peaceful days   作:楡野 透

35 / 43
第7話

 指令を完遂すると、その足で番犬所に向かうのが、道寺の流儀。

 俺もそれに習い、ホラーを封滅するとすぐ、番犬所を訪れ、さっさと魔戒剣を浄化する。

 後は神官に形式的な報告をすませれば、指令は終了だ。

 犬の石像が魔戒剣の浄化を終えて吐き出すのを、じりじりと待っていると、いつのまにか現れていた神官が、背後から声をかけてきた。

「…馴染んできたようですね、銀河騎士、絶狼、の称号にも。」

 奴の口から、指令以外のことを聞くのは初めてだった。

 しかも、どう頑張っても好きになれない奴からの気遣いなんて、無視されるより厄介だ。

 慎重に振り返り、余計な事は口にしないよう、ただ頭を垂れる。

 すると、奴はさらに珍しいことに、口元に微かな笑みを浮かべた。

「その表情(かお)も、道寺から?」

 そう指摘され、自分が相当目つきを尖らせ、神官を睨んでしまっていたことに気づく。

 一瞬、戸惑えば、奴はもう無表情に戻り、

「…要らぬ、詮索でした。…報告を。」

 促されるまま、俺は必要最小限の事実だけを報告し、振り返ることもなく、その場を後にする。

 夜明け前の藍色の空を横目に、俺は家路を急ぐ。

 朝焼けで、雲が一様に橙色に照らされるのは、わずかな間だけ。すぐに、太陽が高くなり、見慣れた朝の風景になっていく。

 今日は幸いにも、明るくなる前に、城へ帰り着いた。

 まず向かうのは、彼女の部屋。

 静香は部屋に鍵などかけないから、扉に手をかければ嬉しくなるほど素直に開いてくれる。

 気配を殺して、室内に身体を滑り込ませ、ゆっくり彼女のベッドに歩み寄ってみる。

 静香の穏やかな呼吸を確かめ、ひと安心。

 ベッドの傍らにある椅子が目に入り、なんとなく腰掛けて、彼女の寝顔を眺めた。

 穏やかな表情で、静香は眠っている。

 口元に微かな笑みを浮かべていて、何だか幸せそうだなぁ。どんな夢を見てるのか、聞いてみたくなる。

 柔らかそうな頬に指を伸ばしかけたが、戦闘の後で穢れたままだ、と気づいて引っ込める。

 ひんやりとした、何でもないこの静けさに、ぼんやりと思考を投げ出す。

 身体が、ずるずると沈む感覚。

 ……マズい、動けなくなる。

 唐突に、窓のすぐ外で、ピイィ、ピイィと鋭い鳥の声がよぎった。

 ふわ、ふわふわ、と彼女の気配が揺らめき、瞼が上がる。

「…、銀牙?」

 物音などさせていないのに、彼女は大抵、そんな風にして目を覚ましてしまう。

「ごめん、起こして。ただいま。」

 緩やかに微笑むと、横たわったまま、彼女も小さく笑い返してくれる。

 うっすらと開かれた、鳶色の瞳がゆっくりと輝き出す。

「お帰りなさい。…こんな時間まで、お疲れ様。」

 安心したらしい彼女の笑顔に、俺も安らいで、つい、

「ありがと。…あのさ、これから、……ちょっとだけ、いい?」

 申し訳なさそうな笑みで尋ねると、静香はますます笑って、小さく頷いてくれた。

 俺は満面の笑みになり、

「じゃ、待ってて。すぐ戻るから。」

 それだけ告げて、俺は彼女の部屋を後にする。

 道寺の部屋に飛び込み、指令を済ませた旨を伝えると、今度は自分の部屋に駆け込んだ。

 魔法衣を脱ぎ、魔導具を置くと、浴室に入り、汚れた身体を洗う。

 清潔で柔らかな服を選んで袖を通し、髪を乾かす時間すら惜しんで、俺は静香の部屋に向かう。

 静香が頷いてくれた。

 嬉しくて、胸が逸る。

 今日は、ひどく疲れたから。

 静香に、触れたい…。

 少しでも、早く…。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。