スクスタクエスト〜空と海と大地と呪われしYAZAWA〜 作:『シュウヤ』
ドアを開け室内に入っても、変わらず静寂が支配していた。だが、明らかな違和感がそこにはあった。倒れる、人。
「だ、大丈夫ですか⁉︎」
どうやら修道院長護衛の聖堂騎士団のようだが、立ち上がる力も残っていないほどのダメージを受けている。
「ううっ……何者だ……。あの道化師……。だ、誰か院長様を……!」
「やら、れた……。アイツはオディロ院長様を狙っている……。──ゲホッ! 院長が、あぶ、ない……!」
「あいつ……あのおかしな道化師は、ここに来てしばらくの間は穏やかに振舞っていたのだ……。それが急におかしくなったように笑い出し、院長様のお部屋へ駆け上がろうと……。わ、我々は必死に止めようとしたのだ。だが……三人がかりでも……止められ、なかった……!」
途切れ途切れに、事情を話す騎士団員。
「やっぱりドルマゲスが……!」
穂乃果は慌てて周囲を警戒する。
「穂乃果ちゃん!」
そこへ、曜の声が飛ぶ。穂乃果がそちらを向くと、
「階段がある」
二階へと続く階段が、そこにはあった。
「…………」
穂乃果はゆっくり頷くと、慎重に階段を登っていく。
二階にも動く人影は見えないが、規則的な呼吸音が小さく聞こえた。
「……寝息?」
念の為慎重に視線を送ると、かなり高齢の老人が、簡素なベッドの上で静かに眠っていた。
「あれが、オディロ院長さんかな?」
「だと思う」
「良かった〜。無事だったんだね」
三人が安堵の息を吐く。そして視線を少し横にずらし──
「…………っ⁉︎」
その表情が凍りついた。
院長の足元。そこにフワフワと浮かぶ人影が見えたのだ。赤や紫といった毒々しい色の道化服に身を包んだ、──話通りの道化師が。
思わず剣に手が伸びた穂乃果だったが、
「…………」
道化師はこちらに気付くと、不気味な笑みを残してその場から消え去った。
「……消え、た……?」
姿は消えたが、ねっとりと絡みつくような緊張感は消えない。
「不意打ちを狙ってるかもしれないから、油断しちゃダメだよ」
「院長さんは、大丈夫かな?」
寝息は穏やかなので心配ないと思いつつ、様子を確認しようとベッドへ近付く。
「……う、ん? 何だ、この禍々しい気は……?」
すると、話しかける前にオディロが目を覚ました。
「君たちは……? わたしに、何か用かね?」
すぐに穂乃果達に気付き、不思議そうな顔を向けてくる。
「あー用って言うか……」
なんと説明しようか迷っていると、騒がしく階段を駆け上ってくる足音が聞こえた。どうやら騎士団員の援軍のようだった。そして、
「いたぞ! こいつらだ!」
何故か、穂乃果達に向かって剣を構える。
「オディロ修道院長の命を狙うとは、なんたるバチ当たりめ!」
「え、え、え⁉︎」
突然の事態に、困惑する穂乃果。
「これは……何の騒ぎだね?」
どうやら、オディロも状況を把握できていないようだった。
「──オディロ院長」
すると、彼らの背後から凛とした声が響いた。聞き覚えのある、キツい声色。
「聖堂騎士団長果南、御前に参りました」
「おお、果南か。一体、何があったのだ」
「修道院長の警護の者達が、次々に侵入者に襲われ深手を負っております」
「なんと……」
その報告に嘘はなかった。そこまでは、裏道を使った穂乃果達でも把握している。
「もしやと思い駆けつけましたところ……昼の間からこの辺りをうろついていた賊を、今ここに捕らえたという訳です」
その報告には覚えがない。
「え、ちょっとそれは誤解だって──」
「どうにか間に合いました。ご無事で何よりです」
当然抗議する穂乃果だが、果南は聞く耳を持たない。
「いや、待て。その方は、怪しい者ではない」
すると、オディロが口を開いた。
「かようにも、澄んだ目をした賊がいるはずはあるまい。何かの間違いだろう」
キッパリと果南の報告を否定したオディロ。
「しかし……!」
果南は納得いかない様子で穂乃果達を見やる。
「……分かりました」
それから、小さく息を吐き出した。濡れ衣が晴れて安堵した穂乃果達だったが、
「ただ、どうしてこのような夜更けに院長のもとを訪れたのか。それだけははっきりと聞いておかなければ。よろしいですか?」
「ほっほっほ。お前は心配性じゃのう。分かった。それならよかろう」
オディロはあくまで朗らかに、小さく頷く。
「──さあ、来てもらおうかな?」
場所は変わって、例の尋問室。
そこで果南と向かい合った三人は、仏頂面で立っていた。
「──だーかーらー! 濡れ衣なんだってば!」
「そうそう! 聖堂騎士団の人に頼まれて、院長さんの様子を見に行ったんだってさっきから言ってるじゃん!」
「……院長は甘すぎるんだよね。じゃあ、君たちが犯人じゃないって言うなら部下達は誰にやられたの?」
「だーかーらー!」
堂々巡りする尋問。
「私の目はごまかせないよ。白状するまで──」
コンコン、と。ドアがノックされた。
「誰?」
果南の声に、
「団長が、呼んだんじゃなかった?」
これまた聞き覚えのある声が。
「……入って」
団員がドアを開けると、
「どうもー」
千歌が立っていた。
「千歌にも質問がある。……けどその前に」
果南は穂乃果達に視線を戻し、
「修道院長の命を狙い部屋に忍び込んだ賊を、先ほど捕らえた。──この三人だよ」
「へえ」
千歌の反応は、あくまでドライだ。
「それはともかく、問題はここから。──このマイエラ修道院は、厳重に警備されている。よそ者が忍び込める隙なんてない」
ドルマゲスの侵入は許したのに、と穂乃果は思ったが口には出さない。
「……誰かが、手引きをしない限りは、ねぇ?」
含みのある言い方をした果南は、懐を探る。そして取り出したのは、聖堂騎士団の指輪。
「この三人の荷物を調べたところ、この指輪が出てきたんだよ。聖堂騎士団員の千歌。指輪はどこにあるの? 持ってるなら見せてくれる?」
しばしの静寂。そして、
「──良かった〜! 果南ちゃんの所に戻ってたんだね!」
明るい声で果南の手を掴む千歌。
「……どういうこと?」
穂乃果達にも展開がサッパリなので、成り行きを見守るしかない。
「酒場でスリにあっちゃって困ってたんだよ〜。良かった〜、見つかって!」
とんでもない発言をした千歌に、
「スリって……何を言って──」
事実と違う話に当然抗議しようとする穂乃果。
「こんな賊の言う事を、真に受ける必要なんてないよね」
それを遮って、千歌は笑顔でさらにとんでもない発言をする。
「んなっ…………」
言葉を失う三人。
「そういう訳だから、私は部屋に戻るね。今度からは、ちゃんと肌身離さず持つようにするからね〜、指輪」
後ろ手にヒラヒラと振って、千歌は尋問室を出て行ってしまう。
「……はぁ、まったく千歌は……!」
果南は大きくため息をつくと、
「……という事らしいけど?」
穂乃果達に向き直る。
「そんな事言われても……」
頼みの綱を失って、穂乃果もどう話せばいいのか分からなくなってしまう。
──コンコン、と。
再びノックされるドア。
「今度は何?」
「修道院の外でうろついていた魔物を二匹、捕まえて参りました!」
魔物? と三人が顔を見合わせる。
ドアが開かれ、
「何でにこがこんな目に遭わなくちゃいけないのよ……!」
「にこちゃんがウロウロし過ぎるから見つかったんだにゃ!」
「にこのせいだって言いたい訳⁉︎」
「他に無いにゃ!」
口喧嘩をしながら連行されるにこと凛の姿が。
「──って、穂乃果達じゃない。こんなトコで何やってるのよ。オディロ院長はどうなったのよ?」
状況を知らないのか、最悪のタイミングで、最悪の質問をぶつけるにこ。
「……決まりだね。やっぱり狙いはオディロ院長だったと」
果南は立ち上がると、
「全員を牢屋へ! どれだけの事をしたか、知ってもらう必要があるよ」
高らかに指示を飛ばした。
抵抗などできるはずもなく、牢屋の部屋へ全員連れ込まれた一行。
「何でにこがこんな目に……。ていうかあんた達、何でこんな事になってんのよ⁉︎」
「さあ……」
「気が付いたら、こうなってたんだよね……」
「あの果南って人も千歌って人も、全然話通じないんだもんねー」
「ドルマゲスを倒すはずの正義の味方が、牢屋生活なんて笑えないにゃ」
凛の発言が一番笑えないのだが、穂乃果達にはなすすべが無い。脱獄なんて不可能だし、助けを待っても誰か来る訳でも──
「どうも〜」
いきなり笑顔を覗かせたのは、千歌だった。
「ああっ!」
鉄格子に飛びついた三人。
「そんな怒らないで欲しいな〜、なんて。さっきはごめんね。──ほら」
そう言って千歌は、鍵の束を取り出す。そして、鉄格子を解錠する。
「……どういう事?」
未だ警戒色の三人だったが、
「ここだと声が上に聞こえちゃうかもしれないんだよね。だからついて来て。話はそこで」
千歌はまだ何も話さない。先導して歩き出したので、一行はついて行くしかない。
「──ここだよ」
千歌に案内されたのは、尋問室のさらに奥。
その部屋に鎮座していたのは、いわゆる鉄の処女と呼ばれる拷問器具。
「……あー、私、これ知ってる」
曜は、複雑な声を出す。
「曜ちゃんは物知りだね〜」
「それはともかく、急に掌返してどうしたの? 実は最初から味方でしたってオチ?」
愛の声色は、まだ硬い。
「そのまさかなんだけどね……。指輪の話は、ああしないとチカが疑われちゃうし……」
「……ふぅん?」
「ま、まあまあ。現にこうして助けてもらったんだしさ?」
未だ疑惑の目をやめない愛を、曜がなだめる。
「そうそう、ちゃんと助けてあげるから安心して!」
そう言って千歌は、鉄の処女を開く。
ギギギ、と重い音が響き、漆黒の空間が現れる。
『…………』
全てを飲み込むような深い闇に、五人は息を呑む。
「そんな怖がらなくていいのに〜。……えっと、にこちゃんだっけ?」
「そうだけど、何よ。言っとくけど私は、れっきとした人間で──」
「中、覗いてみて」
「……は? あんた正気? これって拷問器具でしょ? にこに死ねって言いたい訳?」
「いやだなぁ、そうじゃないってば。これにはちょっとした秘密があるんだよ」
「……秘密ぅ?」
にこは怪訝な顔をしたが、
「──早くするにゃドーン!」
しびれを切らした凛が、にこの背中を思いっきり突き飛ばした。
「ちょっ……⁉︎」
前方へ吹き飛ばされたにこは、吸い込まれるように鉄の処女の中へ。
「さらにドーン!」
そして千歌が、開いていた部分を閉める。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
くぐもった悲鳴が響き渡った。
「二人共何やってるの⁉︎」
「にこちゃんが死んじゃう!」
「にこにー生きてる⁉︎」
慌てて駆け寄った三人だったが、
「…………ん?」
中から再びにこの声が聞こえてくる。
「ど、どうしたのにこちゃん!」
「無事なの⁉︎」
「天国の様子はどんな感じ⁉︎」
「勝手に殺すんじゃないわよ!」
意外にも、元気なツッコミが返ってくる。
「どういう事?」
「実は、この奥は抜け穴になってるんだよ。これはただの飾り。秘密の脱出ルートって事だね」
へー、と感心する三人。
「凛ちゃん、よく分かったね」
「んーん〜、知らなかったにゃ。凄い造りだね〜」
「え…………」
「だってにこちゃんがウジウジして進まないから、我慢できなくって」
「あ、あはは……」
「……凛、後で覚えてなさいよ」
「にゃは〜☆」
再び鉄の処女の開いた千歌は、
「さ、みんな急いで。逃がそうとしてるのバレたら、それこそおしまいだから」
順番に鉄の処女の中へと入って行く。最後に入ろうとした曜は、ふと気付く。
「……ん? にこちゃんが中に入った時、閉める必要ってあった?」
「無いよ。楽しそうだったから、つい!」
「……本当に、信用して平気なのかな」
抜け穴を進みながら、
「わざわざ濡れ衣を着せておいて、何で助けに来たの?」
「いや、それに関しては申し訳ないと思ってるよ。私、この修道院であんまりよく思われてないからさ。あそこで『この人達は悪くありません』って言っても、信じてもらえなかったと思うんだ。果南ちゃんだったら、『一緒に牢屋に入ってなさい』って言ってたかもしれない」
『…………』
複雑な関係を察し、一行は黙る。
「──さ、着いたよ」
通路の突き当たりに、ハシゴがかかっていた。
「ここから外に出られる。船着き場から来たなら、途中で空の馬小屋を見なかった? あそこに繋がってるんだよ」
千歌の言葉を聞いて、何日か前の風景に納得する。
ハシゴを登り、藁の山から這い出す一行。
「うひゃ〜、身体中がチクチクする……」
「まあ仕方ないよね。後で綺麗にしよう」
藁のカスを互いに払いながら、千歌に礼を言う。
「ありがとう千歌ちゃん。おかげで助かった」
「いいっていいって〜。私は早く修道院に戻らないとだから、ここでお別れかな。──いい旅を」
「うん!」
空の馬小屋から出た一行は、
『……………………』
呆然と立ち尽くした。
視界の先、修道院と院長の建物を繋ぐ橋が、炎を上げて燃えていたのだ。
「何で、どうして……。修道院が、燃えてる……⁉︎」
脳内で処理が追いつかない千歌だったが、
「まさか、さっきの禍々しい気の持ち主がまた……⁉︎ ────っ! オディロ院長が危ない……っ!」
何かに気付き、颯爽と駆け出した。
「あっ、千歌ちゃん!」
手を伸ばした穂乃果。
「何やってんのよ! 早く追いかけるわよ!」
その脇を、にこが走り抜けた。
「穂乃果ちゃん早く!」
「ほのほの、ボーッとしてる場合じゃないよ!」
「急ぐにゃ!」
呆気に取られていた穂乃果の背中を、残りのメンバーがバシバシ叩く。
「うわわわわっ⁉︎ 分かってるってば!」
穂乃果も追いかけるように、慌てて駆け出した。
・穂乃果
LV17
どうのつるぎ
うろこのよろい
せいどうの盾
ターバン
聖堂騎士団の指輪
・曜
LV16
石のオノ
たびびとの服
うろこの盾
ヘアバンド
金のブレスレット
・愛
LV17
ブロンズナイフ
くさりかたびら
せいどうの盾
皮のぼうし
金のロザリオ