幻想郷では、コミニケーションの場として宴会が用いられる。元々は異変解決後の恒例行事だったのだが、今では新入りの正式な顔見せ代わりになっていたりする。ウチの店ではまだ異変解決後に行われるような大きな意味をもつ宴会は行われたことがないが、普段の飲み会程度ならよく行われている。直近では従者会という会の飲み会があった。ただ……飲みすぎて次の日散々なことになったという噂があるが、聞かなかったことにしている。
そういう酒の席の前後のしくじりは誰しもいくつかあることだろう。そういった恥ずかしい話も酒の肴にして飲めるようになるのに時間はかからない。本人が踏ん切りさえ付ければいいのだから。幻想郷という土地はある意味踏ん切りを付けやすいのだろう。一つの宴会で誰かは失敗するのだから誰も覚えていられないのだ。
それはそれとして、周りの迷惑になる酒癖は直して欲しいとは思う今日このごろ、などとまとまりの無い事を思いつつ今日も開店の時間だ。
さて、今日は誰が来るだろうか……
ーーー
「こんばんわ、マスター。この間は悪かったわ」
「いらっしゃい。まぁ気にすんな、いつものストレスもあるだろし時々ああやってハメ外すのも大切だ」
「次は止めて、あんな惨劇誰も見たくないわ」
そう言いながらカウンターに腰掛けるのは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だ。従者会会員No.3らしい。ワガママお嬢さまに振り回されているように見えて咲夜がしっかりリードを握っている、とか色々言われてはいるがしっかりと良好な主従関係だろう。
最近は妖精メイドもそれなりにしっかりしてきたり、自らの主人が生活スタイルを有るまじき物へと変えたりしたお陰で夜に暇が出来たらしい。その暇を使って美鈴に連れられて来たのが初めてだっただろうか。
「咲夜、何にする?あ、危ないカクテルが飲みたいなら作るぞ?」
「やめてくれるかしら、流石にしばらくそっちには手をつけないって決めたの」
「そうか……」
「そこは残念がるところなの!?マスターが悪ノリで作ったのにも原因はあると思うわ」
「ハハっ違いないな」
「あ、オーダーだった。とりあえずビール貰える?」
「おぉ、珍しいな」
「私は好きよビール。少し懐かしいわ」
咲夜は目を少し細めてどこかを見る。十六夜咲夜という名前は紅魔館の主であるレミリア・スカーレットが名付けたと言われている。それが何を意味するのか、分かる者には分かるだろう。
ビールを注ぎ、お通しと一緒に咲夜の前に置く。今日の通しは少し特別である。
「マスター……これは」
「少し良い肉があったからたたきにしてみた。自信作だよ」
「へぇ〜……なら頂くわ」
「はいどーぞ」
はむっ……とでも音がつきそうなほど勢いよく食べる咲夜。そこにビールを流し込む。強めに置かれたジョッキの中身は無い。見事な一気飲みだ。
こういう店やってて一番嬉しいのはこういう瞬間かもしれないな
「マスター……おかわり」
「おう、大ジョッキにしとこうか?」
「お願いするわ、それと」
「たたきならまだあるし、肉も残ってるよ」
「美味しいツマミを期待してるわ」
咲夜はもう一口、もう一口と急ぐように箸を動かしている。ビールはベストのタイミングでカウンターに。少し辛めのタレにして、肉を休ませながら普通のたたきよりも少しだけ強く火を入れているのがウチのたたきだ。何にでも合うらしいが、ビールのオーダーを入れる面々はだいたい咲夜と同じような食べ方をしている。一気飲みかのんびり飲むかの違いぐらいなものだ。
河童印の冷蔵庫を開き材料を確かめる。咲夜が満足するまで、料理を作ってやろう。〆なんかは後で考えればいい。
─ ─ ─
それから咲夜のビールを飲むペースが落ち始めた五杯目の頃、ドアが開いて付けているベルが甲高い音を立てた。来客のようだ、さて誰だろう。
青いワンピースに赤いヘアバンドのようなカチューシャだろうか、身長はそこそこある。彼女は七色の魔法使い、アリス・マーガトロイドだ。
彼女の頬には紅みがさしていて、少し上半身を振っているように見えるが、足取りだけはしっかりしているのがアリスのいつもの酔った時の特徴だ。
「いらっしゃい、アリス」
「マスタぁー久しぶりねー、あっ咲夜もいるー」
「そこそこ会うだろう、今日は見に行けなかったがな」
「マスター、あなたアリスとどこで会うの?」
「人里の人形劇だよ、時々時間が上手く合ったら見に行ってる」
「とかいいながらホントになんか良いもの仕入れた時意外は来てくれるのよねー」
「優しいところもあるのね」
「俺は優しいぞ?」
「どっちかと言えば私はマスターは…ひっく、お人好しだと思うわ」
「アリスと同意見ね」
「知ってるよ、とりあえずアリス座れ。転ぶぞ?」
「はいはーい」
にへら、と笑うアリスの顔はあまり見れるものでは無い。人形劇がよっぽど上手くいったのだろう。咲夜は珍しい物を見た、と言わんばかりにアリスを見ながら今日七杯目となるビールに口を付けている。
人形劇の公演が軌道に乗ってきた最近は、アリスは公演終わりによく寺子屋の先生や人里の自警団と飲みに行く。ある程度酔いが回る前にアリスは引き上げ、ウチの店で〆を食べて帰るのだ。今日は普段よりも酒が入っているようにも見えるが。
「アリスー今日は何がいいんだ?」
「マスタぁーお酒ちょうだい」
「まだ飲むのか?」
「今日は飲むの!たまにはパァっーといかなきゃ!」
「はいはい、いつものでいいだろ?」
「あと厚焼き作ってー」
「はいよー」
アリスは咲夜から水を貰い、上機嫌に話している。どうやら人形劇で良いことあったらしい。聞こえてくる内容では次は人里の祭りの舞台に立つようだ。今までの成果が実ったと言えるんじゃないだろうか。
「アリス、貴女さっきいつものって言っていたけどなんなの?」
「あ〜咲夜といる時には初めて飲むのか〜」
「どころか他人がいる前で飲んだこと無いな。アリスがいつも来るとしても、もう少し遅い時間だ」
「へぇ……なら私がアリスの初めてかしら」
「ん〜そだね〜、私はこれからもたまには一緒に飲みたいな……なんて」
「はい、お待ちどう。厚焼き冷めないうちにな」
アリスは待ってました、と言いながら厚焼き玉子を頬張る。いつもながら美味しそうに食べてくれるのがアリスだ。表情が分かりにくい、感情の起伏が分かりにくい、と言われているらしいが彼女の表情はしっかり変わっている。それか些細な変化か、今のようにわかりやすいか、彼女にしてみれば同じ感情を浮かべることもあるだろう。それを分かってあげられるかどうかは人を見る目が問われるのかも知れないな。
アリスが厚焼き玉子を頬張るのを横目に喉を鳴らしているのが一人、二人分焼いておいてよかったようだ。
「咲夜、厚焼きもう一つ焼いたんだが」
「頂戴マスター、あとアリスと同じお酒」
「はーい」
アリスが飲んでいる酒、これはカクテルでアリスをモチーフに作られたものだ。レシピを手に入れるには少々苦労したが意外にも好評である。他にも色々レシピはあるんだが、今のところアリスのものだけが注文されて日の目を見ている。
「はい、お待ち」
「ありがと。それでマスター、これの名前は?」
「ミスティック・ミスティ・アリスドールって言うんだ。まぁ飲んでみな」
「咲夜が私とおなじの飲んでる〜」
「頂くわ、アリス」
グラスを傾け、つまみを食べながら時は流れていく。
時々入る追加オーダーを捌きつつ、夜はさらに更けていった。
**
「そろそろ〆にするか?」
「えぇ、私はもう酒はいいわ」
「ますたー、今日の〆は?」
「アリスが決めてるんじゃないのね」
「そうなの、前におまかせでって言ったらおいしいのでてきたからずっとそうしてるわ」
「へぇー初耳ね、私も今日はおまかせするわ」
「ちょっと待ってな、すぐ出来上がる」
熱々のご飯に具を乗せ、程よく温めた出汁をひとまわし。今日の具材は勿論肉である。薄く切った赤身とそぼろの二つの山にネギともみ海苔を散らしてやれば完成ただ。ワサビは小皿に入れて横に添える。その横には梅肉を。
「今日は肉茶漬け、薬味はお好みでな。ゆっくり食べろよ?」
「美味しそう…」
「でしょ〜咲夜っ早く食べよ?」
「そうね、冷めないうちに食べましょうか」
二人が茶漬けを食べながら楽しそうに話している。
こんな風景を見れるからつらくてもこの仕事は止められないのだと俺は思っている。
今日は俺も肉茶漬けにしよう。そう思ったのだった。
呑み屋「和み」今日の営業はここまで
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追記
この後奥で洗い物をして戻ってきてみれば、二人は眠ってしまっていた。アリスに目をやると、咲夜が掛けてくれたのだろうか、うちの座敷に置いてある毛布がかかっていた。
とりあえず簡単な片付けだけして、彼女達を送っていく用意を終えると咲夜は起きていた。とりあえず紅魔館にアリスを泊めておくらしい。だが足元の覚束無い咲夜も送っていくことにしたので、送っていくことには変わりはなかった。
アリスは飲みすぎることだけが悪い癖である。
それでは次回お会いいたしましょう。