「じゃあな砂ワニ!また会おうな!」
ニッ、と笑いながら見送るルフィ。
憑き物が落ちたようなスッキリした表情のクロコダイルが眩しそうに手を振り返していた。
「(オチたな……)」
それをサカズキが窓から眺めていた。
オチた、と言っても愛だの恋だのでは無い。ただ麦わらのルフィという人柄に惚れたのだろう。
そうだろう、あの太陽は眩しくて憧れるだろう。と、まるで祖父の様に自慢げに微笑む。
あの様子では『ある筈の無い未来』で起こした国家転覆など企む事は無いと信じる。ヘタをしてインペルダウンに放り込まれればそこでおしまい、もうその光には辿り着けない深海の底の牢でただ時が過ぎるのを待つだけだ。
ルフィは、中毒だ。麻薬でもある。
あの光を浴び続けた麦わらの一味はさぞかし心地よかっただろう。
ただ、問題はルフィ本人だ。
サカズキは気を引き締め直す。
精神的な面でも、成長途中の肉体的な面でも、頼れるのは自分しか居ないと理解している。
それが同じ逆行者であり、共犯者の使命なら。
いずれこの部屋に雪かきの報告をしに来るであろう麦わらの少年をただ待っていた。
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「他にいると思うか」
サカズキの疑問にルフィは首をかしげた。
「何が?」
「逆行者が、だ」
「ギャッコーシャ…」
「こうして歩んできた道の過去に生き返った人間はわしとお前以外にいると思うか」
わかりやすく伝えるとルフィはあぁ、と納得した。
この程度の言葉の理解も出来ないとは嘆かわしいと思うと同時に、麦わらの一味はこれを船長に良く大海賊時代を生き残ったものだと尊敬してしまう。
「どうだろうなぁ〜…」
「お前さんは、いて欲しいのか?麦わらの一味の奴らが逆行者に」
「んん〜…そうだなぁ」
ズズッと温かいお茶を啜りながらルフィは考える。
生来考える事は苦手だがあまりにも異常な事態には頭を悩ませなければならない。
「いて、欲しいな」
「ほぉ」
「なんていうか。俺はワニと壁1枚挟まった気分でスッゲェ悲しかった。これと言った知り合いに会えてなかった分やっぱり自覚しちまったよ」
ふぅ、とため息を吐き出す。
やはり最初はそうだろう、とサカズキは心の中でひっそりと同調する。
同僚であった筈の面子と同じ記憶を共有出来ないのは歯痒く、普段仲間内など気にしないサカズキでさえも堪えたものだったのだから。
第3者から見れば普通に会話をしている様に見えただろうが、やはり本人の考えは違うものだ。
「寂しい」
「じゃろうなぁ」
「うん。自己紹介しなくちゃならないのキツイ」
幸いな事に、ルフィとサカズキには馴れ合う時間など無かった。あるとしたなら海賊の頂点と海軍の頂点として睨み合うばかり。
クロコダイルとはそこまで接点が無かったとは思うが、同じ脱獄をした仲だ。それなりに情は湧いてるだろうし、会わせてしまったのは早かったかと独り言をブツブツ呟く。
「うー…」
ルフィは頭を抱える。
彼の一番の問題はきっと『麦わらの一味』だ。
何年も共にいて、崩壊してもまた集い、絆を深め、喧嘩をして、海賊王にまで辿り着いた一味。
他の海賊とはやはり違う。
「俺の仲間、か……」
ルフィにとって仲間は支えだ。
七武海と戦い敗北した時。世界政府に喧嘩を売った時。戦争直後、心が折れそうな時。
海賊として全ての時が、仲間に支えられ刺激しあっていた。
「会いてぇ、でも会いたくねぇ」
「思ったより弱っておるの」
「………俺だって人間だ。好きなモンも嫌いなモンも、好きな奴も嫌いな奴もいる」
例えば海軍。海賊と名乗りを上げて初めて出会ったコビーは好き。だがエースを殺したサカズキは嫌い。
ただの我が儘で、他人からみればおかしいと思う判断でも、ルフィにとっては普通だ。最もな理由だ。
「ま、お前さんがクヨクヨしていたとしても時代は動く。1度体を思いっきり動かして勘でも取り戻す事だ」
サカズキはある場所の使用許可証を取り出してニヤリと笑った。
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ルフィがサカズキに言い渡されたのは訓練所で模擬戦闘を行うことだった。
ただし──
「わしは手加減などせんぞルフィ!」
「……っ」
──海軍の英雄と名高いガープとだったが。
「〝ゴムゴムの───ッ
「遅いわァ!」
ゴムの反動を利用して拳を叩き込むが触れる前に避けられ、無防備な腕を掴まれる。そして投げ飛ばされるまでが一つの流れとして出来ていた。
「何を迷うとる!」
「迷ってなんかいねぇ!」
海軍本部でガープを殴る、という行為に辛い過去が襲いかかる。
断頭台で見下ろしていたエースの目。
死んでいく海兵、海賊。
怒りに染まる表情。
辛い顔で立ち塞がる祖父。
「んぬぅうっ!」
ルフィの現在の実力は若い13ながらも恐らくアラバスタでクロコダイルと戦った時程の実力は備わっているだろう。
なのに1発も殴れないのだ。
「オエ…ッ!」
重い一撃が鳩尾に叩き込まれる。
子供の頃は随分手加減されていたのだ、と今更ながら察する。
これが世界だ。
「弱いわ!」
「まだ死んでねぇ、俺は、生きてる!」
ギリッ、と歯を食いしばって耐えた。
周囲は2人の実力差に同情の目を向けるが、本部という過酷な環境で将校になった者達は違う。
階級が高い物同士が戦う姿を見て学ぶような、真剣な顔で見ていた。
若い、だが実力がある。
覇気も使える。
六式を理解している。
何より歴戦の猛者の目をしている。
「………これは、恐ろしいな」
誰が呟いたのか分からないが、何人かが頷き返した。
「ハァッ!」
ルフィの意気込む様な声で思考を止めた。いや、止めざるを得なかった。
自分に向けられている訳では無いのに、息が思わず詰まる。
覇気、しかも覇王色。
こればっかりは日々の訓練でどうこうなる問題では無い。
「ッぅ」
ガープも目を見開いた。
何故覇王色など知っているのだ、と。
そもそも不思議な話だ、海軍育成所で何故覇気が使えたのか分からない。
教えた事も無い、触れるはずも無い、決して名前など知らない筈の幼子が言ったのだ。
『見聞色の覇気を使うのか?』と。
その時から洗礼は洗礼で無くなった。
育成所では元々強いと勘違いしてる馬鹿の高くなった鼻をへし折る洗礼がある。現役将校との対戦や総監督との対戦だ。
もちろん圧倒的な実力差の前に敗北を経験したのだが、当時のルフィは7つでありながら覇気を使っている事を見抜いた。おかしい事だ。
誰も考えなかった疑問が今更になってガープの脳裏に走る。
「〝
武装色の覇気を纏うように覇王色がルフィの右手に纏わり付く。
血の様に、いや血よりも美しい赤い拳だ。
ガープはもはや本能でソレを避けた。
「なんじゃいルフィその技は!」
「作った!」
いつだったか、『速さがあるが軽い』と言われたのは。その拳は重力を掛け合わせた様に相手を押し潰す圧縮された拳。
『ある筈の無い未来』で作り上げたソレは今の身体でも使えた事に安堵する。
「っ、」
だが、それは1度だけだった。
「…………じいちゃん、降参」
突然膝を突いて弱々しく告げると、気力を使い切ったのかルフィはその場に倒れ込んだ。
違うのだ、同じようで違う。いくら記憶があろうとも体力も筋力も違う。
自分は最強だと驕る事の出来ない過酷な環境は、今の自分には丁度いいのかもしれないとルフィは考える。
「…───俺は弱いなぁ」
愚かな程貪欲な呟きに、周囲の実力者はゾッとしたと言う。