―――ザァー、ザァー
目の前に広がるのは、夕日に染まった広大な海と空。
足元はコンクリートで補強された地面。そして、離れた場所に高く聳え立つ灯台。
見覚えのあるこの風景……そう、此処は俺達がデュエルアカデミアの地を初めて踏んだ場所であり、学園生活の始まりを告げた場所―――港だ。
この場に居るのは俺を含めた3名。俺、レイ、十代さんだ。
6号室で話し合いをしていた俺達が、何故この場にいるのかについてだが……釣りをしに来たという訳ではない。
レイの目的を果たす為に、告白を成し遂げる為に此処にいるのだ。
この数時間の間に、劇的な進展があったのは十代さんの御かげだ。
お菓子を食べえ終え後、十代さんは俺達に協力してくれこととなり。十代さんが丸藤亮に『港に来て欲しい』とメールで伝え、それを丸藤亮が了承したのだ。
十代さんが丸藤亮の連絡先を知っていた事には驚いたが……本人曰く知り合いらしい。
連絡先の入手方法を聞いたところ、何でも『前、デュエルした時に教えてもらった』とのこと。デュエルで連絡先を入手するあたり、十代さんらしいと言えばらしいだろう。
「ボク、ちょと灯台の方に行って来るね」
隣に居たレイがそう言い、俺と十代さんの元から離れて行った。
丸藤亮がこの場に来るのは、夕方の6時頃となっている。
時間を確認したところ、時計の針は5:25を指しているので、まだ時間に余裕はある。
そう、時間に余裕があるからこそ緊張してしまうのだろう。離れ去るレイの横顔は緊張して強張っていた。
恐らく、1人で灯台の方へ行ったのは緊張を解す為なのだろう。
夕日に向かって深呼吸を繰り返してるのがいい証拠だ。本人の為にも、ここはレイを1人にしてあげるのが優しさというものだ。
「よいしょっと……」
丸藤亮がこの場に来るまで、後30分はある。立ち続けるのは疲れるので座ることにした。
レイとは40メートルほど離れた防波堤に腰を下ろし、足を海の方に出して楽な姿勢をとる。
座ったところの場所が場所なので、魚が跳ねる姿や泳ぐ姿がよく見える。良い眺めだ。
「なぁ、なぁ、惺!
リベンジも兼ねてデュエルしようぜッ!
まだ時間に余裕があるしさ、なぁー良いだろ?」
十代さんは"にっしし"と笑いながら、デュエルディスクを渡していた。
既に十代さんの腕にはデュエルディスクが装着されており、やる気満々といったところだ。
俺達に協力してくれた十代さんの希望には応えてあげたいところだが……俺は静かに首を横に振り、デュエルディスクを十代さんへ返却する。
「……すみません。
今はちょっと、デュエルって気分じゃないんで」
今は空気的に、デュエルをすような場面ではない。
何より、ここでデュエルをすればレイの気が散ってしまう。
これから起こる告白の主役はレイだ。今はレイの気持を察し、そっとしてあげたい。
「ちぇー……惺にリベンジ出来る思ったのに…」
「あはは……まぁ、また今度ということで」
『ぶぅー』と、若干ふて腐れ気味の十代さんの姿に苦笑いしつつも、我を通す。
俺がやらないと悟った十代さんは『絶対だぞ』と言って、渋々承諾してくれた。
十代さんはデュエル好きではあるが……やりたくないデュエルを強制はしないようだ。
まぁ、当たり前か。本当に楽しんでデュエルしたいからこそ、やる気がある相手じゃないと意味がない。やる気の無い今の俺とやっても、つまらないからな。
「う~ん……惺、寮で話した時からずっと思ってたんだけどさ。
オレは敬語とかそういうの気にしないぜ? もうオレ達友達なんだからさッ。
いつも通り、ラフに喋ってくれよ!」
十代さんは隣に座り込み、俺の背中を"バシバシ"と叩いてくる。
前にも喋り方で背中を叩かれた事はあったが、今回はあの時とは場所が違う。
前のめりになれば、そのまま海にダイブしてしまう場所だ。
故に、叩かれて落ちそうになったが……両手で重心を支えてなんとか耐えた。
「あ、危ないので叩かないでくださいよ。
後……十代さんの言ってる事は嬉しいですが、俺は元々こういう話方なんですよ。
十代さんが友達でも、年上である限り、この喋り方は変わらないと思います」
「ハァ……惺って、結構頭固いんだな。
なーんか、今までの惺と違うみたいで、調子狂うぜ」
「まぁ、その辺はこれから慣れていってくださいよ」
そう言って、俺はまた海の様子を観始め、足をブラブラと動かす。
この行動には何ら意味は無い。しかし何故だろう? 何故か懐かしく感じてしまう。
ずっと昔……こんな風に、海を見ながら足をブラブラとさせていた気がする。
「慣れねぇ……あっ、惺。
足をそんな風に動かさない方が良いぞ?
オレ、子供の頃それやって靴を海に落としちまったんだよなぁ……」
「……海に……靴を……っ」
思い出した。あぁ、そうだった。
十代さんが今言ったように、俺も昔靴を海に落としたことがある。
まだ小学1年生だった頃、両親と一緒に防波堤で釣りをしに行った時だ。
今みたいに座って、足をブラブラとさせてたら靴を落としてしまったんだっけか?
懐かしいなぁ……確か、海に靴を落とした後、親に怒られたはずだ。
親かぁ……。
今は海外……アメリカに滞在していると聞いている。
元気でやっているだろうか……。
「…………」
「ど、どうしんだ、惺?
急に黙り込んで……オレ、何か気に障るような事言ったか?」
十代さんの呼び声に気づき、頭を振って意識を現実に向ける。
十代さんは何やら、気に障ることを言ったのか不安がってるが……そんなことはない。
考え事してた俺が悪いのだから。
「いえ、単に考え事してたんですよ。
親は元気でいるのだろうか、って考えてました」
「親が元気かって……この島に来る前にも会ってるんだろ?
へへっ。何だかんだ言っても、惺も小学生ってことだな。
1日や2日で親が恋しくなるなんて」
十代さんがニヤニヤと笑みを浮かべながら、此方に言い寄ってくる。
『この島に来る前にも会ってるんだろ?』……まぁ、会ってるな。1年ぐらい前だけど。
「残念ですけど、俺はもう親離れしてるんですよ。
最後に両親に会ったのなんて、もう1年ぐらい前です。
俺の両親は今、仕事でアメリカに滞在中ですからね……」
「ッ!? ご、ごめん!
そうとは知らず、オレッ……」
顔を青くし、十代さんは頭を下げ始めた。
突然の行動に面を食らってしまったが、直に十代さんを手で制す。
「気にしないでください。
両親が居ないのはもう慣れてます。
1人暮らしするのにも慣れてるから、そんなに重く受止めないでください」
「でも―――ッ!……ちょっと待てよ。
惺、お前……今、1人暮らしって……」
十代さんは青ざめた表情から一変し、今度は動揺し始めた。
あぁ……そういえば、俺が1人暮らししている事を知った人は、皆そういう風に驚いてしまうのだっけ。しばらく言う機会がなかったから、忘れてた。
「まぁ、気にしな―――」
「気にするなじゃないだろ……何で……お前、まだ小学生だろッ!?
それなのに、どうして惺は1人暮らしなんてしてるんだよ!
惺の両親は何でお前を置いてッ……それに、親戚だって!」
両肩を掴み、十代さんが声を荒げて訴えかけてくる。
その表情は、先ほどまでの動揺したものとは違う。
俺が初めて見る十代さんの表情……それは、怒り。
普段の十代さんからは、けっして見ることの出来ない表情であり、感情だ。
そんな感情を露にしている十代さんに対し、自然と頬が緩んでしまった。
けっして、嘲笑ったのではない……単に嬉しかったのだ。
俺の事を心配し。他人の親族に対し、怒っている姿を見て嬉しく思った。
本当に優しい人だ……他人の為に怒るなど、普通の人はしない。
「ありがとう、十代さん。
俺の為に怒ってくれたのは嬉しいです……。
でも、勘違いしないでほしい……今俺が1人暮らしをしているは強制されたからじゃない。
両親が好きで置いて行った訳でも、親戚が誰も引き取ってくれなかったからでもない。
俺が今の家に1人暮らししているのは、俺がそう望んだからです」
そう、十代さんはある勘違いをしている。
俺は望んで今の家に住んでいるのだ。自分の意思で、1人暮らしをしようと決めたのだ。
別に、両親が嫌いだった訳じゃない。
逆に、両親の事は好きだった……しかし、それでも尚、俺は今の環境を望んだ。
本来なら、両親と一緒にアメリカに行くはずだったのに……それを俺は蹴ったのだ。
―――アメリカに行ったら、アイツと会えなくなるから。
「全ては俺の我が儘……。
友達と別れたくなかった、ただそれだけの理由で今を選んだ。
昔……自分に、親に、他人に、ずっと嘘を吐いてきた俺を変えてくれたアイツに。
本当の意味で出来た、初めての友達と離れたくなかった……」
自分勝手で、暴力的で、我が儘なアイツが。
いつも馬鹿やって、笑ってるアイツが。
あの灯台で夕日を見ているあの少女が、俺を変えてくれたのだ。
「ッ、その友達って……」
「……えぇ、そうです。
早乙女レイ……俺の一番の友達です」
レイと出会わなければ、俺は変われなかった。
そう……あの当時の俺は……変われなかっただろう……
■
今から3年前……俺が小学2年生の頃だ。
この頃は親の仕事の都合もあり、俺はよく学校を転校していた。
転校して変わる校舎、そして教師、クラスメイト……。
折角覚えた校舎の構造も、教師の名前も、クラスメイトの名前も……全てが無駄だった。
何故なら、転校する頻度が多すぎた。酷い時は転校して、一ヶ月で転校する時もあるのだ。
クラスメイトと打ち解け始めたとしても、別れる。そしてまた別れる……。
こうした学校生活を過ごす内に、俺の心は麻痺したのかもしれない。
俺はいつしか、こう考えるようになった……『人と仲良くなる必要はない』と。
ただ嫌われない程度に接し、必要以上に仲良くなろうとは思わなくなった。
作り笑でクラスのコミニュティーに混じり、良いヤツだと演じてきた。
そのくせ、放課後に遊びの誘いが来ても承諾せず。用事があると断ってきた。
楽だった……。
変に思い入れがない分、別れは辛くなくなった。
親からまた転校すると言われても、何も動じなくなった。
それらの思考と感情の変化を『自分は成長して強くなったんだ』と、思うようになった。
この発想は飛躍して行き、『もっと上手く演じれば、成長できる』と誤認するようになった。
その瞬間から、俺は自分を押し殺した。
自分の言いたい事はねじ伏せ、周りの意見に常に合わせてきた。
―――その方が、協調性を保てたから。
作り笑をし過ぎたせいか、本当の笑い方を忘れてしまった。
だが、そんな些細な事は気にならなかった。何故なら些細な事だから。
―――自分の笑顔は、常に決まっているから。
自分を偽って、親を、他人を、全てを欺いてきた。
接して来た人の気持ちを……平気で裏切り続けてきた。
そういう人間だったのだ、坂本惺という人間は……。
そして、そんな俺が童実野町に引越して来たのは……通算9回目の引越しだった。
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8月の下旬。
まだセミが"ミンミン"と鳴いてる夏……。
引越しの作業を終えた両親は、俺を連れてご近所へ挨拶しに回っていた。
「どぉも、どぉも。
近くに引っ越して来ました坂本です~。
今日は妻と息子共々、こちらへ挨拶に伺わせて頂きました」
陽気な声を出す、黒髪のショートカットをした男性……坂本雄一。
礼儀正しくお辞儀をする、茶髪のポニーテイルをしている女性……坂本茜。
この2人が俺の両親だ。
「坂本惺です、よろしくおねがいします」
両親の後に続き、自分も頭を下げる。
他人の家に挨拶しに行くなど、もう何十回とやってきた事だ。失敗することなど無い。
「これは、これは、ご丁寧にありがとうございます。
それにしても"坂本さんの息子さんは、まだ小さいのにしっかりしてますね"」
「えぇ、"自慢の息子ですから"」
何十回目となるであろう、この会話のキャッチボール。
『しっかりした子』だと褒め、それに対し『自慢の息子』だと、俺の頭を撫でながら答える父さん。
リプレーのように繰り返されたことだ。
そして、俺が"ニコニコ"と笑顔を振りまくのもいつものことだ。
変化がなく、いつもと同じ笑い顔……もはや仮面と呼ぶに相応しいモノになっていた。
「えへへ、くすぐったいよ」
「(自慢?……はっ、バカバカしい…)」
そして、内心で鼻で笑っていた。
こんな人間を自慢するなんて、おかしい話だ。
嘘吐きな人間なんて、けっして褒められる方の分類ではないのだから―――。
挨拶回りは同じように済んでいき、残すところ最後となった。
表札には"早乙女"と表記され、玄関には大人の女性と女の子がいた。
青く、長い髪をした女性はエプロン姿をし。
同じ様な髪型をした女の子は、タンクトップとハーフパンツを着用していた。
「坂本惺です、よろしくおねがいします」
「あらあら、まぁまぁ……しっかりしたお子さんですこと」
「えぇ、自慢の息子ですから」
またいつもと同じような言葉のキャッチボール。
撫でる、笑うの繰り返し……くだらない。
どうせまた引っ越す運命なのだ、ご近所に挨拶してもしなくても一緒なこと。
挨拶するだけ無駄というものだ。
「ほら、レイも挨拶しなさい。
明日から惺君も一緒に登校するんだから、ね?」
「うん」
俺の前に、1人の女の子がやって来た。
先ほどの女性を子供にした感じの子だ。
「ボクの名前は、早乙女レイ。
今日からよろしくね、坂本君」
笑みを溢しながら、女の子は手を差し出してきた。
「うん。僕の方こそよろしく、早乙女さん」
「(女の子なのにボク? 変なヤツ……)」
此方も手を伸ばし、いつもの仮面を被る。
相手に不快感を与えず、何も悟られることのない仮面……ふっ、何とも便利なものだ。
そう自負しながら、俺と早乙女さんの握手は終わった。
―――そう、これが始まりだったのだ。
俺とレイの関係は……ここから始まったのだ―――