その後、訓練と機体の調整が、繰り返し行われた。
キタキツネは、シミュレーターでも、地上滑走でも、驚異的な操縦能力をみせた。シミュレーターでは、普通に飛ばすだけでは飽き足らず、空対空戦闘やアクロバット飛行までこなした。もともとの能力が高かったのに加えて、訓練によりさらに上達していった。
管制塔の屋上。
はかせと助手が、地上滑走訓練の様子を見守っていた。
助 手 「はかせ あれはいつ飛ぶのですか?」
はかせ 「ツチノコとビーバーは慎重すぎるです。もういつでも飛べるのです。」
助 手 「無理もないですね、命がかかっているのですから」
はかせ 「命がけなのはわかるです。でもキタキツネの能力は異常なのです。飛行機を自分の体にできるです。鳥になれるのです。もう訓練する必要はないのです」
温泉宿。
飛行機の調整がひと段落つくと、ツチノコは、調整をビーバーたちにまかせて、温泉宿のシミュレーターで訓練した。
シミュレーターの飛行機が着陸した。
ギンギツネ 「すこし休憩したら?」
シミュレーターのそばに、ギンギツネが立っていた。
ツチノコ 「オレは機長だ。手を抜くことは許されん。それに、あいつに負けるわけには……」
ギンギツネ 「……あの子の様子はどう?」
ツチノコ 「ま、相変わらずだな」
ギンギツネ 「…………わたしも、いっしょに乗っていいかしら?」
ツチノコ 「なにい!?」 ※1
夕方。格納庫。
飛行機は整備中だった。飛行機のそばのテーブルで、オオカミが図面を広げていた。
二日ぶりに飛行場へ帰ってきたツチノコが、飛行機を見て驚いた。
ツチノコ 「なんだ、ごりゃああああ!!」
飛行機のラダー(方向舵)エレベーター(昇降舵)エルロン(補助翼)が、元よりも少し大きい、無塗装のものに交換されていた。
ツチノコが、オオカミに駆け寄った。
ツチノコ 「どうなってる!! ほかのやつらは!?」
オオカミ 「なかに……」
ツチノコは、あわてて機内へ入った。
ツチノコ 「おまえら、舵面が!! って、こっちまで!!」
壁のパネルや、テーブルなどの、一部の内装部品が無くなっていた。座席のシートベルトが、全て、5点式シートベルトに変わっていた。
ビーバーとプレーリーが、座席のわきにある折り畳み式テーブルを取り外していた。
ツチノコ 「……オレのいない間に……なんでこんな…………」
プレーリー 「軽くするために、部品を外していたであります!」
ツチノコ 「必要な部分を損傷させたらどうする!!」
ビーバー 「えっと、シートベルトは、このほうが安全ッスから……」
ツチノコ 「ここまで必要ないだろ!!」
副操縦席から、キタキツネが顔を出した。
キタキツネ 「このほうが操縦しやすい」※2
ツチノコ 「このほう!?」
ツチノコが、コックピットに駆け寄りった。副操縦席に座ったキタキツネは、操縦桿を握っていた。飛行機の操舵輪(ヨーク)が操縦桿(スティック)に変わっていた。
ツチノコ 「戦闘機じゃねーんだぞ!!」
ツチノコが振り返り、うつむいた。
ツチノコ 「…………ほかに、どんな改造を……」
ツチノコの声は暗く、重かった。
ビーバー 「以前から、ちょいとずつやってたんスけど……エンジンの制御系をいじって出力制限を上げて……動翼の面積を増やして……動翼の制限角度を変更して……操縦応答性を上げるように…………」
ツチノコ 「そんなことしたら、バランスが狂っちまうだろが!」
ビーバー 「…………えっと、計算上は、問題ないはずッス」
ツチノコが顔をあげた。
ツチノコ 「……おまえら……おまえらは死ぬ気か!!」
ツチノコは、機外へ飛び出し、格納庫の外へ走って行った。
ビーバー 「ツチノコさん…………泣いてた?」
キタキツネは、コックピットから素早く客席へ行き、機外へ出て、ツチノコを追った。
滑走路。あたりは暗くなり始めていた。
ツチノコは滑走路の端に立って、そこから伸びる滑走路を見ていた。
キタキツネが、ツチノコのもとへ走ってきた。
キタキツネ 「はあ、はあ……ごめん、ごめんなさい…………ぜんぶ、ぼくがやれって言ったの」
ツチノコ 「おまえと、あの心配性なビーバーがやったことだ。安全なんだろ」
キタキツネ 「…………」
ツチノコ 「オレはな、怖いんだよ。……オレのわがままで、こんな面倒なことにみんなを巻き込んじまって。ひとりで飛べりゃいいが、落ちるだろうな。オレはそれでも構わんが、みんなの苦労が無駄になっちまう。…………それに、時間がかかりすぎた。…………ほかのやつら、みんな、あんなもの飛べないって思ってるんだ」
キタキツネ 「あれは飛べるよ、だいじょうぶ」
ツチノコ 「………………くやしいが……おまえは……」
プレーリー 「ツチノコどのー」
プレーリーとビーバーとオオカミがやってきた。
オオカミ 「やっぱりここにいたね」
ビーバー 「ツチノコさん、申しわけないっス、全部もとの形に…………」
ツチノコ 「もう遅い。無理に戻すとかえって危険だ」
オオカミ 「私も謝らなければいけないな。済まない。…………なにか悩んでいるようだが……みんな楽しんでいるんだよ。あれを飛ばすこと……君を手伝うことをね」
ツチノコ 「…………改造個所を教えろ。……全部オレが確認する」
翌日。格納庫。
ツチノコが、脚立に乗って、右の主翼の後縁、エルロンの動きを見ていた。エルロンは元よりも少し大型化され、まだ塗装されていなかった。
ツチノコ 「左へ! めいっぱい!」
副操縦席に座ったキタキツネが、操縦桿を左に倒した。操縦席の右側の窓は開いていた。
右の主翼のエルロンが、下へ動いた。
ツチノコ 「右へ! めいっぱい!」
右の主翼のエルロンが、上へ動いた。
ツチノコ 「戻せ! まんなかへ!」
エルロンが、中立位置へ戻った。
ツチノコ 「……こいつがいちばん厄介な改造だな」
脚立のまわりには、ビーバー、プレーリー、オオカミがいた。
プレーリー 「まだ途中でありますが、すばらしいものになるであります!」
ビーバー 「やめようって言ったんスけど、キタキツネさんが、どうしても、って……。軸位置はいじっていないッスから、舵面を交換すれば、もとに戻せるッスよ」
ツチノコ 「位置だけだろ? ヒンジのパーツやケーブルまわり、タブもいじっただろ?」※3
ビーバー 「そ、そうッスね……。えーと……まとめると……フラップ以外の動翼、舵面は……」
ツチノコ 「……軸はそのままで、延長して面積を増やし、作動角も大きく。タブは、延長分移動して元を流用。構造は、もとを参考に新規。材質は、木材と金属のハイブリッド。だな」※4
オオカミ 「さすがリーダーだね。心配ない。ビーバーの設計は完璧だよ。強度は十分だし、適度な硬さがあって、軽い。動きもスムーズだ。骨には、ビーバーの木組みの技術を使ったんだよ」
プレーリー 「金属の加工、かたちが複雑で、たいへんだっだでありますよ……」
ビーバー 「大まかなかたちは、キタキツネさんが考えてくれったッス。オオカミさんは、複雑な組合わせの部品も、断面の曲線も、すっごくきれいに描いてくれたッスよ」
オオカミ 「曲線は、もとの断面を大きく変えずに、まわりの部品から、きれいに流れるように描いたよ。ずれちゃったところもあるけど、機能には差し支えないはず。キタキツネのアドバイスがよかったね」※5
ビーバー 「プレーリーさんは、それをしっかり守って、継ぎ目や、このなめらかな曲線を加工したッスよ。ほれぼれするッス……」
ビーバーが、エルロンを見つめた。
ツチノコ 「くそっ、ここには天才しかいないのかよ」
ツチノコは、悔しそうだった。
オオカミ 「いちばんの天才は、君だと思うけどね」
ツチノコが、顔を赤くした。
ツチノコ 「ななな、なに言ってやがる!!」
プレーリー 「そして、いちばんの努力家であります!」
ツチノコ 「やめろ!!」
プレーリー 「最高のチームであります! いいものができるにちがいないであります!」
ビーバー 「もとよりも機敏に動けるはずッス。それに、ケーブルのセッティングで、操縦桿やペダルに返ってくる力もわかりやすくなるッス。コツがつかめれば、えっと……パイロットの感覚と、操作が、飛行機とつながって……」
プレーリー 「鳥になれるであります!」
ツチノコ 「なんだってぇ?」
ビーバー 「パイロットが、機体とひとつになれるッス」
ツチノコ 「そりゃ、あいつなら乗りこなせるだろうがな……」
ツチノコがコックピットをちらりと見た。エルロンが細かく動いた。
ツチノコ 「不安定になるぞ」
ツチノコが、エルロンを、下から軽く、バンバンと叩いた。
操縦席の窓から、キタキツネが顔を出して 、機体後方、ツチノコの方を見た。
キタキツネ 「ゆび、たたいちゃだめだよ」
ツチノコ 「……ゆびぃ?」
キタキツネが、操縦席に戻った。再び、エルロンがパタパタと動いた。数回動いたあと、動きがゆっくりになった。
ツチノコが、エルロンの下面を、手で、ワイパーのように左右になでた。
操縦席の窓から、キタキツネが再び顔を出した。
キタキツネ 「ゆびがくすぐったいよ。へんなことしないで」
ツチノコが、エルロンから手を離した。キタキツネが、操縦席に戻った。
ツチノコ 「…………」
プレーリー 「キタキツネどのは、かんじやすい、でありますな」
ビーバー 「エルロンが、キタキツネさんの、ゆびになってるんスね……」
ビーバーは、苦笑いした。
オオカミ 「あの子は、本物だね」
ツチノコ 「あいつ基準じゃ、むちゃくちゃになっちまうなあ」
ビーバー 「やっぱり、舵面は、もとに戻したほうがいいッスかね……」
ツチノコ 「…………いや、このままいく」
初飛行前夜。格納庫。
ツチノコが、ひとりで飛行機の点検をしていた。
ガチャリ、と格納庫わきのドアが開き、誰かが入ってきた。
ツチノコ 「うああ!! 誰だああ!! ……………スナネコ! おまえ、なんでここに!?」
スナネコはツチノコの方へ歩いていった
スナネコ 「ひまだったので。……前にも、同じことを言いましたね……」
スナネコは、ツチノコのそばに立つと、飛行機を見て、言った。
スナネコ 「これは本当に安全なんですか?」
ツチノコ 「何度も言っただろ。落ちねえよ」
スナネコ 「絶対に、ですか?」
ツチノコ 「………………」
スナネコはツチノコの顔を見た。スナネコは無表情だった。
スナネコ 「…………明日は見に行けません。ボクは夜行性なので」
ツチノコ 「…………そうかよ……」
間。
スナネコは一歩踏み出し、前かがみになって、ツチノコに顔を近づけた。
ツチノコ 「…………な……なんだよ」
スナネコ 「なにもしないんですか?」
ツチノコ 「……なにも?………………」
ツチノコは、顔を赤くして、目をそらした。
ツチノコ 「そういうのは……こいつが、飛んでからだ」
スナネコは、かすかに笑うと、ツチノコから一歩引いて、ツチノコに背を向け、足早にドアから出て行った。
つづく
※1 キングエアC90は、パイロットを含めて8名乗れます。座席のレイアウトによっては、10名まで乗れるようです。この時点で搭乗が決まっていたのは、パイロット2名、機上整備員2名なので、ギンギツネが乗ってもまだ余裕があります。
※2 シミュレーターではスティックだったため、これはある意味正しいです。ただ、キングエアC90のようなビジネス機では、ゆっくりした操作が求められるので、素早い操作に向いている操縦桿より、操舵輪のほうが向いているとされています。操舵輪を操縦桿にするのは多分大改造になると思います。
※3 実機写真を見ると、タブ? があるので、キングエアC90の操縦装置は、油圧ではなく人力ではないか? と、勝手に思っています。人力なら、躁舵輪・ペダルと舵面は、ケーブルで直接つながっているんじゃないかと。でも、現代の、このクラスの飛行機で、人力操縦装置なんてありえるのか? という疑問もあります。私の知識不足です。YS-11みたいな例もありますが……。
※4 かなり不安な改造です。
新舵面の外板は、板金です。羽布張りではありません。どこからそんな材料を持ってきたのかは謎です。
※5 漫画と図面は全く別のものですが、『立体物を二次元の図で表現する』『きれいな曲線を引く』というところに、タイリクオオカミのセンスが生きています。
あとがき
ものの設計、製作は、個々の役割に専念するだけでなく、お互いにアドバイスしたり、密に打ち合わせを行うなどして進められます。設計と製図は一体のものです。そして、設計するには、部品の製造・加工や組み立てが実際にできるのかどうか、知っていなければなりません。そのためには、設計者は製作現場の意見を聞くことになります。
舵面の改造、5点式シートベルト、軽量化、操舵輪を操縦桿に、などは、運動性を上げる改造です。普通に飛ぶなら必要ないはずです。危険です。大改造なので実際にはかなり難しい、というかありえないと思います。
「以前から、ちょいとずつ」と言っていますが、それは、ツチノコが気づかないレベルで、行われていたわけです(主に、設計や製図、細かい部品の作製)。つまり、改造作業の大半を、二日間で行ったことになります。異常に早いです。天才にもほどがあります。
この、『改造プロジェクト』のリーダーは、(本人に自覚は無いですが)キタキツネです。キタキツネは、全ての工程に関わっています。そこには、『野生の勘』的なものが働いています。
ツチノコが走り去る部分は、私はちょっと嫌いです。ここは、プリンセスのアレそのままです。
この話のタイトルは、元は『点検』でしが、加筆修正時に、他の話と合わせて、カタカナにしたくなりました。『カスタマイズ』にしようか、とも考えたのですが、ちょっとネタバレなのが嫌なので、やめました。『インスペクション』もいまいちなので、『チェック』にしました。