peaceful days   作:楡野 透

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第16話

 道寺は魔戒騎士である。

 よって、休日などない。

 ただひたすら、自身が定めた一日のタイムテーブルに則り、日々を繰り返す。

 かつて様々な絶狼に仕えたきた魔導具でさえ、これほど律儀で勤勉な魔戒騎士を見たことがない。

 今日とて、世間一般では日曜日と呼ばれる休息日であるというのに、道寺にとっては、昨日となんら変わらない一日。

 さすがに、まだ鍛練中の幼い銀牙には休息日としているが、彼が己にそんな日を設けたことなどない。

 今もまた、昨日の午前中と同様、書斎に引きこもり、何冊かの魔導書を手繰りながら、彼は何かを書きまとめたり、深く思索に耽ったりしていた。

 この書斎の、南側の壁の大半を占めるガラス窓からは、穏やかな陽射しが差し込み、時折、小鳥達の華やいだ囀ずりまでがここまで響いてくる。

 道寺とは対照的に、特にすることのない銀色の貴婦人は、自身の台座にて、この退屈極まりない平穏さを満喫していた。

 今日も、平和ね。昨日と何も変わらない。

 変わりばえのない日々を繰り返していると、まるで、同じ時に捕まり、閉じ込められているかの様。

 元来私に、生も死もない。

 少し前までは、人の世でホラーを狩るだけでなく、道寺の盟友達と共に、魔戒、真魔戒まで乗り込んで行き、暴れるようなこともあった。

 けれど、そんな劇的な日々にすら、人のいう『生きている実感』とやらを覚えたことはない。

 いつだって、魔導具として傍観する立場であることに変わりはなかった。

 さりとて、面白くなかった訳じゃない。

 魔戒や真魔戒には、私だって知らないでいた、様々な人や存在があったし、だからこそ色々な出来事にも遭遇した。

 そして、それらが生み出す濁流のような意思や感情の渦は、目まぐるしい快感となって、絶えず私の封じられた欲をくすぐりもしたけれど、でも、それだけ。

 魔導具は、所詮、道具でしかないし、私はそれに何の不満もない。

 でも、…以前は、どうだったかしら。

 魔導具となる前は。

 あの頃の記憶の大半は、ホラーとしての本能と共に封じられてしまっている。

 それでもわずかに残っているのは、強烈な欲の感覚。

 人の陰我に惹かれ、魂を喰い、次第に肉体全てまで余さず喰らい尽くさなくては満たされないほどの、食欲。

 そして、喰らっているその瞬間だけは、狂おしいほど圧倒的な快感に飲み込まれる。

 愉悦のような熱が身体の中外を這い回り、意識は甘くとろけながら、焼け焦げるようだった。

 人を喰うことを繰り返すほど、その甘美さは深まり、その餓えもまた激烈なものとなる。

 だが、その一方で、私は人を喰うことで強大な力を得始め、そのうち、冷えた眼差しで私は私自身を俯瞰していることに気づく。

 その眼差しは、人が自身を振り返り、嘲るような類いのものでは決してなく、快感に溺れる自身をかえりみて楽しむ、という下卑た代物。

 すると、餌である『人』に対して、ただ喰らうだけでは飽き足らなくなり、苦痛を与え、なぶり、弄んでやりたいという、食欲ではない欲まで、抱えるようになった。

 それはもしかしたら、『人』ひとりが持つ膨大な、感情、記憶、時間、そういったもの全てを喰いたくなった、ということなのかも知れない。

 今は本能を封じられているおかげで、飢えに苦しむこともなく、こうして微睡んでいられる。

 でも、私は今も、人の魂を喰う。

 ほんのひとかじり。

 魂の契約に従い、主の魂を。

 魔導具となったからとて、ホラーでなくなったわけではないから。

 ホラーである以上、私はホラーの本能を失うことはできない。

 完璧ではない封印から滲み出るわずかな欲は、食欲までには至らないけれど、興味や好奇心となって私の意識に影響し、今だって、何となく坊や達の居場所を捕捉している。

 今朝の坊やは、随分と楽しそうだった。

 余程、この時を待ち望んでいたらしい。

 今は、丁度、南側の森にさしかかった辺り。

 順調に事が進んでいるのだろう。

 だが、絶狼は二人のことなど気にもならないのか、いつもと全く変わりない。

 それもまた、魔戒騎士であるが所以なのか、それとも、…。

 そんなことをとりとめもなく考えながら、彼女はゆったりと意識をぼやかしていたのだが、ふと気づく。

 いつからか、紙の上をペン先が走る音も、紙を繰る音も、止んでいる。

 また何か考え込んでいるのかと、向かい合って座っているはずの絶狼を見上げれば、彼もまた鋭い眼差しでこちらを見つめていた。

「出掛ける。」

 

 

 

 それは唐突だった。

 次の予定である、昼食の時刻よりも一時間も早く、道寺は机の上を手早く片付けてしまう。

 静けさに気づいた彼女が、おもむろに、かち、と冷たい瞼を上げた。

 同じ机の上で、銀色の光りを纏う貴婦人はうっとりと微睡んでいたのだが、その眼差しがゆっくりと持ち上がり、正面へと向けられる。

 その先には、この書斎の主が黒革の安楽椅子に腰掛けていて、彼女の眼差しを気取ると、鋭く見返し、

「出掛ける。」

「…そう。」

 悩ましげなため息と共に、彼女は頷く。

 さして関心のなさそうな魔導具を胸元におさめ、道寺は書斎を後にする。

 美しい姿勢で歩く彼の足取りは、いつも通り、わずかな空気の揺らぎさえ起こさない。

 音もなく、気配もなく、ごく自然に闇や影に溶け込んで歩く。

 戦場において基本かつ必要不可欠な技能として、道寺は鍛練のついでに、早々とこの歩き方を身につけた。

 そして、大抵の者はついて行くことも叶わないくらい速い。

「あんなに静かなのに、本当、信じられないよ。」

 どこにでも同行させられている銀牙は、未だ、あっという間に離れていく彼の背中に向かって、こう呟いては口を尖らせる日々だ。

 陽射しの差し込む窓もない階段を下り、迷うことなく彼が向かった先は、しかしキッチンだった。

 そこは、キッチンというより、厨房と呼びたくなるほどの広さと設備があり、この城が城としての機能をきちんと備えている証のひとつとなっている。

 道寺はそこへ足を踏み入れるなり、

「柏(かしわ)。」

 淡とした声を室内へ投げかければ、男がひとり振り向いた。

 恰幅のいい壮年の執事は、道寺の姿を目にするなり、作業の手を止め、小さく頭を垂れて静止する。

 背の高さは、ほぼ道寺と同じくらいだが、彼の方が肩幅が広く胸板も厚いため、道寺よりもずっと威圧感がある。執事として全く隙のない潔癖な装いと、変化のない厳しい面差しが、その威圧感に拍車をかけていた。そして、優美なほど、自然で完璧な所作。

「頼みがある。」

 道寺がそう言うと、柏と呼ばれた執事は、綺麗に揃えた指先で、厨房の真ん中にある作業台の上を柔らかく指し示す。

 そこには、藤で編まれた大きなバスケットが置かれていた。

 赤ん坊の揺りかごくらいある、大きな四角いバスケットには、きちんと蓋がされていて、中を覗くことは叶わない。

 だが、それを目にするなり、道寺は呆れと感嘆が入り交じった、複雑そうな溜め息をもらし、

「相変わらずだな。」

 すると、道寺が背を向けている出入口の方から、

「おや、我らの読みが外れてしまいましたかな。」

 老いてひしゃげてしまっているのに、不思議と聞き取りやすい声が、おっとりと告げる。

 半歩下がる形で、道寺は声の主へ振り返った。

 柏よりもはるかに小柄で、白髪混じりのもうひとりの執事は、ワインのボトルを一本、さも大事そうに両手で抱えた姿で現れた。

 冷淡な道寺の視線など、気にも止めていないらしく、彼もまた穏やかな無表情で、

「もし、違えておりましても、旦那様のことですから、無駄には致しませんでしょう?」

 控えめな口振りでそんなことを言いながら、彼はゆっくりと道寺の前へと回り込み、手にしていたボトルをバスケットの中へと仕舞い入れる。

 太い骨と、粗野で大きな爪が目立つ、皮ばかりの彼の手は、彼が道寺や柏よりもずっと年長者であることを雄弁に物語っていた。

 そして、柏とはまた違う、歳経た者が自然と身につける丁寧な手つき。

 彼はバスケットの本体を、両腕で抱えて持ち上げると、くるりと身体ごと向きを変え、持ち手の部分を道寺へと差し出した。

 まだ何も言っていないのにも関わらず、バスケットを差し出されてしまった道寺は、しばしそれを見下ろしていたが、そっとその持ち手を握り、二人に向かって、

「後は頼む。柏、瓢(ひさご)。」

 身を翻すように厨房を出ていく道寺に、二人は並び立ち、頭を垂れる。

 厨房から一番近い、外に通じる扉へと向かえば、そこでもまた、男がひとり、道寺を待ち構えていた。

 柏や瓢とは異なり、彼は執事たる姿とは程遠い格好をしていた。

 袖口を捲った白いシャツに、厚手のズボンをサスペンダーで吊っているだけの、ひどくラフな服装。

 よく見てみれば、足元のショートブーツにはまだ乾き切っていない泥汚れがあり、また腰の後ろ辺りには、一応人目をはばかるように、ナイフの握りの一部分がちらりと見える。

 一見、年若く見えるのは、バランスのいい筋肉のつき方と、明るい髪の色のせいだろう。

 いつからそうしているのか、男は目を閉じ、腕を組んだまま、薄暗い廊下の壁に軽く背中を預けている。

 そんなふうに外へと向かう扉のすぐ隣を陣取っている男の姿に気づくと、道寺はかすかに眉をひそめた。

 だが、その足取りに変化はない。

 通常なら気づかれることのない道寺の気配であるのに、男はふいに顔をあげ、道寺の姿を捉える。

 少し長い前髪の奥から、凄みのある、鋭い眼差しが射抜く。

 しかし、道寺は男のことなどまるで見えていないかのように、彼の鼻先をよぎり、目的の扉の前に立つ。

 控えめで簡素な造りの扉へと手を伸ばし、その指先が扉に触れた瞬間、

「あんたがそんな真似をするとは、思いもよらなかった。」

 意外なほど柔らかく落ち着いた、男の声。

 しかしその口振りは、明らかに不機嫌なものだった。

 道寺は不審に思いながらも、己の手元を見下ろしたまま、

「二人とも、私を父と呼んでくれている。そのささやかな礼だ。」

 道寺のそんな言い分を耳にしても、生来、あまりにこやかとは言い難い面構えのその男は、表情を変えない。

 膝下で組んでいる足を、表情の乏しい顔で見下ろしたまま、

「どこで拾ったかは聞かないが、あんたは次の絶狼を、あのガキと決めたんだろう?ならば、俺達はいつまで、『いない振り』なんだ?」

 問われて、道寺は一拍置き、

「ずっと、だ。」

 その返答に、男は短い息を肩で吐き捨て、斜に舌打ちする。

 彼のそんな仕草を目の端でとらえていた道寺は、わずかに声を下げて、

「大人に甘えることを覚えさせたくないのだ。…すまない。」

 しかし、男は壁に寄りかかったままで、じろりと道寺を睨み、

「理由なんざいい。雇われの身だ、逆らう気もない。ただ、全然面白味がない、ってのが癪なんだよ。」

 苛ついた口振りでそう責められても、道寺は何も言わない。

 黙するばかりの彼を、男は横目でしばし眺めていたがすぐに、幾分肩を下げると、やっと壁から身体を起こした。

 組んでいた腕を解き、道寺へと向き直る。

 むすっとした顔のまま、

「あいつは、もう勘づいている。俺達三人が、ただの執事や庭師ではないらしいとな。」

 落ち着いた口調で、男はさらにそう告げた。

 道寺のわずかな表情の変化さえ見逃すまいと目を凝らしている様だったが、男の言ったことなど、道寺にはすでに既知の事実であったらしく、眉ひとつ動かさない。

 揺らがない道寺に、男は重たい息を吐くと腰に左手を当てて項垂れる。

 奔放な髪に右手を突っ込み、栗色の髪を何度か、かき混ぜてから、彼は改めて道寺に向き直った。

 ひたむきに、問い質すような、男の面差し。

 いつもの彼は何事、無関心で飄々としているのに、時折、その双眸に冬の星のような輝きをちらつかせることがある。

 今、まさにそんな眼差しで道寺と向き合い、いくらか柔らかさを取り戻した語り口でもって、

「初めて見た時には、あまりに幼くて頼りない有り様だったが、なかなか、どうして。

 弱音は吐かない、負けん気は強い、目もいいし、勘もいい。

 素質は充分ある、と言えるだろう。」

 そこまで言って、男はやっと気づいたかのように、我に返った顔で道寺に振り向く。

「もしや、……あんたの子か?」

 男の問いを耳にするなり、道寺は目眩を覚える。

 こいつは間違いなく、本気でそう思ったに違いない。

 彼の性分を知っているからこそ、道寺は思わず、男を斜めに睨みつけながら唸った。

「私に、そんな真似ができると思うか?」

 だが、男は小さく肩をすくめて、

「あんたにできなくても、女にはそんなこと、朝飯前だろう。以前あんたが命を懸けた、あの御方ならば、なおさらだ。」

 本気でそう思っているらしい男に、道寺は沸々とした苛立ちを覚えながらも、それを押し殺した口振りで、

「馬鹿なことを。

 もとより、私だけなら目を瞑るが、それ以上、彼の女(ひと)まで貶(おとし)めるような口を叩くのであれば、ただでは済まさん。」

 生真面目な道寺の牽制は、しかし男には逆効果だったらしく、彼は眉を吊り上げながらも、冷静な口調で反論してきた。

「貶めてなどいない。あんたも彼女も本気だった。そんなことは皆、承知していたんだ。

 なのに結局、この有り様。できるものなら、今からでも、どうにかして欲しいくらいだ。」

 怒りすら含んでいる、真摯な表情。

 怒らせているのは、自分、らしい。

 恐らく彼は、そんな思いをずっと胸の内にしまっていたのだろう。

 だが、ずっとしまったまま、黙って見守る、という忍耐のいる行為に、彼はもともとあまり向いていない、どちらかと言えば、せっかちな性格だったことを思い出す。

 彼の思いに対し何か言わなくてはと考えを巡らすが、道寺には結局、どんな言葉も見つからなかった。

 逃げていると自覚しながらも、道寺は無理矢理、話を元に戻そうとする。

「そんな用件だったのか?…凩(こがらし)。」

 すると、男はちらりと目を丸くした後、別に、と吐き捨てる。

 急に興味をなくした様子で、ふらりと道寺から離れようとする凩だったが、去り際に、ぽつりと言った。

「よかったな。」

「何がだ?」

 脈絡のない彼の言葉を、道寺は律儀に聞き返す。

 凩は億劫そうに振り返りながら、

「今のあんたと静香さ。そういう意味でも、あのガキ、…あの銀牙は、面白い。」

 言葉とは裏腹な、そっけない口振りでそう言ってから、大仰なため息を一つ吐き、無愛想この上なく、

「あいつになら、絶狼をやってもいい。」

 そう言い放ち、彼は足早に去って行った。

 遠ざかる男の背中を見送りながら、道寺は凩の台詞を頭の中で繰り返す。

 すると胸元から、面白そうな囁きが聞こえた。

「まったく、どうしてあんなにシャイなのかしら。」

 銀色に輝く聡明な彼女に、道寺は少し考えてから、

「そう、なのか?」

 主の問いかけに、魔導具はくすくすと笑いを滲ませた口振りで、

「素直に言えないなんて、もしかしたら、坊やよりも彼の方が、子供なのかもね。」

 若々しい艶やか声で、久遠の時を存在し続ける魔女は、そんなふうに彼を面白がる。

 そして、改めて真意を質すような声色でもって、

「ところで、絶狼。あの子達は今、南の森に入った辺りにいるけれど。」

 そつのない魔道具の台詞は、たちまち彼が今、何をしようとしていたかを思い出させる。

 やれやれ、と気をとり直すと、やっと扉を引き寄せて開け放ち、道寺は外へと踏み出した。

 

 

 

 二人はあっけなく見つかった。

 彼等は南の森に入ってすぐの花畑の真ん中に、敷物を広げていて、道寺は歩み寄りながら、首を傾げてしまう。

 間近で見下ろせば、二人はここにたどり着いたものの、疲れて眠ってしまったのだろうことが見てとれた。

 しかし、この強すぎるくらいの陽射しの下、どう考えても、

「暑い、と思うのだが…。」

 すると魔導具も、

「こんなところで、よく眠れるものね。眩しくないのかしら。」

 案の定、二人とも額にうっすらと汗を滲ませ、苦し気に眉を歪ませながら、それでも仰向けになって眠っている。

「どうするの?絶狼。」

 銀色の貴婦人は、ため息混じりに囁く。

「まさか、ランチもなしにお昼寝なんてね。」

 だが、道寺はくるりと身を翻すと、一番近い木陰に入ってしまう。

 影に踏み込むなり、葉の香りの溶けた涼やかな風が、さらりと頬を撫でて行く。

 見回して、手頃な樹の根の上へとバスケットを下ろすと、早速、ワインのボトルを取り出した。

 コルクの栓は、半分ほど押し込まれているだけで、簡単に手で抜けた。

 ぽん、という明るい音に満足し、道寺はボトルに口をつけて、一口飲む。

 程よく冷えたロゼは、爽やかな香りで、すんなりとした甘味が身体に沁みた。

「なかなかに、いい気分だな。」

 明るい陽射しと、美しい花畑。

 すっかり忘れていた、己が産まれ落ちた本来の世界の景色を、彼は眩しげに眺める。

「ちょっと、絶狼。あの子達はどうするの?」

 彼女がせっつくようなことを言うが、道寺は気にする様子もなく、地面から盛り上がった樹の根に腰を下ろし、鷹揚な仕草で酒を楽しむ。

「いいではないか。飲みながら、のんびり待つのも。腹が空けば、勝手に起きる。」

 すると彼女は憤慨したらしく、苛立ちと呆れの入り交じった声で、

「坊やはともかく、静香は駄目よ。熱中症にでもなったら大変でしょう。」

「それは、不味いな。」

 そう呟いても、道寺は立ち上がろうとしない。

 どこかいつもと違う彼に、魔導具は形の良い眉を、かちりとひそめ、

「もしかして、酔っているの?」

 銀の貴婦人の台詞に、彼はわずかに眉を寄せ、

「ああ。ちゃんと、酔っている。久しぶりにな。」

 魔戒騎士に毒は効かない。

 だから、身体や思考を麻痺させる酒もまた、毒のひとつとみなされ、酔っている暇もなく即座に分解されてしまうのが、通常だ。

 ということは、今の道寺の身体は、魔戒騎士を休んでいる状態ということなのだろう。

 繊細な細工を誇る魔導具は、しばし時を置いてから、

「そうね。こんな刻もあっていいのよ。…少なくとも、絶狼、貴方には。」

 彼女の囁きが、どこか上の空な口調であったのが気になったが、酔っている道寺はあえて聞き流した。

 また一口飲み、彼は花畑を眺める。

 ひらひらと揺らめく蝶の一羽が、二人の寝転がっている辺りに、ふわりと舞い降りたな、と思ったら、

「…くしょん!」

 銀牙がくしゃみと共に飛び起きる。

 己に何が起きたかわからず、軽く混乱して、きょろきょろと辺りを見回す彼の傍らで、静香も身体を起こした。

 悪戯な蝶のおかげで、起こす手間は省けたが、のんびり待つ暇もなかったか。

 道寺はゆっくりと腰を上げる。

 時間も丁度よい。

 どうやら当初の目論見通り、二人のピクニックに、ランチを持って乱入できたらしい。

 酒を片手に、いつもよりゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる道寺の姿に、いち早く気づいた銀牙が目を丸くしているのが、愉快でならない。

 そんな自分に少し照れながらも、道寺は胸に陽が差す想いであることを、心地好く感じていた。





幼少期、終了。
長すぎ。
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