……最近忙しいので許して下さい。
ゆゆゆいにログインできない間にヴァルゴが襲来していた件について。ヴァルゴが初めてやってきた頃はまだゆゆゆいやってなかったし、今回がイベント限定友奈ちゃんを手に入れる最後のチャンスだったかもしれないと言うのに!
「さて、状況を整理するわよ?」
私が目を覚ますと、勇者部の部室に全員が勢ぞろいしていた。雰囲気を鑑みるに、東郷と風先輩は仲直りをしたらしい。私は多分気絶していたから知らないけど、私と違って東郷は変身できたし、きっと大活躍をしたのだろう。本当に良かった。
「まずは玲奈。言われなくても分かっていると思うけど、反省しなさい」
風先輩に言われて、心にグサッときた。とはいえ、役に立たなかったのは事実である。私はその言葉を甘んじて受けることにした。
(……ほら、とうとう勇者部にまで見捨てられそうね?)
うるさい。
「はい、反省します。……次こそは変身して、きちんと役に立てるようにしますから」
「はい?」
「ほえ?」
「は?」
「え?」
「ん?……何か、おかしなこと言ったかしら?」
———衝撃の事実が明らかになった。
「……本当に、何も覚えてないの?」
「はい、全く」
玲奈は自分が戦ったことを全く覚えていなかった。
広がるどよめきと、不安。……説教をしようにも、本人が覚えていないのなら効果は薄い。説得力がないからだ。
「凄かったんですよ?一人でほとんど倒したんですから」
樹が確認するように言うが、玲奈はそれを信じられない。
玲奈を除く全員の脳裏に浮かぶのは、先程までの玲奈の奮闘ぶりだ。御霊が増えれば風で薙ぎ払い、御霊が避けようとすれば竜巻の中に閉じ込め、御霊が高速で動こうものなら移動軌道上に剣を無理やりねじ込んで破壊した。援護こそしたものの、バーテックスに大ダメージを与え、御霊にトドメを刺したのは玲奈だった。
「……ねえ、玲奈ちゃん」
「何、友奈?」
「昨日の夜のこと、覚えてる?」
「ええ」
それを聞いて、友奈はほっとため息をついた。
友奈と玲奈にしか分からない出来事。勇者部の面々は首を傾げるが、2人のプライベートについて追求する事はなかった。
「…どういうことかしら?玲奈ちゃんだけ色々みんなと違う……。大赦の不手際?」
美森は原因を大赦、より正確には玲奈の勇者システムに原因があるのではないかと推測する。
「その可能性はあるわね。大赦に問い合わせてみるわ」
風も同意見だ。『勇者になれない』という問題だけなら玲奈の不安定な精神性によるものである可能性が高いが、『無意識状態での暴走、或いは記憶の喪失』、『樹海化後の出現位置の差異』といった問題が出ている以上、勇者システムそのものに原因があると思われる。特に記憶関連については非常に緊急度の高い課題だ。
「あ、牛鬼」
風が早速大赦に向けてメールを打つ傍らで、友奈の精霊である牛鬼が出現した。そのままノロノロと浮遊し、玲奈の頭の上に乗る。
「なんだか、凄く懐いてますね……」
「私より玲奈ちゃんに懐いてるんだよね、この子」
「……これ、あげるわ」
玲奈はすかさずビーフジャーキーを取り出す。牛鬼は待ってましたと言わんばかりに飛びついた。……懐くというより、食い意地が張ってるというべきかもしれない。
「牛鬼は良いわね、可愛くて。……私のなんか、不気味だし……」
「で、でも、賑やかで良いよね!」
「賑やか、かしら?」
玲奈は自分の精霊があまり好きではない。見た目は不気味だし、愛想もない。2体目は別だが、1体目の精霊を彼女は疎んでいた。
「うーん。……朝は元気、だったんだけどなあ」
帰宅後、友奈は自室で唸っていた。
玲奈の精神は、今朝までは確実に安定していた。昨晩一緒に寝た甲斐があったと、密かに大喜びしたものだ。しかし樹海化が起こり、戦闘が始まってからはまた悪化している。
(……やっぱり、私のせい、だよね?)
友奈は玲奈に強い影響を与える事を自覚している。自分が危険に晒されることで、玲奈がどれだけ苦しむのかも。
しかし、だからといって他のみんなに頼りきり、というわけにはいかないのだ。玲奈が戦うのなら、なおさら。
———幸い、戦いで敵を倒さなければならない数は判明している。全部で12体。つまり、残り8体。
戦う事をやめることはできない。だが、敵は有限。戦いが終われば、その後には穏やかな日常が待っている。
故に友奈が行うべきは、玲奈への徹底したケアである。戦いが終わるまで、何としても壊れそうになる彼女の精神を支え、癒す。友奈はその為に出来ることならば何でもしたい、のだが。
(……あんまり甘え過ぎると、自立できなくなるって玲奈ちゃん本人が言ってたしなあ)
玲奈が結城家にやってきたばかりの頃は、本当に何でもやっていた。風呂や就寝が同じなのは当たり前。夜中にトイレに行く時は一緒について行ったし、小学生の時は学校側の配慮で同じクラスにしてもらい、四六時中玲奈の様子を見て、調子が悪そうだったら一緒に早退したりもした。『友奈がいないと何もできない』という玲奈の自己評価は、この頃の生活に起因する。
玲奈はそれに危機感を覚えたのだろう。あるいは、友奈の負担になっているのを申し訳なく思ったのか。小学校高学年に上がってしばらく経った頃、玲奈は自主的に友奈から距離を置いた。
もちろん、すぐに一人で行動できるようになったわけではない。相変わらず大人に恐怖していたし、友奈に突然泣きついてくることもあった。しかしそれでも、友奈に依存しきるのを控えようと努力していた。
その姿を見て、友奈は玲奈を応援したいと思ったのだ。今までやっていた事をやめ、普通の姉妹と同じくらいの距離感を保てるように尽力した。何かを手伝う時も、世間一般の姉妹と同じレベルまでの協力しかしなかった。その甲斐あって、今の玲奈がいる。
本来ならば、このままの状態を保つべきだ。しかし、バーテックスとの戦いで玲奈に負担がかかっているのも事実。
(……よし!)
何十分も迷った末に、友奈は決断した。昨夜は一緒に寝て良くなったのだ。バーテックスとの戦いが終わるまで、昔のようにとまでは行かずとも、もう少し距離を縮めようと考えた。
決意したら即行動である。善は急げ。友奈は早速、玲奈の部屋に向かった。———今日は両親が帰ってこないから、どうせ夕飯の用意は友奈が
扉の前に立ち、ドアをノック。……返事がない。
「玲奈ちゃーん?」
再びノック。いつもならすぐに出てくるはずの姉は、しかし姿を現さない。
(……寝てるの、かな?)
———嫌な予感がした。前も、こんな事がなかったか?
「…ごめんね、入るよ?」
意を決し、友奈は扉を開ける。そして、目に入ってきたのは—————。
「謝れッ‼︎球子と杏に謝れッ‼︎」
「…ひっ⁉︎」
辺り一体が、その怒号で静まり返った。怒りを露わにしたのは乃木若葉。勇者達5人の———今はもう3人になってしまったが———リーダーである。
勇者の役目は、バーテックスから人々を守ること。その勇者が、しかもあろうことかそのリーダーが、憎悪どころか殺意さえ露わにして一般人に掴みかかっている。
私はそれをすぐ近くで見ていた。ああ、こうなるのね、と。
これは、異なる世界。歪な虚構を良しとせず、『本当の自分』を愛してくれる人だけを守ろうとした世界。勇者の名声も人々からの崇拝も無価値と切り捨て、仲間達との絆だけを守り通すと決めた世界。
私が暴走しなければ、リーダーである乃木さんが暴走する。時期や深刻さこそ違っても、一般人に怒りを向けるのは同じ。もっとも、彼女の場合は私よりも精霊に蝕まれた精神の傷がずっと深いのと、仲間の為だけに怒っているという点が私とは決定的に異なっているけど。
掴み掛かられた男は腰を抜かして顔を青ざめさせている。……怯えるくらいなら、勇者を———それも亡くなっている大切な仲間を貶めるような事を言わなければ良いのに。
男は助けを求めるように周囲を見回すけど、助けようと動く者はいない。当然だ。私以外の人間は全員一般人で、もう一人の勇者である高嶋さんは入院している。……一体誰が、助けるというの。
胸倉を掴む乃木さんの手が震える。男は既に立てなくなるくらい脱力しているというのに、乃木さんは片手で男性一人の体重を持ち上げていた。
「……落ち着いて、乃木さん」
しかし、私は内心とは裏腹に乃木さんを止めようと動いていた。……別に、この男がどうなろうと知ったことじゃない。ただ、今の乃木さんを見て、上里さんや高嶋さん、そして土居さんと伊予島さんが悲しむと思っただけよ。
「…千景、しかしッ」
「……この光景を見て、あの二人はどう思うのかしらね?」
「………っ」
ハッとした様子で、乃木さんは男を解放した。地面に崩れ落ち、涙目で咳き込む男。周囲の人間は、明らかに怯えた様子で乃木さんを凝視していた。
友奈が見たのは、ベッドの上に身体を投げ出し、虚ろな瞳で虚空を見つめる玲奈の姿だった。
「玲奈ちゃんっ!」
慌てて駆け寄り、様子を見る。……これをもし友奈以外の人間が見たら、死体と見間違う事だろう。そのくらい、玲奈には生気がなかった。
(……なんで、こんなに悪化してるの?)
今の状態は、一言で言えば「思考を停止している状態」なのだと聞いた。ボーッとして、何も考えられない状態。泣きわめいたり、暴れたりする症状のさらに先にあるもの。
(…やっぱり、玲奈ちゃんを戦わせちゃいけない)
2年ほど前にも、こんな状態になったことがある。原因は不明。医者が言うには過度のストレスが原因らしいが、当時は友奈とそれなりに離れても平気なくらいには玲奈の精神は落ち着いてきており、思い当たる節などなかったのだ。
さらに言えば、ただのストレスでこうなるとはとても思えない。玲奈がやってきたばかりの頃、同じクラスの男子が玲奈にちょっかいを出した———年頃の男子は気になる女の子に絡みたくなると友奈は聞いている———が、取り乱したり泣いたりはしたもののこんな状態にはならなかったのだ。
「あれ、友奈?」
「玲奈ちゃんっ⁉︎大丈夫⁉︎」
ようやく意識を現実に戻した玲奈は、心配そうに縋り付く友奈の姿に目を白黒させた。彼女には、友奈がどうして悲壮な顔をしているのか、全く分からなかった。
今回でだいぶ真相に近づいた感のある本作。
感想、お待ちしてますね!