「なあヒロシ、お前何で左肩にそんな包帯巻いてんの?」
「ちょっと昨日思い切りぶつけて内出血酷いんだ。
流石に人に見せられるものでもないから隠してるだけ」
現在、体育の授業前の休み時間。
その時間は当然着替えの時間であって、男子と女子は部屋を別れ着替えをしていた。
「肩が内出血するって、お前ラグビーでもやってんのかよ」
「あ、あはは」
「今笑ってごまかそうとしてるタイ」
余り詮索して欲しくないのだが。
何やらクラスの数人が、俺が上着を脱いだことで視界に映るようになった肩の包帯に視線を向け始めた。
まいったな。
しかも、誰も指摘しないけど俺の胸や腹の青アザにも視線を感じる。
しくじった、一人で着替えればよかった。
「・・・・・・辻堂さんにやられたのか?」
「は?」
いきなり何を言うかとおもえば。
「いや、だってさ。最近ヒロシって辻堂さんと一緒にいること多いじゃん。
それで、とうとう怒らせてボコボコにされたんじゃないかと」
「ぶっちゃけ、長谷君の最近の怪我の多さはそれが原因じゃないかとみんな思ってるタイ」
そうなのかと周りを見る。
すると、心配そうに俺をみて皆が頷いた。
つまりそういう事だ。
愛さんはまだクラスの皆から恐れられているらしい。
一度は和解して愛さんもクラスのマスコット的立ち位置になりつつあったのに
また6月に逆戻りして立ち位置もリセットされたようだ。
愛さんが以前少しぼやいていたが、これは確かに愛さんからしたら傷つくな。
「違うよ。それに愛さんは簡単に一般人に手を上げるほど暴力的な人じゃない」
はっきりと、周りに聞こえるように言う。
周りは俺が何を言っているのかわからない。そういう目を俺に向ける。
どうやら愛さんは番長の印象だけで暴力的で相互理解不能な人間だと思われているらしい。
「愛さんは皆が思ってるほど怖い人なんかじゃないよ。
話かけてたって殴ったりなんてしてこないし、そもそも愛さんは不条理な暴力を嫌う人だ」
無実無抵抗な人間を殴ったりなんて絶対にしないし、
むしろそういう人間を嫌うタイプだ。
「随分辻堂さんを庇うんだな」
「庇うさ。何せ俺は愛さんと付き合ってるんだから」
「やっぱ、お前ら付き合ってたのか」
「前から仲良すぎだとは思ってたタイ」
既に意外でもないらしい。
まぁ確かに俺が毎日愛さんに話しかけたりしてたし、
傍から見ても愛さんと仲良さげには見えていただろう。
「でもさ、やっぱり怖いよ。
なにせ稲村学園の番長さんだぜ?
しょっちゅう辻堂さん目当てに不良押しかけてくるし」
随分根が深い問題だ。
確かに結構な頻度で愛さんに挑戦して一方的に叩きのめされる不良の姿が見かけられる。
傍から見ていれば愛さんは恐ろしい人種に見えてしまうのかもしれない。
「それでもだ。愛さんをよく見てなよ、
実は凄い可愛い女の子だからさ」
「確かに目つきが普通の時の顔はかなり可愛い部類だと思うけどさ」
「そういう目で見れないタイ」
ライオンを可愛い可愛いと撫で回しに行く人間が殆どいないように、
愛さんがいくら美しかろうと、接触しに行こうとは思わないか。
「なら、俺がいつか愛さんが実はただの可愛い女の子だって証明してみるよ。
はは、もしかしたらそのチャンスは間近かもね」
数分後
「何が可愛い女の子だよ!
オラァ! はやくあのサイクロプス止めろよ!」
「参ったね、はは」
まいったまいった。
まさか今日の体育の時間が男女混合ドッジボールになるとは思わなかった。
体育顧問の山本先生が休みなので、代理で授業が空いていた姉ちゃんが担当になったのだが。
まさかこんなスポーツを選択するとは思わなんだ。
「お、おい長谷君。どう見てもこれ性別贔屓ルールがデメリットになってないか?」
「全くだ。どうしようね。
何か筆と紙持ってない? 遺書書くから」
「ひろ、ヤケになっていないか?」
ヤケにもなるさ。
最初のチーム分けで見事にクラスチームは二分割。
平戸くん、まっつん、ヴァン等等普段から俺と関わりのある人たちが同チームになったのだが
愛さんだけが敵になった。
委員長すらこちらのチームなので愛さん完全に浮いていた。
「わあああああああ、あっちのチームきたねぇ!
また辻堂さんにボール渡したぞッ、勝てりゃなんでもありか!」
「逃げよう! この際コートの外でも良いタイ!
童貞のまま死にたくなんてないタイ!」
「昔ワルかった俺だから言えるけどさ、こういう時に慌てた奴から死ぬんだよね」
「お前ら、アタシをテロリストかなんかと一緒にしてねーか?」
ドッジボールが開始した序盤、愛さんは孤立していた。
彼女を怖がって誰も狙わないし、パスも回されない。
愛さんは心配した俺に気づくと『慣れてるから気にするな』
と、アイコンタクトを送った。
だけど俺はそれを納得できない。
そんな事に慣れて欲しくはない。
そう思い、俺がキャッチしたボールを愛さんめがけて投げた。
それがそもそもの間違いだった。
―――――さぁ地獄のカーニバルの始まりだ
「わっぎゃああああああああああ!?」
「まっつんが死んだ!」
「この人でなし!」
一人微動だにせず落ち着いていたまっつんが当然だが真っ先に狙われた。
愛さんの剛速球が腹のど真ん中に直撃し、そのまま自陣から吹き飛んで数メートル後方へテイクオフ。
間もなくズシャァ! というスライディングのような地滑り音を響かせて着陸。
全員がまっつんの再起動を望むが微動だにせず
合掌。
「ったく。これでも手加減してんのに貧弱すぎんだろ」
「つ、辻堂さん。もうちょっと手加減していただけないでしょうか?
私はともかく他の人達には無茶ですよ」
一応述べておくが、校庭には既に六人の死体が転がっていた。
全て男子。犯人は愛さん。
「手加減してるよこれでも目一杯。
しかも男子は女子を狙えず、女子は男子女子狙えるルールにも関わらず
アタシは男子しか狙ってないんだぜ」
「それはそうですけど・・・・・・」
俺が最初に愛さんにボールを渡してから、ひどいことになった。
まず第一球の犠牲者。特につるんでいるわけでもないクラスメートが狙われたのだが
この時の愛さんは初球だったため加減をあまりしておらず・・・・・・その。
学校のフェンスに今めり込んでいます、ハイ。
地上一五m上空の地点にめり込んでいるので救出は授業が終わってからすることになった。
「それにアタシに限っては男子が狙ってもいいって先生が言ってるだろ。
ほら、そっちにボールあるんだ。
さっさと狙えよ」
それからというもの、クラスメートは必死だった。
死ぬ気で愛さんから逃げ回り、愛さんチームの人は愛さんにボールを回し始めた。
「ふん。十人並みの男子では辻堂を仕留めるのは無理だ。
ここは僕がやる」
「ヴァン、大丈夫?」
「さあな。しかしいい加減辻堂をなんとかしないと無意味に犠牲者が増えるばかりだろう」
ヴァンは落ちているボールを拾い、愛さんに目を向けた。
「坂東君にならボール当てられたいかも」
「辻堂さん、あんなに見つめられて羨ましい」
「お前ら、少しはマジメにやれよ・・・・・・」
クラスメートと何だかんだで愛さんも少し打ち解けていた。
まぁ。それも同チームの人だけで、こっちのチームの人にはより恐れられたのだが。
そんな事を思っているうちにヴァンが少し下がったところから一気にダッシュ。
最後尾から中央ラインに一直線に全力で走り、ハンドボールの如く飛び上がり
振りかぶる。
「どうだッ!」
そして放たれる剛速球。
かなりの速さだ。恐らくハンドボール部員の投げる球よりも速度がある。
流石だ、こういう所でヴァンの運動神経が並じゃない事を理解させられる。
だが、ヴァンが並じゃないのと同様に標的は並々ならない。
「こんなもんかよ。
普段から偉そうな事を言ってる割に大したことないじゃん」
あっさりと、それこそフライを取るかのように酷く簡単に受け止めた。
ヴァンはそれを見て舌打ちをする。
「・・・・・・悔しいが、僕でも相手にならないか」
「そ、それってもうこっちのチームに辻堂さん相手できる人がいないってことじゃない!」
「どうしよ~。辻堂さんのボールなんて直撃したら朝ごはん全部吐き出しちゃうよ~」
ヴァンが完敗したことにより、彼を頼りにしていた片岡さんや烏丸さんが目に見えて怯え始める。
「大丈夫だよ。愛さんは男子しか狙わないから」
「でも、辻堂さんなら気が変わったとか言っていきなり狙ったりなんか――――」
「ないよ。それだけは絶対にない」
言葉の途中で遮る。
「片岡さん、愛さんは一度言った約束を簡単に反故したりなんかしない。
だから安心して」
「う、うん」
そうは言うもののやはり不安なのだろう。
それも仕方ない。
一度でも愛さんの剛速球を見たら恐怖も覚える。
未だにまっつんピクリとも動かないし、あんなの喰らう可能性が一%でもあるのなら怯えもする。
「つ、辻堂さん。長谷君に凄い庇われてるね」
「あいつ、本当におせっかい焼きだからな。
そこが好きな所だけど」
「わぁ、ラブラブなんだ」
辻堂さんチームは何やら和気あいあいとしている様子。
まだ愛さんに話しかけている子は少し怯えているけど、会話が成り立っているあたり大きな進歩だ。
「さて、それじゃあまたアタシが行くぜ」
「ひぃ!?
また来るタイ!」
「ふむ。勝負を投げるのは僕の趣味じゃないが、
流石に現状を見ると打開策が見つからないな」
男子全員諦めつつあった。
それを呆れ顔で見ている愛さん。
「ったく。情けねぇな。
落ち着いてんのは大と坂東と委員長だけじゃん」
男子に軽く失望した様子の辻堂さん。
いい加減一方的に進むドッジボール自体にも飽きてきたのだろう。
少し今までより崩れたフォームで走り始めた。
そして中央ラインに到着し、振りかぶった瞬間
「っくしゅん!」
「「「「げ」」」」
クラス全員が目を丸くした。
なにせ愛さん、投げようとした瞬間くしゃみした。
「ヤバイ! ミィよけろ!」
「え? え?」
明らかに愛さんと狙った対象が違うらしい。
今まで手加減していた球よりも数段早い弾丸のようなボールが一直線に烏丸さんめがけて迫る。
愛さんは慌てて球に追いつこうと走り始めるが、間に合う筈もない。
烏丸さんはその球を前にして完全に凍りついている。
思考はフリーズしきっており棒立ちだ。
間違いなく直撃する。
「――――危ない!」
「な、大!?」
俺はその球に割り込む。
烏丸さんのすぐ隣にいたのが幸いだ。
一瞬で前に立てた。
だが、今目の前に迫る球はマジで速い。
ここで吹き飛ばされたら確実に後ろの烏丸さんごと吹っ飛ぶ。
俺だけならまだしも、女子がふっとばされるのは良くない。
愛さんの元親友だ、愛さんもきっと悲しむし彼女が怪我をしたんじゃ本末転倒だ。
「スゥーー・・・・・・ッ」
一瞬で一気に息を吸う。
身体が吸い込んだ酸素で膨張する。
余りの体の内からの圧力で目が意識もしていないのに見開いてしまう程だ。
地に根を張るように大きく体重をかけ、同時に安定させるように軽く内股にする。
そして体の筋肉を全て固める。
既に今日まで何度も繰り返した姿勢だ。
もはや意識せずとも一瞬でこのスタイルを再現できる。
完璧な受け止める体制を整えると同時に、俺の腹にあまりの速度に形状を変えた球が直撃する。
「長谷君!?」
ようやく現状に追いついたらしい、すぐ後ろから烏丸さんの声が響く。
「ぐぉあ!?」
ヤバイ。尋常じゃない衝撃だ。
大砲でもぶつけられたんじゃないかと錯覚しそうになる程に。
身体が一気に後ろに吹き飛ばされそうになる。
あまりのインパクトに一瞬右足が浮いた。
だが間髪いれずにその右足を前に踏み込ませる。
とてつもない威力に胃液が逆流しかける。
吸った空気が一気に口から漏れ出た。
だが唾液を飲むようにして胃液も酸素も胃袋と肺に押し戻す。
身体が勢いに押されてくの字に折れ曲がる。
だが奥歯が擦り切れそうになるほど食いしばり圧力に耐える。
「お、おお!」
愛さんが驚いたような声を上げる。
けど俺はそれを気にかけている余裕はない。
「シュー・・・・・・・ッ」
少し勢いが削がれる。
もう少しだ。
既にギリギリまで硬度を上げていた腹筋を更に締め上げる。
ボールが俺を押すベクトルとは逆に、腹筋がボールをはじくように力を入れた。
そこまでして、ようやく停止するボール。
何とか、一歩も引かずにキャッチできた。
「ふぅ。セーフだね」
腹にめり込んだままのボールを両手で包み、審判である姉ちゃんに声をかける。
「はいはい。文句なくセーフよ。
・・・・・・ところで今のよく耐えたわね」
「最近鍛えてるからね」
少し驚いたようなリアクションをしている姉ちゃん。
俺はセーフなのを確認してから球を地面に置き、しゃがみこむ。
正直ぽんぽんが痛い。今にも吐きそうだ。
「烏丸さん、大丈夫?」
「う、うん」
尋常じゃなく痛む腹をさすりながら振り向き、彼女の安全を確かめた。
どうやら腰を抜かしたようで座り込んだ俺と視点の高さが同じだった。
これは俺達二人共続けることは無理そうだ。
「姉ちゃん。俺と烏丸さんは見た通り駄目そうだからリタイヤしてもいいかな」
「え、ちょっと長谷君?」
「ん~。まぁマジで無理そうだし仕方ないわね、皆もそれでいい?」
姉ちゃんは顎に手をあてながら皆に確認を取る。
まさかここで俺達に鞭打つ人間もいないだろう。
「駄目タイ。長谷君が辻堂さんの球を止められるとわかった今、
死ぬまで壁になってもらうタイ」
「おいヒロシ。お前だけ生きてこのコートから出ようなんて甘いぜ。
コートの中で俺の為に死ね」
「このクソ野郎どもが」
本当に友情のあたたかさに涙が出そうになる。
「先生、アタシもリタイアするわ。
女子狙わない約束破っちまったし」
「あら。別に長谷君が肉壁になったおかげで烏丸さん無事だし、
責任感じることはないのよ?」
「感じるよ。
あれ当たってたらマジで危なかったし、それに大にも痛い目遭わせちまったし・・・・・・」
少し申し訳なさそうな顔をする愛さん。
姉ちゃんの言うように未然に済んだのだから愛さんが責任を感じる必要はないのだが。
ここら辺はやはり愛さんらしい。
「辻堂さん本人がそういうなら仕方ないわね。
やる気ない子にむりやり続けさせても仕方ないし。
いいわ、三人とも少し休んでなさい」
「ども」
「ありがとう長谷先生。
それじゃあ烏丸さん行こうか」
俺は一旦立ち上がり、腰が抜けて立ち上がれない烏丸さんに背中を向けてしゃがみこむ。
そのアクションだけでおんぶの意に気づき、烏丸さんは少し迷う。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えるね」
「はいはい。それではあそこの手洗い場まで鈍行で行きますね」
みんなの目を気にしているのだろう。
照れたように顔を赤くしながらも俺の首に腕をまわし、
体重をかけてきた。
その際、ちょっぴり重いかもと思ったのだが口にはしない。
「おいヒロシ、辻堂さんを自主離脱させるとは良くやった」
「これで僕らの寿命も伸びたタイ」
別に狙ったわけではないのだが。
っていうか愛さんに蹴散らされればよかったのにこの人達。
「ひろ、腹は大丈夫か?
正直言ってアレをひろが受け止めたことが信じられん」
「まぁ・・・・・・最近鍛えてますから」
どういった鍛え方をしているのか。
それは単純明快。
ひたすらに我那覇さんにぶっ飛ばされたり不良にぶん殴られているだけ。
「長谷君。烏丸さんをよろしくお願いしますね。
よーし、これから逆転しますよー!」
息巻く委員長。
まぁ相手は愛さんが抜けて、こちらはヴァンと委員長が残っている時点で勝負は見えているな。
俺はそんな考察をしながら、背中の烏丸さんを運ぶ。
「えへ。おんぶなんて昔お父さんにして貰って以来だよ」
何だか嬉しそうなご様子。
そう言えば前に愛さんが烏丸さんは甘えたがりだと言ってた気がする。
烏丸さんは甘えるようにグイグイと胸を背中に押し付けてくるのだが
これがまた中々にやわっこくて、でかい。
「か、烏丸さん。
あんまりくっつきすぎると・・・・・・」
「あ、ごめん。ついはしゃいじゃって」
少し俺に抱きつく力を弱める。
けれどまだまだ背中に胸の感触があった。
実の所最近溜まっている俺としては悶々としてしまう。
「凄いよね長谷君。
さっきの何てあたしびっくりして動けなかったのに長谷君はすぐ行動してたし」
「まぁ、そういう事に慣れてますからね」
俺は烏丸さんに返答しながら、背中に強烈な視線を感じた。
若干驚きながら振り向く。
「・・・・・・ふむ」
かなり離れた所にある木陰に座る愛さんの姿がそこにはあった。
彼女がジトっとした目でこちらを睨んでいた。
『デレデレした?』
『してないってば』
アイコンタクトする。
『おっぱい気にしてたくせに』
どうすればいいんだ。
何を言っても愛さん怒りそうな気がする。
おっぱいなんて気にしてないよ。
嘘だとすぐバレるだろう。
愛さんのおっぱいが一番だよ。
これじゃ変態だ。
どうすりゃいいんだ。
「おーい長谷君。
どしたの立ち止まって。あ、もしかして辻堂さんと見つめ合ってたの?」
「あ、う、うん」
烏丸さんに気づかれたためここらでアイコンタクトも終わりだ。
俺は大人しく無心で烏丸さんを手洗い場近くまで運び、降ろす。
烏丸さんは機嫌よくその場に座る。
軽く息を整えて俺もその隣に失礼した。
「長谷君は大丈夫なの?」
大丈夫なのかとは多分愛さんの投げた球の事だろうか。
「正直まだ腹が痛いね。
といっても明日になったらなんともないと思うけど」
「すごいなー。他の男子達なんて吹き飛ばされてたのに」
「あはは」
たまたまここ一ヶ月ほど吹き飛ばされない訓練をしていたから耐えられたのだが。
それを口にするとなんか努力を自慢する男みたいでみっともない気がする。
「ねぇねぇ。もしかして腹筋割れてたりするの?」
「うわ、ちょっと」
「いいじゃん、見せて見せて」
いきなり俺の裾を掴んでまくりあげてきた。
その瞬間、俺に対して殺意を込めた視線がぶつけられる
間違いなく愛さんだ。
怖くてそちらを向けない。
「うわぁ割れてる。すごいなぁ」
まぁ、それはいま見られてるから見栄を張って少し力入れてるし。
「でも、何でこんなに青アザだらけなの?」
「内緒。あとそろそろ離れないと危ないから、冗談抜きで」
烏丸さんが俺の腹を撫でるたびに殺気がより濃くなって、しかも近づいてきてくる。
多分、あと数秒で俺の後ろに愛さんが現れるはず。
それはつまり俺が死ぬタイムリミットとも同じわけで
「えー、いいじゃん。長谷君って意外と胸板も広いんだね。
何だか凄くお父さんみたい」
更に服をずりあげてとうとう胸までさらけ出された。
男が女の子にした場合もう処刑場に送り込まれるレベルだ。
あ、きたきた。
大物がきましたね。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あ、あれ。辻堂さんいつの間にこっちに来たの?」
恐怖に怯え振り向けばそこには半目で背後に愛さんがいた。
俺と愛さんは互いに目を合わせる。
けれどアイコンタクトは不可能だ。
なにせ愛さんの目を見ても怒りの感情で心をフィーリングできないのだから、
「おい、ミィ。大はアタシの男だ。
あんまりくっつくな」
「は、はいぃ!」
愛さんに僅かに凄まれて恐る恐る離れてくれた。
俺はそんなことになっても恐怖で動けない。
服も正さずみっともなく捲れたままだ、
愛さんはそんな俺を見て、不意に目つきを変えた。
「大、お前。随分鍛えてんだな」
「え、あ。うん。ちょっと筋肉つけたほうが良いかなって思ってさ」
「そっか・・・・・・」
何やら目つきの鋭さが消えて、少し照れているような目だった。
「ちょっと触ってもいいか?」
結局愛さんも触りたいんかい。
「どうぞ」
愛する彼女のお願いだ、断る筈もない。
ちょっぴり恥ずかしいが、大人しく腹を捲る。
「じゃあ、失礼して・・・・・・」
愛さんが俺の右にいる烏丸さんと反対の位置に座り、俺の腹に指を這わせた。
腹筋の凹んでいるラインを指でなぞり、時々硬さを調べているのかプニプニと押したりもしてくる。
少しくすぐったさを感じるものの俺はされるがままだった。
「長谷君、私も触っていい?」
「別に良いけど」
「えへへ。それじゃ失礼するね」
愛さんと被らない箇所を指で押される。
なんだろう。
ちょっと気持ちよくなってきた。
これって結構いかがわしい事なんじゃないだろうか。
「あは、筋肉質な大も格好良い」
ボソリと呟いた。
これは嬉しい。
今後ももっと鍛えていきたいものだ。
といってもあんまりマッチョメンになるとそれはそれで嫌がりそうな気がするが。
そんな事を思いながらちらりと烏丸さんを見る。
すると彼女はチラチラと愛さんを怯えた目で見ていた。
愛さんは俺の腹をつつくのに夢中だから気づいていないようだけど、
「そういや大の肌に触るの久しぶりだな。
ちょっと前は毎日のように触り合ってたのに」
「えぇ!?」
「ちょっと愛さん」
無意識に呟いた言葉なのだろう、愛さんも言ってから驚いた顔をした。
俺は慌てて止めたが時すでに遅し。
烏丸さんが思い切り食いついた。
「え? え?
長谷君と辻堂さんってそういう関係なの!?
もう行き着くところまでテイクオフしちゃってる段階なのッ!?」
「う・・・・・・ま、まぁな」
一応正直に答えるんだ。
俺は敢えて愛さんに好きなように返答してもらうために黙ったが、
一応本意を知るために愛さんの瞳を見つめ、アイコンタクトする。
愛さんもそれに気づき、こちらの目を見てくれた。
(愛さん、君の瞳はなんて美しいんだ)
(大だって澄んでて凄い綺麗な瞳してる・・・・・・)
「あの、何二人共見つめ合ってるの?」
間違えた。
フィーリングする内容を誤った。
愛さんと見つめ合うとすぐこうなってしまう癖を直さなければ。
(愛さん、正直に言ってよかったの?
すぐに噂広まって愛さんのイメージ崩れちゃうよ?)
(ミィに嘘つきたくねーし、
別に他のヤツ等が勝手に抱いてるアタシのイメージなんてどうでもいいよ。
本当のアタシの事なんて大だけが知っててくれればアタシはそれでいい)
(愛さん、嬉しいよ。愛してる)
(アタシもだよ)
ここまでがテンプレである。
「おーい・・・・・・ダメか、二人の世界作っちゃってる」
●
「一体どういうことなのよリョウ。
全然全くこれっぽっちもショウの素性探れてないじゃない」
「仕方ないだろう。
彼は俺と同じく素性を隠している上に神出鬼没、
調べあげるのは手間だ」
リョウは一切悪びれる様子もなく言う。
だが私は知っている。
リョウがショウの調査自体にやる気を出していないことを。
「神出鬼没もなにも毎回ぶっ飛ばした他県のヤンキーをここに送ってきてるじゃないの。
そこから尾行すれば良いだけのことでしょうが」
「アイツ等を持ってくるのは我那覇と乾だけだ。
その場にショウは居合わせていない」
即答で返される。
「だったら喧嘩してる所を抑えて、そこから付いていけば・・・・・・」
「暴走王国の取り巻きに気づかれてショウに伝えられて一発でバレるな」
「ぐぬぬ。だ、だったら何か案はないの?」
「無い。案もなければやる気もない。やる気がないから案も出ない。
知っているだろう、俺達湘南BABYが彼に関わりたがらないのを」
本気でノリ気じゃないのが見て取れるぞんざいな態度。
リョウは暴走王国、いや、ショウに関わることを極端に避けているのだ。
理由はわからないけれど、尋常ではないレベルでショウに思い入れがあるようだ。
それが恐怖なのか警戒なのか、それとも敬愛や尊敬なのか一切わからない。
「いい機会だ、この際だから言わせてもらう。
俺は絶対にショウとは敵対しない、偵察だけならば良い気はしないが最低限してやる。
だが、もし彼と喧嘩をする事になるのならば俺は江之死魔を抜けさせてもらう」
「へぇ。何よ、江之死魔抜けてショウの味方につくってワケ?」
「・・・・・・そうだ」
目を閉じできっぱりと言い放つ。
そこまでの決意なのか。
「抜けるだけならまだしも、私の敵に回って湘南BABYがただで済むと思ってるの?」
脅しているつもりはない。
これは警告なのだ。
江之死魔には規律がある。
裏切っておいてそれを見送るなんて絶対にできない。
リョウだからといって例外はない。
私だってリョウに制裁など加えたくはない。
だが例外を認めたら規律や規則が意味をなさなくなる。
だから私は脅すように警告をした。
「思わないさ。だが、それでも彼の敵に回る事はできない。
言い方を変えれば江之死魔に襲われる彼を見捨てることもできない」
「そう。じゃあ聞かせて欲しいんだけど、アンタとショウってどういう関係なの?」
リョウが過剰なまでに守ろうとする自分のチームを危険に晒してまでショウを守ろうとする。
その理由がわからない。
リョウが義理堅い人間なのは私が一番知っている。
負け戦確実だった梓率いる暴走王国との喧嘩だって、リョウはそれを承知で援軍に来てくれた。
すでに私にとって信頼に値する人物だ。
だからこそリョウと敵対する可能性があるのならその理由を知りたい。
「昔馴染みだ。小さい頃から今まで、一緒に育ってきた人間。
少なくとも俺にとっては江之死魔よりも大切な人だ」
一切の含みもなく、明確に言い切る。
江之死魔よりも大切。
別にその言葉自体は重くない。
元々私が暴力で傘下に加えたのだ、
むしろそんな過程があったのに今までよく力になってくれていると思う。
ただ、江之死魔を心から大切に思っている私の前でそれを言ったのだ。
それはつまり明確な敵対表明。
江之死魔がどうなろうが、ショウが危険ならばいつでも江之死魔を見限りショウに付くと。
「・・・・・・わかったわ。それじゃあ約束してあげる。
今後ショウが私に敵対しない限り江之死魔の方から暴走王国に危害は加えないわ」
「ほう、わざわざ約束までするのか」
「ええ。何なら書類書いて実印押してやってもいいわよ。
それくらいマジに約束してあげるから」
ショウの話が飛躍しすぎている。
リョウは絶対にショウと敵対しないという事だが、
私は一度も暴走王国やショウに敵意を抱いてはいない。
「別にそこまでしてもらう必要はない」
「あらそう、手間が省けて大変結構ね」
正直言ってむしろ暴走王国は私にとって少し目障りだが、それでも現時点ではありがたい存在だった。
何せとっ捕まえた敵側の奴らを毎度送り届けてくれるのだ。
おかげで現状把握が捗って仕方がない。
しかも送料無料の代金不要である。
一応アイツ等の存在のデメリットとして、こちらの将来戦力の減少がある。
どうにもショウは妙に求心力があるらしく、
実力はまちまちだが結構な数の不良をおっかけにしているらしい。
束ねても従えてもいない。
ショウ本人も困っていると梓が前にボコった不良を持ってきた時に笑って語ってた。
しかし、当人たちは暴走王国の力になりたがっているとの事で、
そんな奴らが江之死魔に入るとは思えない。
「恋奈、お前今なにか企んでいるだろ」
「まあね。ショウって奴、話し合いでこっちに引き込むとかどうかしら?」
暴走王国を慕って集まる奴らだ。
ならば現暴走王国総長を迎え入れれば自動的についてくる筈。
若干打算的だが試す価値はある。
「彼は一切口を開かないぞ」
「そういえばそうらしいわね。
何よ、シャイなのアイツって?」
「別にそういう訳じゃない。
単純に声で素性がバレるかもしれないから喋らないだけだと思うが」
ふむ。
変装して、仮面で顔をかくした挙句一切私生活は不明。
正体が一切つかめない上に想像もできない。
「何だがリョウが更に尖ったような奴ね」
「そこらへんは俺も彼も自覚している」
求心力は恐らくリョウよりありそうだ。
だが喧嘩の実力や性格はかなり不鮮明。
というより分かっていることは何もない。
ここまで素性をひた隠しにするって事は多分ショウって名前も偽名だろう。
「何にせよ、話し合いでカタを付けるのなら文句はない。
何なら俺の方から彼にお前の言葉をつないでやっても構わないが」
「助かるわ。といってもまだ暴走王国に接触を持つタイミングじゃない。
その件はまだ先の事になりそうね」
ともかくリョウがショウと敵対する気が一切無いように
私自身も暴走王国に敵対するつもりは毛頭ない。
「恋奈、最後に一つ確認するが」
「何よ」
「お前、暴走王国に対して妙に敵意が薄いのは乾がいるからだろ」
「・・・・・・」
うっさいな。
「だったら何よ、文句ある?」
「いや、それでいい。
お前らしくて実に結構だ」
珍しくリョウが微笑む。
といっても目と眉しか表情を伺うことはできないので、もしかしたら違うのかもしれないけれど。
「ただ恋奈、一つだけ忠告しておくが。
ショウの正体を知らずに彼に暴力的手段を取ればお前も必ず不幸になる。
これだけは覚えておけ」
どういう事だ。
ショウは辻堂腰越レベルの強さだから返り討ちにあうという事か?
いや、だとしたらリョウが江之死魔とぶつかることを心配する理由もない。
となると――――ショウは私の知人?
「じゃあ俺は用事があるから帰るぞ。
ああそうだ、確か今夜はヒロく・・・・・・長谷大は出かけるから
帰ってくるのは遅くなるようだ、そのパジャマを入れたバッグは無駄になったな」
「・・・・・・忠告ありがと」
素性の知れないリョウだが、大には全て明かしているらしい。
まぁ彼氏彼女ならばおかしな事ではない。
ただ、リョウの素顔ってどんなだろう。
今度大に頼んで造形がどんなのかだけでも口で教えてもらおうかしら。
「っていうかさ、リョウ」
「ん?」
これだけは言っておかねばなるまい。
「アンタ偵察なんてしなくてもショウの素性知りまくってんじゃない!」
「・・・・・・まぁな」
●
同日夜。
烏丸未唯と片岡舞香は二人でゲームセンターから帰っていた。
「う~、これじゃあ普通に買ったほうがやすかったよ」
「だからあたし止めたじゃん。
ミィがそれでもっていうから結局あたしまで余計なお金使っちゃったし」
ゲームセンターで二人はプリクラやユーフォーキャッチャー等をたのしんだ。
いかにもな女子校生二人組だ。
だが片方が妙に食いしん坊であり、少しした後ゲーセン内をぶらついていると
お菓子を景品としたキャッチャーに食いついた。
「どうしよう、あたし明日からお小遣いの日まで無一文だよ」
「自業自得でしょ。しかもそのお菓子はパッケージがやたらデカイだけで
中身スッカスカだね」
「明日のお菓子どうしよう・・・・・・」
昼間、長谷大によって危険を回避する事ができた烏丸未唯。
彼女は年頃の女の子よりちょっぴり大食らいさん。
学園にも普通にお菓子をカバンいっぱいに持ってきている人種だった。
「うわ、もう九時だよ!
早く帰らないと補導されちゃうよ!」
「マイは大げさだよ。
今時塾とかで遅帰りする子なんて珍しくもないんだから
警察も九時に歩いてる子供なんて捕まえないってば」
などと少しばかり楽天的な考えをする。
ただ、この時の彼女は少し考え方が浅かった。
確かに今時の子供は遅帰りだ。
だから警察もそうそう頻繁に捕まえには来ない。
警察は、である。
「ねぇ二人共。こんな時間にどうしたんだい?」
「え、わたし達ですか?」
「そうそう君らだよ。あ、もしかして援交帰り?
いいね、それじゃあ俺達とも今からデートしようぜ」
薄暗い道を歩いていると、いかにもな若者三人に絡まれた。
舞香はある程度不良なれしているため返答ができたが、
未唯は縮こまり口を閉ざす。
「マイ、早く帰ろうよ・・・・・・」
「うん。ごめんなさい、あたし達そういうんじゃないんで。
じゃあそういう事で」
「おいおい、そりゃつれないんじゃないのぉ?」
スキンヘッドの不良が横から怯える未唯の肩を掴む。
同時に、ウルフヘアの男と茶髪の男が舞香を通さまいと正面に立ちはだかった
「や、やめてよ。
あたしら行かないっていってんじゃん!」
「恨むんならこんな時間に外ぶらついてる自分の馬鹿さを恨むんだな。
まぁそう怖い顔しないでよ、この後はきっと楽しいからさ」
「へへ、違いねぇな。
と言っても楽しいのは俺らだけかもしんねーけどよ」
「痛いってば、引っ張んないでよ!」
舞香は未唯を守ろうと正面の二人を睨みつける。
しかしそれも男達にはささやかな強がりにしか映らない。
むしろそういう強気な態度を楽しそうに見ているくらいだ。
「へぇ。
君結構いいカラダしてんじゃん」
「ちょ、やめてっ。触らないでよ!」
スキンヘッドの男が好色な目で未唯の体を見て、触ろうと手を伸ばす。
だがその手を弾く。
それが大変気に食わなかったようで、即座に目の色を変え始める不良たち。
「いってぇ・・・・・・おいおい、手を叩くなんてヒッデェな」
「マジかよ、手ェ腫れてんじゃん」
スキンヘッドが弾かれた手を大げさに痛がり始め、
それを茶髪の男がはやし立て始めた。
これだけ騒げば多少人通りが少ないとは言え周りの人間も気付く。
だが介入してくる人間はいない。
誰もが不良に囲まれる二人を見て見ぬふりしていた。
「あーあ。先に手を出したのはそっちだからな。
よっしゃ、それじゃあ慰謝料は俺達を楽しませてもらうことでよろしく」
「い、いや!
誰か助けてください!」
手を引かれ、焦った舞香は叫び声をあげる。
だが誰も彼女を助けようとはしない。
それも仕方がない、誰だって痛い目なんて遭いたくない。
それこそ不良三人に果敢に挑む者なんてそう居るはずもない。
「へへへ。君は俺の相手してもらうぜ」
「やめて! 放してってば!」
「チッ、うっせぇな!」
「あう!」
暴れる未唯に苛立ったスキンヘッドは逆上して彼女の頬を少し強く叩いた。
人の暴力に馴れていない未唯はそれだけで呆然として思考停止する。
痛みもある、だがそれ以上に恐怖で考えがフリーズしたのだ。
そして二人はこの先起こるであろう恐怖に怯えながらも、
不良たちに手を引かれて行った。
ただ、その現場を見ていた人間の中に一人だけ
彼女達をよく知る人間がいた、
最近日課の我那覇と梓による特訓を終え、汗をかいたまま帰宅している大である。
「・・・・・・ふむ」
大は今この場を移動した不良たちの後を気づかれないように追跡し始めた。
●
二十分後。
烏丸未唯と片岡舞香は先ほどよりも人気のない駐車場へと連れてこられた。
その駐車場には車が一台しか駐車されていない。
ただ、その一台の車はかなりの大きさだった。
「さて、それじゃあ中に入ってよ。
誰か来るとも思えないけど見られると困るからさ」
「あ、や、やだ」
その車の後部座席を開ける。
するとそこは明らかにそういう行為をする用に改造されていた。
広い車にスカスカの後部座席。
その道の常習犯であることを二人は否応なく理解したのだ。
「やめねーよ。
あんまり女痛めつけるの好きじゃないんだけどさ、
それ以上ごねる様だったらマジでぶん殴んぞ」
「いや! やめて!
あたし達を帰してよ!」
すでに追い詰められ精神的に限界が来たのだろう、未唯がヒステリーを起こしたように叫ぶ。
「馬鹿アマが」
ウルフヘアの男が癇癪を起こし、拳を硬めた。
ほか二人の不良も苛立ったらしく、車の中から鉄パイプとナイフを取り出す。
「いい加減に黙れよ。
次叫んだら二度と見られないツラにするぞ?」
「う、うぅ・・・・・・」
「マイ、どうしよう・・・・・・」
目に見える凶器。
流石にそれを目の当たりにしては黙らざるを得ない。
舞香と未唯は震えながら互いに体を寄せ合う。
「そうそう、そうやって大人しくしてたらいいんだよ」
「んじゃこっちにこい」
スキンヘッドが二人の服を掴み引きずるように車の中へ入れる。
そして外の男三人は下劣な笑みを浮かべ、一緒に中にはいろうとした瞬間。
その場に爆裂音が響いた。
「ぐぇあ!?」
一番車から離れたところにいたウルフヘアがその場から数メートル吹っ飛び、
コンクリートの壁に直撃した音だった。
「・・・・・・」
全員が驚いてその音の方向を見る。
そこには白目を向いて地面に仰向けで倒れるウルフヘアの姿。
そして、そこから少し離れた場所に一切の気配なく佇む仮面の男。
ショウの姿があった。
「な、何だお前!?」
「おい、アレって最近湘南に現れた暴走王国のショウってやつじゃ」
既に知名度が高まり始めていたショウ。
彼を知らないスキンヘッドと噂程度に聞いている茶髪。
彼らは得体の知れないショウの姿に面食らう。
だがショウはその二人を無視し、彼らのいる車に近づいた。
不良達は彼の行動を警戒し、不用意に動かない。
故に彼は邪魔されることなく車の中を確認することができた。
「だ、誰?」
「ひっく・・・・・・怖いよぅ」
未だ逃げる意思を残す舞香。
それに対して未唯は泣きじゃくっていた。
無理もないか。
ショウは内心そう思い、二人に手を伸ばした。
「怪我はない?」
「・・・・・・え?」
驚く舞香。
驚いたのはその風貌にではない。
不気味な衣装と仮面をかぶり、おおよそ一般人とは思えないその風貌から出た優しげな声に驚いたのだ。
だが、彼が言葉を発したのはその一回きりで後は黙って手を差し伸べるだけだった。
舞香はその手を受け取るべきか迷う。
何せこの男は得体がしれない。
どうすべきか考えていると、車の外から声が聞こえた。
「テメェ。一体何のつもりだよ」
「人様がせっかく捕まえた獲物横取りしてんじゃねぇぞ」
ショウに敵意をむき出しにして吠える二人。
それを聞いたショウは未唯と舞香に聞こえるくらいに大きなため息を吐いて
出した手を引いて外に顔を向けた。
「・・・・・・」
一切語らない。
だただた憮然とした態度で車の前に立つショウ。
「噂は聞いてるぜ、お前暴走王国のショウだよな」
茶髪の男は何やらにやにやとした顔で手にした鉄パイプを撫でながらショウに近づく。
ショウはそれに動じず、内心を悟らせない。
「暴走王国ってさ、実際まともに喧嘩してんのは我那覇ってのと乾って奴だろ?
お前がやりあってる所を見た奴は少ないし、
やりあったとしてもお前が倒してるのはいつも二人とか三人程度って話だ」
その噂は本当だった。
喧嘩になればいつも梓と我那覇が大暴れし、何人いようが壊滅させる。
対してショウはというと、彼自身が喧嘩を行うことは少なく
例えやり合う事になっても数人程度しか相手にしない。
「へぇ。じゃあコイツってもしかしてお飾りの総長って奴?」
「そうそう、結構噂になってんだぜ」
徐々に、ショウを見る目が変わり始める。
先程までは警戒の目だったが、今では獲物を見る目となっている。
「じゃあラッキーじゃん。
雑魚いコイツをぶっ倒せば俺ら大金星じゃねーか」
「鴨がネギしょってきたって感じだな。へへっ」
既に二人は臨戦体制。
ショウは少し困ったように息をつく。
そして顔だけを少し動かし、未だ車の中で怯える二人を見る。
「・・・・・・」
「マイ、あの人・・・・・・誰?」
「知らない、でも悪い人じゃないかも」
どうやら先ほどよりも未唯は落ち着いているようだ。
二人は抱きしめ合って恐怖ではなく僅かな希望の目でショウを見ていた。
彼はそれを確認した後、再び前を見て不良たちを視界に収める。
「・・・・・・あの背中、どこかで見たことある気がする」
未唯はショウの背中を見て、傍にいる舞香にすら聞こえない大きさで呟いた。
「へっへっへ、それじゃあ――――死ねや!」
真っ先に襲いかかる茶髪。
鉄パイプを振りかざし、真っ直ぐショウに振りかぶる。
流石に凶器の前では不動ではいられず、体を半身にして振り下ろされるパイプを躱す。
「ちっ、外したか! もう一回だオラァ!」
振り抜いた姿勢のまま、今度はバットを振り抜くかのように横向きに振り回す。
風切り音は凄まじく、直撃すれば骨折は免れない事が伺える。
不良に一切の手加減の気配はない。
本当に殺す気でパイプを振り回している。
「・・・・・・」
自身に迫ろうとする鉄の塊。
一般人ならば走馬灯が見える程の状況。
ショウはマスクの下にある目でそれを冷静に見ながらも今度は一切回避を取ろうとしなかった。
ただ、足を僅かに内股にし両拳を握り締めただけだった。
「危ない!」
声を荒げて叫ぶ舞香。
だがそれも虚しく響き渡る轟音。
明らかに鉄パイプは直撃した。
「ど、どうしよう!
あの人まともに鉄パイプで殴られた、救急車呼ばないと!」
慌てふためく舞香。
だが未唯はそれを不思議な目で見ていた。
「待ってマイ、なんかおかしくない?」
「え? おかしいって何が」
二人は少し冷静になり、ショウと茶髪を見る。
すると茶髪の方が顔を苦痛に歪めている事に気付く。
「い・・・・・・ってぇ!」
鉄パイプを手放し、両手を見る茶髪。
見ればその手は完全に内出血しているかのように充血している。
「何だこりゃ!?
コンクリートでも殴ったのかよ俺!?」
茶髪はショウを殴った手応えに慌てていた。
確実に彼はショウを殴った。
だというのに彼が感じたのは固いものを殴った感触。
強烈な手のしびれに悶絶する。
「・・・・・・」
その姿を確認し、内股の姿勢を崩しゆっくりと手を伸ばすショウ。
茶髪は泣き叫びそうになるほどの痛みを訴える手にのたうち回りショウの手に気づかない。
「おい馬鹿! 気をつけろ!」
スキンヘッドが茶髪に警告する。
「へ?」
だが時すでに遅し。
その手はすでに目前に迫っており、気づくのと同時に彼の肩に手は触れていた。
瞬間、同時に消えるショウの体。
消えたと同時に茶髪の体に襲いかかる途轍もないインパクト。
「げほっ!」
凄まじい速度のゼロ距離からのタックルをまともにくらい、
唾をまき散らしながら勢いよく吹き飛ぶ茶髪。
そして最初にやられたウルフヘアの隣の壁に直撃し、その衝撃で気絶。
ズルズルと地面に落ちたあとピクリとも動かなくなった。
それを確認し、タックルのまま固定した姿勢を崩すショウ。
「シュー・・・・・・」
息を吐く音が周囲に静かに響き渡る。
「へ、へへ。おいおい、マジで普通につえぇじゃんかコイツ・・・・・・」
今の一連の流れをみて固まるスキンヘッド。
引きつった笑みを浮かべながらゆっくりと倒された二人の元へ歩く。
「鉄パイプで殴られてノーダメージとかありえねぇだろお前」
怯えた目を向けながらスキンヘッドの足元にしゃがみこみ、落ちていたナイフを拾う。
刃をショウに突きつけた。
鉄パイプで殴っても倒れないのなら刃物で相手するしかない。
既にスキンヘッドは追い詰められてショウを殺すことしか頭にないのだ。
だがショウはそのナイフを見ても微動だにしない。
逃げる素振りも見せなければ自分から動く気配も見せない。
完全な受身の態勢。
それを見て怖気づくスキンヘッド。
しかしもう彼にも余裕がない。
「おらぁぁぁぁ!」
右手にナイフを掴みやけくそに襲いかかる。
「・・・・・・」
それを見たショウは自身の足元に転がっている鉄パイプを掴み取る。
先程倒した茶髪が持っていたものだ。
顔を真っ赤にしたスキンヘッドはそれすら意に介さずナイフを振り回す。
そのナイフは切れ味が鋭く、人の皮膚などたやすく切り裂く。
重要な血管などを切られた日にはいくらショウとて命に関わる。
そんな自分の命を刈り取ろうとするナイフ。
そのナイフのリーチよりはるかに長い鉄パイプ。
スキンヘッドがヤケクソ気味にショウの射程に入った。
同時にショウが鉄パイプを振り抜きスキンヘッドの右手を打ち抜く。
「づぁ!?」
これにたまらずナイフを落とすスキンヘッド。
慌てて拾いなおそうとするが、興奮しきっているため砕けた手のひらの痛みに気づかずナイフを取れない。
左手でつかもうとするも、ショウの気配に気づき顔をあげる。
するとやはり視線をそらした瞬間にショウが近づき手を伸ばしている事に気付く。
驚いた彼はショウを振り払うために拳をショウのマスクに全力で叩きつけた。
拳を強く握り、死ぬ気で放ったそれは当然重く硬い。
まともに喰らったショウは一瞬動きが硬直する。
が、止まらない。
続く連打を喰らいながらも止まる気配は一切なく、手はゆっくり伸ばされる。
大人しく下がればいいものをスキンヘッドはその発想にいたらない。
必死に恐怖を振り払おうと、砕けた手と無事な左手でショウを殴りまくる。
しかしそれも長く続かない。
ショウを殴った際に手に返ってくる鉄を殴ったような感触に無事だった方の左手も砕け、
元々砕けていた拳は更に無残なことになる。
あまりの激痛にスキンヘッドは我に返り、慌てて目前まで迫った手から離れようとするが遅い。
―――――掴まれる肩。マスクの奥から来る視線。
恐怖を感じると同時に他二人同様に腹部に襲いかかる衝撃。
「げぇ!」
今までで一番勢いよく吹き飛び、猛烈な速度なまま二人と同じく壁に叩きつけられ失神。
不良三人は全員が同じ技に打ちのめされ、全く同じように壁に叩きつけられてショウに叩きのめされた。
辺りには相変わらず人気はなく、夏の始まりを知らせる風の音が聞こえるのみ。
ショウは火照った身体を冷やすために大きく息を吐く。
だが、その際に鉄パイプで殴られた箇所に激痛が走り咳き込んだ。
「げほっ、つぅ・・・・・・」
肋骨ではなく腹筋の部位を殴られたのだ。
最悪内蔵を痛めている可能性がある。
僅かに冷や汗をかく。
「あ、あのぅ」
舞香の声の方向に顔を向ける。
そこには車のドアから頭だけを出してこちらを除く二人の姿が。
顔に暴行されたあとは一切なく、多少涙の跡が見えるものの最初に服装を確認した時に乱れもなかった。
つまりは間に合ったということ。
その事実にショウは安心した。
彼がそう思い脱力していると舞香の後ろからドアを押し開け、未唯が飛び出す。
そしてそのままショウの目前まで駆け寄った。
「あの、ありがとうございました!
本当に、もうダメかと思ってたんです」
「・・・・・・」
ショウの手を握り、潤んだ瞳で礼を言う。
余程怖かったのだろう、未だに彼の手を握る手は震えている。
その手を振りほどくことなく彼は黙って手の震えが止まるまで握る。
「ミィ、大胆だ」
そんな二人を見ながら舞香も車から降り、一息つく。
だが冷静になると自分の服、いやさ下着が大惨事になっている事に彼女は気づいた。
「やば、少し漏れてる・・・・・・」
完全に漏らしたわけではない為、傍目では誰にもわからない。
だが当人はそれどころではなく、濡れてしまった下着を気持ち悪そうにした。
●
ショウ達が駐車場で一安心しているその時、彼らを遠くから眺める二人の姿があった。
その二人はとあるマンションの屋上を陣取っている。
「いい匂いがしたから付いていったら面白い事になってんじゃん」
「面白くなんてないだろ。
俺はヒヤヒヤしたぜマジで」
一人は腰越マキ、そして二人目はチーム『ベンテン』を率い、
同時に現在まで着々と千葉、茨城、埼玉、群馬の不良を集め統率しようとする水戸角助だった。
「大体さ、彼に何かあった時にこんな望遠鏡がないと見えない距離空けてて大丈夫だったわけ?
明らかに俺は間に合う気がしないんだけどさ」
「私は余裕で間に合うぜ。
お前がおっせぇだけだ、一緒にするなよな」
「ははは、流石この距離から肉眼で観察してる化物は言うことが違うね。
そりゃ俺なんかと一緒にされたくないよね」
屋上からショウ達を眺めている水戸の手には多少高価そうな望遠鏡が握られていた。
結構な距離が彼らとの間にあるため、これを使わないとまともに見えないのだ。
だがその隣に座るマキは何も使わず、自身の視力のみで観察していた。
元々二人は打ち合わせて一緒にいるわけではない。
ショウが不良達を追いかけているところを目撃した水戸が更にショウを追いかけ、
同じタイミングでショウの匂いをたまたま嗅ぎつけ追いかけたマキと遭遇した。
立場上水戸としては無視するわけにもいかず、そのままマキに付いていった。
完全に偶然な鉢合わせである。
「あのバカ、毎日怪我してると思ったらそういうことかよ」
苛立ったように吐き捨てるマキ。
その苛立ちはショウが怪我をした事によるものもあるが、
ショウが喧嘩をしたという事実にも感じている。
「しかし何だ。皆殺しともあろうお人が一人の男を結構本気で追いかけてるとはね。
何? まさか君とショウって出来てるのかい?」
「ああ、そうだな。アイツは私のお気に入りだ。
そりゃお気に入りが危ない事に首突っ込んでりゃ面倒見てやるさ」
マキ自身、眺めている途中何度も途中ショウ達の喧嘩に乱入しかけた。
特に鉄パイプで殴られたときなど水戸が慌てて止めなければ不良達を殺しにかかっていたかもしれない形相だった。
「そりゃ俺も安心できるね。
この湘南で最強クラスのボディーガードが彼についてれば俺も一安心だ」
水戸自身もショウが喧嘩に割り込んだ時は内心慌てていた。
何せ彼もショウをこの上なく気に入っている。
ショウの素性を知る彼はショウ自身がまともに不良と喧嘩をして大丈夫なのか?
その心配と疑念があった、そんな中今の喧嘩である。
実際の所、例え先ほどの喧嘩でショウ自身が危なくなればマキや水戸が助けに入っていたという訳だった。
勿論ショウ自身はそんな事は知らない。
だが知らない内に確実に助かる手筈が整っているあたり彼の豪運は確かなものだろう。
「お前、何でアイツが喧嘩なんかしてるのか知ってんのか?」
初めてマキは水戸の顔を見た。
それまでは眼中にないとばかりに一切顔など見ておらず、
扱いもぞんざいだったのだ。
「知ってるさ。何せ俺とショウはマブダチだ、
もう隠し事なんて互いにしてないと言い切れるくらいなんだぜ」
「そんな事はどうでもいいよ。
じゃあ知ってることを全部話せ、じゃなきゃぶっ殺す」
突然、眼光を鋭くし水戸を脅すマキ。
「おっと、突然の脅迫。
これは怖い、凄い俺びびってるよ。
牙が抜ける前の皆殺しのマキってのは元来こんな不良だったってワケね」
しかし水戸は両手をあげて無抵抗の意志を示す。
それと同時に薄く笑いながらマキの強烈な殺意を示す瞳を見返した。
「だけどおかしいな。
君、不良やめたんだろ?」
「・・・・・・っ」
僅かに動揺するマキ。
それを水戸は見逃さない。
「はっ、何の事だよ。
いいからさっさとショウの事を話せ。
次それ以外の事を言ったらその口潰すぜ」
より濃度を濃くする威圧感。
誰にもある生物としての本能である恐怖心を刺激され冷や汗をかく水戸。
成程、確かにメンチだけで不良を文字通り倒すという噂は本当のようだ。
それを再認識し、マキの尋常ではない実力の片鱗を知った。
しかし恐怖に呑まれるほどヤワな性格を彼はしていない。
「喋らないさ。俺に彼に喋らないという事を約束した。
俺はどうしようもないロクデナシだけど、親友の約束を破りたくはない。
何よりも、不良でも無い奴の脅しに負けちゃそれはただの腰抜けだ」
強がりに変わりないが、笑みを浮かべてマキをいなす。
その度胸を決めた水戸の態度にマキは片眉を上げた。
「お前、私が不良抜けた事をどこで知った」
「二つ目の質問か、でもこっちなら答えてもいいね。
・・・・・・ただの知ったかぶりの決めつけさ、単純に何の根拠もなしに二度決めつけただけだ」
水戸は実の所、マキが不良をやめた事など知る由もない。
ただ噂程度ならば知っていた。
最近皆殺しが暴れているところを見ない、
男にうつつを抜かしている。
彼女に挑発をしても乗ってこない。
そう言った噂が湘南には広まっていた。
マキが不良を抜けた事を知る人間は誰一人としてその事を口外していない。
だがマキが不良を抜けたのではないかという噂は否応なく広がる。
「へぇ。私は引っかかったってワケか」
「まぁね。やっぱり君が不良を抜けたのはマジだったって事か」
「別に隠してたつもりはねぇよ。
一々不良やめるのに何で他人に言わなきゃなんねーんだよ。
そのドヤ顔やめろ」
「そりゃ失礼、ちょっと上手くいきすぎてね。
こんな顔になるのも仕方ないと思ってくれ」
マキは仕方ないように大きく、
本当に大きなため息を吐く。
「それでどうするんだ。
君も気づいているんだろ?
各県の不良たちが湘南を制覇しようと集まりだしてるのをさ」
「集めてる張本人が言うことかよ」
「その応答は知ってるって事で受け止めても良さそうだ。
で、そんな状況で三大天が崩れて君はどうなると思う?」
水戸の問いにマキは眉を寄せる。
どうなるか。
そんな事は予想がついている。
「残っている方の片方にお前らが付き、漁夫の利を狙うって所だろ。
さしずめ江之死魔なんて取り付きやすそうだ」
「そうだ、表向きは辻堂落としの協力関係。
だがそれが終われば内部からのクーデター。
それが今の所俺が考えているプランの一つだ」
もっとも、それも一度は失敗した作戦だがと言いそうになるが堪える。
「三つ巴じゃない以上片側に協力すれば直ぐに決着なんてつく。
特に江之死魔なんて見た感じ血気盛んな奴らが目白押しだ、
片瀬のお嬢さんを口説けなくても部下を焚きつけてある程度誘導できる」
マキは退屈そうにその説明を聞く。
こうやってペラペラと作戦を喋っている以上、それが本命でないこと等わかりきっている。
だから彼女は全く食いつかない。
水戸もそれに気づき、口を止める。
「一般人、ただの高校生の君になら一つヒントをあげようか。
ヒントくらいならショウも許してくれるだろうしね。
いや、彼なら全部話してしまっても困り顔で許してくれるだろうけど」
ショウの名前を出した途端にマキは反応する。
わかりやすい彼女に水戸は苦笑した。
「三大天の時代は終わった。
だからといって二度と三大天の時代が戻らないとは限らないって事だ」
「・・・・・・くどい言い方しやがって」
マキは水戸の言葉を反芻する。
そしてその言葉の真意に即座に気づいた。
「その反応はわかっちゃったって事で良さそうだ。
参ったね、今度どのツラ下げて彼に顔を合わせりゃいいことやら」
全く申し訳なさそうな顔をしていない水戸。
彼は頭をポリポリと掻きながら話は終わりと言わんばかりに背を向け望遠鏡を懐に仕舞った。
マキは怪訝な顔をして考え込む。
マキ自身ももう水戸に用はなかった。
「あぁそうだ。これは俺からの言葉だけどさ、
君が考えるべきはショウが何をしようとしているかじゃない。
誰の為にこんなことをしているか。そっちを考えたほうが良いと思うね」
元々ショウは喧嘩などをする人間じゃない。
人を殴ることなんて慣れてもないし、殴りたいとも思わない。
それこそ平和主義者な性根だ。
そんな彼が自分の価値観を歪めて喧嘩を繰り返している理由。
それは重要なことじゃない。
水戸はマキにショウが何故喧嘩をしているのか、ではなく
誰の為に喧嘩をしているのか。
それを考えることを勧め、その場を去った。
屋上に一人残るマキ。
考えても答えは出ない。
どんな答えを出してもそれが合っているのかなど判るはずもない。
気まぐれにショウ達のいる駐車場を眺める。
するとそこでは安心して腰を抜かした未唯をおんぶして運ぶショウの姿があった。
先ほどの喧嘩のダメージが結構きているらしく、女ひとり抱えてかなりふらついている。
「何やってんだか、本当に」
そんなショウの姿にクスリと笑う。
「・・・・・・誰の為、か」
水戸の残した疑問。
マキはその答えを探す事を決めた。
●
後日、暴走王国の追っかけに新しい姿が増えた。
「こんばんは、はせく・・・・・・ショウ君。
ほら、これ昨日出た新作のチョコなんだよ。食べる?」
「・・・・・・」
「ちょ、ちょっと唯センパイ。
マジでショウセンパイの素性が広まると困るんで気をつけてくださいよ」
「未唯だっつーに」
夜。
もはや日常となった喧嘩が終わり、暴走王国が一息付いているところに烏丸未唯の姿があった。
彼女は先日、ショウに助けられ腰が抜けたため帰り道はショウがおんぶし、家まで送られた。
途中ショウのあまりの不審人物さに何度か警察につかまりかけたが、未唯と舞香が罰ゲームでそういう格好をさせていると説明し
乗り切った経緯がある。
「あ、あのショウさん。
これ、私が作ったマスクです。予備に使ってくださると、その・・・・・・嬉しいです」
「お~、凄いじゃないっすか。
これ完全にショウセンパイがいつもつけてるのと一緒じゃん」
「ホントだ、すごいなぁ」
「ふふ、私手先だけは器用ですから」
ショウは追っかけの一人、名前すら知らない女の子が渡してきたマスクを受け取る。
どうにも先日の喧嘩でマスクにヒビが入ったため、それを知った彼女が一晩で仕上げたらしい。
ショウとしてもヒビの入ったマスクなどいつ割れてもおかしくない為、渡りに船だった。
頭を下げ、感謝の姿勢を見せてからマスクを受け取った。
「はせく・・・・・・ショウ君。
そのヒビ入ってる方のマスク捨てるんだったらさ、あたしが貰ってもいいかな?」
「うおい!
唯センパイ言ったそばからバラしかけてるじゃねーっすか!?」
「未唯だっつーに」
何故未唯がショウの素性に気づいたのか。
些細なきっかけが原因だった。
背負われた時に見た首筋の黒子の位置
そして背負われた感触、抱き心地。
甘えん坊の未唯だからこそわかる、甘えた時の反応がとある人物と完全に一致していた。
さらに言えば、それを疑い別れる際に彼女は彼の本名を試しに呼んでみた。
すると彼は何気ないように、当然のように振り返った。
そうなれば後の祭り。
ショウはマスクをしていても分かるほどに焦燥した。
「ダメです。ショウさんの今つけているマスクは新品のこれと交換です。
あ、ショウさん。後でこっそり私に下さいね」
「横暴だー!」
「いや、普通に正当交換っしょ」
未唯はショウの素性を内緒にする事を約束する代わりに一つお願いをした。
それは―――――
「・・・・・・」
「あ、センパイが唯センパイのお菓子食べたいそうっすよ」
「未唯だっつーに」
「マスクの隙間から器用によく食べられますね、ショウさん」
「でもセンパイって昨日からやたらお腹痛そうにしてるけど食べられるの?」
時々でいいから一緒に夕御飯なりお菓子なり、一緒に食べようという約束だった。
「あ、あー。最強の番長さんにやられたからね。
仕方ないよ」
ショウは鉄パイプで殴られた所よりも数倍痛むお腹をさすりながらうつむいていた。
暴走王国は大家族のように騒がしい、しかし大家族のようにアットホームだった。
あとがきです。
週一更新するといったそばから反故して申し訳ない。
しかしどうしたものか、今回も2.5話分くらいの長さ。
メインばかりに焦点を当てずサブも書いて話を深くしようと思ったら話がひろがりんぐ
というか一話にまとめ切れない。
流石に2万3千文字は見直しするのも時間がかかるし恐らく読んでてしんどい筈・・・・・・少し反省しよう。