結城玲奈は勇者である~友奈ガチ勢の日常~   作:“人”

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闇の中に差す光

私は、不幸な女の子だった。

幸福か不幸か、なんてその人の捉え次第。だから、昔の私は間違いなく不幸だったと思う。

 

実の母親はほとんど家にいなかった。たまに帰ってきたかと思えば、冷凍食品やらインスタントラーメンやらを放り出し、「これでも食べて」と一言残してどこかへ行ってしまう。化粧をして香水臭かったから、どうせロクでもないことをしているに違いないことは子供の私でも分かった。

父親はずっとお酒を飲んでいて、いつも機嫌が悪かった。私は怖くて怖くて、なかなか近寄れない。怒るとすぐ暴力を振るうし、何をされるか分からない。だから小学二年生の時まで、家に帰るのが嫌で嫌で仕方がなかった。

 

———事件が起こったのは、小学三年生に上がる前のこと。

その日、ガスコンロが壊れて使えなくなった私は、仕方なく非常用のカセットコンロを使うことにした。肝心のガスボンベがなかったので、ホームセンターで購入した。本当はそこまでしてご飯を作りたくはなかったけど、作らなければ父親に何を言われるか分からない。幸い食材は前の日に買っておいたので、適当にかけうどんでも作ろうかな、と思っていた。

 

ホームセンターから帰ってきた時、父親は眠っていた。それを見て、私は憂鬱な気持ちになる。……なんでこの人は仕事もせず、ずっとお酒ばかりを飲んでいるのだろう。母親も仕事をしているとはとても思えないし、収入はどこから入ってくるのかまったく分からなかった。

当時の私の家は、狭いアパートの一室。父親は何もしないので、家事全般は私がやらねばならない。

 

うどんを作り終えた頃、父親が目を覚ました。どうせまた、作ったものに何かと文句をつけて、殴ったりするのだろう。小学校や教育委員会にバレるのを恐れているのか、この男は顔だけは狙わない。それだけはありがたかった。数少ないクラスメイトの友達や、心配してくれる学校の先生に迷惑を掛けたくはなかったから。

 

「……またうどんか」

 

「手軽だし、いいでしょ」

 

敢えて素っ気なく、ぶっきらぼうに言い返す。これが私にできる、唯一の反抗だった。どうせ暴力を振るわれるのは変わらないのだから、せめて態度だけでも楯突いてやろうと、そう思って。

いつもの事だ。どうせ、「なんだその口の利き方は!」なんて怒鳴って、叩かれるのだろう。

 

……だから、いつもと違ったのは、その結果。

 

「父親に向かって、なんだその態度は⁉︎」

 

後ろから思い切り突き飛ばされた。その先にあるのはカセットコンロ。まるでスローモーションのように火がついたままのコンロが迫り、私は慌てて左手で体を支えようとした。

しかし、思っていた以上に勢いがあったらしく、コンロの手前のテーブルの天板に向けた左腕はそのままコンロに激突する。それどころか、左手の前腕はそのまま火に突っ込んだ。

 

「ぎゃあああああああああああーーーッ⁉︎」

 

 

 

 

 

———それからのことは、自分でもあまりよく覚えていない。

火は当然服の長袖に引火し、私は前腕部に大火傷を負った。後から聞いた話によると、アパートの隣の部屋の住人が私の悲鳴を聞きつけて救急車と警察を呼んでくれたらしいが、残念ながら私の助けになる事はなかった。

 

気がつくと私はずぶ濡れの状態で近所の公園の池の中にいた。多分パニックになって、水を求めて部屋を飛び出したのだろう。家の水道水で火を消すという発想がすぐに出ないほど動揺したのだと思う。

 

「……痛い、いたいよぉ」と泣きべそをかきながら、私は池から出た。辺りは既に暗く、周りには誰もいない。かと言って家にも帰る気にならず、私はそのまま公園のベンチに座った。

 

燃えてボロボロになった袖を捲ると、左腕の皮膚がぐずぐずに爛れ、見るも無残な状態になっていた。すぐに手当てしないといけないのは明らかだったけど、父親に頼るわけにもいかない。痛みと寒さと心細さで、私の体はぶるぶる震えた。

 

「……もう、こんな人生やだ」

 

助けて欲しかった。誰でもいい。なんなら、普段遠慮して助けを求められない担任の先生に電話でもしようかと本気で思っていた。

……でも、お金がない。近くに交番もない。そもそも電話番号が分からない。

 

というか、助けを求めたところで助けてくれるのか?あの父親の元へ帰されて終わりではないのか?私の思考は、どんどんネガティヴな方向へ深く進む。

そうして何十分もその場で思い悩み、悩み、悩んで。体温が下がって咳が出て、子供の癖に「もう、楽になろうかな」なんて考えた、その時。

 

「どうしたの⁉︎大丈夫⁉︎」

 

赤髪の天使が、私の元に走り寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……きさん?結城さん?……結城玲奈さん!」

 

先生の声で目が醒める。辺りを見ると、心配そうにこちらを見るクラスメイト達の姿が映った。それで私は、今が授業中である事を把握する。

大抵みんなが心配そうに見る時は、私が悪夢に魘されている時だ。もっとも、今回は最後のシーンだけならば幸福な夢だったけど。

 

「……ごめんなさい!居眠りをしました」

 

それを聞いて、ほっと溜息を吐くクラスメイト達。小学生時代じゃ、こんな光景はあり得なかった。

先生もどこか安堵した様子で、私に語りかける。

 

()()()()()()()()()、あともう少しですから。頑張って下さいね?」

 

「はい、すみません」

 

いつもは友奈と違うクラスで寂しいと思う私だけど、この時ばかりは別のクラスでよかったと思った。姉として、あの子に心配はなるべく掛けたくないのだ。

 

「じゃあ、眠くならないように……そうね、29ページの3番の問題は、結城さんに解いてもらおうかしら」

 

「はい」

 

今の授業は、数学。生憎と高校の範囲も少しだけ勉強している身としては、中学の範囲は簡単に感じる。家でノートに解いてきた内容を確認して、最終チェック。計算ミスがない事を確認してから席を立つ。

 

黒板の前に立つと、白のチョークでびっしりと書かれた板書。

 

「すみません、先生。ここの部分、消しても良いですか?………先生?」

 

先生の返答がなかったので、振り返ると、私の目に異様な光景が映る。

 

———一言で言うと、全てが停止していた。

 

先生だけではない。必死にノートを取っていた男子も、こっそりおしゃべりに興じる女子も、何もかも。

 

「……なに、これ?」

 

わけが分からない。薬の副作用で、幻覚でも見ているのだろうか?それとも、まだ居眠りをしている?

 

「…こういう時は……そうだ、友奈!」

 

何かあったら、友奈の所に行けば大抵は解決する。ユウナニウムは万能の霊薬。正直なところ、友奈が24時間365日ずっと一緒にいてくれたら、普段飲んでいる薬なんて用済みなくらいだ。

はしたないと分かっていながら、廊下を走る。———教室どころか、外も時間が止まったように景色を留めていた。

 

……否。

 

「……え?」

 

遠くの方から、神々しい光が迫ってくる。その光に、私は少しだけ懐かしさを感じていた。

 

そして、次の瞬間。

 

「なにこれ?」

 

先ほどと同じ呟き。なぜなら私の視界には、あり得ない光景が広がっていたのだから。

 

 

辺り一面に色とりどりの樹木。立っている地面も、何もかもが植物に覆われている。

結城玲奈はその場で深呼吸をした。冷静さを失ってはいけないと、彼女は自分に言い聞かせる。

 

(…そうよ、大丈夫。景色が多少変わったくらいで、怯える必要なんてない!)

 

昔の日常に比べたら、今の非日常など恐るるに足らない。彼女を怯えさせるには、それこそ実の父親を連れてくるか、ガスコンロの火を間近で直視させるかくらいしないとあまり効果はないのだ。

 

———だが、それだけではない。

 

玲奈は、この光景に見覚えがあった。いつどこで見たのかは釈然としないが、自分は確かにこの景色を知っているという認識がある。記憶を伴わない、奇妙な既知感。

 

「……とにかく今は、友奈を探さないと」

 

『友奈ある所に私あり』。彼女はこの状況下でも、友奈の下へ辿り着けると信じて疑っていなかった。

 

 

 

 

 

友奈は案外、あっさりと見つかった。そこには友奈だけでなく、東郷美森、犬吠埼姉妹の姿もある。どうやら玲奈以外の勇者部が全員既に合流しているようだった。

 

「よかったっ!玲奈ちゃんが無事で!」

 

「それはこっちのセリフよ。東郷がいるから大丈夫だと思ってたけど」

 

平気そうに振る舞いつつ、玲奈は精神を落ち着ける。

 

(落ち着きなさい、私。友奈がいくらかわいい天使だとしても、ここで興奮して取り乱しては台無しよ)

 

玲奈は見栄っ張りだった。特に、友奈の前では。

 

「……全員、揃ったわね。皆、よく聞いて」

 

勇者部部長、犬吠埼風は打ち明けた。この事態の真相を。

 

「私は、大赦から派遣された人間なの」

 

 

 

 




さあ、どんどん苦難を与えよう(白目)

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