結城玲奈は勇者である~友奈ガチ勢の日常~   作:“人”

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……ちょっと回想がエグいことになり、2日ほど書き直そうか迷った挙句、そのまま投稿。書きながら今後の展開を脳内で再生し、自分でダメージを負ったでござる。





思うはあなた一人

「あっ、若葉ちゃん!来てくれたんだ!」

 

「ああ。元気だったか?」

 

「うん。私はずっと元気いっぱいだよ!」

 

 

声だけを聞くならば何でもないやりとり。久しぶりに再会した少女同士の会話に聞こえる。

 

そう、声だけならば。

 

 

 

 

———そこは、牢獄だった。

 

21世紀の日本に存在するのが不思議なくらいの、薄暗く冷たい牢屋。およそ少女二人がいるには似つかわしくないその場所は、勇者から大罪人に落ちぶれた少女を閉じ込める為のものだった。

 

扉は鋼鉄製で、大人3人がかりでようやく開けられる程度には重い。囚人を閉じ込めておく部屋の壁も鋼鉄の板が貼られ、脱出は困難。廊下に面した壁だけは面会のために分厚い強化ガラスにしてあるが、それもガラスの中に鉄網が仕込まれているという徹底ぶり。……否、ガラス張りであるのは決して面会のためだけではないだろう。急造の牢獄はトイレも手洗い場もむき出しで、隠れるような仕切りなどは一切ない。何をしようと、どんな時でも廊下から丸見え。さらに部屋には四台の監視カメラ。少女の一挙手一投足も見逃すまいと、大社の人間は24時間、あらゆる角度から彼女を監視していた。

 

およそ人権を無視した仕打ち。まるで動物園で飼育されている猛獣と同じ扱いをされているにも関わらず、その少女———高嶋友奈は以前となんら変わらぬ様子だった。

 

「……友奈、その……本当に辛くないか?」

 

「このくらい大丈夫だよ。もう慣れちゃったし」

 

そう平然と答えられる友奈の様子は、若葉の目に酷く歪に映った。普通の人間が、こんな環境に耐えられるわけがない。それが年頃の少女ならば尚更。……フィクションでよく見る、不衛生な独房とは違い清潔は保たれているのだろうが、それでも辛いことに変わりはないだろう。

 

————高嶋友奈は壊れていた。それこそ、常に監視される羞恥心や窮屈さを感じられなくなるくらいに。

 

 

「大丈夫なんだけど、暇なんだ。だから若葉ちゃんが来てくれて嬉しいっ」

 

「友奈………」

 

「昨日はヒナちゃんが来てくれたし、私は幸せ者だなぁ」

 

(………幸せなものか⁉︎)

 

若葉で内心で怒号を発した。……人格を歪められ、暴走して。誰にも救われず、今までの貢献などなかったかのように辱めにも等しい暮らしをさせられている。これほど不幸な目に遭っている友人を前に、若葉は何もできない。その無力感が、若葉を苛んでいた。

 

「あとはぐんちゃんが来てくれればなぁ……」

 

「………っ‼︎」

 

友奈の何気ない一言で、若葉は身構えた。……今までの面会で決して口にしなかった仲間の話題。

 

「若葉ちゃん?どうしたの?」

 

「………いや、なんでもない」

 

若葉は今の友奈に対して、告げることはできなかった。———郡千景はもう、どこにもいないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……人前でうまく歌えない?」

 

放課後の勇者部の部室。音楽の授業で行う歌のテストで歌える自信がないと、樹は悩みを吐露した。

 

「今度の歌のテスト、うまくいくか占っていたんですけど……」

 

テーブルにはタロットのカードが並んでいる。その結果が指し示すものは。

 

「……死神の正位置。意味は破滅、終局……」

 

樹の絶望が、彼女の背中に影を落とす。

 

「大丈夫だよ!もう一回やれば……!」

 

「そうよね。当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うし……」

 

しかし、言葉に反して友奈と風の表情は引き攣っている。……樹の占いの精度を、勇者部の面々は身を以て知っていたからだ。

 

その後、樹は言われた通りに占いを3度繰り返し———3回とも、結果は死神の正位置だった。

 

「………うう」

 

もはや涙目である。本人が人前ではうまく歌えないという事実がある以上、ただの偶然だと励ますのも難しい。

 

「樹一人だと、歌うのうまいんだけどね」

 

と、言うわけで。

 

 

「習うより慣れろ、だよ!人前でうまく歌えないなら、練習あるのみっ!」

 

勇者部一同が向かったのはカラオケボックス。大勢の前で歌う前に、まずはいつものメンバーの前で歌うことにより、徐々に慣らしていこうという考えだ。

とはいえ、せっかくのカラオケボックス。樹に過度にプレッシャーを与えないという理由もあり、皆率先して歌うようにしていた。……断じて、ただ楽しみたいという理由だけではないのだ。

 

まずは風がアイドルグループの曲を熱唱し、友奈と夏凜がデュエットを披露する。どちらも92点。

 

(……やっぱり、歌いにくいわよね)

 

みんなが楽しむ中、玲奈は冷静に状況を分析する。

なるほど、確かにカラオケならば過度に緊張しなくて良いかもしれない。しかし、先に歌う人間があまりにも上手すぎると、自信のない人間は歌いにくいものだ。どちらかというと自信が持てない人種に分類される玲奈は、樹の気持ちを推測できた。

 

———故に。

 

「……え、何この曲?」

 

夏凜が戸惑いの声を上げる。

 

———カラオケが下手(だと本人は思っている)である自分が先に歌うことで樹のプレッシャーを和らげようと、玲奈は思い至った。

 

流れるのは不穏なイントロ。夏凜を除く勇者部一同は「ああ、またか」と嘆息した。

 

———分かる人間には分かるものであるが、結城玲奈は中二病である。故に、人とは違うものをかっこいいと感じたりするお年頃。勇者部の中で、この曲を愛する者は彼女だけである。

 

彼女は歌った。西暦の時代から存在する、とあるゲームの主題歌となったカッコいい曲を。

 

「———————」

 

熱唱。曲への愛を込めて歌う。玲奈はカラオケが得意ではないし、上手でもない。それを利用して樹の緊張を解そうとも考えている。しかし、だからと言って故意に手を抜く理由にはならないのだ。

 

歌っている最中に脳裏に浮かぶのはゲームのオープニング映像。300年以上前に作られたゲームではあるが、未だにインターネットで検索すれば情報はいくらでも出てくる。

その結果は。

 

「……83点」

 

何度も聞いて、何度も歌って、全力を尽くしてこの点数。玲奈は自分に歌唱の才能がないことを自覚していた。

 

(……まあでも、これで当初の目的は達成したんじゃないかしら?)

 

なにせ、いつも歌っている曲で一度も85点以上を取れないのだ。これを見れば樹も緊張が少しは和らぐだろうと玲奈は勝手に思っていた。

 

———彼女の誤算は、樹が他人の失敗を見て安堵するような人間ではなかった、という点だろう。

 

多くの人間は、自信のない分野において自分よりも()()()()他人を見ると安堵する。自分よりも下がいるという認識は、それだけで救いになる場合があるのだ。

 

しかし、樹はそう考えるにはあまりにも無垢で、心優しい。そして、玲奈の点数を決して低いなどと思わなかった。

 

結局この後、樹は声をうわずらせてうまく歌えず、勇者部の活動は失敗に終わった。

 

 

 

 

 

 

「……うーん。やっぱりまだ固いかな?」

 

その翌日も、勇者部の活動は樹の歌を上達させる事に注力していた。どうやら樹ちゃんの自信のなさは相当なものらしい。昨日の私の歌の後でも失敗していたところを踏まえると、これを改善するには途方もなく骨が折れるように思える。

……でも、精神的なものであるならばなんとかなる。気休めとは思いつつも、私は昨日の夜に書店で購入した本を取り出した。

 

「……はい、樹ちゃん。プレゼント」

 

「…あ、ありがとうございます!」

 

本のタイトルは『緊張を和らげる108の方法』。効果の程は定かではないが、少なくとも『緊張を和らげる方法を実践した』という認識は得られる。その認識が緊張を抑止してくれる———かもしれない。

 

「じゃあ、私からはこれね」

 

夏凜ちゃんが取り出したのは多種多様のサプリメントとオリーブオイル。彼女は樹ちゃんに、これを全て飲めという。……正気の沙汰ではない。

結局夏凜ちゃんはお手本として取り出したサプリメントをオリーブオイルで飲み干し、真っ青になった後トイレに駆け込んだ。……口には出さないが、正直馬鹿なんじゃないかと思った。

 

 

(……思いつきの必殺技(笑)で砂浜を滅茶苦茶にしたあなたも相当な馬鹿よね?)

 

久しぶりに聞こえる『彼女』の声。以前は憂鬱になるだけの幻聴だったそれは、今や私の一部にして友奈に次ぐ身近な存在となりつつある。もっとも、勇者部のみんなが心配しかねないので彼女のことは秘密。

 

というか。

———ようやく出てきたのね。私、あなたに聞きたいことがあるのだけど。

 

(………あの光景を見て平然としてられるなんて。……意外に精神面はタフなの、『私』?)

 

———?あの光景が何?

 

世界の外が灼熱の地獄になっていた。なるほど、確かにショッキング。まさか今の世界が幻影だなんて誰も思わないだろう。でも。

 

———世界があんなになっているのを知らなかっただけでしょう?今までと本質は何も変わらない。いつか滅ぶのだとしても、友奈が生きている間だけ世界が保ってくれさえすればそれでいい。

 

後のことは知らない。今の私にとって、世界は友奈が生きるための場所に過ぎない。あと100年もすればこの世界は用済みだ。

 

 

「……玲奈ちゃん?どうしたの?」

 

「…ん?なんでもないわ」

 

目敏く私の異変に気付いた友奈によって、意識が現実の方へ向く。それ以降、この日は『彼女』の声を聞くことはできなかった。

 

 

 

後日、樹ちゃんの歌のテストはうまくいった。友奈が言い出した、勇者部全員の激励の言葉が効いたのだろう。

 

 

 

 

 




おかしいな。樹ちゃんバンバン出す予定が……。


なお、お気づきの方が大多数だと思いますが、玲奈は結界の外の灼熱地獄に気付いてはいてもバーテックス無限湧きには気付いていません。


誤字報告、ありがとうございます!


………どうやら歌詞を載せるのは一部でもまずいらしいので修正しました。

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