ハーマイオニーの秘密〜17年目のレリオーサ   作:YM

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第3話

 

 

「ダイナゴン、ダイナゴン横丁、終点」

 

しまったと隣にいた兄さんが口を抑えた。首を回すと何やらとても不味そうな顔をしていた。

 

「どうしたの兄さん?」

 

「いや、何でもない」

 

不思議そうな顔をする私に、困り顔の兄さんが立ち上がった。

 

「ちょっと待ってて」

 

「あっ、兄さん」

 

兄さんは私を置いて、壁の梯子を降りて行った。私はその梯子にぶら下がり、命綱にして一階の兄さんの様子を窺った。兄さんはどうやら運転手さんに用があるようだった。耳を澄ませると、微かに2人の話し声が聞き取れた。

 

「すいません、このバスは折り返しますか」

 

不安げに言った兄さんを、運転手さんが一蹴した。蛙のような笑いをオマケに

 

 

「何を言っているんだい?こんな夜遅くに子どもが出歩く時間じゃないよ?残念ながら、このバスはここで終わりだ。文字通りここで"終わる"。家までの足が必要なら後のバスを当たってくれ」

 

そう運転手さんが告げると、変な違和感を感じた。気づいた時にはもう遅かった。私は既に二本の足で地面を踏みしめていて、ハットした私を欺くようにそこにはもう何もなかった。薄白い煙のようなモノが唯一、そこに何かがあった事を示してくれていた。奇妙な夜の繁華街に残された私。ホントならこんな状況、涙くらい出そうなものなのに、すぐ傍に兄さんがいる事、そして私の不安を遥かに上回るお伽話のような世界に、私の心は浮き立っていた。長い間暗闇にいたせいで、異次元の空間に人一倍の憧れというものを描いていたみたいだった。

 

「どうしたの兄さん?」

 

戸惑いと焦りが入り混じったような兄さんの表情に、何も知らない私が首を傾ける。

 

「何でもないよ」

 

「そっか。ねぇ、行こう兄さん」

 

ニッコリと微笑み私は兄さんの手を取った。兄さんの尋常ではない手汗にも気を止めないで、私は夜の街へと繰り出した。夜の街。なんてミステリアスでワクワクする響きなんだ。私と兄さんに待ち受けていた最悪の運命さえも知らずに。

 

街にはありとあらゆる店々が軒を連ねていて、気を緩めれば平衡感覚を失いそうになった。感嘆の声を上げながら私はその全てを見逃すまいと、看板の全てチェックしてゆく。

 

フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラー

 

ふとその看板が私の目に留まった。扉の向こうで色鮮やかなそれを、とても長い舌で掬い取る親子連れがいた。私の繋がれた手の先の兄さんが言った。

 

「ごめん、今日はお金を持っていないんだ」

 

後から知った話だけど、マルフォイ家はこの界隈ではとても有名なお金持ちだったらしい。私はその一家に生まれた"不要な子"だったけれど。

 

私が物欲しそうに眺めていると、店の店主らしき人物と目が合い、瞬きしたと思った時には私の目の前にその人物がいた。

 

「フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーへようこそ。何を隠そう私がここの店主のフローリアン・フォーテスキューよ。お嬢ちゃん何か入用?」

 

歌うように紹介と宣伝を終えたあと、店主はその目力の見られる瞳で私を捉えた。黒目がちのその瞳が怖くて、私は兄さんとの距離を詰めた。

 

「すいません。僕達は今日は」

 

兄さんが最後まで紡ぐ前に、澄んだグリーンの小山が彼女の手に握られた。所々黒いシミのようなものが混ざっていおり、甘いチョコレートとミントの涼しい香りがした。それを目の当たりにした私の喉がごくりと鳴る。

 

「行こう、ハーミー」

 

兄さんは今にも飛びつかんばかりの私の手を引いた。

 

「お待ち。商売の鬼の私がここまでしたってどういう事かお判り?魔法界では人間だけでなく一見眠って見える"モノ"にも意思があるんだ」

 

そう言って店主は更に瞳に力を入れて私を見た。そしてその意思を持ったそれを私に差し出した。

 

「どうやらこいつはアンタを気に入ったようだ」

 

「え?」

 

「もらってやんな」

 

店主はそれを私に押し付け、さっさと消えてしまった。文字通り姿がなくなり、店の中を見るとさっき見た位置に戻っていた。一寸の違いもなく。少し溶けたそれが私の手にポトリと落ち、私は兄さんを見た。兄さんは仕方ないなと言う風に頷き、それを合図に私はかぶりついた。

 

「こら、女の子なんだから」

 

暫く堪能した後、私は溶けて見栄えが悪くなったそれを兄さんに向けた。

 

「兄さんも」

 

「僕はいいよ。ハーミーに全部あげる」

 

それから遠慮なく宝石みたいなアイスを独り占めした。ようやく食べ終えたとき、兄さんが徐ろにポケットからハンカチを取り出した。それで私の口元を拭い笑った。

 

「ハーミーは小さい子みたいだ」

 

「違うもん。私と兄さんは年が変わらないし」

 

「僕はそんな風にアイスを食べたりしないからさ」

 

私ははっとした。そうだ。私はマルフォイ兄さんを見た。ブラックとグレーがソフトクリームのように混じったストライプのネクタイをキチンと締め、手触りの良さそうなチョッキを身に付け、そして仕上げに真夜中のバンパイアを、思わせるこの街にピッタリのいで立ちをしていた。それに比べて私は。長年寒さだけを凌ぐために身に付けていたこの衣類が、惨めに思えた。

 

「ごめん。私ずっとあそこにいたから。心は赤ちゃんのままなの」

 

泣きそうになる私に兄さんは焦ったように言い直した。

 

「ごめん、兄さんはそんなつもりで言ったんじゃないんだ。あ、ほらあれを見て」

 

ワザとらしく話を逸らし、兄さんは向かいの店先に吊られた鳥籠を指差した。

 

「この真っ白で口の尖った生き物はなに?」

 

「フクロウと呼ぶんだよ」

 

鳥籠の隙間から指先を滑り込ませ、その雪玉みたいな羽毛に触れた。

 

「あったかい。大人しいしすごくかわいい」

 

「かわいいだけじゃない。フクロウは1日に何通もの手紙を、届けてくれる。正確にそして俊敏に」

 

「とても頭のいい子達なんだね」

 

「そうさ。少しの間違いもなく、彼等は僕らの思いを届けてくれる」

 

 

イーロップのふくろう百貨店の看板があった。

私は店先のフクロウ達を見学した。どの子もとても物静かでじっと何かを思案しているようだったけど、一匹だけ他の子達とは明らかに違う様子の子がいた。私とはちっとも目が合わなかったけど、この子は後に私の親友の相棒となる子。ベドウィングと言って、籠の中では置物のように大人しいけど、一度便箋を託そうもんならそれはもう凄いのなんのって。言葉にするのは少し難しいけど、とにかく凄腕の郵便屋さん。飽きもせず籠の中の鳥を眺めている私に兄さんが言った。

 

「よかったな、ハーミー」

 

「兄さんどうしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

寂しそうに笑う兄さんがどこか遠く感じて、何でだろう。こんなにも近くにいるのに。

 

「かわいいな。どんな風に空を飛ぶんだろう?」

 

首をかしげる私に、フクロウの羽毛を撫でながら兄さんは空を仰いだ。

 

「大空をね、翼いっぱい広げて羽ばたくんだよ。ハーミーも見れるさ。いつかきっとね」

 

いつかきっと。この言葉に私の胸が膨らんだ。いつかきっと。物置の中で暮らしていた私からは想像もできない、無限で、広大で、希望の溢れる未知の世界を垣間見たような気がした。こんな私にも見れる未来があるんだと。、

 

それからバタービールが名物のお店、とんでもない仕掛で私達を驚かす悪戯道具の専店、後に私達がお世話になるローブをあつかう洋服専門店にもよった。百味ビーンズが面陳された菓子店では、本当に心が踊った。それまで目にした事のないカラフルなお菓子達が所狭しと並んでいて、手に取る度に小さく声を上げた。隣にいる兄さんも一緒に笑っていて、幸せというものを知らなかった私は思った。こういう事がそうなんだって。大好きな人が隣にいて、一文無しだけど、お互いのツマラナイ冗談に笑いあったり、取るに足らない些細な事だとしても。私のテンションのボルテージは確実に上昇し、店を飛び出して街路を駆け回った。この嘘のようでホントウの世界に魅せられながら。

 

 

「ハーミー危ないよ」

 

初めて雪に触れた猫のように膝駆け回る私を、困り顔の兄さんが窘めた。

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 

呪文のようにそう繰り返し、私は脇目も振らず自分の世界に入り混んた。そんな私にバチが当たったのか、街灯の存在に気づかず身体をぶつけ転んでしまった。私は初めて恐怖ではではない痛みを感じだ。それを痛みと認識する前に自然に涙が溢れてきて、私は生まれて初めて泣いた。外の世界に初めて触れたあの時とは違う涙。怪我自体は大した事なかったけど、すぐにマルフォイ兄さんが駆け寄って来てくれた。泣き叫ぶ私を抱きしめてくれて、泣き止むまでずっとそうしてくれた。涙が乾き、私が落ち着きを取り戻すと、兄さんが私の血の滲む膝小僧をじっと見つめていた。

 

「痛いか、ハーミー?」

 

「ううん。だいじょうぶだよ。心配しないで」

 

そう強がる私の目の前に、焦げ茶色の細長く尖ったモノが現れた。そう言えばさっき見た三角の帽子の人達も手にしていたけど、何だろう。どこから現れたそれは兄さんの手にしっかり握られていた。

 

「兄さん、それはなに?」

 

私が聞くが早いが、兄さんは何かを呟くと流れ星みたいな光が走って、私は一瞬目を閉じた。気づくと膝の痛みが嘘のように消えていた。見ると私の膝の数が綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「あれ?痛くないよ。なんで?」

 

嬉しさより驚きの感情が大きくて、私は目を瞬かせた。けれど幻だったのか兄さんの手にあったそれの姿がなかった。

 

「兄さんなにをしたの?」

 

「僕はなにもしていない。ただ、ハーミーの傷が治りますようにってお願いしただけさ」

 

さっきの私が見た奇妙な棒について聞いてみるけど、兄さんの口からそれについて語られる事はなかった。あれは幻だったのかな。長い間あんな場所にいたから頭がおかしくなっちゃったのかな?兄さんと並んで歩きながら、私は次から次へと浮かぶ疑問な頭を下げ悩ませていた。私が兄さんにもう一度問い掛けようと袖を引っ張ったとき、上空を一羽の物体が通り抜けた。砂埃が舞い上がり、兄さんのマントが捲き上り、辺りの、いや、この街全体の空気が一変したようだった。あまりの速さで断言はできないが、確かに、今私の頭の上をもの凄い生物が突き切ったような気がした。突風が静まり、それが何かと兄さんに問いかける前に、私は兄さんの顔を見てびっくりした。

 

「に、兄さん?だいじょうぶ」

 

顔面蒼白で額中に玉のような汗が浮かんでいた。兄さんは私の口元を拭って汚れてしまったそれで額を押さえた。私のせいだと思った。私があまりにもはしゃぎ回り、連れ回し、あまり身体の強くない兄さんを疲れさせてしまったのだと。

 

「大丈夫だよ。僕は大丈夫だから心配するな」

 

「うそ。兄さんすごく辛そう。あっ、あそこのベンチで」

 

私は勢いよく吹き出す噴水のベンチを指差したが、兄さんはゆっくりと首を振ってそれを断った。

 

「ハーミー聞いて」

 

徐に兄さんが私の震える肩に両手を置いた。

 

「どうしたの、兄さん?」

 

「兄さんはちょっと用ができたから、先にあそこに行っていてくれないか」

 

私は兄さんを心配しながらも、その指先を見た。

 

フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の看板があった。

 

「あそこは何のお店?」

 

「ハーミーがワクワクするモノが沢山ある。きっと気にいると思うから」

 

私は小さく首を振った。

 

「イヤだ。兄さんと一緒じゃなきゃ嫌だよ」

 

私はさっき兄さんが追い払ってくれた涙を再び引き寄せた。そんな私を見て兄さんは優しく微笑んだ。兄さんの額から溢れた汗が私の肩に落ちて、シミを作った。

 

「本当にハーミーは泣き虫だな。かと思えば変なところで、強がるし」

 

「そんなの。兄さんが悪いんじゃん」

 

「そうだな。ごめんなハーミー」

 

ごめん?どうして謝るのだろうか。私はまだしも兄さんは全然わるくないのに。それから、すぐに行くからという兄さんの言葉を信じ、私は目当ての看板の方角に歩みを進めた。兄さんがとても心配だったけど、振り返る事はしなかった。また会えると信じていたから。またすぐに兄さんと手を繋げる。私はまだ掌に残るその温もりを握り締めながら、一人ダイアゴン横丁を歩いた。核は深夜を過ぎていたので、殆ど人通りはない。その扉に手を掛けたとき、どこからか声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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