戦況は膠着———しているように見えていた。
(なんで⁉︎どうして、私の攻撃が効かないの⁉︎)
酷薄な笑みの裏で、鬼の少女は焦る。
戦闘技術も身体能力も精神力もほぼ互角。ならば、勝敗の差をつけるのはそれ以外の要素であるはず。だから、あり得ないのだ。『瘴気で汚染する』という特性上、長時間戦って均衡が崩れないことなど………!
———否。それどころか。
「勇者、パーンチッ‼︎」
「グッ⁉︎」
(……そん、な。押され、始めてる?………私が、弱くなってる?)
高嶋友奈を構成する瘴気が、徐々に薄まりつつあった。………300年の時を経て増大し、腐りきった筈の瘴気が。かつて大社———そして大赦が幾度も浄化を試みては失敗し、匙を投げた程の怨念が、結城友奈という自分と同じ魂を持つ筈のたった1人の少女に浄化されている。
———高嶋友奈は、自分の強さを過小評価していた。
魂が同一であるということは、自我の強さも同一であるということだ。育った環境や人格が形成された経緯によって変化するとはいえ、結城友奈も高嶋友奈も元は似通った精神構造、拮抗する自我の強さを持ち合わせている。すなわち、結城友奈の精神の強さを侮るということは、自らの精神の強さを侮ることに他ならない。
———そして、300年間瘴気に蝕まれながらも自我を保っている高嶋友奈の精神が、弱いわけがない。
300年前、大社は千景が神樹に呑まれる前に出された交換条件に従い、高嶋友奈から酒呑童子を引き剥がして浄化する為の儀式を遂行し———失敗した。浄化できたのは半分だけで、瘴気に侵された魂の半分はより強固な怨念として根付き、ますます浄化が困難になった。浄化された筈の魂の半分は切り離され、消失した。
その後の顛末は悲惨なものだ。瘴気に侵されたまま、高嶋友奈は光も音も届かない場所へと幽閉され、封印された。その後数回ほど浄化が試みられたが、それも失敗。結局彼女は、静かで何も見えない暗闇に、300年もの間一人で取り残されることになった。
普通の人間なら、一日も保たずに発狂しかねない仕打ち。それを彼女は、
その事実が、高嶋友奈が元来怨念とは正反対の、強い光の持ち主である事を示している。———その彼女が、果たして闇に堕ちていない自分に触れればどうなるか。その結果が、この現状だ。
———高嶋友奈は、自らの内に存在する僅かな光が増幅される事によって浄化されていた。
その一方で、結城友奈もまた目の前の少女の思念をその拳から感じ取っていた。
流れてくるのは、友が傷つけられた悲しみ。何もできなかった自分への悔しさ。———そして、全てを塗り潰してしまう程の人間への憎悪。
(……私も、もしかしたら目の前のこの子みたいになっていたのかな?)
結城友奈は、目の前の少女があり得たかもしれない自分の姿であると感じている。玲奈からも千景からも目の前の少女についてはほとんど何も聞いていない。ただ、戦いの中で流れ込んでくる感情やイメージが、目の前の少女の素性や考えを友奈へ伝えていた。
……だが。
(それでも、他の人達を傷つけちゃ駄目だよ!それで、ぐんちゃんを助けられるわけじゃないッ‼︎)
鬼の少女に同情はする。共感もするかもしれない。———だが、いくら友達のためでも、他の人々を切り捨てていい訳ではない。
闇を知ってなお、結城友奈は光を見失わなかった。
(負け、る?私が……?まだ、ぐんちゃんに危害を加える奴を全員消していないのに……!)
かつて見た光景を、高嶋友奈は思い出す。
多くの人間が、千景を危険な目に遭わせていた。その悪夢を見た時に抱いた憎悪を、鬼の少女は忘れない。
———守られているだけのくせに、勇者を誹謗中傷する人間達。
———ただの逆恨みで、千景を暴行した男達。
その時の怒りと恨みは、何人殺しても晴れる事はなかった。
———だと言うのに。
「…ぐっ……ぅ……」
拳を交える度に、その憎悪が薄れていく。脳裏にあるイメージが、別のものへと移り変わっていく。
泣きながら傷つけられる千景の映像は、こちらに向けて薄く微笑む映像に。
怯えきった千景の顔は、敵に果敢に立ち向かう勇者の顔へと変化する。
鬼の少女の根幹が、揺らぐ。
………千景は、確かに不幸な少女だった。幼い頃から冷遇されて虐められ、出会った頃は誰に対しても怯えきった顔を見せていた。
………しかし、勇者の仲間達と触れ合っていく中で、少しずつ幸せを得ていったのだ。彼女の滅多に見せない微笑みも、楽しそうにゲームをする姿も、友奈と接する時に和らぐ振る舞いも、決して偽りではない。
———そもそも、復讐なんてしても……ぐんちゃんが喜ぶわけないッ‼︎
———どうして?ぐんちゃんを虐める奴は殺さなきゃ。全員殺して、殺して殺して殺し尽くさなきゃ。そうじゃなきゃ、ぐんちゃんは不幸になる。
———だったら、私がぐんちゃんを守るッ‼︎誰にもぐんちゃんを傷つけさせない‼︎
(………ああ、そっか。私が、復讐なんかしなくても…………)
———高嶋友奈の闇が、その魂から消えていく。
………かつて
しかし、目の前の
「勇者、パァアァァンチッ‼︎」
(
———ここに、同一の魂を持つ少女達の勝敗は決した。
人間としての結城玲奈が実の親から愛されなかったのには、相応の理由がある。
そもそも、今は神世紀。西暦の時代よりもモラルが進んだこの世界では、理由なく親が子を愛さないという事実はほとんどあり得ない。その裏には、少なからず何らかの事情が存在するのだ。
……きっかけは、些細な事。玲奈の血液型である。
玲奈の遺伝子は千景と同一のもの。故に、玲奈の血液型も千景と同じA型。
———それに対し、母親の血液型はO型。そして、父親の血液型はB型だ。
メンデルの遺伝の法則により、この組み合わせの夫妻の間からはA型の子供は生まれない。———当然、父親は母親の浮気を疑った。
身の潔白を証明したい母親は、DNA鑑定を依頼。———そして、母親の予想通り、父親のDNAだけでなく自分のDNAも子供と一致しなかった。
———両親のDNAが一致しないということは、すなわち病院側が赤子の他人の赤子と誤って入れ替えてしまった事を意味している。
病院側は謝罪し、玲奈が生まれた日に病院で預かっていた全ての赤子のDNA鑑定を行い———あろうことか、他の子供のDNAは全て一致していた。
………すなわち、病院側からすれば玲奈の両親は出鱈目を言っていた、という事で。
玲奈の両親は、DNA鑑定が誤っていたのだと考え、再度別の機関に鑑定を依頼したが———結果は同じ。
玲奈の両親にしてみれば、玲奈は自分の子供と知らぬ間に入れ替わっていた不気味な赤子である。………その出自が分からないのに、心から愛情を注ぐことはできなかった。
———そしてそれは、
300年前、玲奈はこの世界に神樹を通じて細工をした。玲奈にとって、この世界は千景を幸せにできる最後の世界。力の出し惜しみは一切しなかった。
………もしも記憶を封じられた人間としての
………千景の幸福には高嶋友奈が必要不可欠であるから、高嶋友奈そっくりの容姿・精神を持ち合わせる結城友奈が生まれるようにし。
………そして結城友奈と人間としての玲奈が出会えるように因果を操作した。
玲奈がB型とO型の両親の元に生まれたのも、父親と母親の仲が悪くなったのも、結城玲奈が家を飛び出した所に結城友奈が通りかかったのも、全ては千景を幸せにするため。全て、玲奈が300年前に仕組んだ結果だ。
———想定外だったのは、神の力を使わなければ治らないレベルの火傷を負った事と、結城友奈が千景と同じ世界の高嶋友奈の魂を持っていた事だ。
そして、目の前の状況も、玲奈は想定していなかった。
「……はぁ、はぁ……」
「…………」
息を切らせながら、それでもほとんど無傷で立っている結城友奈。それに対し、鬼の少女は傷だらけで地に沈んでいる。
「……私、いらない子なの?」
せっかく人格の表と裏を入れ替え、颯爽と登場したというのに駆けつけた時には全て終わっている。千景にしてみれば、完全に出番を取られた形だ。
「あ、ぐんちゃん!」
「高嶋さんっ……」
千景が感じていた虚脱感も、駆け寄ってくる友奈の姿を見ることで消失する。
千景は笑顔で走ってくる友奈を抱き止め、そして。
———二人は突如炎に包まれた。
(……少し、舐めてましたね)
攻撃を受けた二人にダメージはない。千景の中の玲奈が咄嗟に竜巻を発生させ、炎から二人を守っていたからだ。
———知らぬ間に、レオ・バーテックスが拘束を突き破っていた。
そして、位置が悪い。玲奈が美森を治療し、友奈が鬼の少女を足止めしている間に、レオ・バーテックスは結界の境界まで近づいていた。
———美森は気を失ったまま目を覚まさない。そして、風と樹は炎の世界に取り残されたまま。
「満開っ‼︎」
「高嶋さんっ⁉︎」
友奈は満開を躊躇しなかった。自棄になったわけでも、自己犠牲の精神でもない。状況を正しく理解し、リスクとリターンを天秤にかけた上で満開を行った。
………だが。
「えっ⁉︎」
「な……」
千景と友奈の驚きに満ちた声が漏れる。………二人の目の前で、地に伏した高嶋友奈が光となって敵に吸い込まれていく。まるで友奈の満開に備えるように、レオ・バーテックスが地に伏した
———すなわちそれは、まだ回収されていない
レオ・バーテックスは、本来のポテンシャルの数十倍の力を得て勇者に牙を剥いた。
原作では、英雄・高嶋友奈を讃え、その名に倣って逆手を打った赤子に友奈という名を贈りました。おそらく、友奈の因子が生態系に織り交ぜられるのも、彼女の功績あってこそ。
この世界では、高嶋友奈は英雄ではなく罪人。……では、結城友奈の由来は……?その答えが、示された回。
………全て玲奈が仕組んだことだったのさ!
やべーやつ(変態 兼 神 兼 黒幕)。
………なぜか要らない属性が増えていく…………。