今、思い返しても、あまりよくわからない。
あの時の自分が何を思って、ああしたのか。
多分、…逃げたかった、のかな。
死にたかった訳じゃない。
夜の雪の白さに魅せられただけ、なのかも。
目が覚めたら、ベッドで寝ていた。
覗いている静香と目が合った途端、彼女は手近にあったらしいクッションで、ぱこぱこ俺を叩きながら、
「銀牙の嘘つき!嘘つき!嘘つき!何であんなことになったのよ!…ふえぇ。」
「わ!わ!わぷ!ごめん!ごめんて!」
全く痛くない連続攻撃を甘んじて受けたのは、叩きながらも彼女がわんわん泣き出したから。
あんなに怒りながら、ぽろぽろ泣くなんて、ある意味器用だよな、静香って。
結局、彼女は疲れて寝てしまうまで、俺を叩いて、泣き続けた。
一方、道寺はその間何も言わず、俺の介抱をしてくれていた。
自分の涙で濡れたクッションを抱えたまま、俺のベッドの上に倒れ込んだ静香を、道寺はいつもの厳しい表情で俺の隣に寝かせてしまう。
俺はどうにもきまりが悪かったが、謝った者勝ちと言わんばかりに、
「ごめん!父さん、…何か、迷惑かけちゃったみたいで。」
ベッドの上で、俺はひれ伏す。
道寺はしばらく黙していたが、
「お前を運び込んだ時、静香は半狂乱だった。」
う。
俺は、本当に顔を上げられなくなる。
半ば雪に覆われた状態で運び込まれた俺に、意識はなく、身体も冷えきっていたらしい。
ぐったりとした俺を見るなり、静香はすべてを引きつらせ、その直後、金切り声とも呼べる細い悲鳴を上げた、と聞かされた。
「静香のあんな悲鳴は、初めてだった。」
そう言った道寺の声は、思いのほか小さくて、俺はひれ伏したまま、さらに縮こまる。
悲鳴を上げながらも、彼女は道寺に駆け寄り、俺の顔を両の掌で温めながら、
「嫌っ!嫌よ、こんなの!…銀牙!銀牙!…どうして?!」
ぽろぽろと泣いてすがりついたかと思うと、涙に濡れた瞳を道寺に向け、
「銀牙を、…助けて。死なせないで。」
泣きすがる静香と共に、道寺は俺をバスルームに運び入れ、濡れた服ごと湯で温めたんだそうだ。
幸い軽度の低体温症だったため、特にそれ以上の治療は必要なかったらしい。
「少しずつ顔色が良くなっていくお前を見て、今度は静香が倒れた。安心して、気が緩んだのだろう。」
ということは、道寺は昨晩から、俺達の介抱にかかりきりだった、ということになる。
道寺の口から昨晩の様子を聞き、俺はただただ身をすくませる。
青冷めた顔で神妙に固まるしかない俺だったが、道寺は改まった、いつもより少し固い声で、
「お前は、自分の意思であそこにいたのか?何か、他の意思に操られていた、という訳ではないのだな?」
そう問われて、初めて道寺の危惧に気づき、俺は弾かれたように顔を上げた。
そして、申し訳なさそうに小さく頷く。
「…うん。」
「ならいい。」
あっさりとした道寺の返答に、俺の方が目を丸くして聞き返す。
「え、…いいの?」
「次からは、自力で帰って来い。」
あまりに的確な助言に、俺は呆気にとられる。
そして、道寺の手元がすでに辺りを片付けてしまっていることに気づくと、俺はちらりと静香の寝顔に視線を走らせてから、腹をくくる。
どうしても、聞いておかなくちゃ。
もしかしたら、静香に聞かせる訳にはいかない内容になってしまうかもしれない。
だからこそ、彼女が眠っている今のうちに。
俺はひそひそと抑えた声でもって、
「と、父さん、……俺、どう、なる、の?」
怯えた眼差しになりがちだったが、それでも懸命に道寺を見つめる。
だが、
「意味が解らない。」
にべもない道寺の台詞に、俺は息がつまりそうなほど緊張しながらも、
「だから、…ここにいて、いいの?」
すると、道寺は間髪なく、
「構わないが。」
その様子に、俺は自分の質問の意図が、全然彼に届いていないと気づく。
……、このわかってくれない感じ、静香そっくり。いつ似ちゃったんだろ?
もどかしげな俺を見かねたのか、銀の貴婦人がさりげなく口を挟んできた。
「駄目よ、絶狼。坊やが訊いているのは、そうじゃないわ。ね?」
美しい声の響きに後押しされ、俺はベッドの上で居ずまいを正すと、改めて、
「俺、…失格じゃないの?」
「失格?何の話だ。」
道寺のいつもの厳しい表情が、さらに険しくなったのを見て、俺はとうとう観念し、そのままずばりを言う羽目になる。
「俺はまだ、魔戒騎士や絶狼を目指すために、銀牙って名前のまま、ここにいてもいいのか、って、…聞いてんの!」
語尾が邪険になってしまったのは、絶対、俺だけのせいじゃない、と思う。
俺の不躾になってしまった詰問に、道寺は眉ひとつ動かさず、
「……、今まで通りだな。」
「そうだけど。」
仕方ないだろ。そこをはっきりさせないで、ここに居座れるほど、俺は図太くできてないんだから。
小さな息を吐いてから、道寺は相変わらずの淡泊な声色で、
「お前が何を思ったか知らないが、私がお前を見限る時には、きちんと宣言してやる。
そして、お前のその後の身の振り方も、責任を持って世話してやる。それが私の流儀だ。」
……、聞いて、納得する。
確かに、それが一番道寺らしい。
半端に無責任な真似なんて、道寺にはきっとできない気がする。
「もう、諦めたいのか?」
逆に問われて、俺は急いで、首を横に振る。
「ならば、もう休め。明日からは、いつも通りだ。」
それだけ言いおいて、道寺は退室してしまう。
俺は安心して、ベッドに潜り込む。
隣では、泣いた跡が痛ましい静香が、子猫のように丸くなって、くうくうと眠っていた。
なんだか小さい子みたいで、ふわふわとした亜麻色の前髪をそっと撫でてあげる。
それだけで、こっちまで幸せな気分。
…、ごめんね、静香。心配かけて。
俺はもう一度、静香を撫でて瞼を閉じた。