ルフィはヘトヘトになりながらも毎日の業務をこなしていた。
訓練や海賊討伐は勿論の話だったが書類仕事はどうにも向かない。しかしながら彼の上官はサカズキ。『おんどれは世界を変えると豪語しとるが──その程度も出来んのかい?全く嘆かわしいのぉ、
『なんだと!』
まさしく手の上で転がされていた、と言っても過言では無いだろう。
しかしその様子も他の海兵から見れば異常だ。
なんせ
天変地異かと恐れる者もいたらしいが『そんなものに脅える暇があるのなら少しは訓練でもしとかんか!』と叱咤され、震える体にムチを打ち剣を振るい出したのだった。
「なぁ赤犬ゥ」
「なんじゃ、懇願しても仕事は減らさんぞ一等兵」
「俺たちなんで過去に戻ってきたんだ?」
「……。」
ルフィが答えの無い疑問をぶつけるとサカズキは黙り込んだ。
「お前さんは、最後の記憶はいつじゃ。そして記憶を思い出したのはいつじゃい」
「俺がハッキリ思い出したのはここに来る前の船の上だ」
「──海賊らしいお前さんじゃわい」
「にっしっし…!」
「最後の記憶、は……───叫び声だ」
「叫び声」
「うん、叫び声」
ルフィはぎゅっと自分の手を握りしめた。
「体の力が海に浸かったみてぇに消えてくんだよ、よく考えれば無茶ばっかりしてたから限界だったのかもしんねぇな!」
「悪魔の実特有の…?」
「おお、そんな感じだ!──でな、俺の名前呼ぶ声が聞こえた。ルフィー!って。だけど」
唸るようにペンを持つ手を顎に持っていく。
目を伏せてルフィは確かめる様に名前を呼んだ。
「メリーの、聞こえるはずのない声が聞こえた」
「メリーとは誰じゃい」
「死んだ仲間。俺たちの最初の船だ」
思い出す記憶は思い出の雪が降り注ぐ海の上。
幼い男児の様な声でまだ走りたいと願っていた大事な仲間だった。
「そん時『あぁ、今行くよメリー』って言ったんだったか、思ったんだか……」
その後の記憶はほぼ無い。
水面の波紋の様に波打ち思い出そうと思えども無理だった。ルフィは過去に固執しないタイプ故、その時は仕方ないで終わらせていたが。
「今、俺がこうして生まれて、思い出すまでにもなんだか違和感があった。『なんでだ?』『懐かしい』『泣きそう』『何か違う』ずーっと、当たり前な筈なのに違うって」
「そうかい」
「思い出してからは苦しかった。また、痛みを繰り返すのかって。先の見える未来に心から怖くなった」
前は沢山の涙を流した。その分笑った。
ただ胸を痛める苦しさだけは、拭えなかった。
「エースが死んじまう、仲間が泣いちまう、でも俺馬鹿だからさ。何が原因でどうなったのかちゃんと覚えてねぇ。その事に歯がゆさを感じて、ずっと記憶が戻ってきた事を恨んでた」
「…」
「もっとずっと覚えていれば、良かった。後悔ばっかりだ。後悔の無い様に生きようって思って、いつ死んでも笑える様に生きてきた筈なのに…………時間が経てば経つだけ俺は弱くなる」
悲しそうに笑う姿にサカズキは共感を覚えた。
似てる、酷く似ている気持ちが襲いかかる。
「わしの最後の記憶は──海賊じゃい。歳をとって力もなくなって殺される所じゃった」
とても怨んだのだとサカズキは語る。
今度はサカズキの番だと察してか、ルフィは麦わら帽子を被り直して聞き入った。
カリカリとペンを動かす音が部屋に響く。
「思い出したのは、悪魔の実を食べてしもうた時、そしてそこは自分の家じゃった。酷く懐かしい気持ちになるのと同時に吐き気が襲ってきた」
苦痛の表情に変わる。
「家族はここで死んだ。それを思い出した。それは、悪魔の実の能力者だとたまたま居合わせた海賊に聞かれてしもうて、その希少性を狙われた事が原因じゃったわい」
「…それが原因であんなに海賊嫌ってたのか」
サカズキは唇を噛むだけの返事をした。無言とは、肯定の1種だったな、と思う。
「わしのせい、わしが居るから死を招く。そう思った途端わしは家を飛び出した」
ここに向かっての、と言葉を続ける。
「大事な家族を失ってたまるか。そう思えば海など怖くなかった」
「そっか」
「それに、海軍本部は『赤犬』にとっての家でもある。何を恐れる必要があるか」
「……そっか」
「じゃけども、辿り着いてすぐに怖くなった。おかしな話、四方八方から恐れられる海兵が部下を多く失った場所で悔しさに涙を流したんじゃ。部下の死などというご立派なモンじゃあ無かった……ただ、何も変わらないこの本部が。変わらない、変えられないという事が、悔しかった」
ただサカズキはルフィと違った。
大切な者を失ってしまう事を恐れるより、時代のうねりに取り残される事に恐れた。
ペキッと手の中にあったペンの折れる音がする。
「絶望、まさしくそれじゃ」
「ぜつ、ぼ…」
「2人の海賊王の死で世界が大きく変わったのを見て、こんな巨大な世界に戻ってきて、わしが何を出来る、ちんけな人間ただ1人に、何が出来る、どんな事をせねばならん、と葛藤した!世界を恨んだ!この世を、全てを!」
握りしめた拳はギリッと音を立てている。
「それらは全て海賊王にぶつけた!お前が処刑されるから時代はうねり出した!ならばわしがこの手で時代を終わらせてやろうと!」
「海賊王は、どうだったんだ?」
「……分からん。ただ、結果は知っての通り──変わらなんだ。やはり変わらなかったと、力が無いと、嘆いた、また絶望した」
海賊王の死でこんなにも絶望する海兵はサカズキ以外居なかっただろうと本人は予測する。
「そんな中希望の光を見つけた」
スッ、と視線が交わる。
「お前さんじゃ、〝麦わら〟」
「俺か?」
「2度目の運命に嘆きながらも、変えようと未来を見ていた。そこに、光を見た」
「そんな立派なモンじゃないんだけどなぁ」
「わしには眩しすぎるくらい、思わず縋りたくなる光じゃ。どす黒い感情に溺れ、血で染まったわしには、の」
サカズキは手を伸ばして麦わら帽子の上からルフィを撫でる。フッ、と笑って言葉を紡いだ。
「ガープがお前さんを可愛がる理由がよく分かってしもうて、お前さんをぶん殴りたくなったが」
「理不尽だ!」
動物の様に威嚇する子供の姿にサカズキは苦笑を浮かべた。自分はこんな感情も持ち合わせていたのかと心のどこかで客観的に見ながら。
「同時に思い出した。この世で一番怖い者は麦わらただ1人だと」
「へ?」
「実力も伴わん癖に仲間をドンドン増やしていく。白ひげ然り、敵であったはずのクロコダイル然り。恐ろしいもんじゃ、貴様という存在は」
「ん〜〜?」
良くも悪くもペースや空気をぶち壊す。
このまま世界をぶち壊してくれと思いながらサカズキは新しいペンを取り出した。
「ま、そんなモンじゃわい。大出血さーびす、とやらじゃな。手が止まっておる、動かさんか」
「げぇ…座って仕事すんの苦手なんだよなぁ…」
「海賊と名乗りを上げておるお前さんを特別に許しておる心優しいわしに文句を言うな」
「ん。そうだな!ありがとうございます赤犬!」
嫌味に素直にお礼を言うルフィに思わず苦笑が漏れる。あぁ、世界中が惚れた〝麦わらのルフィ〟はこういう男だったのか。仕方がない、抗えない、と悟った。
ずっと昔から気持ちのいい海賊だと思っていた、自分がそれに縋るとは思わなかったが。
「任せたぞ、麦わら」
「赤犬、俺の背中守ってくれんのか?」
「フッ…背中を預けるのか?貴様は」
「ん、俺の仲間はアイツらだけど。今の赤犬には背中を預けてもいいと思う」
背中を支えるのは仲間で、背中を預けるのが共犯者だとルフィは語る。
「共犯者、仮にも海兵がそんな事を言うな」
「俺は海兵でも海賊だからいいんだ!」
「なんとも無茶苦茶な…」
「それが俺だ!」
ニッ、と歯を見せて笑う。
サカズキは敵わない、と光を見た。
恋愛的な好意とかじゃない事をここに誓います。
実際に年の差を考えれば心から恐怖。トラウマ決定待ったナシ。