「スピードキングダム? 聞いたことねぇな」
「でしょうね。オレらも最近耳にした程度なんですよ」
放課後、クミに重要な用事があると言われ、大との下校をハケて集会場に顔を出した。
彼氏である大との時間を削るくらいだからさぞかし重要なのだろうと思っていたのだが。
「くだらねぇ。ただの掃除屋みたいなもんじゃねぇか」
突如湘南に現れたスピードキングダム。
その行動パターンは、出現して数日である程度絞られていた。
まず、初めて表に現れた日の行動を考える。
その時は一般市民に危害を加えた千葉連の不良を叩きのめし
江之死魔に引き渡すように、江之死魔集会所にソイツらを捨てた。
そしてそれから数日。
それと似たような事ばかりしているのだ。
奴らが現れるのは必ず一般人に危害を加える奴らの前のみ。
湘南のチームの前には一切現れず、
むしろ県外のチームに襲われている際には助けに入ってくる事もあるらしい。
抗争が終わればやはり倒した相手をその場には放置せず、江之死魔拠点まで持っていく。
更に倒した相手の財布及び金目のものには一切手をつけてもいない。
「くだらなくないんですよねそれが。
むしろ放っておくとシャレにならない事にもなるかも」
「ああ? どういう意味だよ」
「・・・・・・メンバーが少し個性的すぎるんです」
メンバー。
確かにそこにはまだ一切触れられていない。
それだけ後に持って行きたかった話題だという事か。
「元江之死魔の幹部、乾梓。そして沖縄から来た我那覇葉。
あと一人、全く素性のわからない男の計三人がそのチームの主格です」
ほう。
あの二人が表立って動くのか。
確か乾の奴は不良を抜けて部活を再開したと聞いたが、
果たしてどういうつもりなのか。
何より、我那覇と乾。
アイツ等に繋がりがあったとは。
「素性のわからない男。
ソイツはどんな奴なんだ?」
「何にもわからないんです。
ケンカが始まっても乾や我那覇ばかりが相手を殴り倒してばかりで
アイツ自身が誰かを殴ってるところを見た奴がいなくて」
どう言う事なのか。
お飾りのメンバー?
いや、そんなのは我那覇の性格的に認めない筈。
「強いのか、弱いのかもわからないのか?」
「それも一切判断できないんです。
ただ、異常に不気味な事だけが有名になってて」
「不気味? どういうことだよ」
「ワイらも一度だけケンカしてる所見たんですけど、
あの男、殴られても一切動じない上にまず回避をしないんですわ」
一切回避をしない戦法。
そんなのは珍しくもない。
先手かつ一撃で相手を倒せる程の実力なら回避など必要ないし
圧倒的な防御力を持つ我那覇やティアラみたいな奴ならやはり必要以上に回避行動をとらない。
「ガードはするんです。でも全く動じない、反撃すらしない。
ただ、受け止めた攻撃に本当に無反応なんですよ」
「へぇ。そりゃ気持ち悪いな」
普通、殴られたりすれば何かしら反応がある。
焦り、怒り、苦痛。
そう言った反応すらないのは妙だ。
「中途半端な情報ですいません。
でも、取り敢えず愛さんには知ってもらっておきたくて」
「ああ、江之死魔以来の面白そうなチームだな。
特にその男、ちょっと興味がある」
大には申し訳ないが、アタシは未だ喧嘩が嫌いになれない。
不気味な男、いいじゃないか。
かなりワクワクする。
「お前ら、スピードキングダムの事で何かわかったら言え。
何ならアタシが品定めしてやってもいい」
「お、おお! なんや久々に愛はんがやる気になっとる!」
「はっ、これならスピードキングダムも壊滅するのも時間の問題だな」
勝手にはしゃぎ出すな。
アタシはあくまでもその男にしか興味がない。
しょうもない奴ならば相手するつもりもないし、
必要以上に叩きのめすつもりもない。
あくまでもソイツの喧嘩に興味があるだけだ。
「じゃあアタシは行くぜ」
「はいっ! 今日は集会に来ていただいてありがとうございましたッッ!」
「「「「ありがとうございましたッッ!」」」」
●
「長谷先生だけならともかく、なんでこの家に腰越までいるのやら。
冗談抜きでムカつくんだけど」
「いい加減慣れろよ辻堂。
ここは私とダイの愛の巣。そしてお前はお邪魔虫。
ドューユーアンダースタン?」
「ファッキンシット」
「あ゛あ゛!?」
「んだコラ!?」
二人で険悪な空気を出しながら罵倒し合う。
対して長谷家の二人は穏やかなものだった。
「姉ちゃん、食器とってー」
「うふふ、やだ。お姉ちゃん御飯が並ぶまでゴロゴロしてるー」
「このバカタレが」
穏やかに大はキレていた。
目に見えて大暴れする愛やマキと、水面下でストレスを貯める大。
どちらがいいのかと聞かれればやはり後者だろう。
ただ、細かく爆発しないぶん大の方が後後怖いことになるのだが
「あ、そうだ。ちょっとヒロ」
「なんじゃいナマケノ」
「前に欲しいって言ってたコーヒー豆買ってきたわよ。
ほら、合ってるかわからないから自分の目で確認しなさい」
「ありがとう姉ちゃん大好きだ」
「現金なクソガキが」
姉は姉で中々に要領がいい為、大にガスが貯まることはなかった。
そもそもこの姉弟の間にそういうわだかまりが起きようがないのだが。
ともかく、冴子が渡してきたコーヒー豆の入った紙袋を受け取ろうと大が手を差し出す。
その瞬間。
彼女は大の手ではなく、服に手を伸ばした。
「あらら。やっぱり結構アザできてんじゃない」
「ちょ、やめてよ姉ちゃん」
「やめません。全く、どこでやんちゃしてきたのやら。
もういいわ、後はお姉ちゃんがやっとくからヒロは座ってなさい」
コーヒー豆の袋を押し付けたあと、
有無を言わさぬようにズカズカとキッチンに入り、手際よく大の引き継ぎをする冴子。
こうなっては何を言っても許してくれないだろうと大も諦める。
姉が珍しく静かに怒った事に申し訳なさを覚え、少し項垂れる。
「ヒロ。何やってんのかはよくわからないけど、
どうしてもヤバそうなら私に言いなさいよ。
いつでも面倒見てあげるから」
顔はこちらを向けず、作業の合間に囁いたその言葉。
その言葉を聞き、大はこの瞬間までの疲れや申し訳なさも吹き飛んだ。
「うん」
こういう時に、なにも知らないのになにか起きても絶対に力になってくれる
そんな存在の有り難さに大は嬉しさを覚えた。
「おいダイ。この卵焼きやたら辛いんだけど」
「それ、アタシが作ったやつ・・・・・・塩と砂糖間違えたんだ」
「お、おう」
冴子が手際よく既に完成していた料理をテーブルに並べ食事が始まった。
テーブルには俺、姉ちゃん、マキさん、愛さんの4人の姿がある。
「何だこの味噌汁、出汁の味ばかりで味噌の味全然しないぞ」
「それもアタシが作ったやつ・・・・・・出汁の分量を間違えたんだ」
「・・・・・・マキさん」
「わ、ワザとじゃねぇよ!」
見る見るうちに沈んでいく愛さん。
この展開は前に姉ちゃんと愛さんの間でもあったぞ。
嫌な予感がし、恐る恐る姉ちゃんの方を見ると。
「ん~、これは四十点。
あ、これはダメね。三十二点」
「作った人の前で料理に点数をつけるんじゃありません!」
「美味しくなくてすいません・・・・・・」
姉が現在進行形で最悪な事をしていた。
一応綺麗に食べてから点数をつけているが、そもそも最悪な行為をしているため怒る。
だが姉ちゃんはブスっとした顔で空いている方の手の指でトントンとテーブルを叩き始めた。
「あのね。実はお姉ちゃんずっと突っ込みたかったんだけど、
何で辻堂さんが通い妻してるの?」
「え、あ。えぇと」
返答に困る俺。
一応一度はちゃんと現状を説明した際に俺は愛さんとも交際していた事を伝えたのだが。
「通い妻だってよ大!
あは、やっぱアタシと大の関係ってそういう風に見えてんだな!」
「もちろんだよ愛さん。
愛さんが日頃から頑張っている事も無駄じゃないって事だね」
「ああ! よし、未来の姉ちゃんから妻認定もらったし次はその・・・・・・
お、お父さんやお母さんに挨拶すっか!」
「あはは。焦らず愛さんのペースで行こうよ」
「おい、そこまでにしとけ。姉ちゃんスゲェ怖い顔してんぞ」
言われてからハッとする。
また俺と愛さんの癖が出たみたいだ。
つい愛さんが笑顔になると俺も釣られてテンションが上がってしまう。
「うふふ、辻堂さん。
アナタうちの・・・・・・私のヒロとどこまで仲良くしてるのかしら?」
「うふふだってよ。気持ちわりぃの、超気持ちわりぃの」
「黙ってろ小娘」
「うお! こえぇ!」
視線だけで人を殺せそうなレベルだ。
まともに睨まれたマキさんは恐怖ですくみあがってる。
この人にメンチで恐怖を与えるってどんなだ。
「大とは、前に一緒に結婚式を挙げました」
「なんと!?」
愛さんの暴露に動揺する姉ちゃん。
愛さんは愛さんであの結婚式はモデル撮影である点を口にはしなかった。
っていうか愛さんはあれを本気で結婚式だと信じていた。
勿論いつか俺も愛さんも本物の式を挙げる気満々なのだが
ともかくあの結婚式も愛さんにとっては本番のようなものらしい。
「わ、私だってまだなのに・・・・・・ッ
おのれ、まだ高校生の分際で生意気な!」
「好きな奴同士が結婚式を挙げることに高校生も大人も関係ないだろ」
まぁ高校生同士の学生結婚は少し世間体が悪いが、
それでも本当に愛し合っているのなら俺も年齢なんて関係ないと思う。
姉ちゃん自身もそこは肯定派らしく、否定しない。
「学生結婚・・・・・・若さ・・・・・・ウゴゴゴ」
何やら精神崩壊が始まった姉ちゃん。
「姉ちゃん。アタシ達の結婚、認めてくれるよな?」
何か話が変な方向にずれてきてる気がする。
おかしいな、何で食事の席でこんな流れになってんだ?
横を見ればマキさんは嬉しそうに俺の作った野菜炒めガツガツ食ってるし。
「認めるかぁ!
大は超ド級シスコンなの、辻堂さんが私達の間に入り込める隙間なんて
一切ナッシングなの!」
俺がシスコンなのは認めるが、アンタもブラコンだろと突っ込みたい。
「でも、もう結婚式挙げちゃったし」
「うわーん! ヒローッ、何でお姉ちゃんとはまだなのに辻堂さんとはもう式挙げちゃってんのよぅ!
なになに何なの、もしかして私以外とはもう全員としちゃってるワケ!?」
もう勝てぬと諦めたらしい。
搦手で俺に食いついてきた。
「い、いや。流石に結婚式は愛さんとしかしてないけど」
「アタシだけが特別なんだ・・・・・・えへ」
「辻堂って時々乙女だよな」
「いえ、愛さんは時々どころか常に乙女のような女性ですよ」
「はいはいごちそうさま」
呆れた顔で味噌汁を啜るマキさん。
ついでに姉ちゃんはというと
「わーん! 何でヒロが急にモテキングになってんのよー!
こんな事なら後一年早く食ってりゃよかったー!」
「おいこらやめろ。
愛さんとマキさんがいるだろうが」
最悪な事をおっしゃっておられた。
即座に俺は黙らせる。
これには俺たちも閉口。
あのマキさんですら気まずそうな顔をしている。
どうしたものか。
頭をフル回転させて姉を慰めなければと考える。
そうしていると姉ちゃんの方が泣きじゃくった顔でこっちを向く。
「ヒロ。ヒロは私の事好き?」
「好きだよ」
「そ、そうよね~。ヒロがお姉ちゃん以外を好きになるなんてありえないわ。
さっき聞いたことは幻聴だったようね」
こいつ、現実逃避しやがった。
「ダイー、そっちのお醤油とって」
「はいはい、どうぞ」
「サンキュ」
マキさんだけは我関せずな空気を出している。
実際関わりたくないのだろう。
醤油をトンカツに少しかけた後、思い出したように愛さんに目を向けた。
「これ、辻堂がつくったの?」
「え。あ、ああ」
粉をまぶして揚げるだけなら子供にだってできる。
という言葉は悲しくも愛さんには適用されなかったようで、
所々どころか、結構揚げすぎてガチガチになってる。
一部の肉もちゃんと筋切ってなくて固くて正直キツイ。
もっとも、そういう加減をしくじったのは全て俺と愛さんの皿にしか入れていないのだが。
「ふーん。まぁ、結構美味いぜ」
「お、おう。その・・・・・・ありがと」
マキさんは美味しそうにもぐもぐとトンカツを平らげる。
まさかのマキさんによる評価に愛さんちょっと驚いていた。
なんというか、今日のマキさんはいつもと違う気がする。
落ち着いているというか、柔らかいというか。
ともかく普段より刺々しくない。
愛さんもそれを感じているらしく、やりにくそうだった。
「あ、まーちん!
そのトンカツは私のっつったでしょうが!」
「知るかよ。全然手をつけてねぇから食わないのかと思ったんだよ」
「後でビールと一緒に食べる予定だったんじゃい!」
「あっそ。さっきまで皿の上。今は私の腹の中。なーんだ?」
「うおい! いつの間に一気に全部食いやがったクソガキが!
ヤロウぶっ殺してやる!」
「あぁ!? やんのかコラ!」
取っ組み合いを始める二人。
食事中は静かにして欲しいのだが、多分言っても聞いちゃくれないだろうな。
俺は半ば諦めながらこげた野菜を口に運ぶ。
若干苦いが、実の所口の中を切っていてそれ程味がしない。
鉄の味がほんのりするくらいだ。
「愛さん、褒められてよかったね」
「姉ちゃんじゃなくて腰越ってのが微妙だけどな。
でも、ちょっと嬉しいかも」
不良をやめたマキさんとなら愛さんも仲良くできるのだろうか。
俺はマキさんが不良をやめたことを良い事とは言えない。
何せやめる原因となったのは俺の安全の為だ。
それを発端にマキさんは愛さんに敗れ、俺と付き合い続けるために不良を抜けた。
マキさんは俺の為に、俺のせいで自分の生き様を変えることになったのだ。
その責任を俺は取らないといけない。
絶対に、マキさんを不良にはもう戻さない。
●
夜、帰り道。
アタシは大に家まで送ってもらっていた。
少しでも大と長くいられるようにゆっくりと歩く。
夜の暗闇を照らす外灯の光。
その外灯をくぐり抜け、次の外灯へと歩く。
人気は少なく、けれど隣には大がいるため孤独ではない。
「大、お前最近よく誰かに殴られてるだろ」
「・・・・・・いきなりだね」
外灯の光の下で二人して足を止める。
ちょっと目を動かせば視線の先にはガードレール。
そしてその先には湘南の海。
今立っている歩道のすぐ横では制限速度を僅かに超えた車が何台も走り去る。
「その怪我、人に殴られて出来るやつだ。
でも今日料理してる時にお前の手を何度も握ったり見たりしたけど、
大が人を殴った痕はなかった」
人を殴れば当然大なり小なり拳に傷がつく。
人を殴りなれている人間の拳は相応に形に特徴があるし
殴り慣れていないのなら何かしら痕跡ができるものだ。
だが大の手にはそれがない。
けれど顔や体には殴られた痕跡はある。
「大、その怪我はちゃんと理由があるんだろ」
大は正真正銘の善人だ。
けれど非暴力主義ではない。
一回殴らないと十回殴られるのなら大は人を殴る。
多分、アタシや腰越達の為ならこいつは喧嘩だって受けて立つだろう。
でも、それでもコイツの本質は善人だ。
人を殴るのなら相応の理由を必要とするし、できることなら喧嘩なんてしたくない。
そんな普通の人間。
「本当に愛さんは鋭いね」
苦笑する大。
アタシだけじゃない、腰越も恋奈も総災天も
大に関わる奴らは全員気づいている。
そして全員がアタシと同じ答えを持っているのだろう。
「そっか、じゃあ頑張れ。
どうしても力が必要ならアタシを頼れ」
大は喧嘩は好きじゃないが腰抜けなんかではない。
殴られるのなら相応の理由が有るはず。
大が喧嘩をするのなら、そこに理由があるはずなのだ。
「ありがとう愛さん」
「礼なんかいいってば、まだ何もしてないし」
微笑み合う。
心が通じっているとかそんな大層なものじゃない。
「あ、センパイ。やっと見つけましたよ。
ってあら、辻堂センパイじゃないっすか」
邪魔者が現れた。
元々ここは人目につきやすい場所だ。
ここで大となにかしようとは思っていなかったけれど、
しかしもうしばらく大と二人きりでいたかった。
「なんすかなんすか良い空気つくちゃって。
ここだけ妙にホットスポットだったんで簡単に見つかりましたよ」
「うっせーな。何だお前、大を迎えに来たのか?」
「あ、そうなんすよ。
センパイ、そろそろ時間っすよ」
「うわ、引っ張らないでってば」
グイグイと大の手を引く乾。
先程までの空気が台無しだ。
一瞬殺意すら湧いたが、大がこの場にいることを考えたら手が出せない。
「ん? お前、いつもの学生服じゃないんだな」
「え、あ~。そっすね」
今日のこいつはパーカーを着ていた。
フード付きでしかも少しサイズオーバーなのか体格を隠している。
フードを被られたら後ろからでは誰かわからないだろう。
こいつはセンスがいいから多分お洒落を意識でもしているのだろうけど
今日のこの服装はそれ以外の要素も含んでいる気がする。
「これでも自分ギャルなんでお洒落には人一倍気にしてんすよ」
「これでもって、お前はどう見てもギャルだよ」
こいつ、何か隠しているな。
「それで、大に何のようだ。
今日はアタシの貸切のハズだったんだがな」
「へぇ・・・・・・」
睨みつける。
だが、乾は真正面から威圧のある笑みを浮かべながら見返してきた。
「一発でバレる嘘はよくねーっすよ辻堂センパイ。
長谷センパイの夜の相手はいつだって自分のポジションなんですから」
堂々と言い張る。
言葉通りの意味ではないだろう。
多分何かを上手く曲げた事実だが事実ではないセリフだ。
ただ、嘘でも今の言葉はアタシへの挑発としては一級だった。
「そうか、じゃあヤンキーらしくアタシはそれを奪い取って見るとしようか」
「しまった。挑発しすぎたか」
途端に警戒を始め出す。
ここまでアタシがキレるとは思っていなかったようだが、もう遅い。
ポケットからグローブを取り出す。
「―――――しゃーねーな。
遅かれ早かれこうなることは予想してたし、覚悟決めますか」
構える乾。
これだけで分かった。
コイツ、恐らく江之死魔で一番強い。
明らかに構えの練度や気当たりが他の奴らとは格が違う。
総災天すらコイツには勝てない程だろう。
だが、アタシより格下だ。
一瞬でカタをつけるため構える。
「愛さん、ちょっと待ってよ」
「待たねぇよ。もうアッチもやる気だ、離れてろ」
今更止まれない。
それどころか油断できない相手だ。
視線を乾から外せない。
乾自身も同じようだが、妙にその表情からは覇気が見て取れない。
やる気が無いのかと思ったが、どうやら本人も自分の精神状態に違和感を感じているようだ。
「・・・・・・あ~あ、やっぱ無理っすわ」
突然構えを解く。
この瞬間に殴り倒してもいいのだが、それはアタシの趣味じゃない。
「痛い目みる喧嘩なんてまっぴらゴメンなんですよね。
アレっすか。辻堂センパイって一般人にも手を上げるタイプ?」
コイツは急に何を言っているのか。
「自分、もう不良抜けたって前に言いましたよね。
そんで今はしがないイチ高校生の美少女梓ちゃん。
喧嘩なんてとてもとても出来ないんすよ」
そうきたか。
人の立場やプライドにかこつけて相手を引かせる。
中々に口がうまい上に腹黒い。
「それでもやるってんなら、あずは流石に逃げるなり正当防衛なりしますけど」
正当防衛。
こいつ、自分の喧嘩に被害者的理由をつけやがった。
「お前、相手をシラケさせるのが上手いな」
「あはは、そりゃ褒め言葉として受け取らせてもらいますよ」
ケタケタと笑う。
今までコイツに対しては妙な感じがしていたが今回で理解した。
コイツは恋奈同様に頭が回る。
しかも恋奈と違い、スジの通らない汚い手すら普通に出来そうなタイプだ。
「そう言えばお前が負けてるところって見たこと無かったな」
「そりゃそうでしょ。無傷で勝てそうにない喧嘩はいつも逃げてますし」
「そうだな、無傷で勝てそうにない喧嘩はな」
腰越や恋奈、総災天は好きではないがアイツ等は自分の言葉に責任を持っている。
だが、乾は恐らく違う。
平気で嘘を付けるし、裏切りだってしかねないだろう。
恋奈はこいつを上手く飼えているのか?
「んじゃ、センパイ借りていきますね」
そう言って大の手を取る乾。
アタシも仕方ないかと諦める。
すると
「ごめんね。愛さんを送ってから行くから先に行っててくれるかな」
そう言って足を止める。
これには乾も驚いた様子で大を見た。
「センパイ、時間見てくださいよ。
もう予定してた時間まで余裕ないっすよ」
「それでもだ。愛さんを送り届けるって約束したんだ、
中途半端にするのは良くない」
乾は困ったような顔をする。
だがまだ手を離してはいない。
食い下がるつもりだろう。
「センパイ。どうしてもあずと同行しないつもり?」
「・・・・・・ああ」
きっぱりと言い放つ。
明確な拒否。
人がいい大がここまでハッキリとしたノーを言うのは珍しい。
「ふぅん。じゃあもういいっす」
乾は拗ねたように大の手を離した。
そして苛立った様子で大を睨む。
「元々こっちだっておせっかいで手伝ってた事ですし、
センパイがあずより辻堂センパイを優先するのなら付き合う義理もないっす」
こいつの癖なのか、髪を指でくるくると弄りながら言う。
一体コイツの言う予定ってのが何なのかは判らないが、
恐らくは重要なことらしい事だけは理解できる。
大はそれよりもアタシを優先してくれた事に嬉しさを感じた。
「・・・・・・ごめん。
でも、今まで俺なんかの為にリスク冒してまで手伝ってくれてありがとう。
本当に梓ちゃん、君には感謝してもしきれない」
「は? え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
手を離され、睨まれた大は頭を下げて礼をする。
見放されても今までの恩はちゃんといつか返す。
そういう姿勢なのか、ともかく見放した乾に対してネガティブな感情は見られない。
落ち着いている大に対して乾の方は逆に焦っていた。
「冗談ですってば。あ、あずがセンパイ見限る筈ないっしょ。
もしかして自分のセリフ本気で受け取っちゃいました? あはは」
・・・・・・ふむ。
「お前、今のはワザと見捨てるフリして大に引き止められようとしただろ」
「え。そうなの梓ちゃん」
冷や汗をかいて遠くを見る乾。
ドンピシャか、こいつ小賢しいまねを。
「だってセンパイがあずより辻堂センパイを優先してるのムカつくんだもん」
「ガキかお前は」
「うっさいなぁ。贔屓されてる辻堂センパイにはこの気持ちなんてわかんねーっすよ」
パーカーの大きなポケットに手を入れて、更に唇を尖らせて本格的に拗ね始めた。
こいつ頭の回転早いし腹黒いけれど、どこかガキっぽいな。
妙に甘ったれな気もするし、大がコイツと付き合ったのもわかる。
成程、コイツはコイツで甘やかしたがりな大と相性がいいのかもしれない。
それでもアタシには劣るけれどな。
「そう言えば梓ちゃんはハナさんにもよく嫉妬してたよね。
いつもハナさんばかり贔屓されてるって気にしてた」
「あちゃ、気づいてましたか」
「うん。恋奈とぶつかった未来でもよくボヤいてたよ」
「はは、自分の知らない自分が言ったことを持ち出されても反応に困るってば」
少し、乾は大に気まずさを感じているようだ。
幾分か表情が硬いしぎこちない。
大もそれに気づいているのか、それでも構わず乾の手を取った。
「梓ちゃん、俺にとっては君は特別だ。
君の為なら何だってできるし、君の力にいつだってなりたいと思ってる」
柔らかい声で語る。
乾はそれに黙って耳を傾けた。
「でもそれは愛さんにも同じ事なんだ。
今の俺は情けないことだけど、梓ちゃんだけでなく愛さんやマキさん達も特別なんだ。
誰が一番だなんて言える身分でもないし資格もない、だから今この状況で一線を超える勇気もない」
「でもセンパイは今、あずより辻堂センパイを選んだじゃん」
「確かに、今俺は愛さんとの約束を優先している」
チラリと乾が嫉妬の目を向けてきた。
アタシはそれを真っ向から受け睨み返す。
コイツ、相当に嫉妬深いのか。
それとも大に異常に執着しているのか。
「だけどもし明日、梓ちゃんとの何かしら約束があるのなら俺は誰からの誘いも断る。
今回の件も同じ事なんだ」
アタシと約束したから他のあらゆる用事を後回しにする。
単純に一つの最初の約束を厳守しているだけなのだろう。
「梓ちゃん。俺は君が好きだ、絶対に蔑ろになんてしない。
信じて欲しい」
「う・・・・・・その目ずるいっす」
一切濁っていない目を向けられたのだろう。
露骨に表情を曇らせた乾。
大を疑った自分への自己嫌悪に苛まれてるに違いない。
「わかった、わかりましたよ。
今日はセンパイの言う事を信じます」
ため息をつきながら言う。
そして大に睨むようにしながら近づいて行った。
大相手ならば乾も妙なことはしないだろう。
アタシは黙って見る。
「でも、本当にあずも大切にしてくれなきゃ嫌だよ?」
「うん、約束だ。君を絶対に大切にする」
「ふふ、言質とりましたからね」
ずっとポケットに入れていた手を出す。
するとそこには携帯が握られていた。
『君を絶対に大切にする』
ケータイから今さっき言った言葉がリピートされた。
「・・・・・・梓ちゃん、また俺の声を」
「いいじゃないっすか。
こっち来てからというもの、前にお気にだったセンパイのデータ消えちゃいましたし
代わりのが欲しかったんですよ」
どこからが芝居だったのやら。
アタシにキレていたのも、大に拗ねていたのも全部本当っぽいけど
今の状況を見たら全てが芝居だったのじゃないかと思いそうになった。
「センパイ。それじゃあそろそろ時間も差し迫ってますし自分先行きますね」
手を軽く振って急ぎ足で乾はアタシ達から距離を置く。
「梓ちゃん。君には本当に助けられてる。でも、本当に少しでも手間に思うのなら
俺なんかの手伝いなんてしなくてもいいんだよ。
そんな事くらいで君の事を嫌いになんてならないし」
離れる背中に向けた大は静かに言った。
それを聞いた乾は
「あは、更に新しいネタゲットー」
振り向いてこちらにまた携帯を見せた。
『君の事を嫌いになんてならない』
大の声でそのセリフが流れた。
乾はそのデータを満足げに楽しみ、ケータイをポケットにしまう。
「梓ちゃん、俺は真面目に――――」
「セーンパイ。センパイはどんな事があってもあずの味方っすよね?」
両手を後ろで組み。
穏やかな笑みを浮かべながら尋ねる。
「ああ。何があっても俺は君の味方だ」
即答する大。
乾にとってその回答は予想通りだったらしい。
満足そうに笑う。
「ならあずも何があったってセンパイの味方だよ」
完結に言い切る。
「話はそれだけっすか?
それじゃ今度こそ自分は行きますね」
「・・・・・・うん。ありがとう」
大の礼に困った顔をしながらこちらに背を向け、再び走り去っていく。
その背中の見えなくなる速度はかなりのもので、数秒で消えた。
残されたアタシ達は嵐のようにこちらの空気を壊して
跡形もなくしてから去っていったその行為に頬を掻いた。
「じゃあ行こうか、愛さん」
「ああ。しっかり送ってくれよ」
●
海岸沿いを走り抜ける。
今日は風もあって少し髪が乱れて鬱陶しい。
とはいえ別段切ろうとも思わないが。
「あ~、よかった。上手いこと辻堂センパイとの喧嘩躱せて」
少し気が立って辻堂センパイに挑発をしたが、それが拙かった。
まさか長谷センパイの前なのに乗ってくるは思わなかったのだ。
どうやら辻堂センパイは長谷センパイと結ばれても喧嘩は卒業していないらしい。
つまり、不良を抜けたのは自分と腰越センパイ。
そして総災天センパイか。
もっとも総災天センパイは現状仕方なくまた不良に引き戻されているようだけど。
『君を絶対に大切にする』
気分転換に先程手に入れたデータを再生する。
「・・・・・・ふふ」
気が落ち着く。
良い収穫だった。
自然に、全く悟られることなく、気取っていないセンパイの自然な言葉を録音出来た。
芝居した甲斐があったというものだ。
センパイが自分を好いてくれているのなんて自覚してる。
それこそ辻堂センパイ達と比較しても劣らない筈。
ただ一つ、想定外だったのは自分が欲張りすぎたことだ。
芝居の一環で手を引いて、それを予想通り断られた。
その事に自分があそこまで取り乱すとは思わなかった。
すぐに頭を冷やして方向を矯正し、予定通りの展開にはしたけれど。
ともかくやはりセンパイが絡むと自分が自分らしく無くなる。
いや、違うか。
嫉妬深くて、我侭で、欲張りなのが自分なのだ。
拳を握る。
不良を抜けたにもかかわらず、自分は人をまた殴っている。
勿論理由はある。
学園にバレないように立ち回っているし、
そもそもショウセンパイ率いる暴走王国は不良のグループじゃない。
今日これから自分たちが向かう場所にも喧嘩の臭いはある。
けどそれは自分らがふっかける喧嘩の匂いじゃない。
湘南のチームと群馬連のチームとの抗争。
それに乱入する予定だ。
乱入といっても両者を殴り倒す訳でもない。
基本的に暴走王国は負けそうな湘南勢の助力に入る。
尚且つ、一般人に迷惑をかけていないチームである事が条件だ。
それを満たしているチームにだけ助力をする。
他にも不良に絡まれている一般人も助けたりしているし、やっている事は完全にいい子ちゃんだ。
自分のキャラじゃない。
「おっと、もう始まってるか。
センパイ間に合うかな」
見れば砂浜で既に喧嘩は始まっていた。
事前の情報通りやはり湘南勢の人数不利が激しい。
見た感じ喧嘩も強いわけではないしこれは絶望的だ。
「センパイ、お待ちしておりました。
あやつの姿が見られませんが?」
「別に問題ないでしょ。
あんな雑魚共、あず一人でも余裕だし」
「違いありませんね。ですが、我も及ばずながら力になります」
まだ持ち堪えてはいるけれど時間の問題だろうなアレは。
幸いここまで軽く走ってきたから体はいい感じに暖まってる。
これなら今すぐ乱入して瞬殺できるが
「あ、やっぱ我那覇さんと乾さんだぜ!
しゃっす!」
「「「「しゃっす! ご無沙汰してます!」」」」
「む・・・・・・また汝らか」
また来たよこいつ等。
「あーもー。なんすか毎回毎回自分らについて来て。
ストーカーかっつーの」
「ち、違いますよ。
いつも通り外ぶらついてたらたまたま我那覇さんの姿が見えたんでもしかしてと思いまして・・・・・・」
「センパイ、すいません。
どうにも我は目立ちやすいらしいです」
「どう見てもアンタは目立ちやすいよ」
暴走王国を本格的に動かし始めてからいつもこうだった。
最初に助けた奴らが翌日からやたら自分らのおいかけを始め。
喧嘩を重ねるたびに助けた奴らが暴走王国の傘下に入りたがる。
終いには助けた一般人すら不良になって暴走王国に入りたいとすら言い始めた事すらある。
どうにもショウセンパイの影響らしい。
あの人、一切口を開かないのに妙に不良を惹きつけるフェロモンが出ている。
「乾さん。今日はアイツ等手助けするんすか?」
古臭いリーゼントをした男がワクワクした顔で聞いてきた。
「うっさいな。アンタらに関係ないっしょ」
見たところ自分らについてきた不良の数は十五人。
たまたまナハを見てついてきた人数でこれだ。
顔なんて覚えていないけれど、多分まだまだおっかけはいる。
総数にして三十は超えていたはず。
「そんな事言わないでくださいよ。
ほら、俺たちでも乾さんたちの盾になるくらいはできますぜ」
「いらない。ウチには既にナハやショウセンパイっていうメイン盾がいるんで」
「我を頼って頂き嬉しい限りです」
食い下がる不良ども。
「大体あずやナハ、ショウセンパイは不良じゃないんだよ。
たまたまお前らが弱いから不良に殴られてて、気が向いたから助けてやったただの一般人。
なのにお前らと一緒にいて不良扱いされたんじゃたまらねーんだよ」
ナハは武術家で自分はただの女子校生、ショウセンパイだって不良ではない。
単純に自分らは弱いものいじめを妨害しているだけの三人組だ。
そして妨害した際に相手が殴りかかってくるから仕方なく正当防衛をしているだけ。
もし学園にバレても問題にならないようにリスク回避はしている。
必ず自分らが割り込む喧嘩には『自分らに助けられた人間』という目撃者がいるし
殴り倒した人間に過剰な痛めつけも行っていなければ、金品にも手を出していない。
本当に弱いものいじめから助けているだけだ。
勿論、暴力で解決している事実は変わらない為こうして厚着したりキャップで顔を隠しているけれど。
「与太者共よ、去れ。
あの程度の者ならば我ら二人で事足りるし、汝らが加わった所でいたずらに怪我人が増えるだけだ」
「う、お二人がそういうのなら・・・・・・分かりました。
今日は遠巻きで応援させていただきます」
すごすごと下がる不良ども。
不良と手を組んで喧嘩なんかしたんじゃ自分らも不良だと言っているようなものだ。
それは自分のリスク回避術には邪魔だし、必要ない助力。
とは言え純粋な好意を邪険に扱うのも少し悪い気はする。
「まぁ、邪魔せずサツが来た時に自分らの弁護してくれるならソレで良いけど」
まぁ、応援くらいならば良いだろう。
こちらとしても自分たちが喧嘩をふっかけたわけではないという事を知っている目撃者が増えるのはありがたい。
問題は目撃者が不良なので説得力がないという点だけれど。
ふと、喧嘩はどうなったのかと思い海辺を見る。
するとそこには驚くべき展開が
「何で既にショウセンパイが割り込んでんですか!?」
「ふむ。どうやら我々がここで待機している事に気づいていなかったのでしょう」
「冷静に考察しとる場合かッ!
さっさと援護しに行くぞ!」
「かしこまりました」
視線の先には、壊滅した湘南のチームの壁になるようにショウセンパイが立っていた。
黒ずくめの服装に不気味な仮面。
一切の言葉を発さぬその立ち振る舞いと姿に相手は完全に警戒していた。
「おお、ショウさんだ。相変わらずミステリアスだな」
「私、あの人のファンなんです・・・・・・
あのマスクをペロペロすることが今月の目標なんです」
「そんな事したらショウさんに殺されるぞ」
外野がはしゃぎだした。
「いや、ショウさんは怒らないだろ。
だってあの人あの見た目で凄い穏やかだし」
「確かに。前に助けてもらった時とか、丁寧に傷の手当してもらったぜ俺。
ほら、コレその時に貰ったハンカチなんだ」
「それを迅速にこっちへよこせ!」
何やらショウセンパイのファンが出来ている様子。
あの気味の悪い風貌の人に優しくされたギャップで好感度が上がりやすいのか。
ともかく今はそんな事を気にしている場合じゃない。
急いでガードレールを飛び越えて砂浜に走り込む。
『テメェが最近現れた暴走王国の湘南の怪物か。
へへ、いいね。テメェを殴り倒せりゃ俺の名も上がりそうだ』
『・・・・・・』
一人気が強いのがショウセンパイに近づく。
『挨拶がわりだ。オラッ!』
そのまま拳を振りかぶりショウセンパイのマスクめがけて拳を振り抜く。
自分から見ればトロ臭い拳だが、ショウセンパイは一切の回避行動を取らずまともにくらった。
くらったのだが、この光景は別段珍しい事ではない。
それどころかショウセンパイは必ず毎回相手の攻撃をまともに喰らい続けている。
当然だ、何せ一切回避行動を取らないのだから。
『う・・・・・・へへ、噂通り無反応かよ。
気持ちわりぃ』
『・・・・・・』
拳がマスクに直撃したにもかかわらず、ショウセンパイは全く微動だにしない。
その事に相手は気味の悪さを感じたらしく、拳を急いで引いた。
だが、ショウセンパイの本当の気味の悪さはそこではない。
殴った本人はそれを一番理解しているはずだ。
『お、オラ! 殴り返してみろよ!』
『・・・・・・』
ただただ、立ったまま反応をしない。
仁王立ちして相手を見ているだけだ。
それが相手にとって何よりの恐怖だった。
大抵の人間は殴られれば何かしらの感情を見せる。
怒り、怯え、戸惑い。
何せ殴られたのだ。無反応などあるはずもない。
だがショウセンパイは無反応だった。
言葉を発しないし、マスクの奥にある瞳を見ることができない以上、
不良はショウセンパイが何を考えているのかわからない。
ひたすらに無反応な人形やロボットを叩いている気分だろう。
不良はその見えない視線、無言のプレッシャー
そして敵意のない圧力に怯え始める。
『気色わりぃ。いいぜ。
だったら好きなだけ殴らせてもらうからよ!』
恐怖を振り払うように再びショウセンパイに殴りかかる。
今度はもうヤケクソなのだろう、顔ではなく体を狙い始めた。
降りかかる拳。
それに対しやはり目標の人間は無反応。
当然の如く直撃する何発もの拳。
普通の人間ならばこれではひとたまりもない。
相手が並みの人間ならこれだけ殴れば勝ったようなものだ。
・・・・・・だというのに、ひるんだのは相手の方だった。
『い、いてぇ!
何だコイツ! 腹に鉄板でも仕込んでんのか!?』
殴った手を抱え叫ぶ。
ここからだと遠い為余り見えないが、赤くなっているのはわかる。
殴った自分の拳が逆に痛みを覚え、手を止めた。
その時点でわかった。
この喧嘩はもう終わる。
『・・・・・・』
ゆっくりと、俯いて痛めた手に悶える相手に手を伸ばすショウセンパイ。
その亀のように遅い手の動きに周りは動揺する。
だというのに狙われている本人だけは気づいていない。
きっかり五秒。
ただ手を伸ばすという行為にだけにその時間を使い、
相手の肩に手を置いた。
『は? なにを――――ブゲッ!?』
瞬間、まるでトラックに撥ねられたかのような音と共に不良は吹き飛んだ。
それを目で追う周りの人間達。
「あやつ、上手くいったようですね」
「まぁ、アレしかショウセンパイは出来ないし教えてないからね。
しかもアレ失敗してんじゃん」
何にせよだ。
ともかく今吹き飛ばされた不良は地面に着地したまま起き上がったり悶えたりすることすらなかった。
くらった瞬間に気絶したのだろう。
ショウセンパイが何をしたのか。
至って単純だ。体当たりである。
ただ、その体当たりは普通のものと違い、当たってくる人間が鉄のように固く、
同時に速度も一瞬だけだが凄まじい速度なのだ。
ショウセンパイはそれしか出来ない。
しかもそれすら未だ完成していない。
その典型的な要素があの伸ばす手の遅さだ。
まぁ、あれはあれでショウセンパイの不気味さが際立って面白いのだけれど。
「シュー・・・・・・」
センパイは煙を上げるかのように息を吐く。
周りは一切の言葉も発せず、今の一撃必殺に目を剥く。
そう。
結局今の喧嘩はショウセンパイの一撃で終わったのだ。
殴られても一切無反応。ダメージがあったのかすらあやふや。
そして殴った本人が悶えている所へ体当たりによる一撃。
そのままノックダウン。
ショウセンパイの事をなにも知らない人間からすれば今の喧嘩は一方的なモノに見えたはず。
「あは、流石っすねショウセンパイ」
「・・・・・・」
ようやく追いついた。
とは言え途中から結果は見えていたので、走るのすらやめて歩いていたのだが。
「ふむ。どうする貴様ら。
今のを見てまだ我らスピードキングダムとやり合う気概があるのならば受けて立つが」
ナハの言葉に誰も言葉を発さない。
今のセンパイの喧嘩は素晴らしいパフォーマンスだった。
アレのおかげで無用な喧嘩も避けることができそうだ。
センパイがそれを考えてそうしたのかはわからないけれど。
「どうすんだよ・・・・・・あんな気持ち悪いのとやりたくないぜ俺」
「俺だって嫌ですよ、大体あのギャルっぽいのもショウって奴並に強いらしいですぜ」
ヒソヒソと相談を始める。
好きなだけすると良い。
何せ選択を誤れば即デッドエンドだ。
相談を許すくらいの慈悲は見せてやる。
それから数十秒。
不良たちは答えを出した。
「舐められてたまるか!
こうなりゃ相打ちにしてでも殴ってやる!」
「あはは。バカが、折角見逃してやるって言ってやってんのに」
くだらないプライドだ。
さっさと気絶させて江之死魔に送り届けてやろう。
拳を鳴らし、一歩前に出る。
すると隣にいたショウセンパイが更に一歩前に出た。
「―――――やめておけ。
無意味に怪我することもない」
「ちょ、センパイ!」
このタイミングで喋るとは思わなかった。
センパイがこの格好をして初めての事じゃないだろうか。
ともかくそれ程珍しい事だった。
多分、相手の身を案じての行動なのだと思うけど。
「うっせぇ! 今更尻尾巻いて逃げられるかよ!」
「ぶっ殺してやる!」
「やるぞお前ら!」
ヒートップする不良ども。
「はぁ。折角ショウセンパイがポリシー崩してまで忠告してくれたのにバカな奴ら」
ここまで来たら仕方がない。
ショウセンパイに目配せする。
「・・・・・・」
どうやらセンパイも諦めたようだ。
首を縦に振った。
それと同時にあずとナハは構え、ショウセンパイはあず達の盾になる様にその前に立つ。
「センパイ、無理しなくていいってば」
「・・・・・・」
恐らくさっき殴られた所が実は痛い筈だ。
まだセンパイは金剛を完全に使えていない。
それに応用技のあの突進で自分の体を更に痛めつけたのだ。
多分体のどこかが無茶な喧嘩で内出血しているはず。
それを心配して声をかけた。
だがセンパイはチラリとこちらを見ると首を横に振った。
どうしても自分達の盾になりたいらしい。
そんな意固地な姿勢にクスリと笑ってしまう。
「わかりました。まったく、センパイってばカッコつけなんすから」
そういう所が格好いいのだけど。
流石に人前では恥ずかしいので口にはしない。
「問題はありますまい。
元よりこの者が現状を作り出したのだ、最後まで前に居続けるのは当然のことです」
「当然ね・・・・・・」
その当然の事を貫き通せる男がどれだけいるのやら。
見れば後ろには既に戦意喪失した男ども。
助けてやっているのにお礼の一つも言えやしない。
既にこちらが優勢なのに痛みに悶えて立ち上がりもしない。
そんなつまらない奴らなんか助ける価値もない。
自分は今もそう思っている。
けど、センパイは違う。
痛みに耐えて、間違っていることを間違っていると言い
それを正そうとする姿勢を今見せている。
そしてそもそもセンパイが喧嘩をする理由だって―――――
「まあいいよ。
こいよ雑魚ども、来た奴らから蹴散らしてやるよ。
ああそうだ、勿論尻尾巻いて逃げた奴らは追わないから安心しな」
「あぁ!? なめてんじゃねぇぞ!」
「威勢が良いのは結構。
だが汝らではセンパイに指一本触れられんよ」
助ける価値の無い奴ら。
ソイツらを助けるセンパイは助けるだけの価値があった。
●
喧嘩が終わり、屍累々の砂浜には喧騒ができていた。
「ショウさん、イテェっす!」
「・・・・・・」
「黙って手当受けろってさ」
群馬連の不良にやられた不良たちは結構な怪我をしていた。
中にはナイフで切られた人間もいるらしい、出血している不良の姿が僅かにある。
もっとも誰ひとりとして深く刺されてはいないのが救いだった。
「何で乾さんはショウさんが何考えてるか通訳できるんですかい?」
「何となくだよ。
あずはショウセンパイの彼女だし」
内心辻堂愛に張り合う梓。
大と愛がしょっちゅう目と目だけで会話をしている所を見る。
しかも内容は第三者である梓には全く理解できないため割り込めない。
その姿を見るたびに彼女は悔しい思いをしていた。
「ショウセンパイ。
あずも怪我したんすよ、看てくださいよぅ」
「・・・・・・」
先程までショウが診ていた不良の切創に包帯が巻かれ、
簡単な応急処置が終わったタイミングを見計らって順番待ちに割り込む梓。
「ほら、ちょっと手が赤くなってるっしょ?
これ、センパイを助けた際にちょっと力入れすぎてこうなっちゃったんすよ」
因みに力を入れすぎられた不良はというと
顔がクレヨソしんちゃんのように頬がへちゃむくれになっていた。
監視しているおっかけの不良が先程から死んでいないのだろうかと心配している。
ショウは梓の手を見て、冷却スプレーを取り出す。
「あ、これひんやりする奴っすね。
自分これ結構気持ちよくて好きなんですよね」
にこにこと微笑みながらショウの手当に喜ぶ梓。
そんな彼女を遠目で見るおっかけの不良たち。
「乾さん、ほんとショウさんにベタ惚れなんだな」
「言うなよ。ショウさんに嫉妬したくはない」
何だかんだで性格はともかく容姿は抜群に良い梓。
当然のように彼女を女性として意識しているおっかけも多い。
ただ、このおっかけは基本的にショウの事も尊敬や恩義を持つものも多い。
その為ショウに張り合おうとする者はいなかった。
過去に数人ほどいるにはいたのだが、ショウに喧嘩をふっかけた瞬間
梓に無残に葬られた事もあった。
それ以来恐怖的な意味でもショウに牙を剥く者はいなくなった。
「あの、乾さん」
「うっさい。今センパイと話してんだよ。
見てわかんねーのか」
後ろから乾に話しかける見張り。
それを切って捨てる梓。
そんな梓たちを遠目で見る二人の名も無き不良の姿があった。
「ショウセンパイにだけ態度が違いすぎるだろ」
「何を今更。
因みにお前はどっちのあずにゃんが好きなんだ?」
「俺は今のゴミを見るような目のあずにゃん」
「業が深いなお前・・・・・・」
何だかんだで梓は梓で好かれていた。
元々人あたりが良いため、ショウと話していなくて、かつ喧嘩と関係ない話題ならば
結構話にのって来てくれる事はもう知られている。
今梓に話しかけて切り捨てられたのは単純に罵倒されたかった人間だったわけだ。
「お前さ、この暴走王国をどう見る?」
外野の二人の不良は砂浜のテトラポットに腰掛け語る。
「さあな。ショウさんの目的も全然わからねーし、
そもそも暴走王国って湘南制覇なんか眼中になさそうだよな」
「ああ。俺もそう思う」
この二人の考察は間違っていない。
暴走王国は湘南の不良制覇に一切興味を示していない。
なのに湘南の不良を助けている。
その意味不明な行為は湘南の不良界で話題になっていた。
「でもさ、ショウさんが本気で湘南制覇目指したら江之死魔と張り合えるんじゃねーの」
「そうだな。今日助けられたチームももうショウさんを恋する乙女の目で見てるし」
「・・・・・・今日助けられたチームは全員男だったはずだが」
渋い顔をした男は、そもそもこのチームの名前が何だったのかを思い出そうとした。
「チーム『ハッテン』だったか、あいつらの名前」
「・・・・・・ショウさんの尻狙われてるんじゃないのか?」
水戸率いるベンテンと名前そっくりだが全然駄目なベクトルに向かっているチームだった。
「ホモはしつこいからな」
「通りで中々負けなかったわけだよ」
見れば手当された男どもはショウを熱っぽい目で見つめていた。
「な、なぁ。お前女なのに良い体つきしてるよな」
「む。鍛えている故、当然である」
中には男より男らしい外見である我那覇に声をかけ始る者も現れた。
ただ、変態ではあるが紳士でもあるため悪い行為はしないチームだった。
だから暴走王国が助けに入ったわけである。
ここに集まっているおっかけの不良たちも同じく不良にもかかわらずマナーはある程度良かった。
決して一般人に危害は加えないし、必要以上の暴力も振るわない。
「なぁ。何げに俺らってさ、江之死魔よりも統率取れてるよな」
「あっちと一緒にするなよ。数が違いすぎるだろ」
数が少ないのなら統率もとりやすい。
当然の考えだが、それでも十五人以上の不良に不満なく、
崇拝させているこの暴走王国はやはり目立っている。
悲しいのはチームに入ったり、傘下させてほしがる不良を片っ端から門前払いしている点。
既に三十人以上の追っかけがいるにもかかわらず暴走王国は未だ三人のままだった。
「俺、チームに入れなくてもいいからあの人について行くわ」
「お前本気であの人たちに入れ込んでるのな」
「まぁな、わかんだろ。
なんかショウさんってさ。こう、一緒にいると安心するんだよな」
再びショウの姿を見る二人。
そこには沢山の追っかけに囲まれて仲良く談笑している光景があった。
ショウ自身は一言も喋っていないようだが、それでも楽しんでいるであろう事はわかる。
梓も口ではキツイ事を言ってはいるがやはり笑っている。
「あれを見ていつも思うんだけどさ、なんか俺達って仲のいいクラスメートの集まりみたいだよな」
「ああ。なんか凄い居心地が良いんだよな」
未だショウの目的を知る者は梓と我那覇を除いていない。
だが、彼を追いかける不良に誰ひとりとして彼を疑う者はいなかった。
二人はショウに貰ったお手製のアイスコーヒーを飲む。
余りコーヒーにこだわりのない二人でも素直に美味しいと思える味。
「俺らも混ざりに行くか」
「おう。俺もあずにゃんになじられたい」
「・・・・・・そうか」
今年の湘南はなにか例年とは違う風が吹きそうだ。
彼らはそう思いながらあの輪の中に足を進めた。
あとがきです。
今回の話は二話分くらいありますので、読んでてダレたかもしれません。
それでも最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。