いつもより文量多め。
「……イタタ……でも、生きてる」
「玲奈、ちゃん…?どうしたの?……なんか、真っ青………」
「……ゆう、な…?友奈こそ、どうしたの?」
玲奈はヴァルゴ・バーテックスに吹き飛ばされ、友奈の側に落ちてきた。辺りに美森の姿はない。どういうわけか、玲奈が一緒に吹き飛ばしたはずの夏凛の姿もない。
———そんなことは、玲奈にとってはどうでもいいことだ。
友奈が、泣いていた。それだけで、他の事情の重要性は喪失する。
「…なんで、泣いてるの?」
玲奈は恐る恐る尋ねる。彼女、友奈の我慢強さを知っている。だから、『義妹が泣いている』という事実は、よほどのことが無ければ起こらないことだ。
「玲奈ちゃん、私………変身できなく、なっちゃった………」
「………え?」
玲奈は、友奈の端末の画面を覗き込んだ。そこに表示されていたのは、警告文。『勇者の精神状態が安定しないため 神樹との霊的経路を生成できません』という、無慈悲な赤文字。
「ッ‼︎」
玲奈は、友奈を思い切り抱きしめた。
「……玲奈、ちゃん…?」
どんな言葉を掛ければいいか、玲奈には分からない。どんなに近しい相手でも、掛けるべき言葉が見つからないことは往々にしてある。だから玲奈は、自分がしてもらった事を友奈に返す。友奈を抱いたまま、彼女の頭を優しく撫でた。
———慰める言葉が見つからないから、玲奈は自分の望みを遠回しに伝える。
「………変身できないなら、それでも良い。いつも頑張っているんだから、今日くらいはのんびりしていよう?」
「…でもっ。東郷さんを止めないとっ。……それに、夏凛ちゃんだってっ……」
友奈に戦わせたくない玲奈は、優しく彼女を宥める。しかし、友奈は存外頑固者。暗に『後は全部任せて』と伝える玲奈の言葉に抗う。
———『いつも頑張っている』のが戦いだけでなく普段の生活も含まれていることに、友奈は気づけなかった。
「……そういえば、夏凛ちゃんは?」
玲奈の問いに、友奈は指差して答えた。
「あそこに……。私が、不甲斐ないせいでっ!」
友奈の指差す方には、複数のバーテックスを相手取り、満開しながら戦う夏凛の姿があった。
———友奈は、玲奈に抱き締められながらも、夏凛の勇姿を見続けていた。玲奈の方を向きながらも、視界の端には常に彼女の姿を映す。
「それを早く言いなさいっ」
夏凛のためではなく、友奈の今後のために玲奈は夏凛の加勢に向かう。
———彼女が駆け出した時には、夏凛が相手取る敵の数は残り二体になっていた。
「勇者部五箇条、ひとーー…げぅ⁉︎」
残りの敵二体を殲滅すべく、散華と共に再度満開しようとした夏凛は、突如横からの飛び蹴りを腹部に食らって吹き飛んだ。言わずもがな、蹴りを叩き込んだのは玲奈である。致命傷と認定されない程度の打撃を加えることで、満開を妨害したのだ。
「……よし、ギリギリセーフね」
「いきなり何すんのよ⁉︎」
「……あなたこそ、満開ゲージ無しで何をしているの?」
玲奈は心底呆れていた。———玲奈も、遠目から見て夏凛が何度も満開をしているのは知っている。満開ゲージ無しで一体どうやって満開したのか、心底疑問だった。
「ねえ。夏凛ちゃんも、もう気づいているでしょう?満開すると、明らかに身体がおかしくなっていることに」
「………そうね。一度目の満開が解除された後、片手が動かなくなったわ。それに、二度目は片足。満開をする度に、どこかが不自由になってる」
「満開の代償だそうよ。東郷がこんな凶行に走ったのも、それが1つの原因」
夏凛は今までの経緯と自らの実体験で、玲奈は郡千景によってそれを知らされた。
———玲奈は、もしも友奈の満開の代償が決して治らないものだとしたら、大赦を潰すしかないと思っていた。
いつまで経っても友奈の症状は治る兆しがなく、そして美森のこの行動と彼女の叫びを聞き、満開の代償によって失ったものは二度と治らないであろう事を確信してしまっている。
しかし、大赦がなければ今の世界の存続が危うくなるのも事実。だから玲奈は動かない。……否、動けない。彼女にしてみれば、友奈の平穏を大赦に人質として取られているに等しい。だから彼女は、精神をすり減らしながらも堪えるしかないのだ。
———しかし、まずはこの局面を乗り越えるのが先決だ。
「しばらく、待っていて。あとの二体は、私がやるから」
「ちょっと、玲奈⁉︎」
夏凛の制止を聞かず、玲奈は敵に向かって駆け出した。
敵は2体。しかし増援は望めない。一体ならば一人だけでも封印し、撃破できる公算だったが、2体以上は不可能。封印の儀の間に妨害を受け、戦闘の続行が不可能になる恐れがある。
……だから、奥の手を使うしかなかった。
「—————満開」
軽鎧が砕け、その内から暗赤色の勇者服が現れる。砕けた破片は剣に纏わりつき、やがて一本の大鎌と化した。
(……正気?これ以上何を犠牲にすると言うの?)
脳裏に響く郡千景の声に、戦いながら玲奈は答える。
「……何を失うか、選ばせてくれるの?」
(味覚や嗅覚は既に無いから、あなたを更生するのに必要な代償はない。だから、結局生活が不便になるだけのリスクしかない……)
「……本気で更生って言っていたの?」
尋ねつつ、大鎌を一閃。神威の刃が敵を御霊ごと両断し、バーテックスが消滅する。
(当然でしょう?……それより、どうするの?視力、聴力、手足、内臓機能……。どれを選んでも、碌な事にならないわよ。命を守ってくれるほど、あなたの使っている力は優しくはないから……)
五感や四肢の機能を失えば、日常生活に支障が出る。そして内臓機能を失えば、ほとんどの場合生命活動に支障が出る。
会話の片手間で敵バーテックスと戦いつつ、玲奈は言った。
「……内臓機能も犠牲に選んでいいなら………あるじゃない。1つ、不要なものが」
「この光景を見たでしょう⁉︎だったら分かるはずです……!この世界が、勇者の役割が、どれだけ残酷で悲惨なものか‼︎」
「それでも、ダメよ!これ以上壁を壊しちゃ……!」
壁の外で対峙する、美森と犬吠埼姉妹。星屑は無限に押し寄せ、美森は更に壁を壊そうとする。それを姉妹2人で、必死に止めていた。
「どいて下さい、風先輩っ!」
美森は震える手で銃を握り、風に向けて撃とうとするが、
「させません!」
樹のワイヤーが美森の銃をその手ごと雁字搦めに拘束する。
樹のワイヤーは、勇者達の中でも特に身体能力に優れた玲奈の全身を拘束できるほどの捕縛能力と耐久性を備えている。玲奈よりも身体能力に劣る美森では、たとえ片手が使えたとしてもそう易々と解くことはできない。
「らあぁぁっ!」
「…がっ⁉︎」
そこで、風の渾身の一撃。姉の攻撃の巻き添えにならないよう、美森を逃さない絶妙なタイミングで樹がワイヤーを解除する。精霊のバリアが発動し、斬撃から美森を守るが、その衝撃までは殺しきれない。そのまま美森は炎の世界に飛んでいった。
「ごめんね、東郷。……少しの間、大人しくしてて」
「……⁉︎お姉ちゃん、あれ見て⁉︎」
美森を吹き飛ばした方を見つめる風に、樹が焦燥に満ちた声を掛ける。
そして、風が見たのは、
「……なによ、あれは⁉︎」
無数の星屑が集まり、未完成のレオ・バーテックスが完成に近づいていく光景だった。
「夏凛ちゃんっ!」
「あ、友奈……」
友奈は変身できないまま、夏凛のいる場所まで必死に走った。そして見つけたのは、四肢を投げ出して仰向けに寝そべる夏凛の姿。
「敵は⁉︎玲奈ちゃんは⁉︎」
「落ち着きなさいよ。……敵の残りは玲奈が倒して、そのまま東郷を探しに行ったわ」
「……夏凛ちゃんの、…満開の、代償は……?」
「………」
怯えるように尋ねる友奈に、夏凛は真実を言えない。誤魔化すことしかできない。
「……別に、大したことじゃないわよ」
「なら、教えて」
珍しく強く引き下がる友奈に、夏凛は渋々、満開の代償として散華した機能を伝える。
「………片手と、片足。別に大したことじゃないでしょ?」
「大したことあるよ⁉︎……ごめん、ごめんね、夏凛ちゃん……」
友奈は、泣き崩れるしかなかった。
どうして、こうなったのか。玲奈を傷つけないために、誰にも満開の後遺症について話していないつもりだった。しかし結果として、美森は暴走し、自分は変身出来ず、夏凛は腕と足の自由を失うという結果に陥っている。
(……結局、私は……嫌われたくない、だけだったんだ)
友奈は、気付いた。気付いてしまった。千景から教えられた真実を、誰にも打ち明けなかった理由を。
———友奈は、傷つきたくなかったのだ。
満開の真実を教え、勇者部のみんなの雰囲気が悪くなる事を恐れた。……そうなってしまったら、温かい勇者部が永遠に失われてしまうように感じて。
情報の出所を聞かれて、千景の事について教えるのが怖かった。———それを玲奈に知られたら、『自分を愛してくれているのは、郡千景の影を重ねているからだ』と思われてしまうことが怖かった。
そして、初代勇者である自分の事を打ち明けるのが怖かった。———この世界の勇者でないにしろ、大赦の裏側を黙っていた事を責められるのが恐ろしかった。
そんな友奈の自己嫌悪に気づかず、夏凛は友奈を促した。
「それより、早く玲奈のところに行ってあげなさい。……じゃないと、あの子どうせ無茶するわよ」
———再び壁の外へ出た玲奈を待ち受けていたのは、神樹側で気絶して倒れている犬吠埼姉妹と、完成間近のレオ・バーテックス。そして、満開した状態で佇む美森の姿だった。
その光景を見て、玲奈の脳の血管が切れる。………トラウマさえも跳ね除ける憎悪に似た怒りに、玲奈は自らの全てを委ねた。
そして。
「とおおぉぉぉうごおぉぉう‼︎私の友奈を泣かせたなぁぁぁぁぁ⁉︎」
咆哮。
比喩でもなんでもなく、ビリビリと空気が震える。真紅の眼光が美森を射抜き、彼女を威圧した。
「……そう。友奈ちゃん、泣いちゃったんだ………」
美森は、玲奈が満開している事には一切言及しない。目的のためならば自身の犠牲を躊躇わない事くらい、彼女は分かっている。
「………あなたの所為よ。でも、…今ならまだ間に合う。この蛮行をやめて、誠心誠意友奈に謝れば、許してあげるわ」
怒鳴った後、息を整えた玲奈が宣告する。
「駄目よ。もう、後戻りなんてできない……。私は、勇者の運命をここで断ち切るの!」
それに対する美森の答えは、否。
……頭が沸騰しそうになるのを堪え、玲奈は再度説得を試みる。
「……別に、あなたが頑張る必要なんてない。……なんだったら、これからは私1人だけで戦う。友奈の為に犠牲になるのが嫌なら、私だけで……」
その玲奈の発言は、美森の火に油を注ぐに等しい行いだった。
「どうして分からないの⁉︎私は玲奈ちゃんにも傷ついて欲しくないのに‼︎」
「⁉︎」
玲奈の胸に去来したのは、驚きと諦観、そしてある種の納得。
自分のことも傷ついて欲しくないと思ってくれていた事に対する驚き。どうあっても彼女を止められないという諦観。そして、自分と彼女の考え方の違いに対する納得。
きっと、人間として正しいのは美森の方だ。玲奈はどこまでいっても独善的で、人間としては落第。人の心として正しい情緒を持ち合わせているとは言い難いだろう。
しかし、行動が正しいのは美森ではなく玲奈。……どのような理由があっても、世界を滅ぼすことが正しいわけがない。
だから、玲奈は認識を改めた。自分の事も思いやってくれていた事に対する喜びを押し殺して。
「………もう、良いわ。さよなら、東郷」
———玲奈の美森に対する認識が、守るべき友から排除すべき敵に塗り替えられた。
第1部、終わりが見えてきた。
ゆゆゆい では、やっとヴァルゴ3節のコンプリート完了。なかなか勝てずに20回くらい編成し直した結果、『心のやすらぎ 秋原雪花』をリーダーとしつつ、『水上のお姫様 伊予島 杏』を加え、そこにフレンドの杏さんを加えた三人パーティが最適という答えに行き着いた。