海賊の海兵【完結】   作:恋音

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込めた視線の先に居る。

 

 目が合わないと気付いてからどれほど経っただろう。これまでの動乱はどこへ行ったのやら、嵐の前の静けさの様に穏やかな日々が続いていた。

 

「なァ、どう思う?」

「『どう』つったって……」

「うん……どう考えても」

「避けてるな」

 

 元賞金稼ぎの4人は食堂で顔を突き合わせる。

 話題は海賊支部の長官、ルフィの事である。

 

「ここに来て2ヶ月ちょっと。全員まともに目を合わせた事無いだろ」

 

 キッパリと言い切ったゾロに非難の視線が飛ぶが、本人は何食わぬ顔をして刀の手入れと言葉を続けた。

 

「どんだけ人見知りだよ……」

 

 不服そうな顔でウソップが呟く。

 自分達以外の人間は、よくあの気難しい中将と仲を深めれたと尊敬する。

 

「コビーは最初避けられてたけど、ここ半年くらい普通に接してくれる様になったらしいの。こうなったら気合いね」

「気合いで何とかなるもんかァ?」

「ウソップお前、麗しのナミさんに意見するとでも言うのか?」

 

 麗し関係無いだろ、と思いながらウソップは口を閉じる。下手にツッコミを入れない方が良い。

 

「……でもまぁ、俺も話をしたいんだけどな」

 

 煙草をふかしながらサンジが目を伏せる。

 食堂は一気に通夜状態に変わった。

 

「……私も手伝いたいのに」

「……俺だって話聞きてぇのによォ」

「俺は他の強いヤツに鍛えてもらってるから今の所不満はねェな…──いでぇ、殴るな」

 

 空気を壊すゾロの言葉に近くに居たウソップとナミは拳をぶつけた。

 それなりに頑丈なのでこの程度は大丈夫だろうと、鬱憤(うっぷん)を晴らす様に全力で殴る。

 

「お前ら何してんだ?」

 

 たまたま通りかかったモーガンが眉を顰める。

 それに気付いた4人は慌てて立ち上がって頭を下げた。上下関係に緩いのはルフィだけだ、他は厳しい……と言うよりルフィ以外が普通なのだ。

 

「で?お前ら何してたんだ?」

「ルフィの事で話をしていました」

「今アイツなら訓練兵時代の教官の所に行ってるが……」

 

 今日はルフィはシャボンディ諸島に在中する正規の支部へロシナンテとコビーで出向いている。

 海賊支部はその支部の手が届かない治安の悪い所を普段巡回しているのだ。

 

 モーガンの返答が若干違ったのでウソップは苦笑いを零す。

 

「ルフィの人見知りの事で話をしてたんですよ」

「あ? あー……人見知りか」

 

 分からない、と言う顔をしていたが察したモーガンはため息を吐いた。

 

 そう言えばそうだったな、と。

 

「モーガン大佐はどういう風にルフィと出会ったんですか?」

 

 ナミがおずおずと手を上げて聞く。

 丁度仕事を片付(おしつ)けた所だ。話に混ざってもいいタイミングであろう。

 

 モーガンは席に座ると出会いを思い出しながら口を開いた。

 

「今から約3年前だな。東の海(イーストブルー)のシェルズタウンにアイツがサカズキ大将の推薦で派遣されたんだよ」

 

「治安の良い所だったわよね」

「おう、確かにな」

「まぁ……地面が抉れてたりしてたけど」

 

 ナミとゾロが記憶にある場所に顔を合わせる。

 もちろんそこでも海賊の海兵について聞き込みをしていたのだが、運の悪いことにルフィに対する情報を自主的に守っていて、誰も口を割らなかったのだ。

 

「あ、それ俺がアイツにボコボコにされた時のやつだな」

「「!?」」

 

 あっけらかんと言い放った言葉にギョッと目を見開く2人。

 

「その頃の俺はなかなか実力が付かなくてイライラしてたから、情けねェ事に八つ当たりをしたんだよ……『嘘つき』ってよ」

 

 一切不安無くニコニコ笑う笑みに心底腹が立った。巫山戯た事を抜かすガキに怒りが湧いた。

 

「……戦争がなんで起こるか分かるか?」

 

 唐突にモーガンは4人に質問を投げかけた。

 意図を理解する事が出来なかったがひとまず考えて自分の答えを探す。

 

「私欲の為に戦うからか?」

「ゾロ、敬語」

「戦うからですか」

 

 ナミの指摘に言葉を直すゾロ。その言葉を聞いてモーガンは答えを述べた。

 

「正解は…──『無い』だ」

「え……」

「答えなんて無い、そんなのその時々だ」

 

 ゾロの言葉も間違いは無い。

 

「ルフィは『正義と正義が争う』からって考えている。どちらも正しいのだと」

 

 思い出し笑いを顔に浮かべてモーガンは続きを話す。自分がその時感じた気持ちを。

 

「泣いてるな、って」

 

 『ある筈の無い世界』を断片的に知った今、その言葉の重みが変わった。

 戦争で兄を失ったから、ルフィは泣いていた。

 

 世の中全て白と黒には出来ない。

 ルフィはその象徴だ。

 

「正義を持った海賊、そして自由な海兵」

 

 普通に考えれば有り得ない。同時にこなす事など考える事すら無駄だ。

 

「正義も、悪も、表裏一体。世界の矛盾を明るみに出す為にルフィは『海賊の海兵』なんだ」

 

 例え自分が辛くても、独りでも、ルフィはその信念を変えることだけはしなかった。

 

「だから俺は、ルフィを追い掛けた」

 

 誇りだ。

 

 だから拳に誇りを纏って的外れになったルフィを殴った。

 

「結局出会いはシンプルなんだよ。ただ派遣先に居たガラの悪い海兵」

 

  自分の失態を含めて記憶を大切に守り笑う。

 

 そんなモーガンの姿を『羨ましい』と、『歯痒い』と感じた。

 後ろ姿を見る事しか出来ない自分達に比べ、なんて充実した時間なんだろう!と。

 

「どうしたら、ルフィは心を開いてくれると思いますか……!」

 

 ナミが思わずといった様子で詰め寄る。

 

「私、ルフィに助けて貰ってから、ずっとお礼をしたいのに! 迷惑かけてばっかりだし! むしろ逆に、苦痛になってる気がするん、です……」

 

 言葉が終わりにかかると肩を小さくしながら音量を萎める。その顔は悔しそうに歪んでいた。

 

「アイツには仲間がいるんだ」

 

 ピクリと体が反応を見せた。刀に視線を向けていたゾロでさえ『聞き覚えの無い単語』にモーガンの顔を見た。

 

「ルフィに仲間、ですか?」

 

 海賊の海兵に仲間は居ない。

 海賊支部の中にも仲間は居ない。

 

 海賊には仲間が、海兵には同僚や部下が。

 『海賊』の海兵であるルフィにもてっきり仲間が居ると思っていたがその姿は無い。モーガンはどうやら仲間という部類では無いようだ。

 

 そう思っていた矢先、真実を教えられた。

 

「ルフィの仲間ってのは、願っても会えない所に居る様なんだ」

「それって死…──」

 

 サンジが思わず言葉を零す。

 しかしモーガンは首を横に振った。

 

「ある意味『死んだ』んだが、真実は『死』より酷く厳しい」

 

 しばらく沈黙が続く。

 モーガンは口を一文字に結んでなんと言おうかと考えていたが、ようやく口を開いた。

 

「海賊のルフィの仲間は強かったそうだ。そして頼りにしていた。仲間が居なければ何も出来ないってルフィが言うくらいにな」

 

 天も地も割る剣の腕。

 どんな荒波も越える航海センス。

 難題であろうと撃ち込める狙撃の天才。

 天下一の料理人。

 

「まァ、俺は詳しくないから、細かく知りたい場合は七武海のボア・ハンコックに聞け」

「なんで七武海だ?」

「……アレもルフィと同じだからだ」

 

 モーガンが呟いた言葉は上手く伝わらなかったが、ため息と共に吐き出されたソレは触れない方が良いと感じた。

 

「──何故、人間はこうもまどろっこしい…」

 

 食堂に入って来た声に視線を向けるとモーガンは決まりの悪い顔をした。

 

「エネル、また盗み聞きか」

「失礼だな、私はそういう能力だ」

 

 モーガンの言葉など気にとめてないエネルの態度にいい加減うんざりしてくる。

 犯罪者のような異様な表情の彼を尻目にエネルは愉快とばかりに微笑んでみせた。

 

「エネル大佐」

「なに、簡単な話だ」

 

 エネルが指をさしたのはナミ。

 彼女は驚き、目を白黒させながら確認する様に自分を指さした。

 

「お前がゴムの小僧の航海士の事を聞いてみろ」

「わ、私が、ですか?」

「同じ航海士だ。まァどちらも神である私に楯突くような生意気な青海人だがな」

「う……」

 

 部下としてその態度はいただけない。難しく眉を顰めるエネルの様子にナミは苦虫を噛み潰したような表情をする他無かった。

 

「……自ずと答えは察する。ゴムの小僧はお前らを見やしない。ヤハハ! 弱い奴に興味は無いのでな! 精々答え合わせは犬畜生とすればいい」

「ぶち殴るぞ天狗野郎」

 

「ただいまーー!」

 

 噂をすればなんとやら。

 ルフィの声が玄関から高らかに響いた。食堂には思わず緊張が走る。

 

 エネルは用事は終わった、と緊張感などものともせず雷に変化し外へ向かった。

 

「……なんだアイツ。レイリーか鷹の目でも見つけたのか?」

 

 すれ違ったルフィが外の雷を見て首を傾げる。

 

「ありそうだな」

 

 最近レイリーは島々を転々として武者修行の旅をしていた。驚く程治安が良くなっている、とサカズキが喜んでいた。レイリーは傍迷惑な海賊支部に絡まれない様逃げているだけなのだが。

 

 そんなレイリーと反対に七武海の〝鷹の目〟ジュラキュール・ミホークは好戦的なエネルと仲良く交戦している。その度に諸島が潰れた。

 この前もナミに測量を妨害するな!と叱られたばかりだ。彼女の七武海にこれ以上関わらないという誓いは案の定無駄だった。

 

「ねェルフィ」

「ん?なんだ?」

 

 ナミが代表してルフィに声をかける。

 いつもと違った真剣な様子と意味ありげに溜め込まれた言葉に思わず顔を見た。

 

「……アンタの航海士ってどういう人?」

 

 殺気にも似た威圧感が空間を支配する。

 

 ビクリとしてナミは1歩後ろに下がった。

 

「あ……」

 

 やばいと思ったのかルフィは罪悪感に目を丸くすると視線を逸らした。

 

「悪ィ」

 

 なんで聞かれた。

 『航海士』の事を。

 

 ルフィはこっそりモーガンに視線を向けたが遠い目をして窓の外を見たので犯人がわかった。

 

「……俺の航海士はなァ」

 

 渋々開いた口。目は懐かしげに細められた。

 

「どんな所も連れてってくれて、気候を操れるすごい奴なんだ。強くて子供に優しい、俺の自慢」

 

 とても優しい表情に、愛されているのだと見て取れた。恋だとかそう言った見返りを求める愛ではなく、注ぐ事が当たり前の無償の愛。

 

「(羨ましい……)」

 

 同じ航海士としてナミは歯痒く思った。

 ルフィに求められる航海士は、世界一の幸せ者だろう。

 

「でもさ、海賊が大っ嫌いで金にうるさいんだ」

 

 ナミは耐え切れずガッとルフィの頭を掴んで無理矢理視線を合わせた。

 

「私も航海士だからッ!」

「おう、頼りにしてるぞ」

 

 目を合わせてくれた。

 

「『世界一の航海士に出会えて俺、幸せだ。ありがとな』」

 

 優しい表情のままルフィが伝えた言葉は、何故か自分に向けてくれた言葉と感じ取れなかった。

 

「じゃあ俺ちょっと部屋に戻ってるな、なんかあったらモーガンに頼む」

 

 ルフィはするりと逃げる様に食堂を後にした。

 伸ばしかけた手が震える。空気を掴んだ手のひらをぎゅっと握り締めるしか出来ない。

 

「……あの視線はッ、私じゃ無かったァッ!」

 

 子供の様にポロポロと涙を流すナミ。

 他の3人も何となく分かった。あの言葉は海賊支部で目の前に居る「ナミ」に向けた言葉じゃ無かったのだと。

 

 ヒクリヒクリとルフィに気付かれない様に泣きじゃくる姿に、傍観の姿勢を保っていたモーガンは深い溜息を吐いた。

 

「ルフィが傷付かなくなったのは成長だが……」

「モーガン大佐ァぁ…!」

「あーあー、分かったよ分かった。ったく、エネルの奴面倒臭い仕事を俺に押し付けやがったな」

 

 ガシガシ頭をかいてモーガンは今は居ない逆行者に恨みを込める。

 

「コビー、ロシナンテ准将」

「は、はいっ!?」

「なんだ?」

 

 空気を読んで食堂に入らないで居た2人に声をかけると疲れた顔をしてルフィを任せる。

 快く返事をしてくれたのでしばらく抜けても大丈夫だろう。

 

 モーガンはグズグズ鼻をかんでいるナミ達に視線を向けた。

 

「教えてやるよ、麦わらの一味を。お前らを通してルフィが誰を見てるのかってのをよ」

 

 ルフィは絶対に口を割らない。

 しかし現状を、ルフィの環境を変えるなら不満は無くす方が良い。

 

 ならば、語る者は自分しか居ない。

 

「ゔんっ!」

「お、お願いします!」

「頼みます!」

「……俺も知りたい」

 

 かつて自分がそうだった様に。




想いも言葉も継承されていきます。

ルフィが苦しんでいる『記憶』を知らなかった頃の歯痒さを知っているから、モーガンは他人事に出来ない。
>これから先の時代を担う事になる彼らには様々な角度から世の中を見てほしい、そう願いを込めて。
異質な存在を正す事をしない。

全部、全部。時間を元に人と人の何かは繋がっていく。



次回更新予定日 2/15(金)

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