道寺は厳格で、真面目な男だった。
そして、他の魔戒騎士同様、余計なことは何も言わない男だった。
いや、他の魔戒騎士同様、肝心なことさえ言わない男だった、と今なら少し笑ってしまう。
城へ来たその翌日から、道寺はどこへ行くにも、俺を傍らに連れ添わせた。
特に説明もない。
見て覚えろ、と言わんばかりだった。
彼は几帳面な性格らしく、毎日同じタイムテーブルに則った生活を送っていた。
時刻には正確で、秒刻み、とまではいかないが、タイムテーブル通りに事が進まないと、たちまち険悪な空気を纏う。
俺は時計を見ながらの生活なんてしたことがなかったから、最初は戸惑ったがすぐに慣れた。
彼のタイムテーブルさえ覚えてしまえば、道寺との生活はひどく単調で判りやすい。
彼の生活のリズムが身体に馴染んだ頃には、施設でのあのいい加減で無為な一日に比べ、ずっと時間を有効活用できる、と内心喜んでしまうくらいだった。
時間の使い方に対する意識が、この時少し変わったような気がする。
問題は、日々の生活より、鍛練の方だった。
道寺は、当然のように騎士としての鍛練にも、すぐに俺を参加させた。
様々な事情を見知っている今なら、仕方のない、むしろ当たり前な無茶だろうとも思える。
だがあの時の俺は、何ひとつ解らず、訳も知らされず、道寺がやれというなら必死でやるしかなかった。
選択の余地もない。
帰る場所もない。
やみくもに頑張ったところで、それまでただのガキだった俺にできることなんて、ただのひとつもありはしない。
何の準備もないまま放り込まれた未知の世界は、容赦なく俺に苦しい現実を突きつけた。
たった一日で、俺は自分がここにきたことは間違いだったと思い知らされる。
だが、だからといって、今さら道寺に頭を下げて、施設に帰りたいと泣きつくなんて、死んでも嫌だった。
だから俺は、腹をくくる。
俺は今まで、鍛練らしいことを、何もしたことがない。
当然、俺の身体には、基礎体力も筋力も経験値もない。
できることなんて、たかが知れている。
それは当たり前のことで、仕方のないこと。
そう開き直ることで、「できない」という苦しい現実を一旦受け入れ、前向きに頑張る気持ちを立て直す。
単純な決意だったが、単純であるがゆえに、そう簡単に揺らがずに済んでくれた。
道寺が最初に定めた俺の鍛練メニューは、何種類かのひどく単純な動作を、あまりに膨大な回数、繰り返すというものだった。
当面は、戦闘に必要な身体能力を高いレベルで形成させることを目的としたメニューで進めるらしい。
動作ひとつひとつは、それほど難しくはない。
問題は回数だ。
しかしそれはよく考えてみると、道寺は俺に不可能なことを求めている訳じゃない。
できることしか言っていない。
その代わり、手を抜くことは許さない。
多分、試されている。
負けん気に火がついた。
やってやろうじゃねえか。
俺はバカみたいに、ひたすらメニューをこなした。
できることを求められているのに、できないなんて、死んでも言いたくなかった。
しかし当然、翌朝、全身筋肉痛。
それも、今まで経験したことがないくらいに強烈で、目が覚めて軽くパニックになったほどだ。
起き上がるにも覚悟がいるくらいの激痛だったが、無理矢理起きる。
大丈夫、筋肉痛で死んだ奴はいない。多分。
道寺には一目でバレた。
そりゃそうか。
おじいちゃんみたいに、のろのろとしか動けなかったんだから。
痛ましいはずの俺の有り様を見ても、道寺は眉ひとつ動かさず、
「痛みは少しずつ薄らぐ。慌てて動くな。怪我の元だ。」
「…でも、やるんだろ?今日も。」
半分以上、自棄でそう言ったのに、彼は、
「当然だ。ゆっくり進めろ。時間はいくらでもある。」
目眩がするほど、無慈悲な一言。
内心喚きたかったが、そのエネルギーさえもったいなくて、俺はうまく動かない身体を引きずる。
おいおい解ってくることだが、道寺はきちんと道理を通して話せば、ちゃんと耳を貸してくれる大人だったが、いかんせん、戦いに関してだけは、求めるレベルの高さが尋常じゃなかった。
唯一の救いは、成果を急がないところ。
「今はできなくていい。だが、全力で努力しろ。お前は成果など考えなくていい。それは私が見てとることだ。」
道寺は淡々とした声で静かに告げる。
今すぐできるようになれ、とは言わない。
できるように全力で努力すればいい。
成果は、道寺が評価することで、俺は関係ない。
そう言われて、次第に俺は自分で自分を評価することをやめた。
俺が、できた、と喜んでも、できない、と落ち込んでも、道寺がそうとは限らないから。
まあ、そんな心境になるまでにはもう少しかかるのだが。
引き取られて、ちょうど一週間たった、夕食後。
「明日は日曜だ。日曜は、お前の休息日とする。好きにするがいい。」
道寺が別れ際にそう告げる。
…、休み。
知らず、俺は肩で大きく息を吐いていた。
自分の部屋に戻り、俺はベッドに、痛む身体を投げ出す。
やっと見慣れてきた天井を、ぼんやりと眺める。
怒涛の一週間だったな。
思い返そうにも毎日が濃すぎて、途方に暮れてしまう。
これ以上、疲れるのはごめんだ。
俺はさっさと諦め、頭を空っぽにして、程よく柔らかいベッドに転がった。