プロローグ ~一つの終わりと少女の日常~
「…お願い、やめて‼︎ぐんちゃんまでいなくなったら、私…生きていけない」
「高嶋、さん……」
自らの武器である大鎌、
死のうと思った。だって、生きていても仕方がない。
自らの勝手な暴走で一般の市民に襲いかかって勇者への印象を悪くし、その上リーダーの乃木若葉の殺害を試み、勇者の力を失って役立たずとなった。若葉はバーテックスから千景を庇って大怪我を負い、意識不明の重体。勇者の力で回復力が上がっている事を鑑みても、意識が回復するのは絶望的だろうと言われていた。
そう、過去形。
乃木若葉はもういない。負った傷が原因で感染症を引き起こし、そのまま息を引き取った。幼馴染の上里ひなたは失神して倒れ、目が覚めたら若葉の後を追うように自殺した。
当然、勇者のリーダーを失った元凶である千景に、世間も大社も容赦はしない。生き残っている戦闘可能な勇者が友奈だけである以上、大社も情報の隠蔽は不可能と悟ったのか、あらゆる情報を世間に公表した。———当然、千景の所業も含めて。
そもそも大社は、勇者を『神樹に選ばれた神聖な存在』と定義している。もしかしたら唯一の勇者となった友奈に、勇者から外された『穢れた存在』である千景を近づけない為に、あらゆる悪意の矛先を千景に向けようとしたのかもしれなかった。
大社の目論見は概ねうまくいった。
世間の悪意は千景一人に集中し、勇者全体に対する不満は鎮静化し始めていた。そればかりか大社が公表した『危険を顧みず敵に立ち向かう今までの友奈の行動』によって、たった一人の勇者である友奈に対する称賛が集まる。テレビのニュースや新聞では連日友奈の事ばかりを報道し、千景は常に誰かに襲われ、殺されかける日常を過ごすことになった。
———故に、大社の誤算は、友奈を侮ったことだろう。
世間から常に追われ、行方不明となり、連絡もつかなくなった千景。その彼女を、友奈は三日間勇者の姿で、それも不眠不休で探し回って見つけ出し、保護した。千景は男に襲われ、馬乗りにされて動けない状態だった。あのまま友奈が駆けつけなかったら、どんな目に遭っていたかは想像もしたくない。
「……高嶋さんはこんなに頑張って、私みたいなお荷物を抱え込む必要なんてないのに……」
そして、現在。千景が友奈に保護されてから半年が経っていた。
友奈の部屋を飛び出し、死に場所を見つけて自殺を図った千景を、彼女は必死に止めようとしている。
———千景の居場所は、既に大社に割れている。このままでは、友奈まで世間の仇にされてしまうかもしれない。
まさしく、お荷物。それも、所持していたら逮捕されてしまうレベルの、違法薬物に等しい危険物だった。
「お荷物なんかじゃないっ‼︎」
友奈は泣きながら叫ぶ。……酒呑童子の連続使用、そして入院中にも関わらず戦闘に駆り出されていた友奈の身体はボロボロで、本来ならばずっと眠っていなくてはならない容体だ。3日も眠らず、走り回って千景を探すなど、決してやってはならないことだった。否、不可能なことだった。
———それでも無理をしたのは、千景がそれほど友奈にとって大切な存在だからだ。
若葉、ひなた、杏、球子。もう失われてしまった仲間たち。千景までいなくなってしまったら、きっと友奈は二度と立ち上がれなくなる。
「ぐんちゃんは、私の大切な友達で、同じ勇者。……大丈夫、絶対に私が守ってあげるから!」
「ゲポッ」と、友奈の口から赤黒い血が吐き出される。———空元気。友奈の目は虚ろで、意識がはっきりしていないのは明白だった。
「高嶋さん⁉︎……もう、分かっているでしょう⁉︎私を守る必要なんてないって!」
ぐらりと傾き、倒れこむ友奈を千景は抱きとめた。
「そんな、こと……」
世界は残酷だ。どんなに頑張っても、報われないことは往々にしてある。
「…もう世界は滅びるのだから、高嶋さんは最後くらい、自分を大切にして‼︎」
———そう、世界は滅びかけていた。
天の神は四国以外の世界を灼熱の地獄へと変えた。神樹の結界は弱り、四国の気温は上がり続ける。神樹の力が弱まるに連れて、勇者としての力を徐々に失いつつある友奈は、今まで無理してきた代償を一気に支払う羽目になった。———彼女の命は、もう一月も保たない。
一般市民は灼熱から身を守る為に外に出ず、今外にいるのは千景と友奈だけ。気温は49度。なんの対策もなく外にいれば、間違いなく命を落とす熱波。一般人に成り下がった千景はもちろん、勇者としての力が消え始め、弱っている友奈も長時間外にいてはいけない。
千景の視界が霞む。意識が朦朧とし、吐き気がした。汗はしばらく前に止まっている。後は体温が上がり、死を待つのみ。熱波の影響で医療機関はまともに機能せず、今からでは決して延命できないだろう。それでも自殺しようとしたのは、彼女なりのけじめだった。
「だったら、もういい……」
「高嶋さん?」
「ぐんちゃんがここで死ぬ気なら、私も、ここで……」
普段の友奈からは想像できない、弱々しい呟き。
酒呑童子を使い続けた副作用。今の友奈は精神的に脆く、弱い。仲間を失い続けたショックも重なり、友奈の心は諦観と絶望に侵されていた。
———それを聞いて、千景の心に深い悲しみと僅かな安堵、そして罪悪感が押し寄せた。
いつも前向きで、明るい友奈がこんな状態になってしまったという悲しみ。一人で死ぬわけではないという安堵。そしてそれらを覆うほどの、全てを台無しにしてしまった罪悪感。
「……ねえ、ぐんちゃん」
「……なに、高嶋さん」
二人で地面に横たわりながら、か細い声で会話をする。
「……生まれ変わったら、また友達になれるかな…?」
「……そうね。……できるなら、また、高嶋…さん、と、一緒に……」
そして、郡千景は眠りについた。
その後の世界のことは語るまでもない。神樹は力を失い、全ての人類は炎に包まれ焼け死んだ。天の神に対抗できる存在はなく、なんの対策もできないまま、あっさりと人類は滅亡したのだ。
———これは、あり得ざる世界の出来事。その先に未来はなく、地獄の中には虚無しかない。
だが、それでも別の世界に与える影響は確かにあったのだ。
異なる世界———神世紀300年。
「ああもう、なんて可愛いの!」
一人の少女が、部屋中に貼られた写真に囲まれながら、うっとりと昇天しかけていた。写真に写っているのは、全て赤髪の快活そうな少女の姿。
———昇天しかけている危ない少女の名は、結城
現在は朝の5時半。彼女は毎日朝早く起床し、30分間妹の写真を愛でながら意識を完全に覚醒させる習慣をつけていた。
「ふふふ、ユウナニウム摂取完了。これで今日も無事に生きていられる!」
ユウナニウム。お隣さんの東郷美森と結城玲奈の燃料にして、至高の成分。主に友奈に触れたり匂いを嗅いだり視界に入れることで摂取できる。中毒性があり、病みつきになると二度と戻って来られなくなる禁忌の代物でもある。
その後、こっそり録音しておいた友奈ボイスで耳を浄化し、玲奈は手早く着替えた。早くしないと、
しかし、いくら急ぐといっても寝間着を放るような
寝間着を脱いだ後は手早く、かつ丁寧に畳み、左腕の肘から手首にかけて包帯を巻く。そして制服に着替え、部屋を出た。
———結局この日は、友奈を起こす役目を美森に取られた。
東郷美森は両足が不自由で、車椅子を使って移動する。故に本来ならば玲奈が遅れを取ることはあり得ない。なぜなら、彼女は人の手を借りなければ友奈のいる二階の寝室に辿り着くことはできないからだ。
だからこそ、公平性を保つ為に玲奈と美森はルールを定めた。
すなわち、玲奈が朝ご飯を作り終わる前に美森がインターホンを鳴らしたら、その日は美森が友奈を起こす、というルールを。
ならば1時間でも2時間でも早く起きて朝食を早く作り終えれば良いだろうと言われるだろうが、ことはそう単純ではない。『過去に起きた事件』のせいで、両親が一人で台所に立つのを許してくれないのだ。故に玲奈が朝食を作り始めるのは、父親か母親が起きてから。大抵の場合は母親の調理を手伝う形になる。
「じゃあ、また後でね」
「うん。ありがとう、東郷さん!」
台所から覗くと、玄関から出て行く美森とそれを見送る友奈の姿があった。どうやら調理を手伝っている間に、二階から下へ降りて来たらしい。
「おはよう!玲奈ちゃん!」
「おはよう、友奈。お箸出してくれる?」
「はーい!」と元気よく返事をし、食卓へ箸を並べる友奈。その尊さに玲奈の心は爆発し、勢い余って鼻血が出そうになったがなんとか堪えた。
朝は東郷と友奈と共に登校し、授業を受け、放課後は『勇者部』という部活動に励む。これが私の日常、私の全て。その全てが、友奈にもらった宝物だ。
友奈ある所に私あり。友奈を直接的・間接的問わず幸せにするのが私の義務であり、権利。その為ならば手段を問わない。もし友奈の幸せに私が邪魔になる時が来たら、喜んで姿を消そう。
これは、その境遇故に妹への想いを拗らせた、ひとりの少女の物語である。
試作につき短め。
よろしくお願いします!