけないから関係のない話。
脚を半ばまで沈ませながらその時を迎える。
相手も移動させるにはずっと影の中に触れておかないといけない。
しかも影の範囲が広くなる程により深くまで沈ませないといけないから。
脚を深く入れないといけない。
今から抜いても間に合わない。
ミノタウロスはもう目の前だ。
だから……今しかない。
「ありがとう」
言葉と同時に力を解く。
私の脚が切り取られるのと身体の半ばから切り離されたミノタウロスの身体が身体にぶつかるのは殆ど同時だった。
「……げほっ!はぁ……はぁ……」
……ここは……
……そうだ……わたし……は……ミノタウロス……に……さいご……やつを……ころして……それで……
ミノタウロス……は……
……ははっ……からだはんぶんにして……わたしのよこでおねんねか?……とうみんにはまだ……はやいぞ、ミノタウロス……
したを……みてみよう。
なんでか……なにもかんじ、ないけど……からだ……どうなって……
「……ふふっ」
めちゃくちゃだぁ……
このきずで……よく……いきてるなぁ……わたし……ほめられても……いいとおもう……
ひとのろっこつって……こうなってるのか……
……まぁ、いいや……いきてるなら……それで……いい
ここは……どこだろう……なんかいも……のぼってきた……きがする……けど……
ひとと……あわ……った……な……
さいご……みて……た……かった……
あぁ……だめだ……くらい……なに……ない……
せか……を
《……》
なん……う?……だ……れ……
《……!!》
だれ……の?……よか……た
《……!!……!》
つれ……て……し……たい……
《……!!!》
せか……い……を……
白い……世界だ……
ここは……どこだろう?
私は、死んだのかな……?
身体に力が入らない。
もしかして今の私には身体がないのかもしれない。
だとしたらやっぱり私は死んでるのかも。
「……」
?何か……聞こえる……
変だな……私には身体がない筈なのに……
死後の世界でも音は聞こえるのかな?
「……っ!……す!」
……これ……人の……声?
どうして……人の声が……
「ありがとうございます!神様!助けてくれて!」
「全く大変だったんだぞ!頭を下げて借金して貰ってきたんだからね?もっと感謝しておくれよ?」
「はい!あとは目が覚めるのを待つだけですね!」
「それにしてもあの傷で生きてたなんて……今でも信じられないよ……これもモンスターの生命力故なのかもしれない」
女の人の声と男の子?の声……
どういう……こと……?
「……あ……っか……」
もしかしたらと思ったけど私はまだ生きていたらしい。
身体に力が入らないのは単純にボロボロのせいだったみたい。
何とか目を開けることは出来た。
目を開けた先に見えたのは……知らない天井だった。
「あ、目を覚ましたみたいです!」
男の子だと思われる声が聞こえてくる。
私が起きた事に気づいたみたいだ。
声は掠れて殆ど出ないし目を開けれる程度にしか身体も動かせない。
だから相手の顔を見る事が出来ない。
「あ……たは?」
「あっ!無理に話さなくて大丈夫ですから!とりあえず意識が戻ってよかったです!」
声の主の顔が目の前に来る。
どうやら男の子であってたみたいだ。
けど、顔つきは女の子の様な感じもしてその白い髪はふさふさしてそうだ。
「ちょっとベル君!怪我人にそんな言葉責めしてどうするんだい!?冷静になるんだベル君!」
「へ!?あ、すいません!嬉しくてつい……ごほん!えっと、ですね……」
その白い髪の少年は一旦落ち着く為か咳を一つし笑みを浮かべてもう一度話しかけてくる。
その笑みは……私の心を安らげさせる様なとても優しいものだった。
「僕はベル・クラネルって言います。目が覚めて本当によかったです!」
私の意識は安心感のお陰か不意に遠のいた。
慌てるような声が薄れゆく意識の最後に聞こえた気がした。
この話を読んでん?と思ったそこの貴方。
貴方は立派な淫夢民です。
喜んで下さい