F!(凍結)   作:ドランク

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今回、ちょっとだけ特殊文字というのを使ってみました。


あとちょっと暗い話になります。



主張して否定される

 更織会長が言った「出来る女は忙しいのよ」発言は嘘では無いようだ。

師弟関係を築きこれからの生徒会での俺の役目を説明しようとした彼女の言を電子音が遮った。

電話に対応した彼女は俺の耳に届かない程の小さな声で五分ほど会話。

終わって電話を仕舞おうとしたらまた鳴る。

そういうループが三回目に突入した時、俺は今日の所は帰った方がいいんじゃないかと思い始めた。

忙しいヤツの傍でのほほんと茶を啜れる程に、俺は顔の面が厚いってヤツじゃないし。

電話の対応に勤しんでいる会長を横目に急須の茶を入れ直し、

対応が終わった彼女に明日また来ますと告げる。

 

 「来るのは一週間後からでいいわよ。今はちょっとバタバタしてるしね」

 

新しいお茶を啜ってどこか幸せそうな顔をした会長はそんな事を言ってきた。

どうやら俺のお茶は渋くなかったらしい。腹痛で倒れなくて良かった。

 

 「じゃあ一週間後から俺をしごいてくれるって事ですか?」

 

 「ええそうよ…楽しみにしてなさいよ…」

 

そう言って小さく暗く笑う彼女に胸が熱くなる。

試練の予感に軽く興奮しているのだ。

それを潜れば強くなれる。今と比べて遥かに。

 

それはとても素敵な事だ。

 

帰り際に勉強の方も疎かにしないでねとの言葉を受けながら俺は生徒会室を後にした。

 

そして十数秒かそこらで俺はまた生徒会室に戻る。

忘れていた事があったのだ。

 

 「どうしたの?お姉さんと離れるのが寂しくなっちゃった?」

 

 「それは無いです」

 

 「だからそれを真顔で言わないでよ!傷つくじゃない!」

 

この人もピュアだなと思いながら忘れ物を懐から取り出す。

更織さんから見たら何かの端末みたいだなと思うだろうが俺はコイツの正体を知っている。

 

 「デス・ステーション・1280・ポータブルっていうゲーム機です。なんか略されてDSって呼ばれてるみたいですけど」

 

 「えっと…それがどうかしたの?」

 

更織会長の前であの人の名前を出すのはどうなのかって思ったが、

よく考えてみれば俺はここに来てから負けっぱなしだから勝ってもいいんじゃないかって思い、

爆弾(真実)を起爆し(告げ)た。

 

 「史郎さんが貴方にって…」

 

 「あの糞野郎が何ですってぇぇえええええええ!」

 

発狂した更織会長。

どうやらあの人が負わせた傷は彼女の中にまだ存在しているらしい。

俺は大慌てで机にDSを置き今度こそ生徒会室から去った。

俺は何も悪くないと思いながら

 

今日の予定は無い。完全なフリーだ。

一夏達の練習でも見てこようかなとアリーナを目指す。

雨が校舎を殴る音に耳を傾けながら人気の無い廊下を歩いていると、

暗がりで輝く物体を見つけた。

自販機。こいつは電気と硬貨さえあれば誰に対しても癒しを提供してくれる。

この国で人を選ばないのはゲームと音楽とこいつぐらいだろう。

さっきまで渋いお茶を飲んでいたせいで何か口直しに飲もうと思いポッケに手を伸ばす。

そこで気付いた。更織さんに貰った手紙がどこにも無いって違和感に。

どっかに落としてしまったか?まぁ別に重要な事が書かれていないから良いか。

硬貨を飲ませ自販機を起こす。

押すボタンは決まっている。

「アラスカの水をそのままペットボトルに詰めました」と宣伝されているクリスタル・キングだ。

史郎さんが定期的に孤児院に差し入れしてくれてるおかげで飲み慣れた物だ。

そういう訳で迷いなく左上の隅にあるボタンを押そうとし、

―分かってないな。コーラの方がいい。

間違えて隣のコーラを押しちまった。

やっちまったと思うが時は既に遅し

取り出し口の中でクアンタム・コーラが青く鈍く輝き「HEY!俺だぜ!とりあえずベガス行こうぜ!」って自己主張していた。実際にそう言ってないがこいつはアメリカ人だ。声帯が付いてたらそう言うに違いない。

溜息と共にそれを取り出しラベルを読んでソイツがコーラだって再確認するとまた溜息をつく。

こいつのキャッチコピーは「美味しさ核爆発並み!」だっけか。飲んだことないから事実かどうかは知らん。どうでもいい。

 

どうも俺は疲れているみたいだ。

色々分かったし、色々あったし。

そしてそれらはまだ俺の中で整理がついていない。

セシリアとのこれからの事を考えなきゃいけない。

更織会長とのこれからの事を考えなきゃいけない。

千冬先生のあのチラ見についても考えなきゃいけない。

そしてなにより本音の事だ。彼女は…

…いや何考えてんだ?本音の事で悩む事なんて何もない。

アイツはただ優しく無防備な少々変わったとこがあるだけのカワイイ女の子だ。

ただそれだけだ。

溜息をつく。

やっぱり俺は疲れてる。

今日は色々な事に距離を置いて静かに過ごした方がいい。

どこか静かな場所を探してこのコーラでも飲もう。

 

 

 そして俺がそういう静かな空間を見つける事は出来なかった。

その前に私刑の香りを嗅ぎつけてしまったからだ。

それは俺の神経をざわめつかせ、熱を起こし、争いをやれる状態まで俺を引き上げる。

湿って冷えて暗い人間性を持つ敵がそこにいるかもしれないという事実は、

俺の中で自身の仄暗い欲求を満たせるかもしれないという期待に生まれ変わる。

だが駆けつけて分かった。もう終わっていたと。名残だけがそこにあった。

そしてよく見ればそこには俺の友人達が居た。

コーラを手に持ったまま雨が降りしきる曇天の下へ飛び出し彼と彼女達に駆け寄る。

 

 「燕…」

 

最初に眼が合ったのは箒さんだ。

不義に対する怒りを宿した眼だ。

髪は雨水を吸い込みその長さと相まって刃の様な印象を俺に与えている。

だがその攻撃的な意思を誰に向けるべきなのか

彼女の中で答えが出ていないようだ。

 

 「燕さん…」

 

次に眼が合ったのはセシリア。

伝え聞いてきた事が真実だと知り驚愕した眼だ。

他人の醜い部位を直視してしまって、

そしてソレが自分の中にもあると理解しているが故に酷く自己嫌悪しているようだ。

 

セシリアの頭を軽く撫でて勇気づけてやりながら、

二人の間を通り過ぎて奥に居た一夏に声をかける。

 

 「燕か…」

 

一夏は俺に顔を向けなかった。

当たり前だ。

自分に縋って震えているヤツが居るのに他に注意をやれる程、こいつは器用じゃない。

短い付き合いだがそれは分かる。

 

 「さっき見つけたんだ」

 

一夏の声は不安定だった。

怒りや悲しみの混合物が彼の何もかもを震わせているようだ。

 

 「石と泥を投げつけれてたんだ」

 

俺たちは雨に打たれていた。

雨水が俺たちを濡らしていたが、一夏が抱きしめていた彼女は俺たち以上に濡れていた。

 

ツインテールの髪は水を吸い込んで先端が地に落ちている。

小麦色の肌と白い制服は泥や血で出鱈目に化粧が施されている。

そして勝ち気そうな性格だと思わせるその顔は雨と現実で濡れていた。

声を出さず彼女は一夏に縋っていた。

温かさに縋っていた。優しさに縋っていた。私刑から救ってくれた人間に縋っていた。

 

 「二組の…」

 

そう言って一夏は沈黙した。

言い切れないという事実に引っかかる物があったが、

それ以外にも聞きたい事が山ほどある。

 

とにかくこことは別の場所に行かないといけない。

 

 「とりあえず移動しよう」

 

重く暗い空気の中で俺はそう言った。

 

 *

 

 彼女は怪我を負っていたが保健室には新島がいる。

あの糞ババアは信用できない。

 

 「まぁなんて酷い恰好!ちょっと待ってなさい!タオ…」

 

 「それより救急箱を頼む!」

 

俺達は一夏達が助けた少女をトレーニング場の最奥まで運んだ。

ラオスさんの縄張りだ。

俺にとってこの学園で落ち着ける場所はここと自室しかない。

性別がはっきりしないアマゾネスは一夏に介抱されている少女を見つけると、

顔色を変えてリングから飛び降りた。

俺がリングの下から取り出したパイプ椅子に未だに泣いている少女を座らせると、

ラオスさんが緊急箱を持ってきて傷の具合を見始めた。

 

 「どうです?」

 

 「縫う必要は無いわよ…消毒とガーゼがあれば大丈夫」

 

可哀想にと同情しながら、もう大丈夫よと慰めながら、

タオルで肌を拭き薬品で処置を続ける頼れる大人に背を向けて、学友達に向き直る。

呆然としていた。

 

 「悪い人じゃない。俺が保障するよ…ラオスさん。暖を取っていいですか?」

 

 「いいわよ。悪いけど手が離せないから」

 

 「分かってますよ」

 

山積みになった薪から何本か手に取り地面に放射状に並べ火打石で着火する。

燃え上がる炎が雨で冷えた体を温めていく。

 

 「そのままだと風邪ひくぞ」

 

リングの下から人数分のパイプ椅子を取り出し火の回りに置いた。

ついでにタオルも取り出し皆に配る。

だが学友達はまだ呆然とした顔をしていた。

何か納得してないって声を出さずに言っていた。

 

 「おい!お前らどうした?何か変だぞ?」

 

 「ああ…」

 

一夏が顔と呆然と呟くと椅子に座った。

他の二人も黙ったまま椅子に座った。

壮絶な私刑を生で見たせいでトラウマができちまったのかもしれない。

私刑は見る人間を不快にする。

そして被害者側が何もできないと加害者側が理解しているときたら。

そして加害者側が自分たちの考えが正しいと狂信しているときたら。

そして加害者側の中にタダの憂さ晴らしで参加している奴が居るときたら。

私刑はより過激な物になる。見る人間にとっての糞になる。

こいつらが見たものはひょっとしたら糞の類なのかもしれない。

俺は糞を見慣れているが、そうでない奴らにとって毒になる。

 

 「傷跡は残らないわよ。お嬢ちゃん。貴方は綺麗なまま」

 

ラオスさんが治癒を終えたようだ。

先ほどまでの被害者を見ると傷口を包帯で隠した少女がいた。

 

 「あり…がと」

 

小さく呟く少女。

瞳には彼女が求める者が映っていた。

 

 「リン…」

 

一夏が言うと共に少女の頭を撫でる。

彼女は黙って受け入れまた泣き始めた。

悲しみが出させる物ではなく安堵。彼女はここでようやく落ち着けた。

 

 「見た所、中国と日本のダブルね」

 

三人に慰められるリンと呼ばれた少女を眺めながらラオスさんが呟いた。

 

 「ダブル?」

 

 「ハーフだっけ?つまりダーリンと同じって事」

 

異国の人間同士の子供。

この国じゃそれだけでは私刑の対象にはならない。

この国の人間はちゃんと区別して迫害してる。

ロシアは過去の戦争が原因で対象になっているが、正確に言うなら戦争だけが理由じゃない。

白騎士事件の契機。

日本に対して核を打ち込んだ国家の血を持つ人間が対象になってる。

つまり中国もこの国での迫害の対象って訳だ。

 

 「ダーリンは心配いらないみたいだけど…」

 

暴力に対しては暴力と鋼の意思で対抗するのが一番だ。

そうラオスさんに言ったら説教されたが変えるつもりはない。

これは俺にとっての柱だ。

だが彼女は違うようだ。

何も聞いていないがどうもそうみたいだ。

 

 「とにかくお茶が必要ね」

 

そう言ってリング下から電子ケトルと茶葉を取り出すラオスさん。

表情はとても暗い。

自分の出番がこのまま来なければいいのにと、いつの日にか呟いていた事を思い出す。

ラオスさんはこの学園のただ一人のカウンセラー。

他人を勇気づけ救う職員だ。

 

 

 「私の名前は凰鈴音(ファン・リンイン)…その…ありがとうございました」

 

そう言ってファンさんは椅子に座ったままお辞儀をした。

俺が何があったか説明してくれるかと聞くと一夏が話そうとしたが、

ファンさんは自分でやると言った。

さっきまで濡れていたくせに顔には明るさが戻り始めている。

根は強いようだ。

 

 「中国の代表候補生…で二組に入ったんだけど…」

 

更織さんの言葉を思い出す。

俺の為にそういう奴を一組に入れない様に動いたという事は、

他のクラスにはそういう奴が居るかもしれないって事だ。

そして彼女はそういう奴に絡まれたと言った。

国士気取りの酔っぱらい共に。常識に染まった悪鬼共に。俺の敵に。

 

 「昔と一緒になっちゃった…あの時も一夏に助けられたっけ…」

 

そう笑って言うがアレは作った笑顔だって事は誰にも見抜けるほど痛々しい物だった。

「知り合いか?」って聞くと一夏は「そうだ」と返した。

 

 「あの時はダンと一緒にリンの事を守ったんだ」

 

他のクラスメイトと教師達からの障壁になり続けた四年間。

だがそれが終わった日が来た。

周囲の環境に親が折れたからだ。

 

 「ママは私を連れて中国に帰った。貴方の為だからって…」

 

それからは皆が黙った。

当然だろう。

あまりにも重すぎて何を言えば良いか誰にも分からない。

焚火に薪を追加したタイミングでファンさんは喋り始めた。

 

 「それでその…また二人に会いたいって思ってISを学んでここに」

 

 「大変な努力をなさったんですね。貴方のお国には確か三機しか…」

 

セシリアの言が正しいならきっと血反吐吐く程に頑張ったんだろう。

限られた3って数字に群がる数多。

その中で他の人間を抜きながら辿りつくというのは尋常じゃない努力が必要な筈だ。

だがそんな思いをしてやったきたココは優しい場所では無かった。

 

 「中国のお偉いさんにも言われた。絶対辛い目に会うから止めなさいって」

 

だが彼女は目的を果たせた訳だ。

 

 「一夏…やっと会えた」

 

 「鈴…」

 

愛しい人間との邂逅。

ただそれだけの為に彼女は不幸な事が待っていると分かっても来た。

この瞬間はきっと彼女にとっての何よりもの報いなんだろう。

だが先がある。

 

 「これからの事も考えなきゃいけないわよ。鈴ちゃん」

 

ラオスさんは言う。

 

 「このまま学園に残り続けたら貴方はまた同じ目にあうわ」

 

周囲は敵だらけ。

一夏も箒さんもセシリアも守ろうと動くだろうが彼女は他のクラスだ。

これではやれる事に限りがある。

 

だが俺には策があった。

 

上手くいったなら敵は彼女に手を出す事は今後なくなる。

飾りが付いているがこの場合は仕方ない。

似たような物に苦しめられているヤツをほっとけないしな。俺の良心がそうさせない。

俺は自分の考えを皆に話した。シンプルなやり方を一言で。

 

 「二組の奴ら全員を徹底的にしばく!」

 

ドアを蹴破る。一人になった所を狙う。事故を装う。

可能にする手段は様々だが効果は1つ。傷だ。

心に。体に。そいつらを構成する全てに。教訓を刻んでやる。

こちらはただ殴られるだけの存在じゃないって事を教えてやる。

そうすれば気軽に手を出してこなくなるだろう。

出して来たら次はもっと刻めばいい。焼き鏝の如く。深く。熱く。

 

 「そんなのダメだ!」

 

だが一夏は大声で否定する。

考える素振りすらなく。迷わず。ただ否定してきた。

顔には何故か怒りが宿っていた。俺に対する怒りが

 

 「なんでだ?」

 

 「なんでだ?じゃない!そんな事したら二組の子達が可哀想だろう!」

 

一夏は変な事を言った。

可哀想?敵なのに?

 

 「情けを与えるべきなのは味方だけだろ?なんで敵の事を心配するんだ?」

 

 「敵じゃない。同じ学園の仲間だろう?」

 

仲間?敵じゃない?

 

 「何言ってんだ一夏?お前はファンさんの味方なんだろ?」

 

いつでもどこでもある法律がここにもある。こっち(味方)とあっち(敵)だ。

そしてその二つは絶対に合いなれない。

 

 「ファンさんを守りたいんだろ?」

 

だからぶつかり合いは避けられない。

自分たちが生き残りたいなら相手を叩きのめす他ない。

なのに一夏は理解してくれない。

 

 「話し合えばリンに酷い事をしなくなるかもしれないじゃないか!」

 

 「いいや!絶対にそんな事にはならないね!」

 

一夏の言葉に俺は思わず声を荒げてしまった。

当然だ。こいつは問題を直視してない。

 

 「そこのファンさんを痛めつけたのは何でだと思う?アイツらの中の常識がそうさせたからだよ!」

 

敵国の子という事は自分たちにとっての敵。

攻撃するべきだ。

何故ならそいつらは心身共に不潔で醜くていずれ自分たちに害を成すからだ。

何故ならそいつらは過去に自分たちにやった悪行を清算していないからだ。

世間はそう言う。世間が言うそれは常識になる。常識に人間は従う生き物だ。

俺はそれを糞共から与えられた傷から学んだ。

 

 「だからヤツらはやめない。痛い目に会わせない限り!」

 

 「でもそれはやっちゃいけない事だろ!」

 

分かった。分かっちまった。その一言で一夏を分かっちまった。

一夏が執着するソレの正体を。

アイツは優しいヤツだ。その優しいは誰に対しても向けられる。

敵に対しても。

きっとそれは皆を守るとかいう耳障りの良い物なんだろう。

反吐が出る。

俺の大っ嫌いな糞共が掲げる糞より劣るファンタジーだ。

そんなんじゃ本当に守りたいって奴らを守れない。

 

 「お前の言うそれは唯の理想だ!現実を見ろ!」

 

 「お前の言うそれは唯の諦めだ!もう少し頑張ってみろよ!」

 

諦め?頑張れ?こいつは何言ってやがる?

俺は今まで諦めたり頑張りを辞めた事なんて一度も無い。

何故なら殴り返さなきゃいけない奴らは多すぎる。

殴らなきゃ更に攻撃は増す。その攻撃は俺の身内に飛んでいき傷つく。

だから止まれない。自分と大切な奴らの為にも止まったりなんて出来ない。

 

更なる熱の発生。一夏に対する失望。現実に対する怒り。

頭の中で様々な言葉がぶつかり合って思わず一歩踏み込んだ。

 

 「二人とも落ち着け!」 「黙りなさい!」

 

ラオスさんと箒さんが同時に放った一喝が俺たちの修羅場を沈めた。

息を荒くした一夏が俺を見ている。俺の呼吸も乱れていた。

互いの感情を剥き出しにしていたこの一瞬。

次の一瞬で殴り合いが起こっていたかもしれない。

そこまでにこの場は熱くなっていた。

 

 「この一件は私が預かります」

 

ラオスさんはいつもの声を発しなかった。

熱っぽくねっとりとしたソレは、毅然としたモノにすり替わっていた。

大人の顔になっていた。

 

 「学園の上層部に訴え会議を開かせます。クラス替えをし彼女を一組に編入するよう説得します」

 

 「だけどよ・・・」 「だけど・・・」

 

 「これはこの国に根差した問題です!解決などできません」

 

俺と一夏は同じタイミングで噛みついたが、ラオスさんはそれらを振り払った。

 

 「一夏君。貴方は優しい方法で解決を図ったのは良い事だけど彼女たちは絶対に応じてくれない。何故なら彼女たちは周りがそういう大人ばかりの環境で育ってきたからです。

当たり前と捉える環境で育ってきたからです。更生には時間がかかりますし出来ない場合もあります」

 

 「でもやってみなきゃ…」

 

 「やってみるという気概は大切でしょう。ですが無為に終わる事もあると理解なさい」

 

言を受け沈黙する一夏。

そしてラオスさんは俺に顔を向ける。

 

 「次に燕君。貴方は方法が過激すぎます。殴れば簡単に済むと思っていれば大間違いです」

 

 「確かにそうだと思ってるが、しばらくどうにかなるだろ?」

 

 「そして次に発生したならまた殴るのですか?それではただのイタチごっこ」

 

 「なら終わるまで殴ればいい事だ」

 

 「その殴る対象も生きるべき誰かという事を忘れていませんか?」

 

理解している。彼ら彼女らには家族があり愛し愛されている人間だって分かってる。

だがどうだっていい。

攻撃するならこっちから攻撃して折ってやる。

 

いつだってそうしてきた。

 

 「そう前にも言った」

 

前の説教はそれで終わった。

だがラオスさんは次のステップへ進めるつもりでいた。

 

 「そうすれば貴方も身内もテロリストとして扱われるという事を理解していますか?」

 

 「ならどうすれば良い?ただ黙って耐えろって言うのか?」

 

お断りだ。

何故なら俺はもう1人になるのは嫌だからだ。

攻撃してくるヤツが一人減るなら身内は一人守られる。

シンプルな話だ。

暴力に縋れば大切な奴らは守られる。こいつは絶対の法だ。

 

 「少しだけでいい。私たち教員(大人)を信じてください」

 

ラオスさんはそう言い切った。

自信に溢れる眼で。有無を言わさない気迫を纏って。

 

 「みんな・・・ちょっと待ってくれないかな?」

 

ファンさんが遠慮がちに声をあげる。

皆の注意を集めた傷だらけの小さい少女は眼に1つの決意を持っていた。

 

 「私、もうちょっと1人で頑張ってみる」

 

語られるはファンタジーの類。

 

 「皆に認めてもらう。大変な事だって分かってるけど皆が皆そうだって訳じゃないって…一夏やダンみたいな人が居るって信じている」

 

他人の良心に期待するっていう不確かな物。一夏の語った分かり合うって言う理想論。

その頼りない方法で強固な意志で統一された集団に対して1人で立ち向かうと彼女は言った。

効果の見込めない方法で挑む。それはただの自殺だ。

俺も一夏も止めようとした。方法は違うがファンさんを助けたいという意思は一緒のようだ。

だが先に口を開いたのはラオスさんだった。優し気に語り掛けるように。

 

 「鈴ちゃん。これは努力すればいい話じゃないのよ?実らないかもしれない。傷が増えるだけで終わるかもしれない。それでもやるの?」

 

彼女は力強く頷いた。

1人でこの状況をどうにかしてみせる

固く閉じられた口の代わりに眼がそう俺たちに代弁する。

 

 「私はここまで頑張ってこれた。だからこれからも頑張る。みんなと仲良くしてみせる」

 

鋼だった。

付け入る隙も無い意思の完璧な布陣。

 

 「一夏。助けて貰ったのは感謝してる。だけど私はもう守られてばっかは嫌なの」

 

強くなった自分を見てほしい。誇り高くなった自分を感じてほしい。そういう訴えが言外に込められていた。一夏はそれに気づいているようだ。

 

 「燕…だっけ?初めて会った私の為に色々言ってくれてありがと。でも私は暴力には頼らない」

 

貴方のそれは逃げだと言外に言われた気がした。

 

「私のやり方で皆に分からせるから」

 

立ち上がり彼女は高らかに宣言した。

絶対に折れないし折らない。

その覚悟を感じさせる程の熱いオーラを発しながら

 


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