爆風が吹き荒れ、竜巻が巻き起こる。その中から現れたのは、白銀の軽鎧を纏った勇者。赤い瞳には敵に対する殺意が宿り、白銀の髪はまるで刃のような鋭い煌めきを放つ。
(……ほら、暴れたいんでしょう?この力で、敵をズタズタに切り裂きたいでしょう?)
殺意を助長する幻聴。だが、今ではその声すらも心地よい、と少女は感じた。
———それは、昏い喜び。勇者に最も相応しくない、彼女の持つ闇の一端。
玲奈は駆けた。———ただ、己の欲求を満たすために。
「もう、友奈ちゃんに手出しはさせないっ!」
勇者に変身した東郷美森の力は、圧倒的だった。脚が動かないというハンデを補って余りあるほどの精密射撃。友奈が苦戦した蠍型バーテックスの針が拳銃の一発で撃ち抜かれ、ショットガンで反撃を許さぬまま次々と攻める。
「……すごい、これなら…」
蠍型バーテックスは動けない。美森の火力が高過ぎるのだ。
友奈は風と樹の戦況を確認する。射手型と蟹型の連携により、二人は思うように戦えない。攻撃こそ全て躱しているものの、反撃の隙を見出せないのが現状だった。
(それなら、加勢しないと……っ⁉︎)
反撃できない蠍型を、そのまま向こうにぶつけようと友奈が考えたところで、疾風が吹いた。
「……え?」
気がついたら、蠍型バーテックスが吹き飛んでいた。———東郷は、視界に入った姿から、辛うじて玲奈が敵を蹴り飛ばしたのだと気づく。
「……玲奈、ちゃん?」
呆然と、友奈が呟く。……明らかに、玲奈の様子がおかしい。
「ああああああああああぁぁぁぁッ‼︎」
玲奈は友奈達の方に目もくれず、吹き飛んだバーテックスに突貫した。……その目に宿るのは、純然たる殺意。
玲奈の繰り出す剣が、バーテックスを
「……危ない⁉︎」
玲奈に圧倒され、友奈も美森も周囲の状況の確認を怠っていた。警告を飛ばしたのは風。玲奈を脅威と認めた他の二体が、彼女に攻撃を集中させたのだ。
射手型の放った矢の雨が玲奈に向かって降り注ぐ。それに対し玲奈は、
「ああああああああぁぁぁぁッ‼︎」
蠍型の体を持ち上げ、盾にした。玲奈に命中するはずだった矢は全て味方であるはずの蠍型に命中。矢の雨が止まるや否や、矢が突き刺さりハリネズミのようになった敵を投擲。超高速の砲弾となった蠍型バーテックスは射手型に命中し、爆散。後に残ったのは、御霊のみ。
「「「「……………」」」」
全員が、絶句した。まさか封印する事もなく御霊を露出させるほどのダメージを与えるとは。
だが、様子が明らかにおかしい。何かの枷が外れてしまったかのような暴走。どう考えても、今の玲奈は普通ではない。
「…あれ、あの御霊っ」
「増えた⁉︎」
蠍型から露出した御霊が分裂し、数を増やす。———しかし、彼女には関係ない。
「ああああぁぁぁっ!」
玲奈は、風を纏った剣の一撃を放った。超高圧の風により威力と攻撃範囲が大幅に増大した一撃は、いとも容易く全ての御霊を破壊。その感慨に浸る事なく、玲奈は次の獲物を求めて残りの敵に突貫した。まるで獣。ただただ欲求の為だけに駆け、敵を屠る狂戦士の姿がそこにあった。
「……っ。仕方ない、玲奈の援護をするわ!色々考えるのは後回しよ!」
敵がいる以上、隙を見せると危険であると判断した風は、行動方針を玲奈の援護に定めた。
今の玲奈は、おそらく話を聞かない。ならば、暴走して注意が疎かになっている彼女をサポートするのが最適。
「ああああぁぁぁぁーッ!」
射手型バーテックスの矢の雨が降り注ぐ中を、玲奈は駆け抜ける。致命傷に至りそうな矢は剣で全て弾き、それ以外は命中しようと無視。鎧の防御性能を信頼しているのか、それとも単にそこまで気が回らないのかは定かではないが、彼女の脚は止まらない。
そして、蟹型バーテックスに突撃した。
「あああぁぁっ‼︎」
蟹型バーテックスに繰り出される、超高速連続剣。敵の装甲と剣が秒間20以上も衝突し、『ギャキキキキッ!』と金属音を奏でる。
一方、玲奈を目で追いながら、東郷は射手型を精密射撃。蟹型の援護も連携も許さぬ牽制。敵2体が完全に封殺された事で、安全に封印が可能になった。
「まずは矢が厄介なあの敵から!封印開始!」
「…ごめん、ごめんね、ぐんちゃん」
高嶋友奈は、もう動く事のない友の亡骸に縋り、泣いていた。
後悔は尽きない。どうして諦めてしまったのか。どうして、部屋から出られないように厳重に閉じ込めておかなかったのか。……郡千景が脆く、自責の念に駆られていることなど誰よりも分かっていたはずなのに。
何かできることがあったはずだ。誰よりも長く、ずっと一緒にいた友達なのだから。
一緒に死ぬつもりだった。この灼熱の世界で、それも神樹の力が弱まった状態ならばすぐに逝けると、そう思って。しかし、生き残ってしまった。意識が朦朧とし、立つ事すら出来ないほどに弱っていても、脱水症状に苛まれながら辛うじて生きている。……これから何ができるわけでもなく、熱と痛みに苦しみながら果てるだけではあるが。
(……私は、もうどうなってもいい)
故に、彼女はただ祈った。
(神樹様。もし次があるなら、どうかぐんちゃんを———)
「……あぐッ⁉︎」
全身を苛む疲労と痛みに、私は思わず倒れ込んだ。視界に入るのは勇者部の部室。どうやら樹海化が解けたらしい。……周りを見ると、誰もいない。樹海化する前は樹ちゃんと風先輩がいたはずだけど、なぜか今は私だけだった。
———立てない。
筋肉痛とは思えないほどに体の節々の痛みが酷いし、倦怠感もすごい。今の私は、まるでゾンビ。たとえ友奈がやってきても、立ち上がるのは億劫だろう。そう思ってしまうほど怠かった。
———そういえば、私は何をしたんだっけ?
樹海での出来事のほとんどが思い出せない。変身できずに戸惑い、焦っていたのは思い出せるけど、それだけ。
———そういえば、友奈は⁉︎
蠍のような姿のバーテックスに嬲られていた、彼女は?
———無事?無事よね?無事のはずよねっ⁉︎
焦りが噴出する。安定していたはずの精神は知らぬ間に崩れ、感情が制御できない。
私は疲れも怠さも忘れて、駆け出した。
「玲奈ちゃん、ここに……うわっ⁉︎」
「友奈⁉︎」
部室から出ようとしたところで、ちょうど入ろうとしていた友奈にぶつかった。見たところ、無事のようだけど……。
「大丈夫⁉︎痛い所はない⁉︎」
「うん、私は大丈夫だよ。玲奈ちゃんこそ、大丈夫?」
必死になる私を宥めるように、友奈が問う。……やはり、天使。一番の頑張り屋さんなのに、何もできなかった役立たずの私なんかを気に掛け、心配してくれる。
(そうね。全く、この役立たずっぷりには参るわ。困ったものね)
幻聴の事は無視する。今の私は、そんなのを気にしている余裕はないのだ。
「……ごめん、全然大丈夫じゃない。もう無理、限界……」
「れ、玲奈ちゃん⁉︎」
友奈が無事と分かった途端、現金に舞い戻ってくる激痛と倦怠感。私は疲労と欲望に耐えきれず、友奈に向かって倒れ込んだ。
「うーん。玲奈ちゃん、凄いカチコチ……」
「…まさか筋肉痛でぶっ倒れるとはね」
友奈が玲奈にマッサージをしている傍らで、風が呆然と呟いた。
マッサージを受けている玲奈は、マッサージをし始めた当初は筋肉痛で「ぎゃああああぁっ⁉︎」と痛ましい悲鳴を上げていたが、途中から蕩けるような悲鳴と共に恍惚とした表情に変わり、今では全ての力が抜けたようにぐったりしている。
「……しっかし、驚いたわよね。あの暴走っぷりには」
「あの時は友奈ちゃんが危険でしたから。きっと、玲奈ちゃんはそれで怒り狂ったんだと思います」
前回も今回も、玲奈は友奈に危険が迫った時に変身した。きっと、それが彼女のトリガー。玲奈が本当の意味で戦う覚悟ができるのは、友奈の身が危なくなった時なのだと風は思う。———『精神が不安定な時にしか変身できない』とは、風は考えたくなかった。
「しかし、やっぱり変よね。この子だけ樹海化が解けると元の場所に戻るなんて、さ」
「私たちは屋上に送られるのにね?」
「お陰で、本当に焦ったわよ。どうせなら、私達も同じように戻してくれればいいのにさ」
「…でももしそうなったら、体育の授業とかは大変ですよね?」
「そっか。……戦いで疲れてる時に体育は確かに嫌ね」
結局、一長一短。授業を抜ける事なく誰にも怪しまれない代償として疲労を蓄積させるか、怪しまれる代わりに体を休めるか。バーテックスの襲来が不定期である以上、それはどうしようもない。
「ふぃ〜。結城友奈、玲奈ちゃんのマッサージ、完了しました!」
「ふにゃ〜♡」
まさしくやり遂げたといった達成感溢れる顔の友奈が、マッサージの終了宣言をした。その隣で、なんかもう色々とダメになった顔の玲奈が寝転がっている。
「……えっと、玲奈は大丈夫?」
「はい!ただ、全身の筋肉が疲労でカチコチになってたので、念入りにほぐしておきました!」
「そ、そう……」
風は怖くなって、それ以上聞くのをやめた。……玲奈の惨状から見るに、友奈のマッサージが途轍もなく
夏凜ちゃん、次に出せるかな?