指令を完遂すると、その足で番犬所に向かうのが、道寺の流儀。
俺もそれに習い、ホラーを封滅するとすぐ、番犬所を訪れ、さっさと魔戒剣を浄化する。
後は神官に形式的な報告をすませれば、指令は終了だ。
犬の石像が魔戒剣の浄化を終えて吐き出すのを、じりじりと待っていると、いつのまにか現れていた神官が、背後から声をかけてきた。
「…馴染んできたようですね、銀河騎士、絶狼、の称号にも。」
奴の口から、指令以外のことを聞くのは初めてだった。
しかも、どう頑張っても好きになれない奴からの気遣いなんて、無視されるより厄介だ。
慎重に振り返り、余計な事は口にしないよう、ただ頭を垂れる。
すると、奴はさらに珍しいことに、口元に微かな笑みを浮かべた。
「その表情(かお)も、道寺から?」
そう指摘され、自分が相当目つきを尖らせ、神官を睨んでしまっていたことに気づく。
一瞬、戸惑えば、奴はもう無表情に戻り、
「…要らぬ、詮索でした。…報告を。」
促されるまま、俺は必要最小限の事実だけを報告し、振り返ることもなく、その場を後にする。
夜明け前の藍色の空を横目に、俺は家路を急ぐ。
朝焼けで、雲が一様に橙色に照らされるのは、わずかな間だけ。すぐに、太陽が高くなり、見慣れた朝の風景になっていく。
今日は幸いにも、明るくなる前に、城へ帰り着いた。
まず向かうのは、彼女の部屋。
静香は部屋に鍵などかけないから、扉に手をかければ嬉しくなるほど素直に開いてくれる。
気配を殺して、室内に身体を滑り込ませ、ゆっくり彼女のベッドに歩み寄ってみる。
静香の穏やかな呼吸を確かめ、ひと安心。
ベッドの傍らにある椅子が目に入り、なんとなく腰掛けて、彼女の寝顔を眺めた。
穏やかな表情で、静香は眠っている。
口元に微かな笑みを浮かべていて、何だか幸せそうだなぁ。どんな夢を見てるのか、聞いてみたくなる。
柔らかそうな頬に指を伸ばしかけたが、戦闘の後で穢れたままだ、と気づいて引っ込める。
ひんやりとした、何でもないこの静けさに、ぼんやりと思考を投げ出す。
身体が、ずるずると沈む感覚。
……マズい、動けなくなる。
唐突に、窓のすぐ外で、ピイィ、ピイィと鋭い鳥の声がよぎった。
ふわ、ふわふわ、と彼女の気配が揺らめき、瞼が上がる。
「…、銀牙?」
物音などさせていないのに、彼女は大抵、そんな風にして目を覚ましてしまう。
「ごめん、起こして。ただいま。」
緩やかに微笑むと、横たわったまま、彼女も小さく笑い返してくれる。
うっすらと開かれた、鳶色の瞳がゆっくりと輝き出す。
「お帰りなさい。…こんな時間まで、お疲れ様。」
安心したらしい彼女の笑顔に、俺も安らいで、つい、
「ありがと。…あのさ、これから、……ちょっとだけ、いい?」
申し訳なさそうな笑みで尋ねると、静香はますます笑って、小さく頷いてくれた。
俺は満面の笑みになり、
「じゃ、待ってて。すぐ戻るから。」
それだけ告げて、俺は彼女の部屋を後にする。
道寺の部屋に飛び込み、指令を済ませた旨を伝えると、今度は自分の部屋に駆け込んだ。
魔法衣を脱ぎ、魔導具を置くと、浴室に入り、汚れた身体を洗う。
清潔で柔らかな服を選んで袖を通し、髪を乾かす時間すら惜しんで、俺は静香の部屋に向かう。
静香が頷いてくれた。
嬉しくて、胸が逸る。
今日は、ひどく疲れたから。
静香に、触れたい…。
少しでも、早く…。