自由が欲しかった。
縛られる人生が嫌だった。
初めて知った世界は緑色の霧のスラム。
昼は死なないように霧の中に蹲り、夜は糧を得る為に彷徨い歩く。
地獄の様な日々だったけど、夜だけは霧も晴れて吸い込まれる様な夜空に星がいくつもキラキラ輝いていた。
おもむろに手を伸ばす。
でも、伸ばした手は短くて、空には少しも届きはしない。
いつか。
今よりもっとこの手を伸ばせたら。
いつかは、あの綺麗な空に手が届くだろうか。
輪廻転生。
人が何度も何度も死んで、その度に別の人生を繰り返すこと。
……もっとも、人ってやつには生まれ変わるなりに必要な要素があって、悪いことをすればソレはどんどんどんどん薄汚れていく。
その度にそいつは黒く濁っていって、いっぱい黒ずんだ魂は地獄に行っちまうらしい。
ーーそいつは良い。黒に染まり切った俺は、もうすぐ地獄に行くだろうさ。
意味も無く感傷を口にした相棒に、自嘲気味に皮肉ったジョークを返した。
するとそいつは少し考えて、俺が地獄に落ちるなら、当然自分も一緒に落ちるべきだと主張した。
曰く、お前は私の全てであり、同時にお前は私のもので。
だから手放すことがない様に何処に行こうと一緒に付き添うのは当たり前だ。
へぇ、と俺は相槌を打って。
何がおかしい、と相棒はネクストの装甲を殴った。
ガツンと音がして、痛い筈なのにそれをおくびにも出さず、澄ました顔で相棒は俺の肩に自分の頭を乗せた。
夜に咲く桜を溶かしたような、サラサラとした髪を丁寧に撫で、俺は彼女の頰に一つキスをした。
「おやすみ。セレン……」
「……」
俯き加減の彼女は何も言わなかった。
けれど俺には、その姿が何処か安心し切った彼女の素顔なのだと知れてとても嬉しくなった。
空を見上げると、今まで見たことがないくらい綺麗な世界が広がっていた。
手を伸ばしてみた。
夜空を触る事はできなくて、虚しく風を切る。
でも、それが逆に面白くて、傍の彼女に笑いかけた。
なあ、セレン。見てみろよ。ほら。とっても綺麗だ。……本当に、きれいだ。
彼女は何も言わなかった。
俺もそのことを知っていた。
少し時間が過ぎて、星と月が映える夜の中に見知った白百合と白鳩、それに緑の笑顔を見た。
どっちも俺の知ってる人で、セレンと同じ、俺の大切な人。
さわりたくて、ふれたくて、抱きしめたくて無理に手を伸ばすけど。
なんでか力が入らなくて、結局俺の膝上に置かれたセレンの手と重ねることにした。
彼女たちは泣きそうな顔で俺とセレンを見た。
きっと、悲しくて泣くのだろう。
でも俺はなんでかそのことがとても嬉しかった。
幸せだった。
きっと、嬉しくて笑ったんだ。
大切な人の傍で、大切な人達に囲まれて。
やがて夜空に一筋の光が差し込む。
夜明けだ。
黄金の夜明け。
薄汚れ切った大地を黒で覆い、その上から白で染め上げていく。
これで良かった。
世界はこれからも廻り続ける。
セレンもリリウムもエイもメイも、旅団のみんなも。
みんな、みんな。
みんなが生まれ変わる世界はきっと優しい世界だ。
黒は余すことなく俺が背負うから。
どんな黒も、全部俺が貰うから。
そしたらみんな白くなる。
白くなって、きれいになって、次もきっと良い人生を送れるようになる。
だってみんな頑張ったから。
人が生きれるように世界を変えることが出来たから。
だから。
だからさ。
地獄に落ちるなら、俺だけで十分だからさ。
かわりに、幸せになってください。
それが俺の願いです。
セレンにいう。
さいしょでさいごのわがままです。
セレンが心を隠さないで済む世界に。
いつも怒った顔にならない世界に。
笑顔がとっても似合う世界に。
おねがいします。
セレンはとっても良い人だから。
気付けば笑っていた。
もう、思い残す事はなくて、彼女達に囲まれて眠れることが嬉しくて。
セレンもきっとこんな気持ちだったんだと理解して。
少し眠くなって。
……ああ、いつ聴いても耳に残る綺麗な歌声だ。
リリウムの歌声が響いた。
最愛の人に贈る鎮魂歌。
エイのネクストから夜明けの空へ打ち上げられた花火。
いつ見ても見惚れてしまうメイの笑顔。
ずっと見ていたかった。
でも、やっぱり眠くって。
リリウムの声に涙が混じって。
気付けば3人とも泣いていて。
あたまを撫でてあげたかったんだけど。
もう呼吸もままならなくって。
そろそろ疲れた。
少し、残念、で。
もう寝なくちゃ。
3人がおれをみてて。
眠い。
笑顔で。
さいご。
「おやすみなさい」
………あぁ、うん。おやすみ。