辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

2 / 19
2話:事もなし

ヤバイ。

まだ自分は全然年食っていない若造だ。

その若造なりの人生の中でも、今日この日は俺の人生中結構上位に位置するもデンジャー具合だと思う。

 

『どこに隠れてんだコラァ!

 でてこいやぁ!』

『逃げても無駄じゃボケェ!』

 

俺は人目の多いショッピングモールに隠れている。

ここならばそう簡単に暴れられないし、隠れ場所も多いからだ。

 

だが甘かった。

 

「全然撒けない、それどころかどんどん位置が特定され始めてるのか?」

 

物陰に隠れながらちらりとモール内を眺める。

 

見れば江之死魔の不良が大量にいる。

しかも所々に辻堂軍団の人たちも混じってるし。

 

指揮系統も恋奈が関わっているのか、凄まじく統率が取れていて無駄がない。

多分俺がここに隠れていても時間の問題だ。

 

仕方ない、危険を承知して場所を移すか?

いや、無理だ。

相手はこの人数だ、移動してバレないわけがない。

 

そもそも何で俺は逃げる必要があるのか。

別に悪い事をした記憶はない。

ただ、記憶がありすぎるだけだ

そう、本来あるはずのない記憶が以上に多いのだ。

 

「・・・・・・隠れていてもどうせ見つかる。

 ここは勇気を出すか」

 

江之死魔や辻堂軍団が俺を必死に探しているということはつまりそういうことだろう。

少なくとも恋奈と愛さんは俺と似たような境遇、だと思う。

 

だったらなおさらだ。

今はまだ会いたくない。

この訳のわからない状態では一体どんな顔をして二人に会えばいいのか。

 

二人だけじゃない。

他にも顔を合わせづらい人間が三人ほどいる。

よい子さん、梓ちゃん、マキさん。

三人が今どういう状態なのか気にはなるが、確認するにはやはりリスキー。

とは言えいつまでもこうやって逃げ回っていても何の生産性もない。

 

完全に八方塞がり。

こりゃまいった。

 

取り敢えず時刻の確認をしよう。

そう思い携帯を取り出す。

見ればやはり画像は六月二十日。

愛さんと別れた日、そして愛さんと本当に付き合い始めた日から少ししか経っていない。

その矛盾した記憶に戸惑う。

 

「メール、来てるな」

 

何個も来ている。

特に恋奈と梓ちゃんのが特別に多い。

愛さんも結構送って来ているけど、どれ一つとして返信していない。

 

どう返信すりゃいいのだ。

 

何せ俺はマキさん、愛さん、恋奈、梓ちゃん、リョウさんと別々に付き合っている記憶があるのだ。

気分は完全に五股状態。

死んで詫びなければならないレベルのギルティである。

 

本当に、どんな顔して会えばいいのやら。

ため息しか出ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つからない、か。

 ったく、大のやつどこに隠れてんのよ。っていうか私から逃げないでよ・・・・・・」

 

苛々して仕方がない。

 

今日は朝からずっとこうだ。

流石に大が三日も家に帰っていないとなれば心配する。

それが苛々の原因かと言われれば首をひねる。

 

まぁ多分、大に避けられているというこの事実にイラついているのが正解だろう。

 

「どう、辻堂。

 アンタの方からも連絡ない?」

「それはウチの奴らからか、それとも大からか。

 どっちだよ」

 

何だかんだで辻堂も私と同じ状態らしい、

珍しく落ち込んでいた。

その様子を見る限りどっちも連絡無しか。

 

「恋奈、もし彼を見つけて捕えたとして次はどうするつもりだ。

 彼に危害を加えるようなら見過ごす事はできないが」

「何で彼氏痛めつけないといけないのよ、そんな事するか。

 大体そんなマネすればアンタ達全員から袋叩きくらうのは目に見えてるし」

 

リョウも確認だけはしておきたかったのだろう。

相変わらず面倒見の良い事だ。

 

ともかく、大が隠れている大体の位置はもう特定出来た。

後は時間が何とかしてくれるだろう。

焦る気持ちを抑えながら自分は基地のソファーに腰掛ける。

 

腰越と梓の奴らはどうしたんだろうか。

 

梓は真面目に今日も学園に行き、部活をしているらしいが腰越だけは

全く行動が読めない。

最悪この大を捕まえる作戦すら妨害してくる可能性も考えているのだが。

 

そう思った時、不意に携帯が鳴る。

 

ほか二人も気になったのだろう、取れと目で合図。

 

「何、大を捕まえられたの?」

『そ、それどころじゃないっての!

 今梓が現れて長谷を引っ捕えて消えちまった!』

 

・・・・・・成程。

 

「もういいわ、全員撤退。

 この後は各自解散」

 

それだけ伝えて携帯を切る。

 

「梓め。もう少しだったのに邪魔しやがって」

「とは言え本気で責めないんだな」

「言うな、恋奈が身内に甘いのはわかっているだろう」

 

二人共連絡が聞こえていたらしい。

呆れ半分、安心半分の様子だ。

何はともあれ大が見つかって安心しているのだろう。

 

自分も邪魔されたこと自体には頭にくるものの、安心はした。

 

取り敢えず組織のリーダーとして騒動に収集をつけたら会いに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、センパイ」

「こ、こんばんは」

「ふふ、何か江之死魔が騒がしいからもしやと思って偵察してみたらセンパイ発見。

 ツイてますね、自分」

 

捕まった。

 

いや、いずれ捕まるのは覚悟していたのだが、まさか俺を捕まえるのがこの子だったとは。

 

さて、ここで一つ確認するべきことがある。

この子の記憶はどうなんだろうか。

俺はこの子と付き合っている記憶があるけど、

この子にないのだったらどういう顔をすればいいのかわからない。

 

いや、あったらあったでそっちでもどういう顔すればいいのかわからないけど。

 

「ん~・・・・・・センパイ。自分の名前覚えてます?」

「う、うん。乾梓ちゃんだよね」

 

何やら向こうも俺を探り始めている気がする。

 

「ピンポーン。正解っす。

 じゃあ第二の質問。センパイ、あずの事好き?」

「好きだ」

「おぉう、即答っすね」

 

条件反射のように答える。

 

ただ、口に出したあとに猛烈な罪悪感が湧き上がる。

 

やばい、他の記憶にある4人に今から土下座してこなければ。

ああもう、それすら生ぬるい。

マゾなわけではないが鉄拳制裁の一発屋二発もらうことすらやぶさかではない。

 

よし、死んでこよう。

 

「はいストーップ。人に愛の言葉囁いたあとにすぐ逃げないでくださいよ」

「いやー! 離してー! もう心の削れ具合が限界なの俺!」

 

例えば心の中に五人の俺がいる。

そのうち一人、彼女との記憶のある俺が今ここでイチャエロしたがっているが

他の別の記憶を持つ俺がそいつを袋叩きにする。

 

つまり良心の呵責がやばいのだ。

 

「今のでセンパイが自分と同じ状況なのは理解できました。

 それじゃあ行きましょうか」

「どこに?」

「どこって、腰越センパイの所っすよ。

 あの人も自分らと同じ状況なんですけど、戻る手段も知ってるみたいなんで」

 

まじか。

さすがマキさんだ。

よし戻ろう、早速もどろう。

 

俺は渦巻く内心を制して立ち上がる。

一秒たりとて今の自分に耐えられない。

早く戻らなければ。

 

「ほら、センパイ。手」

「え、あ。えぇと」

 

自然なノリで梓ちゃんが俺の手を取る。

 

俺も僅かに戸惑いながらその手を握った。

 

そして嬉しそうに微笑む梓ちゃんに少し無理があるものの笑いかけて歩き始める。

 

「あのさ、何でさっき江之死魔に追われてた俺を助けてくれたの?」

 

俺が見つかって逃亡していると、突然現れた梓ちゃんが俺の手を引いて江之死魔を撒いてくれた。

助かったといえば助かったのだが、結局梓ちゃんに捕まったとも言えるわけでゲームオーバーな事にはかわりない。

 

「え。だってもしセンパイが記憶なかった場合、他の女に取られるかもしれないし」

 

簡単な理由だった。

 

「もし俺の記憶がなかったら?」

「他の女から隔離して、あずだけのモノにしつつ皆殺しセンパイのご機嫌を取る別の方法探してました」

 

冷や汗が出た。

これ多分本気で言っている。

いやだって一切表情変えないで、当たり前のことを言っているかのようなその顔。

 

「それはそうと。自分、昨日から部活始めたんすよ」

「うん? でもこの状況でこっちで部活始めてもあまり意味ないんじゃ」

「意味はありますよ。どんな事があってもセンパイとの約束を守ってる証明になるじゃねーっすか」

 

少し、感動した。

どうせすぐに元に戻るんだから今面倒なことをする必要はない。

以前までの梓ちゃんならそういう考えだろう。

だが今の彼女はそうではなく、信頼を証明する為にこちらでも部活を始めた。

 

素晴らしい。

 

「梓ちゃん・・・・・・」

 

無意識のうちに俺は立ち止まり、梓ちゃんの顔を見つめ無意識に手を彼女の頭に伸ばした。

 

「あ。せ、センパイ。くすぐったいすよ」

 

撫でる手が止まらない。

いい子いい子とその柔らかい髪を撫でる。

 

こういうのを感動というのだろう。

 

周りの一般人の目が結構こちらに向いている。

そりゃそうだ、もうここはただの大通り。

人気なんて腐る程ある。

 

「今から俺達はマキさんの所行くんだよね」

「え、えぇ。自分としては早く戻りたいですし」

 

成程。

梓ちゃんとしては一刻も早く帰りたい様子。

俺も正直早くもどりたい。

 

だがまぁ、戻った時にどうなるかわからない。

もしかすれば今この瞬間の記憶は無くなるかもしれない。

だったらご褒美はあげられる時にあげないと。

 

「それは明日にしよう。俺はもう逃げないからさ、それよりウチ来ない?

 部活の後みたいだしお腹も空いてるでしょ」

 

過去に飛んでしまったのだ。

つまり時間は腐る程あるどころか、むしろ持て余す時間を押し付けられたようなものだ。

冷静に考えればそれ程焦る必要もない。

 

「でも、お姉さんいるんじゃ」

「姉ちゃんは・・・・・・うん、俺が家出を二日もしてたから切れてるかも」

 

ここ二日まともに家に帰ってなかった。

一応メールだけはしていたから安否は知っているはずだが。

 

「もしかして、あずを緩衝材にしようとしてません?」

「はは、まさか。さぁ行こうすぐ行こう」

「にゃあああ!?

 ちょ、嫌っす! 何で自分悪いこと一切してないのに滅茶苦茶高いリスク背負わなきゃー!?」

 

バレたからには仕方がない。

元に戻る前に、散々心配かけた姉を安心させるのも大切なことだ。

彼女のコミュ力ならばきっと素晴らしい橋渡しになってくれるはず。

 

最悪遺言を愛さん達に届けてくれたりするだけでもいい。

 

「でもさ、梓ちゃん。約束を一途に守ってくれて本当に嬉しい。

 ありがとう」

「うっ、こういう時にそういう優しいこというのズルいっす・・・・・・」

 

うん。

いい子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怒ってましたね、腰大丈夫っすか」

「大丈夫じゃない・・・・・・」

 

激怒していた姉ちゃんにプロレスの実験台にされた。

コブラツイストかけながら説教されてもまるで頭に入らなかった。

 

「ん~、ほら。ちょっとマッサージしますらか横になってください」

「うぅ、迷惑かけるねぇ」

「それは言わない約束でしょ」

 

ノリのいい子である。

ともあれ、実際にシャレにならんレベルで全身の関節がいたいので言われるがままにする。

 

ベッドに横になり、乾さんが俺のお尻の上にのってマッサージを始めた。

あぁ、凄いきもちいいなぁ。

 

「そういえばさ、何か姉ちゃんが乾さんの事を突っ込まなかったね」

「そういやそっすね」

 

取り敢えず脱ヤンキーした乾さんはピアスもしてない。

一応髪は染めたままだが、そこらへんは彼女次第か。

ともかく、まだ不良というよりはギャルっぽい感じはあるものの悪い印象を抱かせる雰囲気はない。

 

「う~ん、お姉さんの印象良くするためにメガネにして髪も黒くして縛ろうかな」

「それって沖縄にいた頃みたいに?」

「はい、あれ凄い真面目そうだったっしょ?」

 

うん。本当に優等生オーラでまくっていた。

写真でしかその姿を見たことないけれど、あれならギャルっぽさも欠片もない。

 

ただ

 

「無理しなくていいよ。

 姉ちゃんへの印象とかそんなに気にしなくていいからさ。

 梓ちゃんは梓ちゃんらしくしてくれた方が俺は良いな」

 

姉ちゃんだけの為にそこまで自分を変えてもらうのも何だか違う気がする。

 

それは結局自分を騙す事にもつながるし、梓ちゃん自身もストレス溜まるだろう。

だったらそのままの彼女を納得してもらえるように俺が努力すればいいだけだ。

 

「自分らしく、か。

 えへへ、センパイならそういうと思ってました」

 

グイグイと腰を押してくれる。

人体の急所だけでなく、ツボの位置も心得ているのか結構上手いな。

 

俺はだらしなく脱力しながらされるがままになる。

 

「所でセンパイ。

 明日は土曜日で休みですけどどうするんですか?」

 

どうする、とはマキさんに会いにいくかどうかという事だろうか。

 

実は既にマキさんから全力疾走で逃げた過去があるので少し怖い。

多分怒ってるかも。

 

「もし元に戻るんだとすれば自分が明日部活終わったあと一緒に行きません?」

「そ、そうだね。それがいいかも」

 

渡りに船とはこの事か。

助かった。

明るい梓ちゃんがいればマキさんが怒っていたとしても大事はないかも。

それにマキさんも梓ちゃんもヤンキーやめてるから喧嘩は起きないだろうし。

 

そんな事を考えていると、気がついたらマッサージする手が止まっていた。

何だろうかと思うと、急に梓ちゃんがうつぶせで寝転ぶ俺の上に胸を押し付けてきた。

 

大きな、柔らかい胸の感触が背中に感じる。

 

「セーンパイ、六月に戻ったって事はこのあずの体って処女のまんまなんすかね」

 

何時ものように、誘ってくるときの声色で囁く。

 

「し、知らないな。

 どうなんだろうね」

 

明らかにその気になっているのか、押し付けてくる胸の突起部が硬い気がする。

どうする。

 

「確かめたく、ありません?」

 

耳元に口を持ってきて、色気を持ったその声質で言う。

やばい。エロい。

元の自分だったらその場で速攻彼女を押し倒していたかもしれない。

 

―――――だが、今の自分はそうはいかない。

 

「ダメだ」

 

起き上がり、梓ちゃんの肩を握る。

僅かに熱に潤むその瞳を見てクラっと来るものの、何とか踏ん張る。

 

「俺には梓ちゃんとの記憶だけでなく、愛さんや恋奈、マキさんとリョウさんの記憶もある。

 今ここで君を抱くことは・・・・・・出来ない」

 

良心が痛むとかそういうものではない。

 

単純に信頼を裏切りたくないという自分勝手な理由だ。

梓ちゃんが俺や恋奈の為にこの世界でも部活を始めたように

俺もみんなの為に守るべきルールはある。

 

「もし、俺が愛さんと今みたいななりゆきでエロい事をしたらどうする?」

「・・・・・・それは、嫌っす」

 

本当に嫌なのだろう。

眉を寄せて、心底嫌がっている。

 

「だからね、元に戻るまでは我慢しよう」

 

乾さんは迷ったように考える。

 

俺を目を見て、迷ったように視線を外して、そしてもう一度見る。

それを何度か繰り返したあと、諦めたように頷いた。

 

「はーい・・・・・・」

 

うん。

いい子だ。

 

ほっと一息。

 

「へぇ、我慢ねぇ」

「ん?」

「この声は」

 

不意に、押し入れの方から声が聞こえた。

誰かなんて考えるまでもない。

マキさんだ。

 

「一昨日ぶりだな、ダイ」

「う、そうですね」

 

にこにことした表情で押入れから出てくる。

ニコニコしている。

ニコニコしすぎているでしょう。

これマジギレやん。

 

「おい、お前ダイに馴れ馴れしくしすぎだ。離れろ」

「あ、ちょ」

 

梓ちゃんの首根っこを掴んで俺から引き剥がすマキさん。

乾さんも突然現れたマキさんに驚いていて抵抗しない。

 

そしてマキさんは自然な動作で俺の隣に座った。

 

「人が寝てる所に乳繰り合い始めようとしやがって」

「う、でもセンパイがちゃんと止めたじゃないっすか」

「そうだ、せいぜいダイに感謝するんだな。

 もし最後まで行ってたらお前をただじゃ置かなかったぜ」

「ひぃっ! こえぇ!」

 

梓ちゃん、完全に怯えている様子。

 

「待ったマキさん。結果的には何にも無かったんだから余り梓ちゃんを責めないで」

「あぁ?」

 

ギロリと、こちらを睨む。

やばい、俺にも切れてる。

 

「なぁダイ。何でお前一昨日私から逃げた。

 あれマジでショックだったんだよなぁ」

 

う、痛いところを。

だが確かにあれは余りにもマキさんに対して失礼すぎた。

謝るのならば今しかないか。

 

「ごめん。あの時は俺もワケがわからなくて混乱してたんだ。

 記憶が滅茶苦茶になってて、マキさんとどう接していいかわからなくて」

「記憶が滅茶苦茶って、どういう事だよ」

 

梓ちゃんの話から考えるに、俺だけ何か他の子達と違うらしい。

 

彼女たちは各々の未来の記憶しか引き継いでいない

だが俺は何故か彼女たちと付き合う五通りの記憶がある。

正直何で発狂していないのか不思議なくらいな精神状態だ。

 

それを何とかマキさんに伝えた。

 

 

 

 

 

 

「へぇ。じゃあダイは私と付き合っておきながらソイツや辻堂達とも付き合っていると」

「そ、その言い方は何か違う気がするけど・・・・・・」

 

間違ってはいないので否定もできない、

ともあれ、何とか理解はして落ち着いてくれたらしい。

 

ついでに途中今日のマキさんの分の晩御飯も出したのでむしろ機嫌は悪くないと思う。

 

「ちょっと皆殺しセンパイ、センパイに近づきすぎ」

「うっせーな」

 

さっきから近いマキさんを引っ張る梓ちゃん。

流石に怖いらしく強く出れないのが彼女らしい。

 

「つうか皆殺しはやめろ。もうヤンキー卒業したっつぅの」

「じゃあ腰越センパイ、いい加減センパイから離れてくださいってば」

「やなこった」

 

互いに若干意地になっているのか、俺にしがみつき始めるマキさんとそれを引き剥がそうとする梓ちゃん。

 

首がギリギリ締められる上に引っ張られて超絶痛い。

まぁなんだ、やっぱり喧嘩は無くて安心はした。

安心はしたけれどやっぱり収拾つかない。

 

「そうだマキさん。それじゃあ元に戻りましょうよ」

「あん? あぁ、うーん」

 

何やら悩みだす。

え、まさか面倒だから嫌だとかそういうのじゃないよね。

 

「まだヤダ」

「なんすかそれ」

「だって、元に戻ったらまた勉強地獄だもん。しばらくここで息抜きしたいし」

 

まぁ。確かに学校時間以外は姉ちゃんに引っ捕えられて勉強させられているしな。

その気持ちはわからなくもない。

 

「じゃあ先に自分らだけでも戻してくださいよ」

 

梓ちゃんが結構本気で食い下がる。

よほど元の時間に戻りたいのだろう。

理由は・・・・・・さて、今言った俺との約束のせいかどうか。多分関係ないかな。

 

「やだ。

 お前はともかくダイ返しちゃうとつまんねーじゃん」

「く、何というジャイアン・・・・・・」

「まぁまぁ。ここはマキさんの気が向くまで俺たちも付き合おうよ」

 

悔しげにしている梓ちゃんをどうにか宥める。

 

俺としてはマキさんの相変わらずさにむしろ安心する。

うん。帰る手段を持っている人がこれだけマイペースに構えてるってのも安心するものだ。

 

「あ、でもお前だけなら帰してやってもいいぜ。

 私にはダイだけいればそれでいいし」

「え、まじっすか」

 

突然の提案。

俺も梓ちゃんも驚く。

 

「その、もし自分が先に戻ったとして。センパイはどうなるんすか?」

「さぁな。そこまでは知らねーよ」

 

そりゃそうか。

もしかしたら俺達が寝たきりになっているかもしれないし、

逆に普通に今この瞬間が夢のような状態で、戻った時は普段のようにベッドから起き上がるような感じかもしれない。

 

マキさんもそこまでは知らないのだろう。

 

「じゃあ遠慮しときますよ。

 センパイと帰るときになったらその時に自分もよろしくお願いします」

 

断る梓ちゃん。

あっさりとしたその決断に俺は僅かに驚いた。

 

「そうかい。まぁ気が向いて忘れてなかったら考えといてやるよ」

「ぐ、本当に忘れそうだから怖いっすね」

「あはは・・・・・・」

 

否定できない。

まぁその時は俺が声をかければいいだけだし大丈夫でしょ。

 

ともかく取り敢えず現状と今後の方針は決まった。

 

明日からはこの六月からの生活をマキさんの気が済むまでリスタート。

ただそれだけだ。

あ、いや。

リスタートするにしてもちょっとスタート地点が全く違うか。

 

「そんじゃまぁ今日は眠いし私は寝るわ。

 ほらダイ、いつもみたいに枕になれ」

「え、ちょっと!」

 

俺を押し倒してしがみつくマキさん。

突然の事に驚くも、少し抵抗してみる。

だがやっぱり流石のマキさん、全くはがせない。

 

「なんだ、もしかして嫌なのか?」

「・・・・・・嫌じゃないです」

「こらぁ! 何頷いてるんすか!」

 

一度逃亡した負い目がある。

何よりマキさんのこの捨てられた犬の目には弱いのだ。

 

「うっせーな。じゃあお前もこっち来いよ」

「は? ちょ、ま――――」

 

マキさんが再び梓ちゃんの首元を掴んでベッドに引きずり込む。

 

「なんなんすか! いきなり!」

「はいはい、そんじゃ眠りましょうねー」

 

そう言って川の字を書くような構図になる。

梓ちゃん、俺、マキさんの順だ。

 

マキさんは本当に眠いらしく、また俺の首に腕を巻きつけてすぐに寝始めた。

梓ちゃんをベッドに引きずり込んで数秒で根付いた。

 

「・・・・・・先にシャワー借りておいてよかった」

 

そう言って梓ちゃんも決めたのか、大人しく俺の腕に抱きつく。

え、マジで。

このままねるのか。

 

見れば本当に寝るつもりらしく、瞼を落としている梓ちゃん。

だが俺の視線を感じたのか開いた。

 

「どうしたんすか、自分はもう諦めて寝ますけど」

 

穏やかに微笑んでくる。

 

「うん。それじゃあ俺ももう寝るよ」

「はい、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

そう言って互いに額と額を合わせ軽く頬にキスをして瞼を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。