「頑張って。……病院までもう少しだからね」
「………」
「大丈夫。きっと、治るよ…。だから……」
「………」
「返事を、してよ………ぐんちゃん……」
「うわっ。何それ、怖っ」
玲奈の出した精霊に対する夏凜の反応がこれだった。同じ姿の精霊が7体と、もう1体。合計では8体だが、そのうち7体は同一個体。すなわち、7体で1体扱いの精霊である。
夏凜の反応も無理はない。それが何らかの可愛い小動物の姿をしていたならば可愛げもあっただろうが、その精霊の姿は笠を被った亡霊。しかもそれが7体、ゾロゾロと密集しているのだ。パートナーの玲奈本人でさえ不気味に感じるのだから、初見で忌避するのも無理はないだろう。
「七人御先。7体で一組だから、事実私の精霊の数は2体よ。こっちは一目連」
その悍ましく感じる七人御先とは別の、玲奈の精霊。隻眼の竜をデフォルメしたような姿のそれは、かつて玲奈が戦闘時に暴走した際に『剣による高速連撃』を叩き込むのに力を貸した精霊だ。
「ふ、ふんっ。だったらなんだって言うのよ。義輝は1体でもさいきょ…」
「ちなみに東郷さんは三体いるよ?」
「…………」
『1体でも最強』と言いたかったのだが、なぜか敗北感を感じる夏凜だった。
「なかなか融通の効かなそうな人でしたね」
「ああいうお堅いタイプは張り合いがあるわ」
「……張り合うんだ…」
放課後。行きつけのうどん屋で、勇者部一行は食事をしていた。夏凜は友奈の誘いに応じず、一人で帰宅。勇者部に新しく入部するメンバーがいたにも関わらず、結局今日もいつものメンバーでうどんを食べていた。
「ごちそうさまでした」
そんな中、一人だけ早くうどんを完食した玲奈は、鞄から錠剤を取り出して水と共に飲み込んだ。
「……相変わらず、少食ねえ。女子力つかないわよ?」
「女子力って、胃袋の大きさじゃないですよ?」
玲奈の注文したうどんは、量が少ない。トッピングもワカメのみ。天ぷらを乗せて豪快に三杯も食べる風にしてみれば、なぜ玲奈がその量で平気なのかが分からなかった。
「……私、健康志向ですから。夕飯は量を抑えるようにしてるんです。……あんまり食べ過ぎると太りますし」
「うっ⁉︎」
玲奈が発した最後の一言で風にクリティカルダメージ。しかし、『私ってそういえば太らないわね』と思い直し、反論しようとするも……
「もっとも、風先輩は細いですけど」
即座に玲奈本人によって救われ、
「でも、細いからこそ。危険です。……糖尿病とか」
「がふっ⁉︎」
再度、玲奈によって地獄に叩き落とされた。
まさに瀕死。しかし風は勇者部部長。ただでやられるほどヤワではない。
「そういう玲奈こそ、早食いしてるじゃない。知ってる?早食いって、太るのよ?」
「……くっ。それは、うどんが伸びないうちに食べるためで……」
「だったら、好きな物を食べた方が得じゃない?量を抑えなくってもさ。薬だって飲んでいるんだし、食べた方が良いと思うわ」
「むむむ……」
玲奈は反論に詰まった。
実のところ、玲奈は健康のことなど大して気にしていない。それでもあまり食べない理由はちゃんとあるのだが、玲奈本人としてはその理由を友奈以外に知られるのは避けたかった。
その玲奈の思いを汲み取り、友奈は助け舟を出す。
「ところで風先輩。夏凜ちゃんのことなんですけど……」
(ナイス友奈!)
玲奈が友奈に内心で喝采を送る。この状況において、最良の一手。今話題にするのに相応しい、転入生の話だった。
「入部届けに書いてあった誕生日って、もうすぐですよね。何かやりませんか?」
そう。
今日、夏凜が勇者部を監視する(と本人は言い張っている)都合上、勇者部の入部届けを彼女に書いてもらったのだ。持ち前の観察力か、あるいは『相手の誕生日に何かできるかも』と考えたのか。友奈はこのメンバーの中でただ一人、夏凜の誕生日に気づいていた。
「よく気づいたわね」
「偶然ですよ、偶然」
「流石ね、友奈ちゃん」
風が鞄から受け取った入部届けを出し、日付を確認する。
「この日は確か、子供達にレクリエーションをする日だったわね」
そこで風は、名案を思いつく。………この日が、三好夏凜のサプライズバースデーの計画が発案された日だった。
「……今日は、できた」
勇者の姿になった玲奈は、手帳のカレンダーに丸をつける。白銀の髪と軽金属の鎧を纏った非現実的な姿が夜の窓に反射して映った。
最近は友奈と共に就寝することの多い玲奈だが、毎日同じベッドで眠るわけではない。今日はそれぞれの部屋で眠る日だった。
———夜中にこっそり変身していることは、誰にも知られてはならない。心配を掛けたくないのだ。
変身をするのは控えるようにみんなからは言われているが、いざという時に変身できないのは本末転倒。故に秘密裏に、こうして変身を試みている。
この一ヶ月、玲奈は検証を重ねた。その結果、『ネガティブな精神状態の時に変身できる』という結論に至る。そして。
(………もう気は済んだかしら?)
「まだよ。1時間くらい、力を試してみる」
(……傍迷惑な話ね)
……今まで幻聴だと思っていた声が、実は意志を持った『もう一つの人格』であるという事が判明した。
それが精神疾患によるものなのかは玲奈には分からない。勇者になる前から時折この声は聞こえていたが、『その声にはっきりと自我を感じるようになったのは』つい最近だ。昔は会話のようなものも成立しなかった。
音を立てないようにひっそりと窓を開け、部屋を出る。玲奈の向かう先は浜辺。今の時間に人目がない場所であり、勇者の力を振るっても被害の少ない場所となるとそこくらいしか思いつかなかったのだ。
風を足元から噴射し、屋根を伝いながら移動する。格段に向上した身体能力と風を巧みに用い、足音を一切立てずに疾走。僅か3分で目的地に到着した。……辺りに人影は、ない。
(………それで?)
「風牙!」
『声』に対する返答は、風の刺突。空間を穿つ一撃はその余波だけで横向きの竜巻を作り、砂を巻き上げながら海を削る。明らかに以前よりも威力が上がっていた。
(相変わらず痛々しいわね。……死にたくならないの?)
「ならないっ!」
残念かな、結城玲奈は中二女子である。すなわち中二病がスタンダード。特殊な力を手にして、自分で技名をつけるくらいは痛くも痒くもない。
『もう一つの人格』は嘆息して、珍しい事に忠告した。
(……ほどほどにしておきなさい。調子に乗ると、痛い目を見るわよ)
「なら次の新技だけにするわ」
呼び出すのは一目連。剣に風を纏わせ、腰だめに構える。その技の名は———
(……ちょ、まさか、待っ)
「百裂剣‼︎」
……大嵐が発生した。砂浜はひっくり返したかのように土砂が巻き上がり、水面は爆発して空に舞う。
新技『百裂剣』。一撃一撃が尋常じゃない威力を誇る風牙を、あろうことか一目連の力を借りて刹那の内に百連続で繰り出す絶技である。爆風の余波だけで周囲は大惨事、放った本人も無事では済まないという『バカ丸出し』のロマン技。実用性皆無。
「きゃあああぁぁぁぁーーーッ⁉︎」
(……勉強はできるけど、バカね)
精霊の力を借りるが故に、その連撃は速い。速すぎて、それに伴う反動が遅れてやってくる。故に、爆風が起こるのは百連撃を終えた後。必然的に玲奈は百発分の余波をまともにくらい、空高く吹き飛んだ。
「痛たたた……。1時間したらすぐに帰るつもり、だったのに」
玲奈が目を覚ますと、美しい星空があった。起き上がって辺りを見渡し、自分のいる場所が『四国を覆う』壁の上である事に気づく。
(……愚かね。鎧がなければ死んでいたわよ。結局調子に乗って痛い目を見ているし)
「……ごめんなさい」
謝りながらも、玲奈は内心嬉しかった。今まで散々自分を貶していただけの幻聴が、不器用ながらもこちらを案じてくれていることが。
「早く、帰らないと」
———最大の不幸は、吹き飛ばされた場所か。それとも吹き飛ばされたことでダメージを負っていたことか。
玲奈は、『壁の上』で足を滑らせ、壁の
「きゃっ⁉︎」
不幸中の幸いだったのは、それで壁の上から落下したわけではないということ。不幸だったのは、転んだ向きが外側だったことだ。
「……なに、これ?」
玲奈の視界に映るのは、灼熱の世界。まるで太陽に侵食されたかのような炎の大地と、希望の閉ざされた暗闇の空。そして宙に浮かぶ、白い『異形の軍勢』————
(早く戻りなさいッ‼︎)
もう一つの人格の警告が脳裏に響く。この日、少女は世界の真の姿を目の当たりにした。
お気づきだろうか。今まで、玲奈だけ『精霊バリア』が発動した明確な描写がないことに……。