peaceful days   作:楡野 透

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第8話

 静香に剣を向け、傷を負わせた直後、彼女は体調を崩した。

 意識がなくなるほど衰弱し、それでも死の淵から立ち戻ってきてくれた静香に、俺は何よりもまず、訊かなくてはならないことがあった。

 訊かなくては、彼女のために、何ひとつ、してやることができない。

 ベッドの傍らに立ち、そっと彼女の表情を覗く。

 胡乱な眼差しが、俺を見つける。

 目覚めている彼女に身体が震えそうになるが、なんとか、肩で大きく息を吐き出すことでそれをごまかし、俺は吐息の様な声で、

「おはよう。」

 すると、静香の瞼がすと下がった気がして、俺は彼女が何か言うよりも早く、

「静香、…俺のこと、怖い?」

 熱に浮かされ続け、疲労しきった静香は、力ない眼差しで俺を見つめる。

 ずっと、気が気じゃなかった。

 静香とは、剣を向けた後も、キッチンで言葉を交わしているし、シルヴァとの内緒話も聞いている。

 大丈夫、なはず、なんだ。

 でも、それでも、一抹の不安が拭い切れない。

 冷静な静香と目を合わせることが、信じられないくらい怖い。

 彼女を失うことが、怖くて仕方なかった。

 彼女の足元の方に立ち、眼差しを伏せて、答えを待つ。

 部屋には午前中の、少し硬い陽射しが差し込んでいて、ベッドの上にも薄い影が映っていた。

 布団の隙間からこっそりと伸びてきた白い手に気づき、弾かれたように静香に振り向く。

 彼女は淡い鳶色の瞳に俺をとらえ、優しい微笑みを浮かべていた。

 急いで、彼女の手を両手ですくい上げると、悔しくて苦しくて、唸るように呟く。

「…剣なんか向けて、怪我までさせて、本当に、……すまない。」

 項垂れて、立ち尽くしていれば、握っていた彼女の手が、ゆっくりと俺の手を握り返してきた。

 恐る恐る、彼女の面差しに目を向け直す。

 彼女は穏やかな表情で、微かに首を横に振った。

 そして、小さく笑って、

「そんな、悲しい顔、しないで。」

 乾いた喉のせいで、静香の声は無残に割れていた。

 俺がサイドテーブルにあった水の入ったコップを手にすると、彼女はよろめきながら身体を起こす。

 静香の背中に手のひらを当てて支えながら、彼女のすぐ背後に膝をつき、にじり寄るように座り込む。

 彼女の背中を、胸で受け止め、静香がたどたどしくコップを口元に運び、喉を潤す手助けをする。

 ほっそりとした静香の首筋が、息がかかるくらいすぐ近くにあって、巻かれている包帯が少し緩んでいるのが目に入った。

 彼女は、背中を俺に預けたまま、コップを両手で包むように持って俯き、

「でも、…嬉しい。最近の、銀牙。」

 消え入りそうなほど小さな彼女の呟きに、え、と控えめな声で聞き返す。

 想定していなかった類いの言葉だったから、すぐには何のことか解らなかった。

 すると、静香はくすぐったそうな声色で、

「……本当の顔、してるでしょ。悲しい顔でも、嬉しい…。」

 静香には、以前、泣かれたことがある。

 笑顔でい続けることで安心させようとした俺に向かって、無理に笑わないで欲しい、自分の本当の気持ちや望みをもっと大事にして欲しい、とぼろぼろ泣かれてしまった。

 無理に笑っているつもりはなかったが、そんな風に静香が泣いてくれたことが、死ぬほど嬉しかった。

 あの時の静香の涙は、今でも俺を癒し続けてくれている。

 温かく優しい、俺のためだけの、静香の涙。

「前にも言っただろ?静香にだけは、作り笑いしたことない、って。」

 穏やかな口調でそう言うと、こくん、と彼女の亜麻色の頭が前に揺れて、

「うん。…ちゃんと、覚えてる。」

 彼女は少し甘い声でそう返してくれた。

 胸元に感じる静香の身体の重さに、俺は安心する。

 触れ合っているこの温かさこそ、彼女が今、生きていることの証に他ならないのだから。

 おもむろに、

「この間の…返事、聞かせて…。」

 彼女がそう言ったのが聞こえたが、心当たりがなくて、

「返事、って?」

 頼りなく問い返せば、彼女は下を向いたまま小声で尋ねる。

「私、まだ、…許されてる?………まだ、銀牙のこと、好きでいて、いい?」

 言われて、すぐ返事ができなかった。

『もちろん、当たり前だろ。』

 いっそ、そう言えたら、良かったのかもしれない。

 言えれば、静香はきっと、また俺を信じて安心できたんだろうから。

 でも、言えなかった。

 静香以外の奴にだったら、笑って言ってた。

 俺の相槌なんて、所詮そんなもん。

 相手が言って欲しいと望んでいるであろう台詞を、ただ返しているだけ。

 だけど、本人がそう背中を押されたがっているのが判るのだから、仕方ない。

 大体、当事者であろう本人が一番悩んだ末の結論なのだから、本人が信頼に足る人物なら、その結論だって俺は信頼するし、頷いてみせるくらい、お安い御用だ。

 一見、おざなりで、いい加減かもしれないが、一応これでもそれくらいの責任を持って発言しているつもりなのだが、勘のいい奴はすぐ、俺のこのやり方に気づき、

「真面目に答えろ!」

 と怒ったり、

「お前はいい加減すぎる。」

 と呆れたりする。

 そんなつもりは、ないんだけどな。

 本人以上に真面目に考えられるほど、俺は器用じゃないんだから、そんな風に答えを出すことだって、そんなに間違ってないと思うんだけど。

 だが、相手が静香となると、話は別だ。

 彼女との会話は、そうはいかない。

 静香のことに関してだけは、どんなに悩んで出した答えでも、どこか落ち着かない不安がいつもうっすらと残る。

 今回の件についても、ずっと考えているが、答えが出せない。

 何から、伝えたらいい?

 どこまで、伝えればいい?

 必要以上に、彼女を不安にさせないためにも、ちゃんと考えないと。

 そう思っているのに、真っ先に口からこぼれたのは、

「俺…、静香を、殺そうとしたんだよ?それでも、…そう、思うの?」

 シルヴァとの内緒話の中でも、静香は、俺が殺めたいと望むならそれも構わない、と言っていた。

 本当に、あんな目に合わせた俺を許してしまっているのか、やっぱり自分自身でも確かめてしまう。

 すると静香は背を向けたまま、ふるふると首を横に振って、

「そんなこと、私には、関係ない。…お願い、銀牙、…答えて。私の想いは、…もう、迷惑なの?迷惑なら、もう、何も言わない。…何も、しないから。」

 わずかに水の残るコップを持ったまま、静香は前のめりに身体を丸め、背中を震わせる。

 俺から離れた彼女の背中は、あまりに苦しそうで、俺はその痛みを丸飲みする。

 静香の悲しみは、見当外れなんだ。

 そう伝えたくて、俺はこの場にそぐわないほど、明るい穏やかな声色で言った。

「静香が迷惑だったことなんて、今まで一度もなかったし、これからだって、ないよ。

 悪いのは、俺なんだ。静香が自分を否定するのは、間違ってる。静香は、間違っちゃ駄目だ。」

「違う、違うの。」

 コップを胸に抱き締めたまま、静香は鋭いくらいの勢いで、俺に振り向く。

 涙を溜めた眼で俺を斜めに見据え、

「わかってよ、銀牙……。私はただ、知りたいだけ。

 私は、銀牙を好きでいて、いいの?駄目、なの?」

 への字に固く閉ざされた静香の口元を見つめながら、俺は彼女の手からコップを取り戻す。

 腕だけでコップをサイドテーブルに置くと、俺は肩で息を吐いた。

 それから、潤んだ瞳で睨み続けている静香に向き直り、まっすぐ見つめる。

 今回の件は、ひたすら俺の未熟さ故に起きたことだ。

 邪気によって正気を失うなど、魔戒騎士にあるまじき失態だろう。

 だが、俺にとって正気を失うことより、はるかに罪深い失態…。

 ガキの頃からずっと、全てから守る、と約束していた静香を、俺が傷つけてしまった。

 もう少しで、この手で永遠に、消し去ってしまうところだった…。

 肌が粟立つほどの恐怖が甦る。

 今でも、どうやって正気に戻ったのか、全く解らない。

 どうやら、静香の言葉がきっかけだったらしいが、…結局、自力で戻れていないなら、俺は最後まで無力だったということだ。

 静香が、救ってくれたんだ…。

 なのに俺は、自分のしたことに、怯え、逃げ出した。

 怯えていたのは、彼女も同じだったはずなのに。

 その後の静香の発熱は、まるきり俺のせい。

 俺の勝手な行動のせいで、彼女の身体がまた少し、内側から蝕まれた。

 彼女は幼い頃からずっと、漆黒に淀む死の淵へと向かって、歩き続けている。

 何度か死神に手を引かれ、歩んでいた足が小走りになったこともあった。

 だが今回は、違う。

 俺のこの手が死の淵へと突き飛ばしたんだ。

 その衝撃で、弱く頼りない静香の背中から、生命力という名の血が飛び散り、その血は俺の手を、ゾッとするような色に染めた…、そんな気がしてならない…。

 俺が剣を向けた、あの時。

 彼女はひどく穏やかな表情をしていた。

 抵抗する様子もなく、取り乱した様子もなく、刃を押し当てられているのに、微笑みすら浮かべていた。

 恐らくあの時の静香は、これっぽっちも疑っていなかったのだろう。

 俺は正しい。

 俺は間違わない。

 そう、頭から信じ切っていたんだ…。

 俺がどんなつもりかなんて、関係ない。どうでもいい。

 俺、というだけで、その全てを信じて、受け入れてしまったんだ。

 俺が剣を向けたのなら、向けられた方が悪なのだ、と彼女は信じる。

 だから、自身に剣を向けられても、俺の望むままにしていい、と命さえ差し出してみせた。

 殺したいなら、殺していい。何かを試したいなら、それでもいい。

 たとえどんな状況に陥ったとしても、俺が無実な誰かを傷つけるような真似など決してしない、と信じて…。

 静香の理屈は理解できる。

 だがそれは、俺が正気であることが大前提の話だ。

 今回俺は正気を失った。

 自我もなく、理性すらない状態では、静香の理屈は危険極まりない…。

 いや、もしかしたら彼女は、俺がそれすら克服し、正しいことを貫くと信じたのかもしれない。

 静香なら、あどけない笑顔で、当たり前のようにそんなことを言いそうな気がする…。

 今回はたまたま俺が正気に戻れたから助かったが、あの時、戻れないでいたら…。

 いや、戻るタイミングが少しでも遅かったら…。

 静香は、きっと……。

 そして俺は、一体どうなっていたんだろう…。

 闇の力の底知れなさに、恐怖と怒りを覚える。

 絶狼を継ぐ、ってことがどんなことなのか、初めて実感できた気がする。

 鎧を召喚できるだけじゃ駄目なんだ。

 鎧の持つ力を完全に支配できなくては。

 でないとまた、俺は静香を危険にさらしてしまう。

 伝えたいことが、胸の内で嵐のように湧き上がっているのに、言葉に置き換えようとするほど、伝えるべきことでなくなって、結局、その何もかもが俺の力が足らなかったせいなんだと思い知らされてゆく。

 邪気に蝕まれていること。

 そのせいで正気を失い、静香を傷つけたこと。

 浄化は続けているが、根本的な解決にはなっていないこと。

 魔戒騎士であり続ける以上、またいつかあんなことが起こるかもしれないこと…。

 すべて、俺が至らないせいだ。

 だからこそ、静香には言わなくてはいけないことがある。どうしても伝わって欲しいことが。

 瞳を揺らめかせ、じっと返事を待っている静香に、俺は固くなりがちな声で呟く。

 わかって欲しいとか、伝わって欲しいとか、そんなの、所詮、身勝手な俺のエゴなんだ、と思い知りながら。

「静香、…本当に、すまない。俺は約束を守れなかった。すべてから守ると、ガキの頃から約束してきたのに。」

 弾けるように笑う、子供の頃の静香の面影が、脳裏に浮かぶ。

 愛らしくて、眩しくて、ずっと側にいたいと、生まれて初めて願った存在。

 あんな風に笑いかけてくれるなら、どんな犠牲だって払えると本気で思った。

 それなのに、今、目の前にいる彼女は、悲痛とも呼べる顔で俺を見上げている。

 悲鳴のような眼差しから逃れるように、俺は視線を下げ、彼女の首元でぴたりと止まった。

 こんなはずじゃなかった。

 こんな傷をつけるはずじゃなかった。

「なのに俺は、傷つけた。何の罪もない、静香を。」

 おずおずと、彼女の首に巻かれた包帯に指を伸ばす。

 優しく、優しく、その柔らかい布地をなでながら、ただ静かな口調で、

「本当に、静香は何も悪くないんだ。だから、静香の痛みが和らぐなら、俺は本当になんでもするよ。」

 心底、そう思う。

 本当に少しでも彼女を癒すことができるなら、俺は間違いなく、なんだってする。

 包帯をなでるくらいしかできないでいる俺の手を、ひやりとした彼女の指がゆっくりと掴む。

 沈んでいた意識が、ふと浮き上がり、俺は再び静香の眼を覗いた。

 さっきとは違う色合いが見えて、その光りに背中を押されるように、俺は気持ちをこめて彼女に告げる。

「信じてもらえないかも知れないけど、俺は、ガキの頃から何も変わってない。今も、この瞬間だって、俺のすべては静香と共にある。たとえ、静香に嫌われる時が来ようとも、俺は静香をひとりにはしない。絶対。」

 けれど、彼女の瞳は、どこか曇ったままで晴れない。

 何かが足りない。

 何だ、何が足りないんだ?

 焦りそうになる心のまま、俺の手は彼女の柔らかな頬に指先を添わせ、

「俺が心まで差し出せるのは、静香だけ。俺が好きなのは、これからもずっと、静香だけだ。」

 そう言った途端、静香は目を見開き、息をつめた。

 そして、たちまち顔を赤らめ、縮こまるように下を向いてしまう。

 そんな彼女に内心ホッとしながらも、俺は話し続けた。

「今回のことだけど、あれは、本来、静香とは全然関係ないことが引き金だったんだ。

 ただひたすら、…俺の判断が甘かったせいで、俺はあんなことをしでかした。

 あの時、相手が誰であっても、静香じゃなくても、きっと、俺はああした。

 ……俺の失態なんだ。

 あげく、俺は静香を巻き込んで、命すら危うくした。…謝ってすむ話じゃない、っていうのも解ってる。」

 解っているんだ。

 だけど、どうしたらいいのか、解らない。

 …いいや、本当は解っている。

 何か謝罪の言葉を言えばいい、とか、償いの行動をとることで許される、とか、そんな簡単なことじゃない。

 これからの俺の在り方そのもので、ごく僅かずつでも、詫び続けていくしかない。

 今すぐには、許されようがないことなんだ…。

 絶狼の称号を継ぐ。

 それは、幼い頃からの夢であり、目標だったが、こんなことは予想もしていなかった。

 ある意味、魔戒騎士をなめてたし、闇に身を置くということをなめてたんだと思う。

 道寺はそんな素振り、少しも見せなかった。今の俺のように苦しんだりしていたなんて、到底、信じられない。

 だが、俺は苦しむどころか、こんなことまで引き起こして……。

 肩に静香の頭が、こつんと当たって、俺は我に返る。

 俺の肩口に顔を埋めるようにして、彼女が言った。

「よかった…。私のことが、嫌いになったんじゃ、なかったんだ…。それが、一番、怖かった。」

 心から安心したように、彼女は声を震わせて呟く。

 ずっと一緒にいたい、と泣いていた彼女を急に思い出し、胸が締め付けられる。

 とっさに、

「嫌いになれる訳ない。ずっとずっと、好きだったんだ。だからこそ、悔しくって、情けなくって、……。」

 一丁前に、これまで築き上げてきたつもりの、静香の俺に対する信頼を根こそぎ薙ぎ払ってしまった気がして、自分のそんな迂闊さに腹が立ちすぎて苦しいくらいだ。

 それなのに、彼女は顔を上げないで、首を横に振る。

「そんなこと、言わないで。私は今、ここに、生きてる。私はそれで、いいの。銀牙は、まだ、何も、してないよ。」

 静香の優しい言葉に対して、俺は素直に頷くことができず、苛立ちのまま、

「俺は!、静香を守るって約束したんだ、なのに殺しかけた!何もしてないじゃない!」

 強い口調でそう言い放っても、彼女はどこか明るい声で、あっさりと返す。

「でも、私、全然、怖くなかったわ。…嫌われたかも、って、思いついて、からの方が、ずっとずっと、…怖かった。二度と、笑って、もらえないことの方が、ずっと…。」

 次第に声が小さくなっていく彼女に気づき、俺は片腕を彼女の背中へ回して抱きかかえ、手のひらでうなじを支えるようにして、俺の胸元に押しつける。

 抱き込んだ彼女の頬の柔らかさ、温かさが、シャツ越しに伝わってくる。

「銀牙…。」

 胸に顔をくっつけたままになっている彼女の声が、ひどく甘く、鎖骨の辺りで聞こえた。

 俺を見限ってもいいのに。

 それくらいのことを、されたっていうのに。

 それなのに、君は今だって、俺の腕の中におさまってくれている。

「…やっぱり、ちゃんと、銀牙じゃない。」

 急に言われて、俺は目を丸くする。

 彼女は僅かに喉を震わせて、嬉しそうに笑いながら、

「貴方は、銀牙。私の知っている、銀牙だもの、私から、離れたりは、しないわ。」

 そう言う彼女の呼吸が、さっきより、荒く重たいものになっていることに気づき、俺はあわててベッドから飛び降りると、彼女をきちんと寝かせ直した。

「静香、ごめん。」

 手離したくなくて、気づかない振りをしてた…。

 そう言えなくて困っていたら、彼女はじんわりと微笑み、

「ううん、…私の、方こそ、ごめんね。」

 どこか寂しそうな彼女の囁き。

 多分、静香は解ってる…。

 俺は彼女の辛さを少しでも和らげたくて、ベッドに流れている静香の髪や肩をそっと撫でる。

「眠るなら、何か食べてから、眠った方がいい。ちょっと探してくるよ。」

 俺が背を向けると、静香は慌てたように、

「待って。」

「ん?どうかした?」

 いつもの調子で振り返れば、静香は少し頬を膨らませ、

「…まだ、聞いてない。」

「え」

「返事、聞いてない。」

 ベッドの中でむくれている静香に、俺は内心、苦笑する。

 照れながら催促する彼女は、とても可愛い。

 少し考えて、俺は彼女の枕元に立つ。

 すると静香はブラケットを目元まで引っ張り上げて、上目遣いに見上げてきた。

 鳶色の瞳が悪戯っぽく輝いている。

 …すっごく期待されてて、すっごく、やりづらい、……んだけど、まぁいいか。

 俺は彼女の耳元に顔を寄せ、

「…好きなだけ、好きでいて。…でも、俺の『静香が好き』には、きっと勝てないけどね。」

 そう言って、彼女の目元にキスしようとしたら、彼女の唇の方が先に、俺の唇の端に軽く触れてきた。

 びっくりして顔を上げた俺に、静香はにっこりと笑って、

「ふふ、負けないもん。」

 何だか、妙な敗北感に、俺は口を尖らせる。

 だが、その直後に見せた、あまりに眩しく満たされた静香の微笑に、俺も柔らかく微笑み返す。

「静香、……ありがと。」

 彼女は俺を見つめながら、緩やかな瞬きを繰り返し、再び眠りに向かい始める。

 そんな彼女の様子に、俺は小さく笑って、部屋を出る。

 ジュースくらいなら、飲んでくれるかな。ちょっと急いだ方がいいみたいだけど。

 俺はやっと、軽やかな足取りで、キッチンへと向かった。

 

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