結城玲奈は勇者である~友奈ガチ勢の日常~   作:“人”

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大変。
大変永らくお待たせしました。
言い訳をしますと、卒論で忙しくてですね。最近はゆゆゆいの部活動をこなすくらいの時間しか確保できなかったのです。

………多分、これから2月中旬まではほとんど書けないと思います。

というわけで、2019年最初の投稿にして(おそらく)一月最後の投稿です。


西暦2017年 8月 “守る者”

「……痛っ」

 

風呂場で一人、千景は左腕を抑えた。

骨折治療のためのギプスは、入院後の初登校日の前日に取れている。驚くべき事に、リハビリをせずとも元の通りに腕は動き、医者の想定よりも何ヶ月も早く回復した。念の為経過観察のために定期的に病院に行く事になってはいたものの、それも過ぎた話。千景が心配していた、『介護や手助けによって翼達に迷惑を掛ける事態』にはならなかったのが救いだ。

 

———それでも時折、刺すような痛みが左腕を走る。

 

この事は誰にも話していない。それは単に『迷惑を掛けたくない』というだけではなく、千景自身、大した事ではないと感じているが故だった。

……そもそも、あれだけの骨折をして短期間で治癒し、リハビリが必要ない時点で異常。この程度の代償はあって然るべきだ。

 

 

(……そういえば、この傷……。いつの間にできたのかしら)

 

鏡に映る、腹部の大きな傷跡を見つめる。———まだ翼が転校してくる前にできていた、抉られたかのような大きな傷。その頃の記憶は定かではないから、どんな状況で傷がついたのかも、いつの間に治ったのかもよく覚えていない。だがよく考えてみれば、腹部にこんな傷がついて、生きているのが不思議なのだ。入院した記憶もないから、恐ろしい事に応急処置しかしていないのだろうが………。

 

(……でも治ってるし……。大した事じゃない、わね)

 

左腕とは違い、痛みは一切感じない。だから、千景は大した問題にはならないと思っていた。

———怪我の治りの早さに不気味さを覚えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———慣れというのは恐ろしいものだ。

 

「ご馳走様」

 

「ごちそうさま、でした」

 

「はい、お粗末さまでした」

 

 

こうして夕飯を一緒に食べるのも、当たり前になっている。千景がこの食卓の風景に困惑していたのは、既に2ヶ月以上も前の話なのだ。

当然のようにレナが夕飯を作り、必要に応じて翼が食器や調理器具を出して補佐し、千景がそれを見て学び、できる事から手伝う。そうして3人で夕飯の支度をし、食卓を囲む。最初は何も出来なかった千景だが、1ヶ月経つ頃には食器や調理道具の位置を覚え、最近ではレナの調理も手伝えるようになってきた。このまま家事ができるようになっていて欲しいと、比較的家庭的な女子がタイプの翼は心から願う。

 

———もっとも、千景が家事を手伝うと、レナが面白くなさそうな顔をするのだが。

 

 

「さて、ちかちゃん。明日から新しい学校だ。覚悟は良いかっ⁉︎」

 

「……良いけど、少し緊張するわ」

 

「大丈夫、少なくとも今までより悪い環境には絶対にならないから!」

 

少し青ざめた千景を、翼は明るい声で励ます。

———今日は西暦2017年8月31日、木曜日。すなわち夏休み最終日だ。それはある人にとっては溜まった宿題を一気に片付ける日であり、またある人にとっては最後の休暇を楽しむ日であり………翼と千景の二人にとっては、新しい中学へ転入する前日でもある。

 

「というか、俺転入試験受けた覚え無いんだけど……。私立って、転入試験受けなきゃならないんじゃなかったっけ?」

 

転入先はとある私立中学校。公立だと住む地域によって通う中学が決まってしまう事と、虐めの発生のしにくさから私立になった。残念ながらレナの通う中学とはまた別の学校だが、千景の村八分がどこまで広まっているか分からない以上は仕方がない。もしもレナの通う学校でも虐めが発生した場合、今度はレナも孤立しかねないという鷹雄の判断だ。また、レナと翼を引き離す目的もあった。

 

 

「例によって、お父様が何かしたのでは?」

 

「……お父さん何者なんだよ、っていうツッコミは無しにするとして。それで転入できちゃう私立もヤバイだろ」

 

例えば、合格定員割れが起こる程の不人気な中学とか。

そうだった場合、公立よりもタチが悪い。生徒のほぼ全員が不良の、ヤンキー中学になってしまう。———何かのドラマで影響されてしまった結果か、割と真面目に翼は心配していた。

 

 

「ごめん、ちかちゃん。もしもヤンキー中学だった場合、………割と真面目に不登校になるかも」

 

「何を考えてるのか分からないけど………私は別に構わないわ」

 

「お父様が選んだのですから、心配無いのでは?」

 

レナとしては、翼が不登校になると非常に困る。具体的には家から出たくなくなり、登校するモチベーションが下がってしまう。翼が学校に行っているならともかく、『翼が家で待っている』という状況は彼女にとっては毒だった。翼が出席停止になっている間、授業に全く集中できなかったくらいだ。最悪の場合、レナまで不登校になる。

 

「お父さんのことは信用してるけどさ。……学校選ぶ基準が分からない」

 

単に評判が良いとか、進学校であるという理由では選ばないだろう。事前に髪の長さについて何も言われないことも気になる。何せ、翼の髪は(男子では)校則違反になるくらいの長さなのだ。幸いこれまで通った学校は髪型については緩かったために何も咎められなかったが、校則が厳しい私立の中学では切らなくてはならなくなる恐れがある。………そう考えると、学校の選択基準に『髪に関する校則の緩さ』も含まれている気がしてならない。

 

「ともあれ、まずは明日。学校の雰囲気とかそういうのを感じ取るのが最優先だな」

 

「……翼さん、昔から空気を読むのが苦手だったのでは?」

 

「流石にこの間まで通っていた学校レベルになれば分かるよ」

 

「……そのレベルの異常さなら、お父様が選ぶ訳はないと思いますが」

 

レナは呆れたように肩を竦める。………その緊張感や雰囲気への鈍感さによってトラブルが起きないか、心配する身にもなってほしい。

 

「まあ、なんとかなるだろ。何かあったらレナに泣きつくから大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

郡千景が家にやってくると聞いた時。レナが感じたのは、途方も無い『焦り』だった。

『家にやってくる』。それは遊びに来るというわけではなく、同じ家に住むという事。彼女は話を初めて聞いた時、勘違いもせずに正しく認識した。

 

———悪夢、だった。

 

ただでさえ、翼の意識は自分ではなく郡千景に向けられている。この上、同じ家に住むとなれば、自分の居場所がなくなってしまうのではないか———そうレナは危惧した。

タチの悪い事に、排除する事もできない。翼に害を為すならともかく、ただ翼に好意を向けられているというだけで危害を加える事は(翼に嫌われるという意味でも、良心的にも)決してできない。

 

———完全に、詰み。

 

このまま手も足も出ないまま、居場所を奪われ、そして翼の記憶から薄れていく。そんな危機感を彼女は抱いていた。

………そしてその危機感は、郡千景がやってきたその日の夜に霧散する。

 

 

「……?」

 

時は千景がやってきた日の夜。鷹雄が家に居らず、また翼が自室で勉強している時間のことだ。

ひとまずの家事を終えてリビングで寛いでいたレナの耳に、滅多に聞かない電子音が聞こえてきた。

 

———それは、風呂の湯沸かし器のリモコンに付いている呼出の機能。万が一入浴中に何か困った時のために存在する、連絡手段。

 

翼が入浴を終えているのは確認済み。よって、今入っているのは郡千景ということになる。おそらく、何か勝手が分からなくて困っているのだろうとレナは判断した。同性はこの家ではレナだけであるため、たとえこの場に翼がいたとしてもレナに協力を求めただろう。

 

———千景のためではなく、あくまで自分の今後のために、彼女は浴室まで出向いた。呼出機能のマイクで話す事もできるが、あまり性能が良くないため、直接話した方が早いという判断だった。

 

「どうしました?」

 

そう問いながら浴室の扉を開け………絶句した。

 

「……えっと、……その……。どれがシャンプーか、分からなくて……」

 

やってきたのが翼ではなかったからか、若干の怯えと落胆をその表情に滲ませながら、おずおずと千景が呼出の用件を伝える。

 

「何やってるんですか⁉︎濡らしたら駄目って言われたはずでしょう⁉︎」

 

しかしレナは、千景の疑問に答える事なく叱りつけた。

———レナの目に映るのは、まさにシャワーを浴びていたであろう千景の姿。当然ながら、髪は濡れてしなやかな身体にピッタリと張り付き、………左腕のギプスも若干濡れてしまっている。

 

「……その、ごめんなさい……うまくできなくて……」

 

「なら、私が手伝いますっ!」

 

何も言わずに入浴しているものだから、てっきり自分でギプスが濡れない工夫でもしたのだろうと勝手に思っていたのだ。そして放置した結果が、この有様。レナは悟った。『この娘を一人にしたら、何をしでかすか分からない』、と。

大体、風呂に入る以上、そのままではギプスが濡れるに決まっている。何重にも防水対策をするのが当たり前なのではないだろうか。

 

「取り敢えず、何もしないで待っていて下さい!ビニール袋持ってきますから!」

 

 

———その日以来、レナの千景に対する認識は変わった。

もともと、酷い境遇にある少女である事は分かっていたはずだった。でも、それを実感できていなかったのは、やはり自分の目で見たのではないからだろう。

 

 

「良いですか?シャンプーはこれ、リンスはこれで、ボディソープはこれです。私の物は自由に使って構いませんから。決して、シャンプーとボディーソープを間違えないようにして下さい」

 

「……はい」

 

そして十分後、レナは千景と共に入浴していた。

神崎レナは世話好きな少女だ。普段はその世話のリソースが全面的に翼に注がれているせいで、彼にしか興味がないようにしか見えない。しかし、こうして翼から離れた環境になれば、彼に費やされていたリソースに余裕ができる。頭の中は相変わらず義理の弟のことでいっぱいだが、決してそれしか能のない少女ではないのだ。

 

(……なるほど、確かにこれは勿体ないですね)

 

千景の髪を洗いながら、レナは翼がこの少女を放っておけなかった理由の一端を知る。

間近で見ると分かるが、彼女の髪と肌の状態は決して良くない。艶のある髪は痛み、枝毛が目立つ。若干ではあるが肌は荒れ、明らかに暴行を受けたような傷跡が目立つ。

 

本当に勿体ない。例えるならば、高い値のつく芸術品に傷がついて価値を暴落させているようなもの。……しかし、目の前の少女は芸術品ではなく人間。芸術品は傷がついてしまえば完全に元通りにするのは絶望的だが、人間の肌や髪は手入れすれば回復する。自然治癒が難しい大きな傷跡は今後の医療の発達に期待するしかないが、それでも注意してケアをすれば多少の改善は見込める筈だ。

 

———本当ならば、レナは千景を放置するつもりでいた。

 

レナにとって、郡千景は突然日常に入り込んできた異物だった。存在するだけで自分の価値が揺らぎ、排除もできない異物。だから、せめてこれ以上自分の心は乱されまいと、徹底的に関心を持つまいとしていたはずだった。

基本的に彼女の関心は常に神崎翼に向いている。だから、彼に関する事柄以外には大して興味を持たないだろうと、彼女本人はそう思っていた。

 

(……でも、これは放っておけません)

 

千景の有様を見て、レナは幼い頃に翼に対して頻繁に抱いていた感情を思い出した。

 

———それは、庇護欲。

 

まだ、小さい頃。それこそ、メイドが何かも分かっていなかった頃。そんな小さな頃でも、彼女は「翼の姉である」という自覚と、「翼を守りたい」という欲求を抱いていた。今は成長した翼に対して、その二つの想いよりもより強い気持ちを抱いてはいるものの、昔から心に刻まれていたそれらの感情は変わらない。

そしてそれは、決して裏切れない想いだ。過程は違えど、翼に対する庇護欲と同種のものを郡千景に抱いてしまったその時点で、レナは千景を無視できない。

 

———優先度は変わらない。彼女にとって、何よりも大切なのは神崎翼だ。

 

しかし、郡千景が神崎家にやってきたその日。彼女に対する認識(呼び名)は、赤の他人(郡千景)から守るべき身内(千景さん)へと変わった。

 

 




ぐんちゃん
なんか凄い治癒能力を獲得していた。理由は分からない。



翼君
夏休みまで嫌がらせに耐え続けた。平然としているように見えたものの、実はメンタルにダメージを受け、陰で泣いていた疑惑がある。よくがんばった。



レナ(メイド)
実は善良な、世話焼きお姉さん。……郡千景も守りたい対象に入ってしまい、自分の心をどうすればいいか分からないでいる。







夏休み描写は……残念ながらカット。翼くんはぐんちゃんの傷を気にして海とかプールには行っていません。


まだ読んでない(忙しいので2月中旬まではおそらく読めない)が、……今頃になってゆゆゆのR18が流行してるというのはマジっすか……?
時期的に見て、R18の先駆者が偉大だったとしか思えない。

去年の大晦日にカスタムキャストで作った翼君ちゃんとかレナさんを公開したい……が、多分挿絵として出してしまうのはおそらくまずい(よね?)。なので、2月になったらツイッターを始める……かもしれないです。



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