呑み屋『和み』〜本日も営業中〜   作:朝日月

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本編です
ゆるりとお楽しみいただければ幸いです


第一夜、~常連の酒癖~

時刻にして十時頃だろうか、俺の仕事は始まる。

人里に行ってその日の食材を見て突き出しの品を決め、店に戻ってから仕込みを始める。店を開けるのは午後五時、閉店は大して決めていないがおおよそ客が皆帰ったぐらいの時間だ。

今の時間は開店時間の手間、今から暖簾を掛ければ丁度いい時間になるだろう。

青色に染めた暖簾を持ち、玄関に掛ける。そして提灯に明かりをつけておく。たったこれだけのことなのにいつも緊張してしまう。客商売を始めてからはもう何年にもなるが未だに何故か緊張する。客に飲んで食べてもらって和んでもらうことしか俺には出来ないが、それが誰かのためになるならと、始めたのがこの店だ。

俺は来る客に和んでいってもらえているのだろうか。

考えても仕方がない。そんなことを切り上げ、自分の掛けた暖簾をくぐって店に入るのだった。

さて、今日はどんな客が来ることやら

 

ーーー

 

「遅いわよー、早くしてくれる?」

「いらっしゃい、お前またスキマ開けて入ったな……心臓に悪いって言ってるだろう」

「考えておくわ、とりあえずお水だして。喉乾いちゃってしかたないの」

 

店に入ると紫がしれっとカウンターに座っていた。

八雲紫、幻想郷の賢者であり恐らく幻想郷の妖怪の中で最大の知名度と言われている。よく彼女を胡散臭いと言うがそこまででも無いと思う。自分のように半妖で身元知れずのような者より余程信用されるべきだろう。

紫の話を聞きつつ、カウンターに入って前掛けをつけてとりあえず水を出しておく。

 

「とりあえず、いらっしゃい。今日のご注文は?」

「そうね、熱燗つけて。あとはテキトーに美味しいのを」

「あいよ」

 

紫が一息に飲み干したグラスにもう一度水を注いでおいてから、熱燗をつける。いつの季節でも何故か紫は最初だけは二合の熱燗を飲む。熱燗と言っても熱さは気持ち程度低いのだが。それはウチの店で開かれた宴会の時でもそうだった。宴会の参加者達に聞いてもどうやらここで飲む時だけらしい。

 

「とりあえずこれでも食べててくれ」

「珍しいわね、ここで枝豆が出るなんて」

「実はいつも置いてる。お前が持ってきたサーバー用にな」

「あぁビールサーバーの事ね、どうなの?ちょっとは注文あるの?」

「意外とあるから困ってるんだよ」

 

奥を見つつ皮肉を言っておく。そこには幻想郷には似つかわしくないビールサーバーが置いてあった。まずビールの注文が入るのか、と最初は思っていたが時折頼む客もいて置いている。元々は紫が持ち込んだのが始まりだ 。最近は出ることが無く、仕方なく自分で飲むしか無くなっているが、宴会では割と人気である。電力は河童の方に頼んで上手くやれるようにしてある。ここにある外の世界の品々は大体河童の技術が使われている。多少の無理も河童に頼めば何とかなるんじゃないだろうか。

 

「お待たせ、熱燗に今日の一品は胡瓜の酢の物だ」

「河童繋がりなの?……あら美味しいじゃない。藍より上手に作るわね」

「そうか、なら良かった。だが藍も相当料理できるだろう、ワガママな奴に料理作ってやると勝手に上手くなるもんだしな」

「誰がワガママですって」

「殺気立つな、事実だろ」

「失礼ねぇ」

 

お互いに軽口を叩きつつ、時間は過ぎていく。だが紫の顔からはどこか寂しさが滲ませていた。空元気というか、意地を張っているというか何かを隠しているような時の元気さと、それを隠しきれていない寂しさが紫自身を包んでいる。

 

「もう一本つけて、あとツマミとお願い」

「何かあったのか?」

「別に何も無いわ。私はいたって元気よ?」

 

腕を振って元気さをアピールするように笑う紫。でもやっぱりどこか寂しい笑みだった。そのまま紫を見つめ続ける。紫も目線を外さない。お互いが見つめあっている。

……とてもじゃないが長くは続けられない。ひたすらに恥ずかしい。

次の熱燗ができた頃まで二人で見つめ合うのが続き、先に音を上げたのは紫だった。

 

「そんなに変?今日の私」

「あぁかなりな、まるで構ってもらえてない子供みたいな寂しい感じがする」

「子供ってどうなのよ」

「んで……何があったんだ?」

「最近藍や橙に避けられてる気がするの」

「……ふっ、ハハハハ、なんだそんな事か」

「そんなこととはなによ、流石に傷つくわよ?」

「避けられてるとしても、お前に何か原因があるのか?」

「別に最近は何もしてないわ」

「藍の事だ、なんか頼まれ事でもこなしてるんだろ。最近人里に藍がよく居るって噂は聞いてないのか?」

「えっ、そんなの初めて聞いたわ」

「新聞くらい読め」

「イヤよあんなゴシップ誌。もう少し政治欄を増やしてもいいと思うわ」

「出版許可出した大元が管理しないのが悪い気もするんだがな」

「今日の会議でも議題に上がったのよ、どうにか出来ないかって」

「最年長の紫からお説教ってあたりで手打ちか?」

「誰が最年長よ」

「事実だ」

 

新聞は相変わらずの言われようである。実際飛ばし記事が多いので頭から信用できない新聞として有名なのだが情報のスピードだけは一流だ。

話しているうちに少しは顔色が明るくなっていった。その顔は寂しげな子供から幻想郷の賢者へと。

 

 

***

 

 

ある程度熱燗を楽しんだ後、紫は熱燗をやめて冷やに切り替えた。その頃から紫の顔には赤みがさし始めていた。

 

「マスター、もう一つ御猪口だして」

「はいよ」

 

言われた通りに渡すと、なみなみと猪口に酒を注ぎこちらに向けてくる。紫を見れば笑顔を浮かべながらも既に目が座り始めている。

 

「貴方も飲みなさいよ」

「なんで客を飲ませる店で俺が飲まなきゃいけないんだよ」

「いいから、どうせもう誰も来ないわよ」

 

ぐっと猪口を近づけてくる。明らかに酔っているようだがここまで弱くはないはずなんだが。そう思いつつ出した量を考えると二升を越えている。流石に妖怪は酒に強いといえ多少は酔って当然だろう。

いつまでも下ろさない紫を見ていると、それを無下にするにも悪くなってくる。

 

「分かった、ちょっと待ってろ」

「何するの?」

「暖簾下ろすんだよ」

 

とりあえず猪口は下ろせ、とだけ伝え前掛けを外しながら玄関へ向かう。暖簾さえ下ろしておけばもう誰も来ないだろう。元から来ないと分かっていてもこういうことは大切だと思う。

暖簾を下ろし終えると猪口は紫の隣の席へ置かれていた。そのまま座り猪口を持って紫の方へ向く。

 

「それじゃあ……」

「「乾杯」」

 

二人の声が揃った。猪口を少し合わせて、一気に飲む。

返杯だ、と言いながら紫に注いでやる。

今夜は長くなりそうだ。

 

***

 

どのくらい経っただろうか

紫は酔い潰れて寝てしまっている。その寝顔はあどけなくて、いつもの紫では無いようだ。無邪気に眠る紫を眺めながら思うのは、彼女が普段こんな顔を見せることは少ないということ。

賢者である以上、様々な事が付き纏う。いつの日にか無邪気な笑顔をして毎日を過ごす彼女を見ることはできるだろうか。

どうにもならない歯痒さを覚えながら片付けを始める。量こそ多くは無いが、飲んでいる分慎重に。

大方の片付けが終わったころ、時間的に開くはずのない玄関の戸が開いた。姿を見せるのは最強の式として名高い八雲藍、その人だった。

 

「よぅ、藍。お迎えの時間か?」

「あぁ、いつも済まないな」

「ウチなら構わねぇよ。それで、今日は何軒回ったんだ?」

「一軒目さ、紫様が“呑みに行く”と言われた時は絶対ここにいるんでな」

「そうか」

 

紫を起こさないように静かに背負う。その姿はなぜか眠ってしまった娘を迎えに来た母親に見えた。

 

「本当母親してるよなぁ藍」

「そんなことはないぞ?私はまだまださ、力も何もかも紫様には及ばない」

「まぁいい式に恵まれたよ紫は、じゃなきゃこんな仕事誰にも出来ないさ」

 

紫を背負う藍のために戸を開けてやり、ある荷物を渡す。

 

「これは?」

「二日酔いの薬。永遠亭製だから効き目は保証する」

「いつも済まないな」

「いいよ、元々送っていくつもりだったんだ。こっちが助かった」

「そうか……まぁ次も紫様を頼む」

「ウチで良ければ喜んで、次はみんなで来るといい。橙の顔も見たいしな」

「そうするよ、ではな」

 

藍が行くのを見送り、一つ思い出す。なんで紫を避けているのかを聞いてない。まぁまた今度にでも聞こう。

明日に残らなければいいと思いつつ掃除だけして店を閉める。

 

飲んで和んでいって、明日を頑張ってくれればいい。

呑み屋「和み」本日の営業はこれまで

 




それではまた次回お会い出来ることを願っております。

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