peaceful days   作:楡野 透

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第4話

俺が男のベッドを占領したのは一晩だけで、翌日からは医務室へ隔離された。

当然といえば、当然の話だ。

男は時間が空くと、冷やかしに現れ、治りかけて暇すぎる俺の相手をしてくれた。

明日には相部屋に戻れると告げられたものの、医務室でうだうだとしていたら、やっぱり彼が現れ、

「もう、すっかり元気だな。」

「うん。だけど、まだ、誰かにうつしちゃうんだって。」

「らしいな。」

二人して、苦笑いを浮かべる。

医務室には他に誰もおらず、ただ廊下の奥からガキどもの喧騒が響いてくる。

男がぼそり、と言った。

「身体が治ったら、俺の部屋にこいよ。」

「?、うん。いつでもいい?」

「いや。…誰にも気づかれるな。えこひいきに思われて、しんどくなるのはお前だぞ。」

言われて、俺は納得する。

「言い訳に聞こえるだろうが、先に言っておく。…、うまくいかないかも知れないぜ。俺のただの思いつきだからな。」

男の顔を見れば、うっすらと陰っていて、あまり乗り気ではないと判る。

俺は笑って、

「何だよ、おっさん。別に、悪いことするわけじゃないだろ?…悪だくみ、かもしれないけどさ。」

「悪だくみ、ねぇ。お前、そういうところ、明るいよなぁ。」

つられるように笑って、男は部屋を出て行った。

結局おたふく風邪は、施設の中で、俺だけを犠牲者にして終わった。

「運がいいのか、悪いのか…。」

あきれ果てている男の言葉に、俺はこれ以上ないというくらい、口を尖らせた。

だが男はすぐに、

「だがまあ、やけっぱちになって、誰かれ構わずうつそうとしなかったのは、お前のいいところだと思うぜ。」

確かに、やろうと思えば簡単にできただろう。

でも、俺はそんなにバカじゃないし、人でなしでもない。

男の言葉は、そんな俺をわかってくれている気がして、俺はにっこりと笑う。

「そうそう、その調子、その調子。いい笑顔だ。」

男は嬉しそうに笑って、俺の頭をくしゃくしゃした。

相部屋に戻るなり、俺は男との約束を実行し始める。

強くなるための修行、ってやつだ。

だが、男に会いに行って開口一番、

「笑え。」

「はあ?」

意味不明な男の台詞に、俺は思い切り聞き返した。

疑問符を山ほど浮かべた俺に、男はもっともらしく、こんなことを言った。

「まず、笑顔でいることを心がけろ。だが作り笑いはするな。無理な笑顔は逆効果になる。」

「えー、…強くなるためか、それ?」

なんだか釈然としない俺は、上目遣いに男を見た。

どうしても、強さと笑顔が繋がらない。

へらへら笑ってばかりいる奴なんて、俺だって、変な奴だと思うのに。

だが、男は意外なほど真面目な表情になり、

「これが俺の出した答えだ。前に、お前、言っただろ?本当に強い奴は、悔しい時、どうするんだ?って。」

「うん。」

「確かに、強い奴は大抵、悔しいって気持ちを、別の気持ちに変える術を持ってる。

だが、今のお前はまだ道半ばなんだから、まんま真似するには、ちと荷が重い。

だから、とりあえず、悔しいのは自分の弱さだ、って一度丸飲みしろ。相手を許せ。

それから、相手をいなせ。」

「いなす?」

「味方にしろだの、媚びろとまでは言わない。ただ、敵対するな。」

「え?…え?」

「戦うべき時のために力を温存する練習だと思え。なるだけ、敵を作るな。」

難しい言葉が畳み掛けてきて、理解が追い付かない。

とにかく、自分のすべきことを簡単に確認するために、眉をしかめながら、

「…、じゃあ、ずっと笑ってんの?俺…」

すると彼は軽く呆れたらしく、

「タコ、お前は俺の人形じゃねえんだ。ちゃんと自分で考えて行動するんだよ。

言ったろ?不自然なのは逆効果だって。

キレたい時はキレろ。泣きたい時は、泣け。

どんな自分になりたいのか、気持ち悪くなるくらい考えてみろ。」

どんな自分、って言われたって、笑顔でいろだの、敵を作るなだの、いろんなことを言われてパンク寸前だ。

怖い顔で黙りこみ、立ち尽くしたまま動かなくなってしまった俺に、彼はちょっと考えてから、

「悪りぃ、ちっとばかし急いだ。…だが、お前は賢い。俺の言ったことは、おいおいわかってくるだろう。

今は、自然な笑顔の練習だ。

お前の笑顔は、いい守りになる。

そのうち、笑顔の持つ力を知るだろうよ。」

笑顔の持つ力、だって?

「全然、ちっとも、わかんねえや…」

ぼそぼそと呟いたのに、彼にはちゃんと聞こえていたらしい。

男はじろりと俺を睨むと、

「たりめぇだ。そんな簡単に判られてたまるか。何か判ったらまたこい。以上。」

あっという間に追い出されて、俺はとぼとぼと部屋に戻る。

強くなる修行っていうから、もっと身体を鍛えたりするかと思ったのに。

笑え、だと?

自分のベッドに戻り、男の言っていたことを繰り返し思い出す。

彼の言葉は、確かに俺の問いかけにきちんと答えている気がした。

ただ、笑え、ってのに、驚いただけ。

いいさ、騙されてやる。

別にそんなに難しいことをしろと言われたわけじゃないしな。

俺はうとうとしながら、うっすらと笑った。

 

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