七宮「星が瞬くこんな夜に」   作:秋野親友

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このお話だけ全文書き換えてみました。

時間はかかると思いますが、好きな話なので全文リメイクしたいです。


第0話 魔王魔法少女の追憶

 ある夜のこと。勇者と魔王がやって来た小さな公園にあったのは、カチャカチャと音を立てている錆びついたブランコと、何の変哲もない滑り台だけ。学校帰りの高校生が、公園に見向きもしないで通り過ぎていく。それは、どこにでもあるような普通の場所。

 勇者と二人で草むらの陰に身を隠すようにしてしゃがみ込む。ちらりと上を見れば、雲間から少しだけ覗く三日月と、街灯の明かりに負けないように健気に瞬いている2つ3つの星たち。それは、どこにでもあるような普通の夜空。

 

 でも

 

 「ケルビム詠唱!」

 

 天高く杖をかざし

 

 「セラピム降臨!」

 

 おまじないを唱えれば

 

 「フィジカルリンケージ!!」

 

 そこにある全てが特別になる。

 

 見上げればそこには満天の星空。真っ赤に輝く三日月を隠すように、純白の翼を広げた天使が一人。不穏な風に肩を撫でられ、思わず身がすくんでしまう。魔物のうめき声が地に響き、迫る暗黒に草木は怯えている。

 

 これから繰り広げられるであろう戦いを想像し、思わず口元がにやりとした。はやる気持ちを抑えて、戦いのゴングを今か今かと待ちわびる。「にはは」と笑って勇者に話しかけた。

 

 「戦争勃発といこうか、勇者?」

 

 勇者は答える。

 

 「あぁ。今宵の戦いも愉しいものになりそうだ」

 

 勇者は不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、私の目を見つめ返した。その瞬間、どきりと胸が高鳴って、さっきとはまるで違うドキドキが体中に広がった。慌てて勇者から視線をそらすが、もう既に手遅れだった。

 瞬く間に世界が収束する。目の前の少年にすべての意識が集中して、世界を「創る」力がどんどん抜けていってしまうのを感じる。

 

「……そうだね」

 

 冷たい秋風に頬を撫でられて、思わずマフラーを口元まで持ち上げしまうが、顔はどんどん熱くなっていく。立ち上がっても膝まで届くほど長いそのマフラーは、魔王魔法少女としてのアイデンティティーのひとつ。でも、今は自分の想いを隠すためのペルソナ。勇者から目を離して、世界を再び「創り」直した。

 

 「どうした、ソフィアリング――!まさか天使まで降臨しているというのか?」

 

 「あ、えっと、そ、そうだね!心してかからないと!」

 

 「よし、行くぞ!暗黒救聖襲!ハアアァァ!」

 

 邪悪なのか神聖なのか、救うんだか襲うんだかよく分からない魔法を詠唱しながら、勇者が草むらから飛び出す。普通飛び出すのはモンスターの方じゃないのかな?

 勇者はくるりくるりと回りながら腕を振りかざして、自分を囲むすべての敵に攻撃を浴びせている。

 

 少しの間、一人で戦う勇者を見つめてみる。かつて、私の創る世界をたった一人で壊しかけた恐ろしい存在。今もその影響は私の体の中に残っていて、些細なきっかけで私の世界は揺らいでしまう。

 

 「うおおおおぉぉ!ぐはっ…くっ、敵が多すぎる!ソフィアリング!」

 

 「う、うん!」

 

 私も参戦しようとマフラーをはためかせて走り出す。悩みごとはひとまず頭の隅に追いやる。せっかくこの世界を守ったんだから、全力で楽しまなきゃ!天使を倒すのはこの私だよ!

 敵の攻撃をかわしながら勇者の元へ駆け寄るが、私がたどり着く前に勇者が草に足を絡めてこけてしまった。

 

 「あ、勇者!大丈夫?」

 

 「いたた……うわ!」

 

 寝転がっている勇者に顔を寄せると、勇者は顔を赤くして飛びのいた。恥ずかしそうにしてる顔がとても可愛い。

 

 「だ、大丈夫、大丈夫だ」

 

 勇者は立ち上がると服をはたいて汚れを落とし始めた。転んでしまった恥ずかしさと顔を近づけられた恥ずかしさが混ざって、若干挙動不審になっている。実はそれだけじゃなくて、シャンプーのいい匂いとか、かがんだことで見えそうになった何かを気にしてたとか、その時勇者が実はかなり男の子してたなんてことは、七宮の知らないこと。

 自分より焦っている人を見ると冷静になるというのは本当らしい。自分をドキドキさせた仕返しとばかりに勇者をじっくり見つめてみる。真っ黒な服に身を包み、肩にはライフルを抱え、禍々しい名前の龍を体にやどしている破滅の勇者。でも、本当は彼だって普通の男の子なのだ。茶色がかった髪に、薄緑の綺麗な目。いくら恰好つけたって、根は優しいとすぐに分かる柔らかい顔立ち。

 自分たちを囲む数多の敵を完全に放置して、「足元にクラーケンの触手が……」と転んだ言い訳をしている勇者に、七宮の小さな遊び心が刺激される。照れくさそうにしている勇者をもっと見ていたくて、にやけそうになるのをこらえながら再び顔を近づけた。

 

 「魔力補給だよ、勇者」

 

 勇者の鼻と自分の鼻をくっつける。私たちが鼻ぽちと呼んでいる、二人だけのコミュニケーション。

 さっきまで必死に守っていた世界は、もう完全になくなってしまっていた。そこにいるのは、好きな男の子をからかう普通の女の子。

 

 「うぅ……す、すまない、感謝する」

 

 勇者の顔がさっきよりも赤くなった。ホントに可愛いな、勇者は。きっと彼の目に映る世界にも、今は私ひとりだけ。

 

 ふたりがいるのは、何の変哲もない小さな公園。見上げれば、やっぱりどこにでもあるような普通の夜空。

 それなのに、私の胸はどんどん高鳴っていく。地を滅ぼさんとする異世界の魔獣よりも、空を覆う巨大な翼の天使よりも、私を夢中にさせるひとりの男の子。

勇者への恋心を封印するという決意は、目の前で顔を赤くする勇者本人の手によって、早くも風前の灯になっていた。

 今の勇者になら、私の気持ちは簡単に届いてしまうかもしれない。甘い誘惑が、揺らいだ心をつんと突く。言葉が口をついて飛び出しそうになった。

 

 勇者。私のこと、好き?

 

 開きかけた口を閉じて、深呼吸して心を落ち着ける。そんな、私や勇者の世界を壊してしまうようなこと、やっぱりしたくない。2人で創った大切な幻想。でも、それでも。

 

 私は、勇者のこと── 

 

 私を惹き付けて離してくれない君との夢物語。私が想い描く新しい世界を、勇者は受け入れてくれるかな。

 

 溢れだした想いが、今度こそ口をついて飛び出した。

 

 私を見つめる君の顔が真っ赤に染まって──

 

 

────────── 七宮の部屋 ───────────

 

 

 「……懐かしいな」

 

 時計を見るために寝返りをうった。時間は真夜中を少し過ぎたところ。もう一度寝ようと目を閉じるけど、さっきまで見ていた夢を思い出してしまってうまく寝付けなかった。

 あれは私や勇者が中学生の時のことだ。まだ力を失っていない勇者と一緒に、夜遅くに街を走り回って天使探しや冒険をしていた。

 

「勇者……ふふっ」

 

 思い出とは違う結末を迎えた夢に、どうしようもなくニヤニヤしてしまう。

 

 私が勇者への想いを封印してずっと変わらないと決めたあと、まるで変わりばんこのように勇者が少しおかしくなった時期があった。自惚れじゃないといいけど、たぶん勇者も私にそうゆう気持ちを持っていたんだと思う。

 

 あのとき、勇者と私は『両想い』だった。

 

 その言葉だけで、顔がどんどん熱くなる。もし私が転校していなかったら、ずっと勇者のそばを離れなかったら、今勇者の隣にいたのはきっと……

 

 「まあ、今更だよね」

 

 結局私は言えなかったのだ。迷っている内に時間だけが過ぎて、私は転校してしまった。再び勇者に会った時には……

 

 邪王真眼がゲルゾニアンサスを復活させて私の2度目の恋が散ってから、1ヶ月が経とうとしていた。相変わらず喧嘩の理由はくだらないし、キスだって結局まだしていないらしい。カメの進みよりも遅いような二人の恋路に、むしろ周りの人がやきもきしている。

 俗世間でいうところのバカップル。うん、あれはバカップル。同棲までしているのにキスもしない純情すぎるバカップル。

……決して二人にバカって言いたいだけとかじゃない。

 

 「私の馬鹿……」

 

 クマのぬいぐるみを抱きしめながらぽつりとこぼす。

 勇者への失恋はこれで2回目だ。かっこつけてゲルゾニアンサスと戦ってみたけれど、私の「女の子」の部分はそれじゃ納得しないらしく、未だに吹っ切れることができないでいた。それどころか勇者との思い出を夢にまで見てしまう始末。

 

 この世界は広すぎて、独りぼっちではちょっと持て余してしまうようだ。邪王真眼でも、勇者の代わりにはなってくれなかった。

 

 連環天則に依って巡り、廻る世界の真ん中で、ずっとずっと私のそばを離れようとしないパンドラの箱。

 

 首にぶら下がる鍵はまるで呪いのように、どこへ捨てても私の元へと帰ってくる。

 

 開ければそこからは勇者への失恋、勇者との幻想が溢れ出て、

 

 そして最後に残るのは──。

 

 連環天則の中で変わるものと変わらないもの。

 

 ひょっとしてこの気持ちは変わらないものなのかもしれない。

 

 「最近こればっかりだな」

 

 夜になるといつも考えてしまう。

 

 再びまどろむ中で、無意識に口に出していた。

 

 「勇者……好きだよ」

 

 これは、私の2度目の恋の後日談。

 

 思えばあの時だって、気持ちをきっぱり忘れたわけじゃなかった。

 

 捨てきれない想いはすこしずつ積み上がって、いつの間にか外へ漏れ出ていく。

 

 そんな私が、私の妄想を全部かなえたような生活をしているバカップルへ抱く葛藤を描いた、ゲルゾニアンサス復活の後夜祭。




読んでくださってありがとうございました。

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