結城玲奈は勇者である~友奈ガチ勢の日常~   作:“人”

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感想ありがとうございます!
お待たせしました。引っ越しがひと段落したため、ようやく書けました。

既に知っている方も多いと思いますが、ツイッターを始めました。既に作成したカスタムキャストをツイートしてあります。……既に確立したオリキャラのイメージが壊れそうな方は見ない方が良いかもしれません。
詳しくは活動報告に記載しています。


さて。
お気に入り数が一気に減少したため、もう一度警告しておきます。このお話は、黒い物語です。すなわち鬱。
今回からようやく本番……?


西暦2018年 4月 “復讐の輪廻”

———脳が壊れた少女は、言葉を理解できない。

 

思考は纏まらず、意識は曖昧。視界に入る物は見えても、それが何なのかは理解できない。

 

———それでも、入院している自分の元に、誰よりも大切な人が見舞いに来てくれている事だけは理解できた。

 

もうその人の名前は分からない。言葉が分からないから、思考の中でさえ名前が浮かばない。声を掛けられている事は何となく認識できても、その音を言葉として認識できない。

 

でも、少女はその人が大好きだった。

だから、言語化できないまま、心の奥底から願った。

 

———『この人が側にいる時間が、いつまでも続けばいいのに』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、は?」

 

翼が目を覚ますと、薄暗いコンクリートの室内にいた。

一目で廃ビルと分かる部屋。窓からは日光が差し込み、空中に舞う埃を照らし出している。

 

(……また、か)

 

既に何度も経験した事柄だからか、彼は今の状況を理解した。———すなわち、誘拐されたのだ、と。

 

(いやいや、いくらなんでも間抜けすぎるだろ。もう中学三年だぞ?それであっさり誘拐されるって、男子としてどうなんだ?)

 

翼は少し傷ついた。

それを言うなら、もうとっくに二次性徴が来てもおかしくない年齢だが、彼は驚くほどに男子らしくない。確かに背も伸びたし、成長はしている。しかしなぜか、骨格からして女子っぽいのだ。中学三年生にもなって未だに男らしくならない(むしろ、女らしくすらなっている)のは、果たして本当に健康な成長と言えるのか。

 

 

(…いや、それよりも……どんな経緯で誘拐されたんだ?)

 

余計な思考を排除し、翼は記憶の糸を辿る。

今朝は、いつものように千景と共に登校した。千景の好きなゲームの話をしながらバス停に向かい、バスの定期券を持ってきたかどうか確認するべく鞄の中を漁り———記憶はそこで途切れている。

 

 

(……まずい。もしバス停で気絶させられたのだとしたら、ちかちゃんにも危害が及ぶッ!)

 

強引に押し退けていた恐怖が少しずつ彼の心を侵食する。

多少他人よりも優秀とはいえ、翼は所詮普通の中学生だ。もし今回が初めての誘拐であったなら、心細くてまともに思考などできなかっただろう。———今が冷静であるかと問われれば、否と返すしかないわけだが。

 

翼がいるのは狭い個室。千景の姿はない。———千景は誘拐されていないのか、或いは別の場所に捕まっているのか。

 

(というか、……手錠すらされていない?)

 

翼は自分が拘束されていない事に気付いた。ただ埃っぽい部屋に閉じ込められているだけで、身動きは取れる。足枷も手錠もない。

 

(………流石に、鍵は閉まってるか?)

 

目の前にあるのは鉄の扉。見るからに重そうなその扉は、出入り口というよりも防火扉を連想させる。警戒しながら取っ手を回すと、あっさりと扉が開く。

 

(鍵がかかってない……でも、重っ)

 

ゆっくりと重い扉を押し開ける。すると、開けた扉の隙間からくぐもった声が聞こえた。

 

「んー‼︎んー⁉︎」

 

「ちかちゃんっ⁉︎」

 

聞こえたのは千景の悲鳴。猿轡か、もしくは口を塞がれているのか。どちらにせよ、隙間が空いた程度では部屋の外の様子は分からない。無理やり扉を押し、広がる隙間に身を滑り込ませるようにしてすぐに部屋を脱出。すると、

 

 

ガアアァン、という音と共に、星が散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景は、目の前の暴虐を見ていることしかできなかった。

口には猿轡をされ、足首は手錠で壁と繋がっている。両腕も縛られており、身動きも声も発する事も出来ない。彼女にできるのは、呻き声を上げる事だけだ。

 

「んんんんーっ‼︎」

 

目の前の扉から飛び出してきた翼は、待ち伏せしていた男によって金属バットで頭部を殴られた。そのまま受け身も取れずに地面に転がる。

 

 

「あははっ!馬鹿じゃねえの?そんなに騒いだら、警戒するのも忘れて飛び出してくるに決まってんだろうがよ!」

 

ゲラゲラ笑う男の声が、千景の胸を容赦なく突き刺す。

 

(……私の、せい……?)

 

目の前の扉が開いた時、千景は猿轡をされたまま必死に呻いた。———翼に警告をする意味を込めて。

なぜなら、翼を放り込んだ部屋の扉のすぐ側には、男達の1人が金属バットを持って待ち構えていたのだから。「出てきたら殴られる」。そう思って、千景は必死に翼に伝えようとした。

 

———そもそも、それが間違いだったというのに。

 

もしも千景が大人しくしていれば、翼はきっと様子を伺いながら出てきただろう。手錠すらされない自分の状況を訝しんで、最大限警戒しながら扉を開けた筈だ。

 

———警戒を忘れた、と男は言った。そしてそれを忘れさせたのは、間違いなく千景の呻き声。

千景は翼を助けるつもりで、彼を窮地に追いやった。

 

 

「ああ、面白えっ!こんなバカのために、暴力沙汰起こしたのかよコイツッ!」

 

「やられた分は、きっちり返してもらわないとなぁ?」

 

「どうする?どっちからやる?」

 

 

「んーっ!」

 

倒れた翼を、3人の男が強引に引っ張り上げる。……動け、と千景は自分に言い聞かせるが、そもそも身動きできないのは心因的な理由ではなく物理的な拘束によるものだ。無意味だと分かっていても、千景は呻くしかない。

 

(……せめて、注意を引きつけられれば……!時間を稼いでいる間に、何か奇跡が起こればっ!)

 

その千景の想いが通じたのか。3人の内の1人が、億劫そうに千景の方を振り向いた。

 

 

「……つーかさぁ?お前、自分の状況分かってるわけ?」

 

「んーっ!」

 

男の視線が千景を射抜くが、彼女にとっては都合が良い。……彼女が最も恐れるのは、これ以上翼に危害が加えられる事だ。相手に恐怖している場合ではない。

男がゆっくりと千景に歩み寄り、その頰を思い切り殴りつけた。「バキッ」という衝撃が千景の頭蓋を突き抜け、そのまま床に倒れる。意識が朦朧とする中、彼女はせめて翼を傷つけさせまいと男を睨みつけた。

 

 

「……なんつーか、違えんだよなぁ。俺の知るコイツは、ビクビク怯えながら一方的にやられるようなクソザコだった筈なんだよ。何がどうして、そんな反抗的な態度を取れるようになったんだ?」

 

 

男は知らない。千景がどれだけ、翼に恩義を感じているのかを。

千景は臆病だったかもしれない。しかし彼女は、恩を仇で返すような恥知らずではない。翼に危害が及ぶと分かっていて、何もしようとしないような人間ではないのだ。

 

男は知る由もない。千景がどうして、昔のように屈さないのかを。

千景はずっと、レナを見ていた。勉学に励み、家事をして、さらにその合間に自宅のセキュリティチェックをしているかと思えば、夜中にこっそり武術の練習らしき事をしている。それだけの事をこなすのには、普通なら一日が24時間では足りない。家事も勉強も、あらゆる事を効率化して、それで漸く1日の時間に収める事ができる。それでなお、大抵の場合は自由な時間など生まれないのだ。年頃の少女にとっては、地獄のような日々だろう。

———それが長続きする理由が、偏に『翼への愛』である事を千景は知っている。

 

学歴は、将来的に力になる。学歴があるからといって仕事ができるとは限らないし、良い会社に就職できるとも限らない。しかし、学歴がないよりはあった方が就職に有利である事は確かだ。そして良い会社に入って高い収入を得られれば、いざという時に翼を助ける力になる。

家事をレナがこなせば、翼に負担が掛からずに済む。負担が少なければゆとりが生まれ、翼の心に悪影響を与えるリスクが小さくなる。

自宅のセキュリティが甘ければ、それだけで翼へ危害が及ぶリスクが高まる。だから、自宅のセキュリティは常に万全にしている。

武術の練習は、翼が襲われた時に対処するため。彼女の行動の何もかもが、翼のためにしている事だ。

 

———翼への愛情の強さと、自らに怠惰を許さない心の強さ。そしてハードワークを続けながらも壊れない身体の強さ。そのどれもが、千景には眩しく映るものだ。

 

だから、千景は屈さない。尊敬する女性に恥じないために、彼女は自分のできる事を貫く。身近にいる女性に憧れ、その背を追い始めた千景。いつしか彼女の心は、翼と出会う前とは比較にならない強さを手に入れていた。

 

「……なんだ?なんか言いたそうな顔だな?」

 

 

———男の失敗は、千景の成長を見切れなかったこと。故に、油断しきった状態で千景の猿轡を外してしまう。

 

そもそもの話。

以前まで千景が一方的にやられていたのは、被害に遭っていたのが自分だけだったからだ。彼女は良くも悪くも優しい。自分に悪意が向けられていても反撃しなかったのは、臆病である事だけが理由ではなかった。

 

———では、純粋で優しい彼女の前で、彼女の大切な人間が傷つけられた場合。果たして千景はどうするか。

 

その答えを、猿轡を外した男は身を以て知る事になる。

 

 

「が、あああぁぁあぁあッ⁉︎」

 

「ッ⁉︎」

 

 

男の悲鳴に、残りの2人が慌てて千景の方を振り向く。———彼ら2人が見たのは、口から血を垂らす千景と、片手を抑えて無様に転げ回る仲間の姿。千景は転げ回る男を冷ややかに見下ろすと、「ぺっ」と何かを吐き出した。

 

「てめえっ‼︎」

 

千景が吐き出した後、彼ら2人は何が起きたのかをようやく理解した。

———文字通り、噛り付いたのだ。正確には、千景は火事場の馬鹿力を以って男の片手の皮膚を噛みちぎっていた。

 

激昂した2人の内1人が、金属バットで思い切り千景の頭を横殴りにする。両腕を縛られ、足首を繋がれた彼女はその攻撃に対処できない。為すすべもなく、金属バットが翼の時よりも大きな音を立てて千景の頭蓋に直撃する。

 

……それで良いとすら千景は思った。少なくとも敵意———あるいは殺意———が千景に向いている間は、翼に危害が加えられることはない。

 

頭から血を流しながら、千景は不敵な笑みを浮かべて殴りかかってきた男を一瞥する。脳が揺れたからか、それとも何か致命的なダメージを負ってしまったのか、痛みは鈍く、耳は遠い。視界が霞み、徐々に身体に寒気が襲ってくる。しかしそれでも、彼女は笑ってみせた。「この程度か」とでも言わんばかりに。

 

———彼女の態度が、更に彼らを激昂させる。寸分違わず、千景の狙い通りに。今まで舐めていた相手に痛い目に遭わされた挙句、痛めつけても神経を逆撫でするような態度を取られたのだ。それで冷静さを保つなど、経緯も背景も無視して的外れな復讐を果たしに来るようなプライドだけが高い男たちには無理な話だった。

 

———千景の過ちは、自分の命を全く考慮しなかった事だ。

冷静さを保てないという事は、すなわち手加減ができないという事だ。彼らにはそもそも、当たり前の倫理観が欠如している。反社会的な行動のリスクを考えずに動いている彼らにとって、千景の命の価値など無に等しい。だから、あり得るのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事態が。

 

 

 

 

……そしてそれを、彼は絶対に許せない。

 

激昂した男が、もう一度バットを振りかぶった、その直後だった。

 

 

 

「…か、っ?……え?」

 

バットで千景に襲いかかろうとしたその姿勢から、男は間抜けな声を出して静止した。痛みに転げ回っていたはずの男も、さらにもう一人の男も呆然としている。

 

遅れて、「カラン」と意外に軽い音を立てながら、男の手から金属バットが床に落ちる。その後、前のめりになって倒れる男。身動きのできない千景は、そのまま倒れる男の下敷きに———

 

 

「ちかちゃんに触れるな、ゴミ」

 

———なるところで、男が背後からの回し蹴りを受けて真横に転倒した。

 

 

「…、つ、つばさ、くん……?」

 

ボヤけていた視界が少しずつ回復するにつれて、千景は目の前の状況を認識し始めた。

目の前にうずくまるように横に倒れているのは、金属バットで翼と千景を殴った男だ。……しかし男は、倒れたまま動かない。そして徐々に、赤い水たまりが男を中心に広がっていく。

 

「……は、」

 

そして、倒れた男の後ろに立っているのは神崎翼。どうやら意識を取り戻し、千景に倒れ込もうとしていた男を蹴り飛ばしたらしい。

 

「は、……は、」

 

翼の手に握られているのは、一本のナイフ。「いざという時に使って下さい」と、レナが翼に密かに持たせていた護身用のナイフ。使われた形跡のなかったはずのその新品のナイフは、しかし今は刀身から翼の手までを真っ赤に染めていた。

 

「……は、……」

 

千景は、自分が荒い呼吸をしている事に気付かない。動悸が聴覚を支配し、周囲の音が遠くなる。

 

 

鈍った思考で、ようやく千景は事態を理解した。

 

 

———刺したのだ。持っていたナイフで、千景を殴りつけた男を。

 

 

「———っ?———!」

 

なにやら必死な表情で翼が千景に語りかけているが、千景には翼の声が聞こえない。ただ、自分はとんでもない過ちを犯してしまったのではないかという的外れな罪悪感が彼女を雁字搦めにする。

 

(……ころ、した…?翼君が、人を……?私を、守るために?………わたしの、せい?)

 

翼の服は返り血を浴びて真っ赤になっている。ドラマくらいでしか見た事のない光景が、千景の目の前に広がっている。

 

(……どう、しよう?どうしようどうしようどうしたら———)

 

 

 

………そして、千景は『翼が人を刺した』というイレギュラーに、翼は千景の異変に気を取られていてすっかり忘れていたのだ。今自分達が、どれだけ危険な状況にあるのかを。

 

 

「ふざけんじゃねえぞ‼︎このクソガキがぁっ⁉︎」

 

 

千景が自分達の状況を思い出せたのは、翼が殴り飛ばされた後だった。

 

 




一般的な主人公
そもそも誘拐されない。自分の知らない場所で誘拐されたヒロインを救うべく犯人の場所を突き止めて乗り込み、犯人と殴り合いをした後に勝利して警察に引き渡したり、お説教して改心させたりする。


翼君
積極的に誘拐犯に狙われた挙句、ヒロインを巻き添えにする。(火事場の馬鹿力で回し蹴りして倒れる人間の向きを変えるくらいの力はある癖に)殴り合いで勝てる見込みが薄いと判断するや否や、不意打ちでナイフを一刺し。その上で犯人をゴミ扱いする。良心が痛んでいる描写すらない。

なんだこいつ。







ぐんちゃん
なんやかんやでいつの間にか成長していた。でも強固になった心が今回の件で既に壊れかけている。負けるなぐんちゃん!



レナ(金髪メイド)
あらゆる面でタフな人。しかし翼君関連の事になると弱い。



誘拐犯3人組
かつて翼君がぐんちゃんを助ける為にボコった女子生徒の兄その他。

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