海賊の海兵【完結】   作:恋音

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見えた時間の境界線。

 

 心という物は目に見えない。いつの間にか限界に近付いており、変わってしまう物だ。壊れてしまう脆く儚い物だ。

 

 

 

 

 海賊支部としての滑り出しは上々、世界中とまでは行かずともシャボンディ諸島でその名を知らぬ者はまず居ない。

 モンキー・D・ルフィは、『ルフィ』が初頭手配された時の様にこっそりと知られていく。

 

 例え市民が知らずとも、組織では。

 

 初頭手配3000万ベリーという類まれなる金額を叩き出したルフィはそうそう海軍に警戒された事がある。本人はもちろんそんな事など知らないだろうが。

 

 そして世界は変わらない。

 世界の移ろいを作り出す革命組織でも『脅威』『警戒』のレッテルを貼られ観察されていた。

 一人の男を除いて。

 

 

 

 ──ルフィはある日夢を見た。

 それはどこか懐かしい。ルフィは目覚めた瞬間すぐに分かった。

 

 仲間だった。

 記憶を共有できない、仲間にそっくりな人間が次々浮かんでは消えていくのだ。それはきっと幻でルフィの心理を映し出す創造の世界。

 

『未来を変えるだなんて』

『道を潰した』

『助けてくれないなんて薄情だ』

 

 分かっていた。過去を変えることで少なからず未来に悪影響を及ぼす事は。

 それを恐れたのがニューゲートで、立ち止まったのがサカズキだ。

 

 それでもルフィは変えることを選択したんだ。

 

 

 例え軌跡を、彼らの歩んだ道を否定しても。

 否定しても尚求める物は、同じ記憶を共有する仲間。そんな矛盾を抱えて。

 

 

「ルフィ」

 

 シャボンディ諸島の巡回。という名の散歩をしていた時だ。突然声を名前を呼ばれた。当のルフィと共に居たモーガンは声の主を視界に入れる。

 

「久しぶり、だな。分かるか?」

 

 そこに居たのは記憶と変わらない姿。

 サラサラと零れる金の髪、どこまでも優しい視線、きっちり着こなした服は生真面目な性格が見て取れるが、視線を引きつけるのは顔の左を覆う火傷だろう。

 

 ニッ、と笑うのはルフィの兄のサボだった。

 

「………サボッ!」

「ハハッ、元気そうだな」

 

 本来であればサボはまだここに居ない。

 ルフィの中でずっと望んでいた光が輝いた気がした。

 

「……ッ!」

「ゴメンなルフィ、ずっと忘れてた」

「じゃあ…サボ、思い出して」

 

 サボは目尻を下げて優しく笑う。

 

「うん」

 

 ルフィは縋るように1歩を足を進める。

 ぼやけた視界は気にならなかった。

 

 やっと、見つけた。

 

「お前海兵になったんだな」

「うん、……うんっ」

「強くなったな」

「そうか…ッ?」

「泣き虫なのは変わんないなァ…」

 

 ルフィは鼻をすする。

 袖でゴシゴシと強めに目元を擦って口角を上げ、もう一度兄の名を呼ぼうとした。

 

 

 

「──俺は革命軍に入ったんだ」

 

 

 進めていた足は無意識のうちに止まった。

 

 そんな事、とっくの昔で未来で知っている。なんでもう一度分かりきったことを言うんだ。

 

 これじゃ、まるで。

 

「厳しいけどドラゴンさんの元で色々やってるよ、海軍とじゃ敵同士になっちまうけど俺はゴア王国みたいな国を変えたいんだ」

 

 キキタクナイ。

 

「にしても思い出せて良かった。エースとたまたま会ったんだけどさ」

 

 キキタクナイ。

 

「ルフィ?どうした?」

 

 ──まるで、『サボ』じゃないみたいだ。

 

 

「なんでだよ…ッ!!」

 

 限界。

 

 我慢していた欲望がとめどなく溢れる。

 ルフィは触れようとしたサボの手を弾く。触るなと言わんばかりと形相にサボは数歩下がった。

 

 伸ばしたサボの右手は震えている。

 

「なんで思い出してくれないんだ!」

 

 海賊の海兵であるルフィがその記憶ゆえか大人にならざるを得ない子供だった。

 

 限界だ。

 

 見たことの無い感情の起伏にモーガンでさえたじろぐ。無意識に覇気が溢れていたのだ。

 

 サボは狼狽えて居たが、何か言わなければならないと使命的に思い咄嗟に口を開いた。

 

「ル、ルフィ。確かにいきなり消えた事は悪かったけど……」

「じゃあなんで思い出してくれないんだよ!俺はここに居るんだ!なんで!」

 

 ルフィの叫び声は悲鳴の様だった。

 

「なんで覚えてない!なんで覚えてるんだ!」

 

 ボタボタと止まっていたはずの涙が次々と溢れ出て地面をあっという間に濡らす。

 

 ルフィにとって『仲間』と『家族』は他の誰よりも大切なものであった。例え同じ記憶が存在する者がサカズキだろうとエネルだろうとニューゲートだろうと。

 

 彼らが覚えてなければ意味が無いのだ。

 

 ならば何故自分だけ覚えている。

 ルフィただ1人が。

 

「俺は! ……俺はッ! 覚えてるくらいなら、皆と一緒に忘れたかった!」

 

 記憶があっても辛いだけだ。縋る相手が居ないなんて残酷だ。

 

 ゾロもナミもサンジもロビンも、エースもサボも忘れている、覚えていない。

 いや、そんな記憶など存在しない。

 

「仲間も兄ちゃんも居ない世界なんて…!」

 

 限界だった。

 

 

「俺は………独りだ…ッ!」

 

 

 手を伸ばせば触れる距離に居るのに、弾かれる様に心が拒絶する。

 

「ルフィ!俺はここに居るぞッ!おい、一体どうしたんだよ!」

「嘘つくなよッ!」

 

 ルフィは兄に嘘を付かれた。

 

 『おれは死なねェよ』

 そう言ったエースは若くしてその命を消した。

 炎のように熱かった体温が流れる血と比例して冷めていくのを、自分の視界にあった筈のビブルカードが消える速度を、焦げた血液が地面に跳ねる音を。覚えている。

 自分のせいで嘘付きになった兄の末路を。

 

 『俺はもう兄弟の事を忘れない』

 海賊王になる前かなった後か、覚えていないがお互いゆっくりと時間が取れた時サボは誓った。

 盃を交わしながら海風を感じ、丘の上でルフィを安心させる様に言ってくれた。まるで自分の罪を責めるように。

 

「誰か、お願いだから……」

 

 力が抜けたのかルフィは膝から崩れ落ち、モーガンは慌てて体を支える。

 モーガンの耳に届いたのは微かな声だったが紛れもなく麦わら帽子の下から発せられた声。

 

「『俺』を……見つけてくれ……」

 

 ルフィの意識は海に溶ける様に消えていった。




『過去』と「今」で、確実に線引きされている存在。線引きしている存在はルフィであったり世界であったり。
しかし変わらないのは世界に愛された男が中心にいるということ。
1歩引きたくても引かせてくれない。だからその分、心の距離を離し、線を引くだけ。ここに踏み込まないでくれ、ここに入ってきてくれ、と。矛盾だらけの白線を。

この話は『過去』の線引きですが、長くなったので次の話に「今」の線引きの話を投稿します。
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