ドォンッ!
季節の始まりを感じる春の暖かな夜。ヨツバ島海域にあるシェルズタウン海軍基地の裏の森、大きな音を立てて岩が崩れた。
武装色の覇気は使わずにルフィが苛立ちを発散させる様に力一杯殴っていたのだ。
『あんたは、……どっちに味方する?』
モーガンの言葉がルフィの頭の中に流れる。
あの戦争で大きな支えを失った。それと同時に大切な物が何か見えて学んだ事も多い。
世界の頂点をあの肌で感じて、死にものぐるいで食らいついて、まだまだ力が足りないと嘆く暇なく力を付ける為にと歯を食いしばりながら2年の時を過ごした。
「分かんねぇ……」
かつては海賊という立場のみで生きてきた為迷う必要も無かった。海賊側で戦って海軍に牙を向いてエースを助けた。
でも今はそんな事叶わない。
立場など考えないが自分の大切な物があちらにもこちらにも、と増えていっているのだ。
自分で最終的に下した判断を違えるのは自分から逃げることだとよく分かっている。
欲張れば欲張るだけ自分の背負う荷物が重たくなるのは分かっている。
今は、仲間が居ない。
その荷物を一緒に分け合い背負い合う仲間が自分の後ろに居ないのだ。
「………初めて出会ったのはここだったなぁ」
独り言をぽつりと呟く。
『ガタガタ抜かすな、さっさと食わせろ。…──っ!…!ッッ…!』
『だから言ったろ、死にてェのか?』
『ゴフっ…、あ…あのガキに伝えてくれねぇか…』
『何を?』
『「うまかった」「ごちそうさまでした」…ってよ』
麦わらの一味、最強の剣士。初めての仲間で初めて自分が選んだ男とこの島で出会った。脅して共に海軍を敵に回して海賊デビューを果たした思い出のある基地、これは何の運命だろうか。
だがそれは過去の事で未来の事だ、2度と同じ道を歩む事は無いだろう。
その事に少しの寂しさと虚無感を感じて、ルフィは背中から地面へ向けて倒れてみた。
……背中への衝撃が伝わる。
約束を胸に抱き、剣を三本腰に差したあの男の強く背中を押してくれた豆の出来たゴツイ手とは違う。
「会いてぇ」
今はただ渇望した。
自分の仲間に会える微かな希望に。
==========
「伍長ゥ?ハッ、マジかよ俺とそんなに変わらねぇじゃねェか……」
モーガン達と対面をした翌日の朝。ルフィはむしゃむしゃと下品に食べ物を頬張りながらも隣に座るモーガンの驚く声を聞いた。
「そうなのか?」
「そうなんだよ…!」
モーガンはこのうつけ者に対して頭を抱えながら1個1個説明をした。
元帥
大将
中将 少将 准将
大佐 中佐 少佐
大尉 中尉 少尉
の海軍将校。
そしてその以下
准尉
曹長 軍曹 伍長
一等兵 二等兵 三等兵
雑用
基本的な仕組みは知っておくべきだと判断したのだ。しかし本人の頭の中に入り覚えたかと言われるとそっと目をそらすだろうが。
「海軍育成学校の成績がトップ程度だったらしいから将校にはなれねぇんだって、だから実績上げてこい!って投げられた」
「…ルフィ、お前、本部の育成学校だよな?」
「おう、でもやっぱり育成学校は海兵以下だよなぁ……。認められなくて当然だ」
ケラケラと本人は笑うがモーガンはゾッとした。
東西南北の支部で行われる育成学校に比べ
なんせこの時代、手加減などしていれば使い物にならない内にぽっくり逝ってしまう海だ。舐めた真似出来るはずも無い。
即戦力になれるよう寝る間も惜しんで訓練勉強、そのクラスの上位に上がれば更に上のクラスへ昇格しレベルの差を見せつけられる、言わば精神と肉体のダブルパンチ訓練ばかりだ。
「(それを『トップ
モーガンは思わず食事の手を止めてしまっていた。
どこまで上を目指しているのか分からない男に思わず感動したのだ。
モーガンは元々肉体労働派、物理的な実力だけで上までのし上がるルフィに似たようなタイプの海兵だ。他人にも自分にも厳しい正義感の溢れる男でもある。
かつて、過去であり未来では地位を求める暴君になってしまっていたが、上から重しを乗せられて有頂天になりかけた心を押さえつけられたプライドの高い男が胡座をかけるだろうか。いや、出来ない。
今はほぼ対等な立場でも実力はルフィの方が上だと感じ取っている。
「お前は中途半端な海兵だ」
「ん?うん」
「だから間違ったら俺がぶん殴る。その為にはお前に勝てる強さが欲しい」
「俺、強いぞ?」
「…………昨日嫌というほど思い知った」
モーガンは食べ終わった食器を重ねて立ち上がる。ルフィの見上げる視線とモーガンの見下ろす視線がぶつかった。
「だから今日の擬似戦闘訓練、俺とペアを組め」
「おう、いいぞ!」
人の良さそうな笑顔に毒気を抜かれかけたが、モーガンは気を引き締め直した。
──2時間後──
「この…化け物…!」
「なっはっはっ!弱々だな!」
地面の上には仰向けで荒い息を吐く大男と胡座をかいて笑っている少年の図が出来上がっていた。
他の海兵も遠巻きにその様子を見ていたが本人達は気にしないようで様子は崩さない。
「お前、なんでそんなに強いんだよ……」
自分の息子よりも若い子供に歯が立たず無様な自分に嘆く、そして更に目の前の男の強さを再認識し言葉を漏らせば視線を送った。笑うのをやめてルフィはポツリと呟く。
「………なんでだろうな」
「…は?」
海賊と名乗ると決めた。自由の象徴となる海兵を目指すと決めた。強さは必要だ、自分は弱いから。
だけど、何故強さを目指すのかがよく分からなかった。
海賊王としての本能といえば本能かもしれない。
求める強さの重みが、違うような気がして軽い拳を振り続けていた。
過去は…明らかにハッキリとした夢と目標へ、そして色んなものをくれる仲間に返す為に強さを求めた。何者からでも守れるように。
今は…何も無い。大切なものは存在するが
死を味わえば、その命があっという間に軽くなった。
「なんで、だろう……。俺は、強くなれないのに」
ルフィは思っていた。自分が過去の自分と戦い敗者となってしまった事を。
何も知らない、希望に満ち満ちた純粋な気持ちを胸に抱いた『麦わらのルフィ』に負けてしまっていた。
初めてこの世界でクロコダイルに出会った時、口から零れ出たのは昔の口癖。
『海賊王になる』『麦わらのルフィだ』
どれだけこだわる。
変えると豪語しておきながら何故縋る。
過去の強さは違う。同じルフィだけど違うルフィの物だと、何度言っても、縋ってしまう。
あの明るい日々を。
「なんでかな」
自分は希望になんかなれないよ、赤犬。
「なんで、かな」
どちらか選べずに両方取ってしまう欲張りな卑しい敗者になんか。
「…………なんで…」
俺はこんなに弱いんだ。
「──ルフィ!」
グルグルと真っ黒な思考の渦にハマったルフィを呼び戻したのはモーガンだった。
「悪かった」
「なんで謝ってんだ?」
「多分俺は、聞いちゃならねぇ事を聞いた」
ポタリと透明の雫が地面に落ちる。
「子供が、考え込みすぎなんだよ。馬鹿野郎」
「モーガン……おれ、なんで生まれてきたんだ」
「考えるな…!」
「こんな世界に、生まれてきても良かったのかな…」
「……泣くなよ、男だろうが」
「強くなりたいんだ」
こんな気持ちに、負けないように。
「なれるさ、俺が支えてやれるから」
誰かに頼りたい気持ちがせめぎ合う今のルフィにとってその言葉は、求めていた薬の様だった。