peaceful days   作:楡野 透

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第8話

「!、痛っ!」

 砂混じりの地面に叩きつけられ、思わず呻く。

 だが、奴らは仰向けに倒れた俺を、そのまま押さえつけてきやがる。

 最初見た時から、こいつらはヤバい、と思っていた。

 暗くねっとりとした、嫌な目つき。

 関わりたくなかった。

 俺はただ、道寺を待っていただけなのに。

 今朝、食事を済ませた後、いつものように鍛練場へ向かおうとしたら、

「出かける。ついて来い。」

 それだけ言って、道寺は身を翻し、歩き出す。

 相変わらず、何の説明もない。

 だが俺も、ためらうことなく、彼の背中を追い始める。

 いい加減、慣れた。

 最初の頃は、どこに連れていかれるのか、どんな目に遭わされるのか、本当に何もわからない分、際限なく不安を膨らませたものだが、今はもう、そんなこともない。

 道寺は、口に出して言ったこと以上を求めたりする人じゃない。

 だから俺は、素直について行けばいい。

 城の敷地内から魔戒道に入り、本日たどり着いた先は、元老院。

 ここにはもう、何度か足を運んでいる。

 門をくぐり、道寺がまっすぐ向かった部屋は、俺がまだ入ったことのない部屋のひとつだった。

 とはいえ、室内の様子は、今まで尋ねたことのある部屋と、別段、変わったところはない。

 城の地下にある鍛練場と同様、壁や天井といった空間を制限するものは何もなく、闇に閉ざされたこの空間の中、唯一浮かび上って見えるのは、月のような輝きを放っている白い祭壇のみ。

 それを見てすぐ、神官に会いに来たのだと分かった。

 神官と称される存在とは、まだ数えるほどしかお目にかかっていないが、どの神官も皆同じ。

 高い位置に誂えてある白い祭壇から、物を見るような目で俺達を見下ろし、ただ命を下すだけ。

 そして、道寺は奴らに小さく頭を下げて、面を上げようとしない。

 そんな彼の様子に、俺は従者として、彼と同じくするしかなかった。

 神官とは何なのか。どんな存在なのか。

 道寺はいまだに、何も教えてはくれない。

 祭壇を前に、しばらく立ち尽くしていると、闇から浮き出るようにして神官が現れた。

 白い衣に身を包み、無表情でこちらを見下ろす姿は、どの神官にも共通して見受けられる傲慢さだったが、今日現れた神官は、俺と変わらないくらいの年恰好であったため、思わず目を疑う。

 え、子供?

 何故?

 神官て、子供でもなれるのか?

 一体、神官てのは何者なんだ?

 一度に、幾つもの疑問が沸き上がったが、前に傾いている道寺の肩が視界に入った途端、す、と静まり、急いで道寺に習う。

 今はそんなことに気を取られている場合じゃない。

 常に冷静であること。

 それが、道寺から一番最初に教えられたことだ。

「忘れていた、という訳でもないようですね。」

 開口一番に、この皮肉。

 そのくせ、その声に感情はない。

 道寺は軽く頭を下げた姿勢のまま、

「御報告が遅くなり、申し訳ありません。ですが、調査はまだ継続中ゆえ、今少し、お待ち下さい。」

 慇懃な言葉遣いと、毅然とした揺らぎのない低い声が、闇に響いた。

 そして、静寂。

 不自然な静止が満ちる。

 唯一聞こえるのは、自分の鼓動だけ。

 この空間は果てしないはずなのに、今の俺には、身動きもできないくらい窮屈に感じる。

 不意に、さら、という衣擦れの音が頭の上で聞こえた気がして、やっと金縛りから解放されると、こっそりと奴を見上げる。

 闇に白くあり続ける祭壇に立つ、少年の姿をした存在は、わずかに瞼を下げ、凝った装飾が施された純白の着衣から小さな手を覗かせると、力なく道寺を指さす。

「わきまえよ。銀河騎士、絶狼。これは命令である。」

 子供の声であるのに違いないのに、その響きには圧倒的な力があった。

 抗うこともできない、無視すら許さないほどの威圧感が、この空間全体に負荷をかけている。

 俺は、より深く頭を下げる。

 下げるしか、なかった。

 猛烈に、腹を立てながら。

 表情のない面差しに、軽蔑と苛立ちの入り混じる、神官のあの目。

 あんな目で見下してくる奴なんかに、自分から頭を下げている、この現実が信じられなかった。

 と同時に、そんな風に力負けしているんだと思い知らされ、悔しくて悔しくて、両の拳が震える。

 しかし、道寺は淡々とした口調のまま、顔を上げることもなく、

「私とて、これ以上の時間の浪費は、望むところではありません。」

「ならば、」

 すかさず神官が切り返してきたが、道寺も鋭く、圧のある声を上から被せるようにして、

「かといって、このまま禁を破れば、何が起こるか見当もつきません。」

 すると、白を纏う少年は片眉をわずかに浮かせ、微かに疑念を思わせる口振りでもって、

「『蛮狼(Banroh)』をもってしても、抑えられぬと?」

 奴のその台詞に、何故か胸騒ぎを覚えた俺は、そっと道寺の様子を窺ってしまう。

 道寺は身動ぎひとつせず、また、口を開くこともなかった。

 沈黙は引き延ばされ、引き延ばされるほど、明確に伝わってくる彼の感情に、俺の心が暗くさざめく。

 道寺を凝視しながら、ひどく喉が痛むのは渇きのせいだと、やっと気づいた頃、ふと前で空気が動き、ようやく道寺が口を開いた。

「あれを、動かしたいのであれば、招くべき相手が違うかと。」

 その口振りは、先刻と何も変わらない。

 すると神官は、不満げに顎を上げ、蔑みにこちらを見下したまま、

「お前の子飼い、と聞いたが。」

「まさか。」

 道寺は、神官の言葉を不愉快そうにばっさりと切り捨てると、ゆっくりとした動作で姿勢を正した。

 冷酷な意思しか見せない子供を、魔戒騎士らしい、憮然とした表情と鋭い目つきで見上げ、

「第一、『蛮狼』など、傭兵という名のごろつきを寄せ集めただけの代物。そんなものに、何ができるとお思いか。」

 だが、神官は眼差しを伏せ、ゆらりと頭を振ると、冷めた口振りで言い捨てる。

「使い方次第では、役にも立とう。」

 その瞬間、道寺は鋭くコートを翻し、神官に背を向けた。

 不意を突かれた神官が声を発しようと息を吸った瞬間、道寺は顔だけで振り向く。

「この指令、私には、荷が勝ち過ぎているようだ。」

「何、」

 神官の短い 責など、まるで聞こえていないかのように、彼は涼しい声のまま、

「適任者は、他にいくらでもいる。では。」

 大きく足音を響かせながら、道寺は足早にその場から立ち去る。

 俺はその時、神官が今、どんな顔をしているのか、見てやりたいという誘惑に駆られた。

 だがどうしてか、顔を上げることができず、ちょっと戸惑ってから、道寺の後を追った。

 思い返してみて、俺はやっぱり怖かったんだと思う。

 少し前に、恐ろしいほどの威圧感を身をもって知った後では、ある意味、当然だったのかもしれない。

 道寺やシルヴァですら、その真の本性を知ることができないという、『神官』。

 圧倒的な力を誇示する、得体の知れない存在なんて、実際、どれだけヤバい存在なのか。

 結局、その場から逃げ出すように、俺は道寺を追いかけたのだが、彼は思いのほか、すぐ目の前を歩いていて、すでに走り出そうとしていた足がもつれそうになる。

 先刻より、ずっとゆっくりとした彼の足取りは、俺が普通に歩くことができるくらいのペースにまで落ちていて、俺はこっそり吐息を漏らすと、力んでいた肩を下げた。

 これから、どうするつもりなんだろう。

 道寺が神官に対して、先刻のような態度を取るところを見たのは、正直、初めてじゃない。

 というより、いつもあんな感じだ。

 しかし、それは神官からすれば驚くべきことらしく、大抵は先刻と似たり寄ったりか、ひどい時は怒り狂って罵られる。

 けれど、道寺はまったく揺らがない。

 毅然とした、厳しい表情のまま、彼等と対峙し続ける。

 そういう時の道寺から、俺はいつも目が離せない。何故か、息をつめて、食い入るように見つめてしまう。

 そして、そういう時の道寺は、決して俺を見ようとしない。

たった今もそうだったと気づいて、俺は眼差しを伏せた。

 黒い、元老院の廊下。

 艶やかに研磨された漆黒の天然石が、隙間なく敷き詰められている。

 闇が、凝り固まっているみたいだ。

 俺達は、闇の上を歩く。

 しばらくして、前方に光りの気配を感じて、正面へと向き直る。

前を歩く道寺の背中が明るい色になったのが見え、次の瞬間、

「!」

 俺自身が強い光りの中へと踏み出していた。

 すっかり闇に慣れてしまっていた眼が眩む。

 乾いた空気と、明るい陽射しにさらされ、さっきまでと全然違うことに気づく。

 外か。

 

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