食事も終り、テーブルの上には飲み物であるオレンジジュース2つとお茶が1つ。
配分としては、当然ながら子供である俺とレイがジュースで、愛子さんがお茶だ。
俺の座っている席とは対面する形で、右に愛子さん、左にレイが座っている。
愛子さんの顔がいつもより真剣な表情をしている事を察すると、レイの言っていた『話が有る』というのを今するのだろうな。
「惺君。今日は私から……いいえ、私達家族からお願いが有るのよ」
愛子さんの丁重な言葉を聞き、傾いていた背筋をピシッ、と直す。
顔だけでなく、言葉まで丁寧にされては、こちらもそれ相応の対応の姿勢で聞かなければならない。
それに早乙女家全員でのお願いという事は、余程の事に違いない。
「そのお願いというのはね、レイに関する事なの」
「レイに?」
愛子さんの言葉を聞いて、思わず声が出してしまった。
反射的に出てしまった声の後にレイを見てみると、レイも真剣な表情をしている。
こんなレイを見たのはいつ振りだろうか? そう思えるほどに今のレイの表情は珍しい。
「ええ、そうなのよ。
レイは近々、ある学校の編入試験を受けるんだけど―――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
愛子さんが話してる途中だが、そんな事は関係ない。
ガタンッ、と椅子を倒して立ち上がり、声を少し荒げてしまう。
俺の突然の行動に愛子さんとレイは驚いているようだが、俺の方が驚いている。
愛子さんは今、レイが編入試験を受けると言っていたのだ。それはつまり、今の学校とは別の学校に通う事を意味している。
ということはだ……
「レイが転校するって事ですかッ!!」
バンッ! と自分で叩いた机の音が部屋中に響く。
愛子さんにはお世話になっている。だから、こんな行為はやっちゃいけない事なのは分っている。
でも、こうして何かをしなければ自分を保てそうにない。そうしなれば愛子さんがいる前だろうと、俺はレイを怒鳴り散すかもしれない。
『ふざけるなッ!』と『なぜ転校するんだ!』と問い詰めてしまいそうなのだ。
「お、落着いて、惺君」
「そ、そうだよ、惺!
ボクが実際に転校する訳じゃないよ!」
「…………何?」
編入試験を受けるのに転校しない? どういう事だ?
「ごめんなさいね、惺君。
変な誤解させちゃって……先にコレを見てもらえる?」
愛子さんとレイの言葉、そして時間という名の鎮静剤を受け、少し落着いてきた。
思考も幾分か回るようになったところで、俺は渡された用紙を見てみる。
材質は定価のコピー用紙なんてものではない。もっとしっかりとした材質の用紙に書かれている内容を見ていくと、コレが編入用の書類であることが分った。
無論、編入する先の学校名も。
「おい、レイ。
この書類には、『デュエルアカデミア』という学校名が書かれてるんだが?」
「うん、そうだよ」
「……なら、更に聞くぞ?
ここの欄に『高等部編入手続き』と書いてあるのは気のせいか?」
「気のせいじゃないよ?
ボクは2週間後に高等部の編入試験を受ける予定なんだ」
…………あぁ、何だろ?
何となくだが、レイが何をしようとしているのか分ってしまった。
レイがデュエルアカデミアの高等部に行こうとする理由が……。
「……丸藤亮に会いに行くつもりか?」
「うん!
亮様のいるデュエルアカデミアに直接行って、告白するんだ!」
ガタンッ、と先ほどの俺と同じように立ち上がったレイの瞳は燃えていた。メラメラと……。
あぁ、冗談ととかでは無く、本気なんだなぁ~と内心呆れてしまう。
それもそうだろう、レイは告白する為にデュエルアカデミアに行くつもりなのだから。
しかも、レイが受けようとしているのは高等部の編入試験。高等部といえば、高校生並みの問題が出てくるはずだ。小学5年生であるレイが合格するとは考えに難い。
「ハァ……お前の行動力はやっぱり読めんわ。
それより愛子さん、俺への頼み事って何です?
もしかして、レイがデュエルアカデミア関連でいない間の、学校への言い訳係ですか?」
喋りながら、自分で倒した椅子を戻して座る。
立って喋るのは疲れるし、行儀が悪からだ。……レイはいつの間にか座り直しているしな。
「ううん、そうじゃなくてね?
惺君にも、この編入試験を受けてほしいのよ」
「……は?」
何を言ってるんだこの人。
何をどうしたら、俺もこの編入試験を受ける事になるのだ?
「この編入試験なんだけど、本当なら小学生が受けれるものではないのよ。
それでね? ちょっと純司さんのコネを使って、レイを男の子として編入させるの。
本当は女の子として編入試験を受けさせたいのだけど、女子寮が1つしかないのが原因で、書類審査が女の子だと厳しくて無理そうなのよ」
愛子さんの話す内容がツッコミどころ有り過ぎて対処できない。
簡単に言えば、純司さんのコネを使って書類を無理矢理通そうとしてる訳だろ?
犯罪に片足突っ込んでるレベルの話だぞ、コレ。
てか、純司さん。貴方の職業ってサラリーマンでしたよね? 何でこんなコネ持ってるの?
「……で?
そんなコネまで使ってようやく通る書類審査と試験を、何で俺も受けるんですか?」
「それはね? レイを男の子として編入させる……ここに問題があるのよ。
デュエルアカデミアの男子編入生は全員、オシリスレッドっていう男子寮に入るの。
その寮はね? 狭いうえに二人~三人部屋が基本らしいのよ……」
狭いうえに二人~三人部屋……恐らく人気が無い寮なのだろうな。そのオシリスレッドという寮は。
多分、そういう寮は入りたくて入る寮ではないのだろう。主に他の寮から溢れた人が入る、みたいな感じの寮なのではないかな? 編入生は全員その寮に強制的に行くらしいし……。
「私や純司さんは、そんな部屋にレイを入れるのは可哀想だと思ってるの……。
右も左も分らない環境で、それ相応の歳をした男の子が沢山いる中にレイを送るなんて、親としては心配で心配で仕方が無いのよ……」
「……あの、まさかとは思いますが俺にレイを見守れと?」
「ええ、その通りよ。
レイが女の子だって事がバレれないようにサポートしてほしいの。
それに編入生が二人の場合は、二人部屋を準備してくれるらしいし。
レイと付き合いが長い惺君なら、私達も安心できるのよ……だから、ね?
レイの我が儘に付き合ってもらえないかしら?」
愛子さんからの今回のお願い……果たしてどうするべきか。
愛子さんには色々と恩があるし、出来る事ならお願いを聞いてあげたいと思ってはいる。
それに何だかんだ言って、レイの事は俺も心配になる。レイの性格とあの行動力だ、下手に動いて変な事件に巻き込まれる……いや、起こす可能性は否定できない。
そう考えると……今回の件に協力するべきか?
だが、こういう事をする場合は親の了承がいるし。それにお金の問題もある。
見ろ、この右隅に書かれた文章を。
『・入学審査料 22,000円
・受験料 18,000円
―合格された場合の納入金下記参照―
・入学金 200,000円
・施設設備費用100,000円
・入寮費 20,000円
・学費(月額) 30,000円』
この他にも収入印紙とか、色々な費用を含めると40万円は越える。
40万……これは、どう考えても俺が対応できる金額ではない……あれ、詰んだ?
「愛子さんこれちょっと、お金がですね……」
「あ、お金に関してはうちが全額出すから安心して。
レイの安全の為ですもの、このくらい安いものよ」
なるほど、お金の心配は無いと。
その代わり、レイの安全は保障しろと言いたいんですね? 愛子さん。
それは裏お返せば40万円分の働きをしろという意味ですよ、愛子さん。
一般人の俺にそこまで求められても困る……。
もう、ボディーガード雇った方が良いんじゃね? とついつい思ってしまう。
「あ、そうそう。
惺君の親には許可を取ってあるから安心して。
それに提出する書類も全部提出してあるから、何も心配いらないわよ」
「え? 書類、もう提出したんですか?」
「ええ、だってその書類の提出期限って2週間ぐらい前ですもの」
手元にある書類に目を通す。
……確かに提出期限が2週間前になってる。
愛子さんがもう提出したと言った以上、書類関係のものは心配は要らないのだろう。
そう考えると不安要素である、お金の事・親の事・書類の事の3つがクリアされている。これなら、俺が今回の件について協力しても特に問題はない……。
だが、ここで1つ確認しなければならない事が生まれた。
それは、2週間前に書類を提出した事だ。
2週間前に提出したという事は、その頃から今回の事が計画されていたという事だ。
その時に、俺の耳に一切この件の情報が入らなかったのは怪しい……。
それにデュエルアカデミアといえば、デュエリストを養成する言わば専門学校に近いものだ。故にここの資料に書いてる編入試験には、デュエルモンスターズの事を問う問題や実技試験もあるらしい。
つまり、この編入試験を受ける為にはデュエルモンスターズを知っている事が大前提となる。
だが、この編入計画が立てられた頃の俺はどうだ? デュエルモンスターズの事なんて、
あまり興味無かったし、『モンスターで戦うカードゲーム』という印象しか持ってなかった。
そんなヤツにデュエルアカデミアの編入試験を受けさせても、お金と時間の無駄にしかならない。
それなのに何故……
「……愛子さん、1つ聞いても良いですか?」
「ええ、良いわよ?
でもどうしたの? 難しい顔をして……」
「書類を2週間前に提出したって事は、その頃から色々と計画してたんですよね?
親には話しを通したようですが、本人である俺に黙ってたのは何でですか?」
率直な疑問はやはりこの点だ。
これを聞かないと納得できない部分もあるし。何より、何か裏が有りそうで怖い。
てか、俺の質問を聞いた愛子さんは『あちゃ……』とリアクションしている。
やはり何か隠しているな。
「……ごめんなさいね。
本当なら、当事者である惺君に話さなきゃいけなかったんだけど。
あの頃の惺君って、デュエルとかには興味なかったでしょ?」
「ええ、興味なかったです」
「そうでしょ?
だから私は当時の惺君に今回の件を話しても、惺君は断ると思ったのよ。
今と違って、惺君にはデュエルモンスターズの知識やデッキが無かったんですもの」
確かに、当時の俺なら断ってた可能性は高いな。
愛子さんの言うように、当時の俺にはデュエルモンスターズの知識もデッキもなかった。
そんな状態で編入試験など受けようとは思わなかっただろう。
仮にデッキを貰い、レイが俺にルールを教える事になったとしてもやる気の問題があったはずだ。興味が無い事への知識を養うにはそれ相応の覚悟がいる。言わば排水の陣の如く、逃げられない時に死ぬ気で何かをしなければ身に付かない。
まさに俺がおじいさんや遊戯さんに、デュエルモンスターズの事を教わったのが良い例だ。
ゲイになる事を回避する為に、必死でデュエルモンスターズのルールや知識、戦略を覚えた昨日の俺みたいに…………ん?
ちょっと待て、出来すぎてないか?
2週間前の俺がこの件を断る理由は、デユルモンスターズの知識やデッキが無かったからだ。
ところが今の俺はどうだ?
俺は2週間前とは違い、レイに勝てるほどの実力を付けた。知識だって蓄えた。
そうしなければ大変な事になるからだ、ゲイになってしまう可能性が有ったからだ。
今の俺に今回の件を断る特別な理由はもう存在しない。
これは……まさかとは思うが仕組まれたのか?
今日のレイとのデュエルは、俺をデュエリスにする為の布石だったとでもいうのか?
「お、おい、レイ。
今回俺にデュエルを強制させたのはこの為か?
本当の目的は、俺をデュエリストにさせる事が目的だったのか?」
俺はレイの顔を見て追求する。
その結果は『ごめんね』とテヘペロされた……どうやら、俺の推理は当たってしまったらしい。
「まぁ、ボクとしてはまさか負けるとは思わなかったけどね。
本当ならボクが勝って『亮様デュエルハイライト』を惺に何回も見せる予定だったのに……。
そうしたら、惺は亮様のファンになるし。デュエルの事も色々と教えるはずだったんだよ」
『負けたから、もういいけど』そう言って、レイはオレンジジュースを飲む。
その行為がまた自棄飲みなのか、単に喉が渇いただけなんのかを考えたが、直に思考の隅に追いやる。今はどうでもいい事だ。
「まったく……お前は本当に悪知恵が働くな、レイ」
今回の件は俺が知る中で一番の悪知恵だったと思う。見事に踊らされてしまった。
やはり、コイツは侮れんな。
そう考えながら俺もレイと同様にオレンジジュースを飲む。
舌先にオレンジの甘味が広がり、喋りっぱなしだった喉が潤っていく。うまし。
「ん? 惺がデュエルするように仕向けたのはボクだけど。
逆に言えば、ボクはそのぐらいしかやってないよ? 大半はお母さんが計画したもん」
……何に? 愛子さんが?
ジュースの入ったコップを置き、愛子さんの方を見ると口に手を添えて笑っていた。
なるほど、子が子なら親も親というわけか。
「ふふふ、ごめんなさいね」
どうやら、裏ボスは愛子さんだったらしい。
ひょっとしたら、レイの性格の一旦はこの人のせいなのでは? という疑問が浮んでしまう……実際に当たってそうで怖いから、深く考えるのは止めておこう。
「それで……どう?
今回の事に協力して貰えないかしら?」
愛子さんの顔を見ながら、俺は今回の件をどうするか考える。いや、考えるまでもないな。
特にこれと言って断る理由も無いし。お世話になっている愛子さんに恩を返す機会が来たのだ。やるしかあるまい。
「分かりました。
力になれるかは分りませんが、協力させてもらいます」
編入試験に合格する自信は正直無い。
でも、それを理由に断るなんて男として出来ない。俺にだって意地はある。
何としてでも、目の前で喜んでるあの親子の期待に応えたいものだ―――