今回はほのぼの。
「……高嶋さん。やっぱりこれ、恥ずかしい……」
「身体は玲奈ちゃんだから、大丈夫っ!」
「……その身体も私そっくりなんだけど……」
深夜3時。あと2、3時間もすれば日が出始めるような深夜に、友奈と千景は風呂に入っていた。
………というより、友奈が一方的に千景の世話をしていた。
まるで今まで離れていた時間を埋めるように、友奈は千景の相手をする。玲奈の千景そっくりの綺麗な黒髪を傷めないように気をつけながら頭皮をマッサージ。シャンプーを泡立て、洗い流す。泡を洗い流した後はコンディショナーとトリートメントも忘れない。
「よし!これでシャンプーはバッチリだねっ」
「あの、高嶋さん……。後は自分でやるから……」
友奈のシャンプーは文句のつけようがないくらい完璧だった。普段玲奈は、自分の髪の手入れを疎かにしている。その髪の手入れをするのは、友奈の数ある楽しみの一つだった。
しかし、現在の中身は郡千景である。いくら記憶や感覚を共有しているとはいえ、自分が直接玲奈がされていることをされるのは千景にとって非常に気恥ずかしいことだった。相手が高嶋友奈であるならば、なおさら。
「……もしかして、嫌……だった?」
「嫌じゃない」
即答。気恥ずかしさを押し退けて本音が出た。
そしてそう答えた以上、友奈に遠慮する理由はなく。
「お背中流しますっ!」
ボディソープを泡立て、掌で撫でるように千景の背中を洗う。今の時代の石鹸の洗浄力なら、素手で撫でるくらいでも汚れは完全に落ちるのだ。むしろ素手でないと肌にダメージを与える危険があることを友奈は知っていた。
「……高嶋さん、くすぐったい……ひゃッ⁉︎」
「大丈夫。最近は玲奈ちゃんにもよくやってるから。すぐに慣れるよ!」
(……慣れる?)
千景は疑問だった。
そもそも、玲奈と千景は感覚を共有している。基本的に千景が身体を動かす時は玲奈の意識は眠っているため、今は千景のみが身体の感覚を感じ取っている。しかし、玲奈が起きている時は別だ。玲奈が感じたことを、千景も感じ取っている。……しかし、なぜだか玲奈が友奈と風呂に入っている時の感覚が、思い出せない。
(………入浴する直前のことは覚えているけど…)
入浴中のことが、全然思い出せない。辛うじて思い出せるのは、入浴中に友奈が突撃してきた事のみ。それ以降の記憶がほとんどない。
———千景は、嫌な予感がした。そしてその一瞬後、その予感は現実となる。
「……高し、ひゃああぁぁッ⁉︎」
唐突に背中を貫く快感。血液の循環が良くなり、まるで融解しているかのように筋肉が解れる。泡まみれの状態でのマッサージ。
「うーん、玲奈ちゃんの身体、前よりも固くなりやすくなってる気がする。なんでだろ?」
「〜〜〜〜〜〜⁉︎」
忘れてはならない。彼女は高嶋友奈であると同時に、結城友奈である。故に、結城友奈の持つマッサージスキルと、マッサージ中の話の聞かなさは高嶋友奈の記憶が目覚める以前となんら変わらないのだ。
(……たか、高嶋さん、遠慮がない……⁉︎)
流石にもうやめてもらおうと思ったが、声が出ない。下手に口を開けたら確実に変な声が出る。
友奈の手は千景の背中からマッサージをしながら泡を伸ばすように広げていく。肩から二の腕を洗うと同時に筋肉を解す。その後、友奈の手は千景の腋に潜り込んだ。
「………!?!!?!!?!!??!!?」
恥ずかしさとくすぐったさで声にならぬ声を上げる千景。
「ちょっとくすぐったいかもしれないけど、我慢してね?」
腋を洗った後は、流石にもう終わりだと千景は思っていたのだが。
「よし、次は……」
「ひうっ⁉︎ちょっと、高嶋さん……どこ触って……ひああッ⁉︎」
「よく考えたら、ぐんちゃんも玲奈ちゃんに似て自分のことは疎かにしがちだから……今日くらいは私がきちんと洗うね?」
「自分のことも何も、今は玲奈の身体だ」と考えてから、ふと気づく。
友奈が言っているのは、既に滅んだ『前の世界』の出来事。世間の人間全てから千景を匿い、共に生活をしていた時のことだ。あの頃千景は自暴自棄で、友奈が見張らなければ食事も入浴もしなかった。
———千景は悟った。自分は今、あの時の報いを受けているのだと。
「……フッ。好きにしてちょうだい………」
諦めの入った笑みを浮かべ、千景は覚悟を決めた。
その後、彼女は友奈に全身余す所なく洗われた。何度悲鳴を上げても両親が起きてくることはなかった。ユウナニウムを過剰摂取し、何度も昇天した。
その翌日。
玲奈は寝坊した。
目が醒めると既に登校時間ギリギリ。同じ布団には愛しい妹。
「…………」
十分な睡眠時間を取ったはずなのに眠くて仕方がなかった彼女は、二度寝した。ついでに生まれて初めて授業に遅刻した。
———玲奈は知らない。自分の知らない間にもう一つの人格によって体が土下座させられ、叩かれた挙句に妹とイチャコラし、ぐったりした状態で睡眠不足に陥っていることを。……そしてそれは、おそらくは知らない方が幸せな真実だった。
「………398!399!」
放課後。砂浜に、トレーニングをする夏凜の声が響く。
(満開の後遺症?……なによ、それ)
SNSでやり取りをした風のメッセージによれば、友奈、美森、玲奈の3人に身体的な異常が起こっているらしい。玲奈の異常は今日友奈の密告によって判明したそうだが、それ以前から夏凜は玲奈の様子がおかしいことに気付いていた。
……3人の共通点は、最後の戦いで満開をしたこと。故に、高い確率で満開による後遺症ではないかと推測されている。
(……まるで、助っ人に来た私が意味ないみたいじゃないっ!)
これまで夏凜は、勇者となるべく戦闘訓練を受けてきた。しかし、それが実戦で活かされたかと聞かれれば、素直に頷けない。むしろ、いきなり実戦に投入された友奈や美森、そして玲奈の方が圧倒的に戦果に貢献している。
「夏凜ちゃーん!」
そもそも、身体がおかしくなっているのに何の相談もないのも気に入らない、と夏凜は思っていた。確かに過ごした時間は短いが、全く頼りにされないのも腹が立つ。———それが勇者部の面々に対する友愛の証であることを、果たして彼女は自覚しているのか。
「夏凜ちゃーん!」
こうしてトレーニングしているのも、半ば惰性のようなものだ。バーテックスとの戦いが終わった以上、健康維持のための運動とストレス解消程度の意味合いくらいしか持っていない。
「夏凜ちゃー…わぷ⁉︎」
「………友奈?」
友奈が至近距離まで近づき、砂浜にダイブしてから夏凜は彼女に気がついた。
「……夏凜ちゃん。そこは倒れる前に受け止めてよぅ……」
「無茶言うな⁉︎」
そうツッコミつつ、立ち上がる友奈に手を貸す夏凜。なんだかんだ言いつつ、彼女は勇者部に染まっていた。
「それで、なんでこんなにフラついてるのよ?」
制服姿の友奈は、汗まみれだった。立ち上がる時もフラついていることから、先ほどまで重労働でもやっていたのではないかと夏凜は推測する。
「えへへ……。夜更かししてたせいで寝不足で…。あと、さっきまで町中走り回ってたから」
「……?ジョギングでもしてたの?」
「夏凜ちゃんを探してました!」
「………それで、何の用?」
汗だくになってまで探してくれた友奈に対する好意を押し隠そうと必死になり、夏凜の口調はぶっきらぼうなものになる。しかしそれを気にした様子もなく、友奈は答えた。
「部活のお誘い!最近夏凜ちゃん来ないから。……このままだと、夏凜ちゃんはサボりの罰として腹筋9999回とスクワット5万回と腕立て伏せ94万回と背筋111万回と反復横跳び212万回と……」
「いやおかしいでしょそれ⁉︎」
罰の内容はともかく、あまりにも頭の悪い数字が並んでいた。どう考えても一日では終わらない。その前に、やろうとする時点で心が折れることだろう。
「でも、今日部活に来れば全部チャラになります!どう?来たくなったよね?」
「……ならない」
「………夏凜ちゃん、まさか本当にこの罰ゲームやるの…?」
「いややらないわよ⁉︎なに本当に戦慄した顔してんのよ⁉︎」
この罰ゲームの内容を考えたのは玲奈だ。風が考えた罰を、「これじゃ生温いです」と一刀両断し、アレンジした結果こうなった。中二病女子は頭の悪い大きな数字が好きなのである。
「…もう、来ないの?」
友奈の寂しげな眼差しに、つい絆されそうになる夏凜。しかしそこは(彼女にしては珍しいことに)グッと堪えた。
「………行く理由がないのよ。バーテックスとの戦いは終わっちゃったんだし。もう、勇者部がある意味なんてないじゃない。風も一体何考えたんだか……」
「違うよ。勇者部は、玲奈ちゃんがいて、東郷さんがいて、風先輩がいて、樹ちゃんがいて、夏凜ちゃんがいて。みんなで勇んで世の為人の為になることをする部だから。戦いが終わったからって、夏凜ちゃんの居場所がなくなるなんてこと、ないんだよ?」
「でも……」
「勇者部五箇条、一つ。『悩んだら相談!』だよ。この事で悩んでいるなら、誰かに相談すれば良いんだよ。私は夏凜ちゃんと一緒にいると楽しいし。それに私、夏凜ちゃんのこと好きだから!」
「なっ⁉︎」
友奈の好意の発露に、夏凜の顔が真っ赤に染まる。友奈の『好き』に、友愛以外の意味合いはない。しかしそれでも、正面から好意をぶつけられることに夏凜は耐性を持っていなかった。
「…しょ、しょうがないわね。そこまで言うなら、行ってあげてもいいわ……」
———この日、玲奈も美森も知らない間に、第三の友奈ガチ勢が生まれた。
入浴シーンの描写はなるべくマイルドにしました()