赤城のグルメ   作:冬霞@ハーメルン

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赤城さんがあちらこちらでご飯を美味しそうに食べるssです。
店舗についての質問にはお答えかねます。
感想などでも言及はなさらないよう、ご協力お願いします。



東京都千代田区御茶ノ水の鉄板焼き定食

 

 

 東京、御茶ノ水。今日も様々な楽器屋が軒を連ねる大通りは、学生達でごった返していた。

 秋葉原、神田、神保町などにもほど近いこの街は、多くの大学を擁する学問の街としても有名である。一方で先ほども述べたように、楽器を扱う店も非常に多く、人の出入りが絶えることはない。

 髪を茶色に染め、流行りの洋服を羽織ったたくさんの学生たち。そんな人波の中、随分と人目を惹く一人の女学生の姿があった。

 

 

「すごい人の数‥‥。静かな鎮守府とは大違いですね。提督から適当にご飯を食べていろと言われましたけど、どこでお昼にしましょうか‥‥」

 

 

 太陽の光を吸い込んでしまいそうな、美しい黒髪。温和な雰囲気の中にも快活で、意思の強さを見せる光を宿した瞳。そして今時の若者だったら卒業式や成人式でしか着ないだろう古めかしい袴姿。

 女子大学生とも、女子高生とも言えない。まさしく“女学生”という表し方が相応しい。まるで明治時代、大正時代の一枚絵から抜け出して来たかのような少女。どうしても好奇の視線に晒され、そしてそれらを一切気にした様子もなく、堂々と、涼やかに穂を進めていた。

 

 

「チェエン店‥‥ではちょっと風情がありませんよね。せっかく学生の街に来たんだから、学生が行くような、そんなお店に入りたいですねぇ」

 

 

 回りを見回せば、どこにでもあるような牛丼屋、ファストフード店、立ち食い蕎麦などが立ち並んでいる。

 確かに安くて量を頼めるチェーン店は彼女にとってはご贔屓だ。しかしそれも、要は自分のお金で食べる時の話で、しかも通い慣れた街や時間に余裕がないときのこと。せっかく初めての場所に来たのだ、ご飯は楽しんで食べたいものである。

 

 

「‥‥あ、ここは」

 

 

 駅の近くから大通りを歩き、小高い山の上にあるホテルへと続く道を通り抜け、見上げるほどに大きな大学を横目に過ぎ去り、屋根で日陰になっていた店の軒先で、ふと立ち止まった。

 すごく懐かしさを感じさせる、古き良き洋食屋だ。ショーウィンドウには様々なメニューが並び、ほかにもオススメであることを胸を張ってアピールしたポスターがたくさん飾ってある。どうやら六十年もの老舗らしい。洋食屋でこれだけ長くやっているとなると、この町でたくさんの学生たちを見守ってきた由緒ある店なのだろう。

 

 

「ここなら趣向にも沿います、よね。‥‥特盛、食べきったら無料? 食べきれなかったら50円? むぅ、これは挑戦でしょうか」

 

 

 学生、それもスポーツ系の部活に所属している男子学生ともなれば胃袋の容量も大したものだろう。そんな学生たちの胃袋を満たすための粋な心意気。しかし逆に言えば、食って見せろという挑戦ともとれる。

 挑み甲斐がある。普段から大食らいとしてからかわれている己だが、まぁ食べることが好きだというのは隠しようがない真実。それを満たしてくれるというなら、是非もない。

 

 

「‥‥ごめんくださーい」

 

 

 少し重たい扉に手をかけ、店の中へと足を踏み入れる。

 よく冷房の効いた店内は歴史を感じさせる、とても古い木の造りだった。テーブルも椅子も分厚い木。使い込まれており、角はすっかり丸まってしまっている。ギターの音色がBGMで、クラシックよりもこの街には似合っているような気がした。

 

 

「いらっしゃい! お一人さま? じゃあそっちの、広い方にどうぞ!」

 

「あ、はい、どうも‥‥」

 

 

 次の瞬間、店中に響く快活で大きな声。よく日に焼けた、ガタイのいいマスターのお出迎えである。

 こちらが何か言う前に、てきぱきと案内された席へと座る。まるでコロコロと転がされて進水する新造艦のような気分であった。

 クッションも何もない無骨な木の椅子はやけに居心地が良い。多くの人が座り、この木も人になじんでいるのだろう。どちらにしても、どんな椅子だろうと鉄板よりはマシかしらと一人ごちる。

 

 

「はい、お水どうぞ」

 

「あ、はい、どうも‥‥」

 

 

 よく冷えた水をグラスに注がれ、そしてすぐに歩き去ってしまった。一人残され、茫然とメニューを見る。

 なるほど、牛肉と玉ねぎの鉄板焼きが基本メニューで、それに色んなオプションがつくようだった。他にもオムライスやサラダなど、洋食屋らしい品々も並んでいる。これは、悩む。

 

 

(初めて来るお店では、スタンダアトなメニュウを頼むのが王道。ですが、どのお料理もおいしそうで目移りしてしまいますね‥‥!)

 

 

 一番お安い、基本メニューではお腹は満足しないはず。となると倍の量あるダブルで頼むか、或いは思い切って二品頼んでしまうか悩むところだ。

 しかし初めてのお店で二品、なんて外道な注文は気が引ける。もし自分が冴えない中年のサラリーマンだったりしたら、そういう羞恥心とは縁がないのだろうが‥‥。生憎と年頃の女学生である。あまりはしたないことはしたくない。

 もちろん修理の必要があって入渠する時は、まぁ話は別であるわけだが。

 

 

(うん、やっぱり基本を抑えるのは大事ですよね。あとは、出来ればボリュウムのあるものを)

 

 

 よし、とマスターを呼ぼうとメニューから顔を上げる。

 この注文するときが一番外食で緊張する瞬間だ。大声を上げては目立ってしまって無粋だし、当然立ち上がって呼びに行くのは論外。かといって長いこと黙って座っているのでは不格好すぎる。

 出来るだけ自然に、なおかつ早く気づいてもらえるように。かつ不作法に催促するわけではなく、あくまで当然のことのように。最悪、艦載機の皆さんに手伝ってもらってでも‥‥。

 

 

「はい、ご注文ですか?」

 

「えっ、あ、はい! この、カツジャンボ鉄板焼きをお願いします! と、特盛で!」

 

「はい、かしこまりました! カツ特1ーっ!」

 

 

 ふぅ、と安堵の吐息。少し驚いた。

 まさか自分が注文しようとする気配を察して近づいてくるとは。流石は六十年の老舗。そんなに広くないとはいえ、決して狭くない店内を隅々まで把握しているなんて、電探でも装備していないと無理だろう。

 

 

(‥‥この待つ時間も、とても有意義ですね)

 

 

 お腹はペコちゃんだけれど、急いては戦を仕損じる。拙速と焦速はまた別だ。この時間も楽しんでこそ、外食の醍醐味というもの。

 本当ならメニューでも眺めてあれこれと思いを巡らすが、生憎と今回はメニューをひったくられてしまった。邪魔だろう、という気遣いは嬉しいけれど、こちらの都合も考えてもらいたいものだ。

 もっとも、今日に関しては特に気にはならないか。普通の定食屋やチェーン店とは違って、のんびりとした空気が流れている。ただその空気に浸っているだけでも、素晴らしい時間を過ごせるのである。

 

 

「お待ちどうさま! カツジャンボ鉄板焼きライス特盛です! 鉄板熱いから気を付けてね!!」

 

(きた! きましたよー!)

 

 

 よく通る、威勢のいい声と共に目の前に配膳される、ジュウジュウと音を立てる鉄板。思わずピクリと肩が跳ね、顔が綻ぶ。

 鉄板焼き、となると大事なのはやはりこの美味しそうな音だろう。自分が食べる料理ではなくても、聞くだけで心が躍りお腹が鳴ってしまう素敵な音だ。お腹に働きかける魔法でもかかっているのではないかというぐらい、はしたなくも口に溢れる唾液を止められない。

 さて、では改めてメニューを見回して確かめてみようか。

 

 

『カツジャンボ鉄板焼き』

 →メインディッシュ。ボリュームたっぷりで熱々。たっぷり頬張りたい。

『ライス』

 →特盛。そんなに多くはない。フォークで食べる。

『豚汁』

 →洋風ではないが、これがこの店のスタンダート。

 

 

 皿の数は三つ。正確には鉄板が一つにお皿が一つ、お椀が一つ。

 バランスとしては悪くない。これに生野菜のサラダなんかがあると更に完成されるのだが、この熱々メニューに敢えて冷たいサラダを投下するのは、それで完璧と思いながらも、むしろ逆にこのメニューを調和という名の凡庸に貶めてしまう可能性もあり、何とも言えなかった。

 

 

「しかしまぁ、何はともあれ先ずは―――」

 

 

 燃料は遠征(おつかい)に行った駆逐艦の子ども達が持ち帰ってくれたばかりのものを、そして料理は熱い内のものを食べるのが一番である。思い悩むのは一通り食べ終わってからでも決して遅くはない。

 躊躇いなくフォークとナイフを手に取り、先ずは鉄板の横に綺麗に並べ、顔の前で手を合わせる。

 

 

「―――いただきます」

 

 

 例え一緒に唱和する仲間たちがいなくても、食べ物と作ってくれた方への礼儀は忘れずに。鎮守府暮らしの性として、美しいまでの礼儀を示し、再びナイフとフォークを両手に握った。

 目指すは熱く焼ける甲板と、その上に積まれた堂々たる砲塔。この敵艦、相手にとって不足なしである。

 

 

「‥‥!」

 

 

 先ずはとナイフで切り込んだカツは、汁気のある炒め物の上に乗せられているにも関わらずサクリと小気味いい音を立てて切れた。装甲は硬いが薄い。これだけでも心が躍る。

 トマトソースがかかっているが、最初の一口はこちらには手をつけず、端のプレーンな部分から。溢れる期待を堪えきれず、一口。

 

 

(お、おいしいですっ!)

 

 

 きめ細やかな衣は婦女子の繊細な口の中を傷つけることなく、包まれた肉は噛み応えがあり、少し歯を動かすだけで肉汁が滲み出る。ごくりと飲み込めば、喉を通る感触すら心地良い。

 上品か、と問われれば微妙。しかし定食屋の揚げ物とはベクトルが異なる。例えばこれに千切りキャベツは似合わないし、漬物もまた同じ。

 これでもかというぐらいスタンダードな、洋食屋さんのトンカツだ。これは堪らない、もう素材の味云々なんて小難しいことは後回しだ。

 

 

「ソオス、ソオスをかけなければ。‥‥む、これはウスタアソオスですね。最高です、これが欲しかったんですよ」

 

 

 トンカツ定食ならば、迷わず自家製だれを選ぶ。或いは中濃ソースでもいい。しかし此処が洋食屋で、そしてこのトンカツならば、間違いなくウスターソースだろう。

 トンカツソース、或いは自家製だれと中濃ソース、そしてウスターソースには明確な場合分けが存在する。これを間違えるなど、一航戦の誇りにかけて出来やしない。

 

 

「あっさり染み込んで、くどくない。やっぱりウスタアソオスは最高ですね。さて‥‥」

 

 

 思わずトンカツに夢中になってしまったが、この店の看板メニューである鉄板炒めも味合わなくては。まだまだ大きいままのカツを脇に避け、ナイフを置いてフォークを右手に持ち替える。

 薄切りの牛肉に、見るからに瑞々しいタマネギの炒め物。実にシンプルで、故にこそ誤魔化しの効かない料理。下手すれば家でお母さんが作るような、そんな料理に成り下がってしまいかねない品を前に、またもや無邪気にも胸が高鳴った。

 

 

「スパゲティが敷いてある? なんか、お弁当みたいですね」

 

 

 薄切りの肉と硬さを残したタマネギはフォークで簡単に一まとめに出来た。今ひとつボリュームが足らないような、そんな不満もあるが、いやいやここは躊躇わずに一口。

 汁を零さないように注意して、口に運ぶ。シャクリ、モクリ、と大袈裟に咀嚼。

 

 

「‥‥満足です。これが洋食屋さんですよ、これが。お母さんの料理とは一線を画しますよね、この味は」

 

 

 薄切りのビラビラお肉は決して貧相ではなく、むしろ食べやすくて上品。濃過ぎず薄過ぎないタレによく絡む。タマネギが良いアクセントだ。火が通っていながらに、この食感はありがたい。

 先程のカツが口の中に満足感と征服感を残す戦艦だとすれば、この肉炒めは高速で駆け抜けて雷撃を仕掛けてくる名駆逐艦とでも言おうか。フォークが止まらなくなってしまう。

 

 

「うん、スパゲティも少し固めで、タレに絡みますね。肉とタマネギ、スパゲティと全く違う三種の食感。まさに主砲副砲機銃と揃った感じです」

 

 

 駆逐艦なら魚雷を積まねば、ということなんて頭から失念。ただただ感じたままに心の中で独りごちる。

 鉄板はまだ熱いが、こちらはそろそろ落ち着かなければ。一気呵成に食べ切ってしまうのは勿体無い。もっと真面目に食卓に向き合わなければ。

 

 

「これは‥‥なんでしょうか、不思議な形ですね。底に何か溜まっている? かき混ぜてから使うのかしら」

 

 

 少し味が薄いかしらとテーブルの脇に置かれていた醤油を手に取ってみると、蓋に穴が空き、そこから棒が突き出ている。棒は底まで届いているようで、上下に揺らすと底の方に溜まっている澱のようなものが撹拌された。

 くんくんと匂いを嗅ぎ、ティンと来て思い切り鉄板にぶちまける。ジュワァと白い湯気が上がり、匂いが立ち上る。これはにんにく! にんにく醤油だ。にんにく増し増しである、

 にんにく醤油は濃すぎず薄すぎず、味加減の調整には抜群だった。例えば薄味が好みの人なら元から牛肉炒めについている味だけで、そして濃いめの味付けが好きな人なら満足いくまでこのにんにく醤油をかけてやればいい。しかしまた、これがうっかりかけ過ぎてしまうぐらい美味しいときている。これではもう、女の子の嗜みも吹っ飛んでしまう。

 流石に服に跳ねさせるような失態はせずに、あっという間に残りを食べきってしまった。

 

 

「あぁ、おいしかった、最高でした。これはおかわりが欲しくなってしまいますね‥‥!」

 

 

 ちら、ちらと回りを見回すがメニューは持っていかれてしまった。そして財布の中身も決して豊かではない。艦娘は結構な高給取りではあるが‥‥お察し下さい。

 それに落ち着いてよくよく考えてみれば、これからお仕事から戻った提督とお茶である。そこで軽くお腹にいれておけば、まぁしばらくは持つだろう。大食漢女(おとめ)揃いの鎮守府の食堂とはワケが違う。散財は程々にしておかなければ。

 

 

「すいません、お勘定を」

 

「はい! どうぞこちらに!」

 

 

 気風のいい親父さんではなく、息子さんだろうか、少し若い店員さんに案内されてお会計を済ませる。

 チェーン店に比べれば決して安くはないが、あの料理に払うお金としては十分、いや、かなり安い。やはり流石は学生街のお店といったところだろうか。あの特盛ライスにしても、世間一般での悪乗り地味た特盛に比べると、店主の心遣いをそのままに表した量なのだろう。

 

 

「ごちそうさまでした、また来ますね」

 

「ありがとうございます! どうぞよろしくおねがいします!」

 

 

 最後まで気風のいいマスターの、少し遠い場所にいながらもよく分かる笑顔に手を振って店を出た。

 程よく落ち着いたお腹と僅かに火照った頬が感じる夏の熱風と、店から流れ出てくる冷風が心地よい。お昼時を過ぎた街はすっかりざわめきも収まって、勤め人は仕事へ、学生は学業へと向かう。午後の麗らかな雰囲気が流れ始めていた。

 

 

「‥‥そろそろ提督も、お仕事終わったかしら。待ち合わせ場所は確か、駅でしたね」

 

 

 やっぱり理屈云々ではなく、おいしいものを食べたあとは気分が良い。心が軽い。

 油ものを食べた後だから、提督とのお茶はアイスクリームかパフェが食べたいな。

 そんなことを考えながら、熱い日差しにも負けず、正規空母赤城はのんびりと駅に向かって歩き始めたのであった。

 

 

 

 




Q.これ艦これじゃなくて良くね?
A.艦これssを書こうと決めた、その選択は間違いなんかじゃない。

Q.赤城さんはもっと食べるでしょ!
A.冬霞提督の取材費には限界があります。

Q.他の作品の執筆は?
A.執筆は気が向いた時にするもの(震え声)

Q.え、コレ連載するの?マジで?
A.大マジ。


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