ヤバイ、この喧嘩はかつて無いほどハードだ。
「くぅ・・・・・・ナハ、お前は右から攻めろ!
固まってたら逆に危ない!」
「ごもっともです。御意に」
既に乾さんを何度も庇ってダメージを蓄積させているナハさんはふらつく足取りでその場を移動。
梓ちゃんはその場に残り、目前から責める80人の不良達を睨む。
「センパイはあずの横でアシスト!」
「・・・・・・」
頷き、直ぐに横にスタンバイする。
だが実の所俺が一番ダメージが酷い。
梓ちゃんはその持ち前の素早さで殆ど無傷だが、俺とナハさんは既に倒れる一歩手前なのだ。
『ぐはぁ!!!?』
相手チームの中央部からダイナマイトが炸裂したかのような爆音と叫び声が響いた。
俺達はそれを確認した後、大急ぎで下がる。
だが、間に合わないだろう。
「・・・・・・ッ!」
「ちょっとセンパイ! あずの事は気にしないで自分の身だけを――――」
それはできない。
どうせ逃げても確実に巻き込まれるだろうし、だったら俺が壁になって梓ちゃんが無傷なのが一番ベスト。
俺は覚悟を決めて梓ちゃんの前に立ち、全力の金剛を練った。
間もなく、爆心地から十人の人間がこちらに吹き飛んでくる。
勢いは凄まじく、まるで電車のような速度だ。
こんなのが人間大で迫ってくるからたまらない。
一人目が俺の腹に直撃する。
一メートルほど後方に引きずられるが、何とか梓ちゃんを巻き込まず受け止めた。
それに安心して顔を上げると、第二波が見えた。
ないわ。
「梓ちゃん! 伏せて!」
「へ、うわっと!?」
俺が壁になって第二波が見えないのだろう。
俺はショウの喋らないキャラクターを崩してまで叫び、梓ちゃんの頭を思い切り下げさせた。
そんなことをしていたからだろう。
体の正面に数人の吹き飛ばされた人間が直撃した。
金剛を練ってもたった一人受け止めるのに数メートル引きずられたのだ。
こんなのが四人も来て、金剛も練っていないのなら耐えられるはずもない。
「―――――ッ」
直撃し、体が宙に浮く。
続いて数人の人間が矢継ぎ早にヒット。
そのまま、今日の喧嘩のステージである弁天橋から大きくコースアウト。
「センパイ!」
梓ちゃんの叫び声が聞こえるが、もはや俺にどうする事もできない。
数秒後、俺は海に水没した。
●
「ざけんな! ちったぁ周り見て喧嘩してくださいよ!」
腰越センパイが暴走王国に入ってからずっとこうだった。
「わりぃわりぃ。誰かと組んで周り見ながら喧嘩なんてメンドくさ・・・・・・慣れてなくてよ」
「コラァ! 今めんどくさいって言いかけただろ!」
「気のせいだって」
皆殺しセンパイが一人で敵陣に突っ込み大暴れ。
そして自分たちの出番なく数分でケリがつく。
それは少し困るが、まぁまだ許容範囲。
問題はその暴れ方だった。
「腰越マキよ。彼奴を見よ」
「あん?」
ナハが渋い顔でショウセンパイを指差す。
するとそこにはマスクとウィッグを付け、パンツ一丁で焚き火に当たるショウセンパイの姿が。
服はビショビショな上、一緒に海に落ちた不良どもを救助したせいで陸に上がるのが遅れ
体も冷え切っているのだろう。
「ショ、ショウさんの生肌・・・・・・グヘヘ」
「おい、女の言うセリフとは到底思えねぇぞ」
「ウルセェ! 今眼福しとんじゃ話しかけんな!」
「ふえぇ、この女こわいよぅ」
ショウセンパイと一緒に焚き火を囲んでいる不良共は大変仲が良さそうだが、
あっちから離れたところで口論している自分とナハ、腰越センパイは険悪だった。
っていうか前から思ってたけどあの女怖いな
「あ~・・・・・・あれ見ると流石に悪い気がするわ」
「うむ。流石の我も同情を禁じ得ぬ」
実質パンツ一丁で服を乾かして、寒さに震えているあの姿は哀愁漂っていた。
周りの不良は先程タオルを買いに行ったようだけど、遅い。
自分が買いに行けば良かったか。
「あ、ショウさん。私タオル持ってるんでどうぞ」
「・・・・・・」
「持ってんのなら最初から渡してやれよ!」
「最初から渡したらショウさんの濡れた肌見れんだろうがッ!」
「ふえぇ、この女業が深すぎるよぅ」
・・・・・・仲がよろしいことで。
差し出されたタオルで体や頭を拭くセンパイ。
少し風邪ひかないか心配だ。
「わかったよ。次からはダイは巻き込まないように気をつける」
「自分らも気にかけろや」
「やだよメンドくせぇ」
本気でめんどくさそうな顔をしている。
マジで協調性がなさすぎる。
というより、腰越センパイが入ってからというものセンパイとナハの怪我が酷い。
ナハは金剛をかけると時々腰越センパイに鉄パイプがわりに振り回されてるし、
センパイは毎度毎度あずを庇って吹っ飛ばされている。
多分腰越センパイがショウセンパイだけを気にかけた所でまた自分を庇って吹っ飛ばされるだろう。
「ショウ君、ホットミルク淹れたけど飲む?」
「・・・・・・」
他の不良達が持ち込んだガスバーナーを使い、近所のコンビニで買ったらしい牛乳からホットミルクを作った唯センパイ。
それをショウセンパイに手渡す。
渡されたセンパイはというと、マスクをして顔を隠している手前困っていた。
総災天センパイみたいである。
困っている事に気づいたらしく、唯センパイは慌ててストローを取り出した。
「ご、ごめん長谷くじゃなくてショウ君!
ほらストローなら飲めるでしょ」
「いや、烏丸ちゃん。熱い飲み物にストローはマジで危険だから」
「俺前そのこと知らずにストローでコーヒー飲んだら唇大やけどしたわ」
「はうあ!?」
取り巻きに諭されて更に慌て始める。
「・・・・・・」
そんな唯センパイに何か思ったらしい、ショウセンパイは少しマスクをずらしてマグカップに口をつけた。
その行為に取り巻きは注目する。
マスクをずらすなど初めての事なのだ。
全員がセンパイに注視した。
「はいはい。お前ら、センパイが飲みづらそうにしてんだろ、唯センパイ以外散れ散れ」
「ういーっす」
「私はダメですかねぇ?」
「ダメ」
「世知辛いなぁもう・・・・・・」
ブツブツ言いながらおっかけで一番変態な女はその場を離れて行った。
その場に残ったのは唯センパイ、ショウセンパイだけ。
前から思っていたのだけど、二人は何というか男と女の関係でなく頼られる兄と甘えん坊な妹みたいな感じ。
本来ならばセンパイの独占を邪魔するところなのだが、
この二人は何となくほのぼのしてて邪魔する気が起きない。
「センパイ、もう他の奴らもいないし喋って良いんじゃねーっすか」
「そうだよ。あたしもそろそろ独り言みたいに話しかけるのきついし」
「だらしねーの。私ともなれば仕草でわかるぜ。
ところでお前、今日は何か食い物持ってきてないの?」
いきなり会話に割り込んでくる腰越センパイ。
「あるよー。といっても今日はちょっとネタに走ってみたけど」
そういって唯センパイはカバンの中をゴソゴソと漁り、一つのパンを取り出した。
何だろう、名前が書かれているけれどはっきりとは見えない。
ただパンが妙にオレンジがかっているような。
「この匂い、蜜柑か?」
「凄いなぁ、パックに入ってるのに匂いで当てちゃうとか」
蜜柑?
パンに蜜柑。
合うの?
「で、これ食べていいの?」
「うん。あたしも一個食べたんだけど、ちょっと好みに合わなくて困ってたんだ」
「そうか、じゃあいたーきます!」
速攻パンの手にとってビニールを破り捨てる。
砂浜に転がった袋を見てショウセンパイはそれを回収。
その後、ゴミ入れに使っているゴミ袋に仕舞った。
この人のおかげで不良がたむろしてもまったくゴミが出ない。
「なんだこりゃ。蜜柑っていえば蜜柑だけど・・・・・・」
もぐもぐと頬張りながら微妙そうな顔をしている。
「やっぱりそういう反応になっちゃうよね」
「なんすか、不味いの?」
「別にそういうわけじゃねーけど。何というか、蜜柑の果実というより蜜柑の皮の味」
皮の味。
それはまた。
「あの白い薄皮じゃなくて?」
「じゃない。オレンジ色の厚い皮」
ほろ苦そうな味らしい。
確か蜜柑パンとか蜜柑ご飯とか愛媛県で売っていると聞いたが、そこらへんから仕入れたのだろうか。
何にせよ蜜柑の皮味パンはちょっと自分は好きくない。
「パン食べたら口の中パサパサになった。
ダイー、ちょっとその牛乳分けてくれ」
「・・・・・・」
腰越センパイの要求に対して、そっとカップを差し出す。
意地でも喋らないんですね。
カップを受け取った腰越センパイは全部飲み干すようにぐいっといく。
「あま!? 何だこれ練乳かよ!」
「ホットミルクに砂糖ましましだもん」
なるほど。
だからセンパイはチビチビとしか飲んでいなかったのか。
ちょっと気になってカップの中を覗いてみたら、溶けきっていない砂糖がプカプカ浮いていた。
こりゃ甘いわ。
「うえー、余計に喉が渇いたー。
おいおっぱい、今からコンビニまでひとっぱしりしてコーラ買ってこい」
「ざけんな」
「甘くて美味しいんだけどなぁ」
自分の分のミルクを飲む唯センパイ。
そんなの飲んでいると太りますよと言いたくなるが、
そこらへんは自業自得、敢えて忠告する事でもなさそうだ。
「・・・・・・っくしゅん!」
突然、大きなくしゃみが響く。
センパイだ。どうやら体を冷やしすぎたらしく、少し身体が震えている。
体を拭いたとはいえ、いい加減夏の初めとはいえ夜の冷気で寒いのだろう。
「あーもー。腰越センパイのせいでショウセンパイが風邪ひきそうになってんじゃん」
そう言いながらまだ少し濡れているセンパイにくっつく。
人肌で温めるのが一番とか色々建前はあるが、本音は密着する絶好の機会だからだ。
ショウセンパイも特に抵抗はせず、むしろ震えながらくっついてきた。
マスクで顔が見えないが、余程寒かったらしい。
気をよくした自分は首に手を回して後ろから抱きしめる体制を取った。
「だから反省してるって。悪い事をしたと思ってるよ。
悪かったなダイ、次からは気をつける」
「自分やナハに何か言うこともあるんじゃねーっすか」
「あ? ねぇよんなもん」
「この女」
全く反省していないどころか悪びれてすらいない。
何というか、皆殺したる所以である。
敵味方関係なく周囲に被害を与えるその喧嘩の仕方。
とてもじゃないがこちらとしてはたまったものではない。
攻撃力がチート並に高い代わりに使うたび使用者にダメージを与える呪いの装備みたいな人である。
こうなれば保護者に相談するしかない。
「センパイからも何か言ってやってくださいよ。
正直いって自分もナハも体力と精神の限界っす」
「・・・・・・」
実の所自分は毎回センパイやナハがかばってくれるし、庇われなくても自分である程度回避できるため無傷。
だがセンパイとナハは腰越センパイが入るまでよりも怪我が酷い。
そのケガのほとんどが腰越センパイの喧嘩に巻き込まれたものである。
「う、わかってるって。
次から気をつけるからそんなに怒んなよ・・・・・・」
どうにも、このチームにはセンパイからの誘いではなく腰越センパイが希望して入ったため微妙な上下関係がある。
基本的にセンパイの意見はあずやナハが逆らうことは少ない。
そして自分はナハへ命令権がある。
対して腰越センパイはというと、ショウセンパイの命令しか聴かないし、
そもそもショウセンパイの命令すら守らないことも多い。
今まではそれでもセンパイは笑って許していたのだが、今回は少し違うらしい。
今抱きしめて温めているセンパイの方から微妙に怒りの感情が伺える。
まぁ、それも仕方ないか。
何せここから少し離れたところでおっかけどもと話しているナハがズタボロなのだ。
体がデカイ分、腰越センパイの大暴れの被害率が高く、
しょっちゅう踏み台として吹っ飛ばされたり、巻き込まれている。
あれを見ればお人好しなセンパイが怒るのも仕方ない。
怒られた腰越センパイはというと、
「あーもー! メンドくせぇな!
こんな命令やら規則ばかり押し付けられるんならもう私は抜ける!」
と、開き直った。
自分としてはむしろお邪魔虫がいなくなってどうぞどうぞなのだが、さてセンパイはどうだろうか。
「じょ、冗談だって。ちょっとダイを困らせようと思っただけで本気で言ってねぇよ」
何か前に自分がしたやり取りと同じことをしている。
センパイにそういう誘い受けは通用しないのだが。
っていうか、センパイが一切喋らないのに日常会話が通用しているため唯センパイがポカーンとしている。
完全に取り残されている様子だ。
一人寂しそうな顔をしてホットミルクを飲んでいる。
流石に可哀想なのでこちらから話しかけることにした。
「唯センパイってあいつらからナンパとかされないんですか?」
「え、ナンパ?」
見たところ結構可愛いし、スタイルも少しお肉が余っていること以外出るところは出ている。
ちょっとウエストをシェイプアップすればそれこそ男好みの体型になるだろう。
「うーん。時々このあと食事いこうとか誘われたことはあるけど・・・・・・
ナンパはされた事ないかな」
「いや、ナンパされてんじゃん」
男に食事誘われてナンパ以外に何だというのだろうか。
「え、あれってそういう意味だったの?」
駄目だこりゃ。
この人にはまだそういうのは早そうだ。
チラリと腰越センパイに目を向けてみる。
すると、彼女はセンパイの方ではなく少し離れた高台を睨んでいた。
そこに何があるのだろうと思い視線をなぞってみると
「恋奈のバカが来やがったか」
「っすねぇ。センパイ、どうします?」
「・・・・・・」
センパイは黙って恋奈ちゃんの方に視線を向けている。
見たところここでやりあう気は互いにないらしい。
センパイは別に動じているわけでもなく、ただ見ているだけ。
恋奈ちゃんは江之死魔を率いているわけでもなく、どうやら総災天センパイを連れているだけだった。
「唯センパイ。ちょっとこれから大事な話するんでアイツ等の方に行っててもらっていいっすか?」
「え。う、うん」
なんの用事できたのかは判らないが、取り敢えず自分とセンパイは同席確定。
腰越センパイは言っても離れてくれないだろうし、この三人で話をする事になる。
腰越センパイが余計なことを言わなければいいのだけど。
●
困ったものだ。
今日は何度そう内心呟いたことやら。
そして今、また呟きそうになっている。
「アンタ達、ここで何してんの?」
「・・・・・・」
「ショウセンパイはご覧の通り一切喋らないので自分が通訳しまっすー。
取り敢えず喧嘩終わったんで軽い打ち上げっすよ」
恋奈の問いかけに対して無反応、というより反応はするものの返答しないヒロ君。
そんな展開に慣れているらしい乾はすかさずフォローを入れた。
正しく阿吽の呼吸。
仲が良くて大変結構である。
「へぇ。それでアイツ等は?」
「あれはただの追いかけ。
暴走王国のメンバーはここの三人とナハだけって事なんでお間違いの無いように」
「・・・・・・腰越、アンタも噂通りやっぱり暴走王国に入ったのか」
「ん? まぁな」
若干表情を険しくして睨む恋奈だが、マキはというとあっさりした反応だった。
「喧嘩しないんじゃなかったの?」
「しねーよ。ただ、殴られそうだったから殴り返しただけ。
正当防衛って奴だ」
「けっ、こいつ等と同じこと言いやがって」
暴走王国は必ず喧嘩において後手に回ろうとする。
先に相手に手を出させておいてからの少数による喧嘩。
傍から見たらたった四人が沢山の不良に襲われた。
しかし気がついたら逆に返り討ちにしていた。
という図式になるようにしている。
良く言えばリスクを上手く回避している手段。
悪く言えば小賢しい建前。
「うっせぇな。こっちだって色々あるんだっつぅの」
「そっすよ、何も知らない恋奈ちゃんにダメだしされたくない」
「だったらその色々ってのを話しなさいよ」
「やなこった」
「あずも腰越センパイに同意っす」
「・・・・・・こいつ等」
会話にならない二人に切れ始めている恋奈。
だから俺はここに来る前に言ったのだ。
暴走王国にあってもロクなことにならないと。
俺は仲裁するのも面倒に感じ、三人を放置することにした。
ついでにいつまでも立っているのも正直しんどい。
手頃な座れる場所はないかと辺りを見渡すと、丁度よくヒロくんの隣が空いていた。
取り敢えずそこに座る。
「ショウ。君はマキ達を止めなくていいのか?」
「・・・・・・」
相変わらず無反応だが言いたいことが何となくわかる。
今のは放っておこうと言った気がする。
「そうか。まぁ恋奈も今回は挨拶に来ただけだ。
喧嘩に発展することもないだろうし君の言う通り放っておくとしよう」
特に何か話すこともなく、ぼーっと焚き火を眺める。
ヒロ君もマスクを付けている間は迂闊に喋れないようで、
黄昏たように離れたところで酒まつりを始めた追っかけどもを見ていた。
「そう言えば何でアンタパンツ一丁なのよ。
露出狂のケでもあんの?」
「・・・・・・」
「腰越センパイのせいで海に撃ち落とされたんすよ。
おかげでセンパイ風邪ひきそうになってるし」
「ふん。まぁ腰越と同じ場所で喧嘩すりゃそうなるわよね」
納得したらしい恋奈はそのままショウの体をジロジロと無遠慮に見始めた。
「恋奈、流石に見すぎだ。ショウが困っているだろう」
「う、だって梓とか腰越が贔屓するやつなのよ。
その理由をもしかしたら何か外見からわかるかと思って」
ジャストミートである。
外見を完全に見ることができたら一発でその理由がわかるだろう。
「ん? アンタキスマーク付いてるわよ。
見せびらかしてるつもりじゃないなら隠しときなさいよ」
「・・・・・・ッ!?」
「あ、慌てたわね」
恋奈がヒロ君の脇腹に指を指す。
するとそこには薄いけれど、唇のアザ。
つまりキスマークがくっきりとあった。
「あ、それ私のだわ。
今日の朝に寝ぼけて付けた記憶がある」
「ちょ! 腰越センパイ!」
「へぇ。朝に、寝ぼけてねぇ」
思い切りボロを出すマキ。
慌てて乾がフォローしようとするも恋奈が食いついた。
マキが朝寝ぼけてキスマークをつける相手など誰が考えても一人しかいない。
これはバレたかなと他人事のように思う。
「腰越、テメェ・・・・・・浮気たぁいい度胸してんじゃねぇか」
「なんと、そう来ましたか」
結構本気で切れ始めた恋奈。
マキがヒロ君を裏切って他の男に走ったと思ったのだろう。
「ああ!? 何で私が浮気しなきゃなんねーんだよ!
ふざけた事いってるとぶっ殺すぞテメェ!」
「浮気じゃなかったら何なんだよ!
大以外の男のベッドに潜り込んでキスマーク付けるとか信じられない!」
「だからそれが勘違いだっつぅの!
ショウはダ「それ以上はいけない!」―――もがもが!」
即座に取り押さえられ口を塞がれるマキ。
今思い切りばらしかけたなコイツ。
ヒロ君はヒロ君で頭を抱えているし。
自分の素性を隠しているときは必死だが、他の人が同じことをしていると面白いものだ。
「ショウが何なのよ」
「あはは、ショウがダイスキーって言いかけたんじゃねーっすかねー」
「離しやがれ!」
「うぎゃん!?」
一瞬で引き剥がされた。
まあマキ相手に一瞬でも取り押さえられた時点で評価に値するのだが。
「私は浮気なんてしてねーっつぅの。
大体私が浮気になるんだったらこのおっぱいだって浮気になるだろ」
「確かに。梓、アンタもやたらソイツにベタベタしてるわね」
「え゛、何で矛先があずに」
恋奈の怒りの視線が乾にずれる。
「テメェ。結局裏切り者の性根は世界がズレても変わってねぇようだな」
「あわわわ、ちげーっすよ!」
矛先がマキから乾に向いた。
これは少し面白い。
俺はある程度他人事だから楽しんで見られる。
「アンタ達には失望したわ。二度と大の前に姿を見せるな・・・・・・って言いたいところだけど
急にそうすると大が心配するから段階を踏んで消えなさい」
「あぁ!? ふざけんなよテメェ!」
「ふざけてんのはお前だろうが!
浮気して大を裏切っておいてのうのうとツラ合わせようとしてんじゃねぇよ!」
「だ、だからそれは恋奈ちゃんの誤解だってば・・・・・・」
何やら修羅場になってきた。
マキと恋奈はかなり激怒しており、冷静なのは乾のみ。
一人が冷静でも相手が激高していたら意味もない。
どうしたものかと俺は隣のヒロ君を見てみると
「私は裏切り者が何よりも大嫌いなの。
特に信頼されているのを知っていて裏切るようなクズなんて吐き気がするわ」
「・・・・・・」
キラキラした目で恋奈を見ていた。
「大には裏切った事を気づかれないように消えろ。
アイツは優しいから絶対に傷つくに決まってる、もしそんな事になったら絶対に許さない」
「・・・・・・」
ヒロ君が恋奈の隣に行き、頭を撫で始めた。
余程今の啖呵が嬉しかったらしい。
「腰越と梓をたらし込んだ最低野郎が馴れ馴れしいのよ」
怒りの目でショウを睨み、手を弾き落とす。
これにはヒロ君も少し落ち込む。
「なぁおっぱい。いい加減面倒くさいしもう全部バラしちゃおうぜ」
「うぅ、自分もそうしたいけどショウセンパイの許可がおりないと・・・・・・」
チラリと二人はヒロ君を見る。
その視線を感じたのか、三人は目を合わせるが。
ヒロ君は首を振った。
つまりまだ内緒ということだろう。
ほか二人は舌打ちをした。
「ダイとは別れねぇよ。
大体さ、お前が許さなかったらどうなんだよ」
マキはネタばらしを諦めて恋奈に食ってかかる。
「テメェ等暴走王国を江之死魔が潰す。
私の彼氏を傷つけようとしてんだから当然でしょうが」
「なっ、おい恋奈! 俺とした約束と違うぞ!」
以前は邪魔にならない限りは置いておくと言っていた。
今日だって軽い挨拶だと言っていたからここに来た。
だというのにいきなり宣戦布告をし始めた。
「それは謝るわ。だけど、私はこいつ等のした事が許せないの。
それとも何? リョウは彼氏の大が浮気されてるのを知っててこいつ等見逃せるワケ?」
「く、それは・・・・・・」
どう答えればいいのか。
浮気などしていないと言えば恋奈からすればそれは嘘にしか聞こえない。
だからといって許せないと言えば俺もヒロ君たちに敵対する事になってしまう。
だったらネタばらししか手段はないのだが、そうするとヒロ君の考えを邪魔してしまう事になる。
「リョウ。暴走王国に手を出さないと言っておいて結局敵対したことはごめん。
だから私はアンタがコイツ等についても責めないわ。
ただ、アンタを手放してもこいつらだけは許せない」
本気で頭に来ているのだろう。
あれほど俺を重要視していたにも関わらず即座に切り捨てた。
冷静さを欠いているのか、その判断は恋奈らしくない。
「恋奈ちゃん、本気で言ってるの?
こっちはもう腰越センパイだっているんだよ」
「だからどうした。元々倒す予定だったやつの周りに雑魚が数人群がってるだけじゃない」
はっきりと言い放つ。
その自信過剰な言葉は良くない。
実際の所勝算なんてまだまるでないに違いない。
そもそもマキが不良をやめてからというもの、マキ対策など殆どしていなかった。
つまり目標は辻堂落としと八州連盟を叩き潰す事のみだったのだ。
「でも、あずは恋奈ちゃんと敵対したくないよ」
「だったら大の傍から消えろ」
意図的な勘違いにより生まれたこの状況。
俺としてはもう恋奈にバラしたほうが皆のためではないのかと考える。
だがヒロ君は黙ったまま口を開かず、ただただ恋奈を見ている。
その真意をはかりかねる俺と乾。
ただ一人、マキだけは違っていた。
「いいぜ。よかったじゃん、私が三大天を抜けてもまだ私を倒すチャンスが出来たんだ」
むしろ楽しむように食いかかる。
「だがお前が本当に警戒した方がいいのは私じゃなくコイツだと思うけどな」
「・・・・・・そのずっと黙ったままのボンクラを警戒しろ?
はっ、私にはとてもアンタや辻堂以上に警戒する必要があるとは思えないわね」
マキは何を考えているのか。
ヒロ君の後ろに周り、彼を前に押し出した。
そのまま彼を恋奈の正面にまで持っていく。
「私はコイツを開いた三大天の席に推薦するぜ」
「冗談でしょ。コイツが私達や辻堂と同格には思えないわ」
「今だけだ。今後私たちに敵対するんなら嫌でも私が推薦した理由がわかる」
「ちょっと腰越センパイ、何勝手に敵対するって決めてんすか!」
いい加減に止めに入る。
「お前は黙ってろ。ダイと別れたくないのならもう敵対するしかねぇだろうが」
「うぐ、そりゃそうかもしれませんけど。
でも、まだ和解の余地だって・・・・・・」
「ないわ。大を裏切ったアンタ達と和解なんて反吐が出る」
「れ、恋奈ちゃん」
明確な拒絶の意思。
完全に話し合いの余地はない。
「恋奈、いい加減に冷静になれ。
今の江之死魔は八州連盟との抗争に備えるのに集中していて暴走王国を相手する余裕はないだろう」
「・・・・・・ふん、そんなのは私がどうにかするわよ」
どうやってどうにかする気なのか。
はっきりとしない作戦に明確な敵対意思。
とてもではないが今の江之死魔にマキや乾、我那覇を相手する余裕はない。
何よりショウの正体を知らぬまま敵対などしては確実に恋奈が後で後悔する。
何とかしようと仲裁に入ろうとするが。
「ショウ、君からも何か言え。
このままではお前と江之死魔がぶつかる事になるんだぞ」
「・・・・・・」
沈黙を続ける。
今は沈黙を守る所ではないだろうと怒りそうになる。
何とか止めさせようとするが、
「リョウ、もういいだろ。
ショウは江之死魔と敵対するって決めてんだ。
お前がとやかく言う所じゃない」
「っ、それは本当なのか?」
俺はマキの言葉を信じたくなくて、最後の確認をする、
だが彼は俺の気持ちを知ってか知らずか、頷いた。
それはつまり暴走王国と江之死魔の敵対関係が構築されるということで。
「決まりね。
腰越、梓。私はアンタ達を絶対に許さないし妥協もしない。
大の信頼を裏切ったことを絶対に後悔させてやる」
「ちょっと待って恋奈ちゃん!」
「・・・・・・ふん」
乾が声をかけるも振り向かずその場を去る恋奈。
完全に話がこじれた。
ただの偵察なのにどうしてこうなった。
ヒロ君とマキの考えている事も把握できず、俺自身どう動けばいいのかもわからない。
「おリョウさん、頼みがあるんだ。
できれば恋奈の横にいてあげて」
恋奈に声が届かない所に行った頃、ヒロ君はやっと口を開いた。
「わかった。ただ、一つ聞かせてくれ。
どうして江之死魔と敵対するように仕向けたんだ」
真意が分からないんじゃ俺自身上手く立ち回れる自信がない。
だから確認のために聞いておく必要があった。
「まだダイは私や恋奈達と同格じゃないし、今みたいに恋奈に三大天になることを認められそうにもない。
だったらどうすればさっさと恋奈に認めさせることができるか・・・・・・
だろ、ダイ?」
マキの言葉に頷くヒロ君。
なるほどそういう事か。
「せ、センパイ・・・・・・恋奈ちゃんとの関係、ちゃんと収拾つくよね?」
「ああ。大丈夫だ、俺が保証する」
「う~、こっちでも喧嘩とかつらいよぅ」
乾としては敵対だけはしたくなかったらしく本気で凹んでいる。
俺としてもヒロ君と敵対はしたくなかったのだが。
「わかった。だが気をつけろ、恋奈は三大天だ。
君が一番その実力を知っているだろうが、絶対に侮るなよ」
「うん。心配してくれてありがとう」
恋奈は喧嘩の実力は辻堂腰越に遠く及ばないが、その分狡猾さに長けている。
腰越を抱えた今の暴走王国にまともにぶつかるとも思えない。
恐らく各個撃破を狙うこともあるだろう。
そうなればショウの正体がヒロ君であれ、それに気がつくのが遅れる恐れがある。
そうなった場合誰も幸せにならない。
彼氏を彼氏と知らずリンチをかけた恋奈。
そして彼女にリンチをくらった彼氏の図になる。
「悪いが俺が情報を流す事も期待しないでくれ。
流石に今の状況で恋奈を裏切れない」
「それもわかってる。
多分恋奈も少し荒れてると思うけど支えてあげてね」
「・・・・・・承知した」
俺も続いてその場を後にする。
困った事になった。
まさかヒロ君と敵対することになるとは。
流石に俺や俺のチームの奴らには彼に手を出さないようには気をつけるが。
それでも彼が危険なことには変わりない。
俺は今後の動きを考えながら恋奈の背中を追った。
そして数分でその背中に追いつく。
「あら。私に付いて来たんだ、偵察でも頼まれたのかしら」
「そういう言い方は無用な敵を作ることになるぞ」
「・・・・・・ゴメン。ちょっと頭に血が上っちゃってて。
リョウは江之死魔に残ってくれるの?」
この言葉に一瞬考える。
見たところ恋奈は多少冷静になったが、代わりに不安げな顔をしている。
恐らく自分のした事を納得はしているが、どうすればいいのかまだ悩んでいるのだろう。
マキ達がヒロ君を裏切ったと思い、衝動的に喧嘩を売ってしまったその行為。
俺はそれを馬鹿にする気も諌める気もしない。
「ああ。だが約束通り俺達湘南BABYはショウに手を出さない。
それを理解しているのなら江之死魔から抜けるつもりはない」
「そう、ありがとう」
本当に嬉しそうにしている。
参ったな。
これじゃあヒロ君と恋奈のどちらに肩入れすればいいのかわからなくなってしまう。
ヒロ君はもう江之死魔との決着のつけ方を決めているようだが、恋奈はまだようだし。
仕方ない、俺は八州連盟に狙いを定めて動くことにしよう。