焼きおにぎりを食べ終わった後。
俺達は自分の部屋である6号室……オシリスレッド寮の一階左隅に位置する部屋に居る。
部屋の中は、愛子さんが言っていた通り狭く。業者に頼んでもらったキャリーバックなどの荷物を部屋の中に置くと、空いているスペースが一畳半あるかどうか怪しいレベルだ。
なので取り合えず、荷物のほとんどを備品である勉強机の上に置いて、空きスペースを少しでも多く確保している。こうすることで気休め程度ではあるが、部屋が広々となる。
代償として勉強机を占領してしまったが……まぁ、ここに来た目的は勉強関連ではないので問題無いだろう。
荷物の整理(まぁ、大半を勉強机の上に丸投げしただけなのだが…)が終った俺が今何をしているかと言うと、特に何もしていない。
強いて言うなら、二段ベットの下の方で寝転んでるぐらいだ。
船旅で疲れ、大徳寺先生に走らされ、そして周りが年上だらけという環境にいる……そうなると必然的に体力面と精神面で疲れてしまう。もう、油断したら寝るかもしれない。
「はむはむ……うん、やっぱり疲れた時にはベルギーサンダーだね。
このベルギーチョコの甘さとクッキーの食感が、ボクを癒してくれるよぉ~」
声が聞こえてきた方に顔を向けると、直横で俺があげたベルギーサンダーを食べているレイが居た。レイはカーペットの上に座り、自分の手に持つお菓子を幸せそうに嚙み締めている……俺と違い、レイはまだ元気なようである。
「元気だな、お前……」
「当たり前だよ、これからが本番なんだもん。
さぁ、惺! 今から亮様が居る寮に行くよ!」
ベルギーサンダーを食べ終えたレイが、意味の分からない事を言って俺を揺さぶってくる。
今の時間は21時過ぎ……こんな時間に他の寮に行ってるところがバレれば問題になる。
となれば、今から丸藤亮にだけ会いに行くなんて、密会か部屋に侵入する以外に手はない。
が、密会など出来る訳もなく。侵入などすればもっと大きな問題になる。
総合的に言おう……無理だ。
「今行くなんて無理だ。
例え今から丸藤亮に会いに行ったとしても、途中で誰かに見つかる危険がある。
ここは無理せず、明日に備えて寝るべきだ」
「……惺。
前半は兎も角、後半の『寝る』って、惺が単に眠いだけだよね?」
レイが此方をジト目で見てきた。
まったくもって失礼なヤツだな、俺は最善の方法を言っただけなのに……。
「レイ……少しは俺の事を信用しろ」
「うん。そういうセリフは今自分のした行動を思い返して言おうね、惺?
仰向けで毛布を被って、目を閉じて、寝る体勢に入って言うセリフじゃないよ」
レイはそう言って俺から毛布をぶんどり、顔をペシペシと軽く叩いてくる。
このまま寝てたら、顔を永遠に叩かれそうなので渋々起きる事に……まったくもって酷いヤツだ。思い立ったが吉という言葉を知らんのか。
「知ってるから、今亮様に会いに行こうとしてるんだよ。
思い立ったが吉……良い言葉だよねぇ」
……コイツ、また俺の考えてる事を読みやがったな。
と、レイのよく分からない読心術スキルに悩まされている時だ。この部屋に”ドンドン”と、力加減を間違えたノック音が響きわたる……どうやら、誰か来たようだ。
その訪問者のノック音に『うるさいなぁ』とレイは呟き、此方に毛布を返して、ノックのしたドアに歩いて行いき、ドアを開けた。
―――キィ……。
「誰だ? こんな時間に……」
「よう、レイ!
これから皆で風呂に行くんだけどさ、お前と惺も一緒に行こうぜ!」
あのノックをした人物は十代さんだった。
俺の位置から、十代さんの後ろに翔さんと隼人さんがいるのが見える。
その手には風呂桶や着替えなどを持っていることから、言葉通り風呂の誘いに来たのだろう。
まぁ、俺は良いとしてもレイは絶対に断るだろうな。だって女の子だもん。
「へぇ? あ、ゴホゴホ!
いや、誘ってくれたところ悪いんだけどさぁ……ボクも惺も風邪気味なんだよ。
特に惺なんて、熱が出始めて寝ようとしてるんだ」
レイ……お前、風呂の誘い断るとは思っていたけど、無茶振りだろ。
それにほら、十代さんが『そうなのか!?』と言って、心配そうに顔を覗かせてるじゃないか。
「ゴホゴホッ! ゴメンな十代。
ちょっと今日色々あって疲れが出たみたいだわ……今日は大人しく寝とく」
毛布を被り直し、さも病人ですオーラを漂わせる。
嘘を吐いて済まない、十代さん。
「そうか……ごめんな、うるさくしちまって。
それじゃ俺達は風呂に行くけど、お前達はちゃんと寝て治すんだぞ」
「あぁ、そうするよ」
「ありがとな、十代」
十代さんの気遣いにお礼を言う。
さらにその後、翔さんから『お大事にッス』、隼人さんから『暖かくして寝るんだぞ』との言葉も頂いている。
まったく……編入したばかりの俺達を心配をしてくれるなんて、良い人達ではないか。
そんな人達を騙すのは良心が痛む。
「……で、十代さん達もう行っちゃたけどさ。
レイは兎も角、俺は十代さん達の誘いに乗ってあげても良かったんじゃないか?
どうせ俺もレイも別々に風呂に入る訳だし……てか、そもそもお前風呂に入るの?」
ドアを閉めて戻ってきたレイに、自分が思った事を聞いてみる。
俺が仮病を使ったのはレイに無茶振りされたからであって、個人的には十代さん達と一緒に風呂に行っても良かったと思ってる。
それにオシリスレッドの風呂は、屋外に造られていると学園案内に書かれていた。
学校案内の説明文では『露天風呂のような、開放感あるお風呂です』との事なので、必然的に外での着替えや入浴をする事になる。
そんな誰に見られるかも分からない入浴を、レイがするのかどうかも甚だ疑問である。
恐らくだが、レイはタオルか何かで体を拭いて終るはずだ。そうでないと色々と危うい。
この部屋で体を拭くのであれば、俺は当然その間この部屋から追い出される事になる。
そう考えると、俺が十代さん達の誘いを断る理由が何も無いような気がするのだが?
と、疑問に思ったのでそれをレイに言ったのだが……何故だろう。レイの目つきがどんどん険しくなっていく……。
「……惺…。
女の子に対して『お前風呂入るの?』とか、デリカシーが無い以前に失礼だよ」
「……分かった、俺が悪かった。
だからその軽蔑したような目を此方に向けないでくれ。ホント悪かったって」
レイの言っている通り、今回の発言はデリカシーに欠けていたのだろう。
レイが此方に向ける視線は冗談とかではなく、割とガチの方だった。
これ以上視線をキツされては堪らないので、直に『ゴメン』と謝ることに。
その対応の早さに納得したのか、レイの目は徐々に普段のものに戻っていく……。
「まったく……もう少し言葉を選んで言ってよね?
反省したみたいだから、今回は許すけど……女の子にあんな事言ったら、嫌われて当然の発言なんだからね」
「……はい、以後気を付けます」
「よろしい。
で、お風呂の件だけど……皆が寝た頃に入る予定なんだ。
多分12時頃にお風呂に行くと思うから、寝ないでよ?」
……ん?
「レイ、お前の日本文がおかしい。
レイが12時に風呂に行くなら、何で俺に『寝ないでよ?』なんて言うんだ?」
「え? 何言ってるの惺?
そんなの惺も一緒にお風呂に行くからに決まってるじゃない」
レイに『コイツ何言ってるんだ?』みたいな顔をされた。
うん。その表情とさっきの発言、熨斗をつけて返すわ。
「お前、エビフライ食われて、ストレスの臨界点を限界突破したか?
酷いようなら、もう一個ベルギーサンダーをやる。チョコはストレスに効くと言うぞ?」
「ボクはいたって正常だよ。
この寮のお風呂って屋外にあるし。夜に一人でお風呂に行って道に迷うなんて嫌でしょ?
それにボクがお風呂に入ってる時に、誰か来たらどうしようもないし……」
前半の方はレイが単に恐いだけなのだろうが、後半はレイの言う通りどうしようもないな。
入浴中に人が来たら、誤魔化す事など不可能だし。別のベクトルの問題に成りかねない。
成る程。つまり俺も一緒に行く理由は……
「誰か来ないように見張れと?」
「正確には交代でだけどね。惺もお風呂入るでしょ?
まぁ、ボクが見張る意味はあんまりないと思うけどさ……。
ボクとしては、惺が見張ってくれれば……その…あ、安心して入浴できるから……」
レイの声は後半になるに連れ小さくなり、最後の方は何を言ってるのか聞こえなかった…。
まったく。喋るんだったら、もっとハキハキとした声で言わないと聞こえないんだが?
「あぁ、すまん。
最後の方、良く聞こえなかった。もう少し大きい声で頼む」
「う、うるさい!
惺が聞き取れなかったのが悪い! だからボクはもう言わない!」
言葉を強くし、レイはスタスタと梯子を登って二段ベットの上に行ってしまった。
その突然行動に戸惑っていると、レイは『時間になったら起こしてッ』と言って、毛布を被ってしまった……なんとも自分勝手なヤツだ。
俺が寝ようとしたら起こされた。なので仕返しにレイを起こしてやろうかと思ったが、直にその考えを捨てる。何故だか、今あの梯子を登ったら殴られる未来しか見えないのだ。
「…………漫画でも読もう」
レイに起こせと言われたので、俺は起きておかなければならない。
しかし、俺が未だ眠いに変りはない。その眠気を誤魔化す為にバックの中から数冊の漫画を取り出す。種類は様々で、海賊が主役の漫画や忍者が頑張る漫画などである。
その漫画を読みながら『眠いなぁ』と、俺は内心愚痴を溢すのだった。
■
時は経ち夜の12時過ぎ……。
レイを起こし、俺達以外の部屋の明かりが全て消灯しているのを確認した後、風呂がある場所まで月明かりを頼りに進んで行ったのである。
余談だが、風でなびいた草木にレイが怖がって中々進めなかった事を補足しておく。やはりレイは怖い系のものが苦手らしい。
本人は『そんなことないッ』と終始強がってたが……最終的に手を繋いで進んで行ったのは仕方ないだろう。いちいち音にビビっていては先に進めなかったのだから。
そして、ようやく着いた風呂場は中々のものだった。
お湯が薄らと月明かりを反射し、普通に綺麗だなぁと思ってしまう程だ。
その風呂に先に入る事になったのは俺からだった。理由としては、時間が遅い方が人の来る可能性がさらに低くなるだろう、という単純な理由でレイは後から入る事になった。
レイには少し離れていた場所に居てもらい、その間俺が入浴するというものだったのだが、
俺の入浴時間は6分と持たなかった。
入浴時間が短いのは、お湯の温度が体に合わなかったとかではなく。レイが風呂場の方に駆けて来たのが原因だ。
断りもなく、いきなり風呂場に来たレイに対して色々と言ってやろうと思っていたが、涙目で『怖い……』と言われれば、『しょうがないか』と成るのは仕方ない事だろう。
で、今は俺が見張り番。
そしてレイは水着を着て入浴中である。本人曰く、水着を着るのは念の為とのこと。
レイの水着はピンクのフリルをあしらったビキニだった。胸元が絶壁に近いレイの胸をフリルが良い感じに誤魔化せている点については、レイの水着選びは中々と言えるだろう。
「…………惺?
それ以上失礼な事考えてると、手が滑ってお湯を掛けるかもよ?」
「それは手が滑るとは言わない。
後、今服を着ている俺にそんな事したら、本当に風邪引くからやめてくれ」
2メートルほど離れた所で、お湯に浸かってるレイが脅迫してくる。
そもそも何で見張り役の俺が、レイの水着を知っていたりこうして会話できるかと言うと、
見張り番の時にビビったレイが―――。
「…………」
「おい、ちょっと待てレイッ!
分かった、分かったから、その滑りそうな両手を一旦戻せ。
湯冷めしたら悪いからって、足湯させてくれてるレイのご好意だと知っていますとも。
一人で見張りしてると怖いだろからって、レイが一緒に居させてくれてる事も知ってますよ、はい。
……なので、その両手ですくったお湯を此方に向けないでください」
「………次は無いからね?」
そう言って、此方に良い笑顔を向けてくる。
あぁ、久しぶりに見たわぁ~その表情。という事は、次は有無を言わずにお湯を掛けてくるに違いない。
『はぁ~』と、内心ため息を吐きながら、浸かってる両足を水面にあげて足の指をニギニギとしてみる。この行為に特に意味はないが……何となく気持ち良いものだ。
「寮や備品はボロだったが……風呂だけは上等かな?」
「うん、ボクも同感」
レイとの何気ない会話をして、空を見上げてみる。
空には星と満月が輝いて、とても綺麗だ。目で楽しむとはこういった事を言うのだろう。
そうした風景とお湯の温かさを感じながら、俺達はこの時間を満喫するのだった―――