peaceful days   作:楡野 透

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この回は、凉邑零氏のモノローグのみです。
キャラクターに対する決めつけ等が不快な方は、せめて次へ。
ただ自分には、最初から彼はこういうキャラクターにしか見えなかったので、つい、書いてしまいました。


第14話

 ずっと一緒に生きてきた。

 二人して、互いに支え合って、微笑み合って、かけがえのない存在として、信頼し合ってきた。

 信頼は、愛情とごちゃ混ぜになったり、ならなかったり。

 とにかく、もどかしいくらい、愛しくて。

 だから、あんなに大事に、胸に抱き締めていたのに。

 彼女は突然、消えてなくなってしまった。

 今でも、わからない。

 どうして、消えてしまったのか。

 どうして、消えてしまったのが彼女だったのか。

 答えは今も、見つからない…。

 

 

 

 あの日のことは、あまりよく覚えていない。

 いや、覚えていない、というより、思い出せない、の方が正しいか。

 思い出そうとしても、身体が先に拒んでしまうみたいで、気分が悪くなり、吐き気で何も考えられなくなる。

 奇妙なほど断片的に、幾つかのことは思い出せる。

 階段の途中で倒れていた道寺を抱き上げ、間に合わなかったんだ、と知った。

 そして、

「きゃあぁぁぁ、銀牙っ!」

 怯えきった静香の悲鳴。

 駆け付けた時、彼女はまだ生きていた。

 なのにその直後、黒く光る大剣が、跪(ひざまず)く静香の胸を…。

 彼女の身体から、美しい赤が噴き出し、…力なく、床に崩れ落ちた…。

 それ以上のことは、思い出そうとしても、目の前が揺れてブレたり、ノイズが走っているみたいになって、明瞭な像を結ぶことができない。

 とにかく俺は、力の入らない身体を引きずるようにして、彼女の元へ急いで駆け寄った。

 多分、ずっと呼びかけてたと思う。

 でも、覚えているのは、表情のない静香の綺麗な顔と、胸の辺りからゆっくりと流れ出る美しい赤。

 とにかく、寒くて仕方なかった。

 身体の中身をごっそり抜き取られたみたいに。

 彼女の命が、すべてが、今、俺の目の前で失われていく。

 なのに、俺になす術はひとつもない。

 頭がおかしくなる。

 おかしくなってしまう。

 この現実は、俺を壊してしまう。

 気づけば、俺の喉は裂けそうなほど声を上げていた…。

 そこで、一度、俺の記憶は途切れる。

 次の記憶では、俺はソファーの傍らに立ち、それに寝かせていた静香をただ見下ろしている。

 動かない静香をじっと見つめ、ぼんやりと佇む。

 眠るように、綺麗な顔。

 胸元に組まれた、彼女の細い指。

 微かに血に汚れていて、涙が止まらない。

 しばらくそうした後、シルヴァと話をしたらしいが、覚えていない。

 思い返してみて、ひどい喪失感と無力感に押し潰されていた気はする。

 

 

 

 静香に告げることができたのは、一度だけ。

「愛してる、静香…。」

 ベッドに座り、俺は彼女の背中を素肌で抱き締めていた。

 真夏だというのに、窓から入り込む夜風に当たっているだけで、冷たく凍えてしまう彼女の身体を温めたくて、ひたりと寄り添う。

 キャミソール姿の彼女は、俺の手をひとつ、両手ですくい取ると、唇に寄せて、悲しげに囁く。

「ごめんなさい、銀牙。…私、まだ、愛してる、って言えない…。」

 予想通りの言葉に、小さく笑ってしまうが、すぐに、

「いいんだ。俺が言いたくなっただけ。」

 すると、彼女は面差しを伏せ、前髪を下げると、

「好き、って感情なら分かるの。銀牙のことも、好き、だし、とても大事。

 でも、愛してる、ってそれだけじゃない気がして…。」

 難しく考えすぎ。

 とも言えなくて、俺はからかうように、

「じゃ、俺のこと、愛してない?」

 すると静香は鋭く振り向き、

「そんなことない!」

 睨む彼女に、俺は笑って、

「でしょ?」

「…、と思う。」

 彼女の頼りない付け足しに、俺はますます笑う。

「…からかわないで。いい加減な気持ちで言いたくないの。…すごく大事な言葉だから。」

 真面目な顔で落ち込まれ、俺は彼女の肩に唇を降らせる。

「じゃあ、待つよ。静香が言いたくなるまで。」

「うん…。」

 彼女は安心したように笑う。

 …何かまた、お預けな気分。

 だからちょっとだけ、我が儘。

「その代わり、俺にしか言っちゃ駄目。」

 すると静香は楽しそうに笑って、

「ふふ、そうね。きっと、そうするわ。…ふふふ。」

 ひとしきり笑って、彼女は細い首をひねるように振り返ると、俺の首筋に唇を当てた。

 優しい感触に、心がとける。

 微睡みたくなって、二人してベッドに潜り込み、向かい合う。

 互いに瞳を覗いているうちに、俺が唇を寄せようとしたら、静香の人差し指に押し止められた。

 怪訝そうに眉を寄せたら、彼女の唇が声もなく告げた。

 …愛してる、銀牙…。

 愛してる…。

 

 

 

 残された俺は、立ち尽くす。

 手の中には、絶狼の魔戒剣と、麗しき銀の貴婦人。

 ……どうして?

 どうして、一番大切な彼女がいない?

 俺のすべてだった、彼女。

 俺の生涯の伴侶と誓ってくれた、彼女。

 誰も彼女以上に、俺を許すことも、愛することもできやしないのに。

 代わりなんていない。

 存在しない。

 そんなの、俺だけは絶対に認めない。

 彼女と過ごした日々以上の日々も、彼女が俺を想ってこぼした涙以上の涙も、俺にはあり得ない。

 ずっと、愛していたんだ。

 今でも、愛してやまない。

 ガキの頃から、ことあるごとに、俺達は確かめ合ってきた。

 俺が守る、って。

 ずっと一緒だ、って。

 だが、約束を守れなかった。

 君を守れなかった。

 全て、俺が非力だったからだ。

 ならば俺は、せめて胸の内に佇む君と、約束を果たそう。

 尽きることのない痛みと共に。

 俺はこれからも、拒み続ける。

 痛みを和らげることも。

 傷を癒すことも。

 あの日から、どれだけ時間が過ぎようとも、俺はただ佇むだけだ…。

 俺の心は、彼女と共に今なお、引き裂かれたまま。悲鳴を上げたまま。

 これからもずっと、君だけを求め続けるよ。

 ……、静香。

 

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