赤城のグルメ   作:冬霞@ハーメルン

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「赤城のグルメ」は執筆開始時期と投稿時期に大きく開きがあるので、例えばドイツ艦が実装されてる時期に『日本だけが艦娘を実装している』などの表記をしていたりします。
あと私は毎週教会に通う敬虔なカトリック信徒ですので、前話でキリスト教会について述べている箇所については、あくまで作中での考察ということでよろしくお願いしますね。
というか久しぶりの更新です、申し訳ありません (´・ω・`)


澳門新馬路福隆新街の葡萄牙料理

 

 

 

 深海棲艦によって制海権と、制空権が取られ、長い年月が経過していた。

 人類は海運と空輸の術を断たれ、それらを取り戻そうと己らの力のすべてを懸けて奮闘に奮闘を重ね‥‥。漸く少しばかりの其れらを取り戻した。

 特に通常兵器の効果が薄い深海棲艦に対抗するために生み出された兵科である艦娘の貢献度は高く、日本によって世界で初めて運用が始まった艦娘によって多くの海域が人類の手に戻ったのである。

 その中の一つに、日本と中国を結ぶ幾つかの航路があった。

 

 

「‥‥普通の船に乗るなんて、久し振り。なんだか変な感じですね、こんなに広くて快適だなんて」

 

 

 日中航路の、その中のさらに一つ。九州と香港を結ぶ航路で、航空母艦赤城“一等海尉”は香港へと渡っていた。正確には既に渡り終えて、そこから高速フェリーで澳門へと向かっている最中であった。

 今回の出張は中国海軍との親交を目的としていた。中国は最近では崑崙を中心とした道術士の育成に力を入れている反面、艦娘の実用化には一向に成功していない。日本の海上自衛隊での正式配備の後、ドイツ、続いてイタリアが艦娘を実装したというのに、まったく成功の目が見えないのである。

 中国はあまりにも古い歴史を持つ国であるが故に、逆に歴史を軽視する国民性がある。歴史が意味をなさない、という戦訓を日清戦争などで得たというのもあるが、数百年程度なら最近のことである、と軽く見てしまうのだ。ただ、艦娘の実装についてはこれは大した問題ではない。

 日独伊は先の大戦‥‥太平洋戦争において強力な海軍を擁していた国であり、また敗戦により多数の艦艇が轟沈した。この負の側面が艦娘の実装に大きく影響しているというのが術者の見解であり、その点だと次に艦娘を実装するのは英国ではないかとの議論もされている。アメリカが艦娘を実装できていないのも、歴史と神秘の浅さだけではなく、海における負の歴史の少なさが影響しているのだろう。

 では中国はどうだろうか。これはもう致命的な原因があるのは誰が見ても明らかである。中国は太平洋戦争期に近代的な海軍を殆ど持っていなかったのだから。

 

 

「米帝みたいな物量作戦こそ出来ませんが、技術力も財力も人的資源もある。やっぱり中国は侮れません。‥‥ご飯も美味しいですし」

 

 

 では中国が艦娘の実装に躍起になっているかといえば、実のところそうではない。というのも中国はユーラシア大陸の西方面に多数の交易路を持っている。大陸内ならば深海棲艦の制空権もなく、貿易への悪影響は諸外国に比べても最小限に抑えられているのだ。海運に比べれば効率の差は天と地ほどもあるが、零になってしまうという憂き目は避けられた。

 勿論それは諸外国の衰退に対して、中国が躍進を遂げたというわけでもない。例えば国家戦略としていた東南アジア、南シナ海への進出に関しては完全に潰されてしまった。あの辺りの制海権は日本が設けた“鎮守府”と呼ばれる艦娘部隊によって奪還され、今では海上自衛隊が管理している。公海ではあるが、中国の影響力は完全に払拭されてしまった。

 逆にいえば、中国は殆ど身銭を切ることなく交易路の確保に成功したと言える。であるから艦娘の実装は常任理事国としてのプライドを懸けたものというニュアンスが強く、緩やかに、しかし着実に進められているのだ。

 よって嘗ては互いに仮想敵国の関係にあった日中も、今ではこうして技術交流を行い深海棲艦の脅威に対抗する仲間であった。

 ちなみに赤城が口にした米帝という言葉は、単純にユーモアの発露である。ドイツ海軍の艦娘たちも自国の法律を恐れずナチジョーク――勿論一部の界隈での歓談に限るが――を飛ばすので、妙な時代になったものである。

 

 

「澳門といえば一大観光地のはずなんですけど‥‥乗客が少ないのは、やっぱり海路はみんな怖がってるからでしょうか。早く平和な海を取り戻さなければ」

 

 

 澳門には日本から直接飛行機で行くこともできるが、最も人気なのは香港から高速フェリーで向かうルートだろう。一時間程度で着いてしまうし、飛行機よりも船の方が珍しい移動手段であることも手伝っていた。が、それも深海棲艦の出現によって海が恐ろしい場所へと変わるまでの話で、現在は閑古鳥が泣いている。

 フェリーの本数も昔に比べれば随分と減ったらしい。深海棲艦は軍艦も民間船も、軍港も一般港も区別しない。侵攻初期には凡ゆる港に大きな被害が出て、フェリー自体も目減りしてしまったのだとか。

 そう考えると観光地の受けたダメージは非常に大きい。運輸は陸路や、制海権のとれた海路を使うとしても、流石に海外旅行客は激減している。日本も国内だけで回せる観光地以外は軒並み大ダメージを受けていて、逆に歴史的建造物や宗教的な遺産などは大人気だから格差が激しい。

 澳門はどうなのだろうか、と赤城は思った。澳門には30を超える世界遺産があり、その多くは教会である。先日ローマにある法王庁がその沽券を懸けた大プロジェクトを発動、艦娘の実装に成功した。それを考えれば、まぁそう悪くはないのかもしれないが。

 

 

「おっと、もう下船ですか。早いですねぇ、流石は高速フェリーです」

 

 

 愚にもつかないことをあれやこれやと考えているうちに、いつの間にか赤城を乗せたフェリーは澳門へと到着していた。

 僅かな乗客と共に桟橋に降りると、そこはもう異国だった。海の上での任務に追われる赤城だが、その実、他国への渡航経験はそんなに多くない。艦娘支援母艦に乗り込み鎮守府を出港して、あとは海の上で戦うだけ戦い、洋上補給などをこなして帰港する。常に海の上で過ごしているのだ。

 前にも何処ぞで話したが、艦娘は広大な公海を戦場に深海棲艦と戦う。が、もちろん艦娘とはいえ人間であり、大海原を何週間も単身で航海する能力はない。戦場の近くまでは、艦に乗って出動する。

 赤城の所属している横須賀鎮守府に配備されているのは、艦娘支援母艦〈しらね〉である。6人編成の艦娘部隊の整備補給能力を持ち、対空・対潜水艦能力に優れた汎用ヘリコプター護衛艦(DDH)の発展系で、おおすみ型輸送艦に似たシルエットの最新鋭艦である。

 護衛艦と輸送艦と、ついでに揚陸艦の合いの子のような性能はあくまで艦娘の運用に特化した結果としての汎用性を獲得したもの。6人分の艦娘の整備と補給のための空間を確保した関係上それなりに大きく、艦娘とセットで巷での人気も高い。かくいう赤城も、部屋に空母赤城と一緒に模型が飾ってあった。

 

 

「ここが澳門‥‥。流石に暑いですね、上着、着てこなくて正解でした」

 

 

 ホテルは香港にとっているので、手荷物は小さなバッグが一つだけ。身軽な赤城はスーツケースが運び出されるのを待つ乗客たちから離れて一人でバスターミナルへと向かった。

 赤城は知らぬことだが、深海棲艦が出現するまではホテルの案内人がたくさんあふれていたターミナルに、人は少ない。それでも目当てのホテルのバスを見つけ、拙い英語を話すボーイに招かれて乗り込んだ。

 澳門はたくさんのホテルがそれぞれバスを出していて、移動は徒歩と、そのバスだけで事足りる。例えば自分のホテルからフェリーターミナルに移動し、別のホテルにバスで向かうといったことも可能だった。このバスには宿泊客でなくても乗れるのだ。

 どのホテルもカジノを運営していて、宿泊施設というよりは賭博場、遊技場の感が強い。客を呼び込むには公共交通機関よりも、自分たちでバスを出した方が都合がいいのである。

 

 

「さて、じゃあ先ずは観光から始めましょうかね。澳門の有名な世界遺産の数々‥‥一日で周りきれるでしょうか」

 

 

 出発点にほど近いホテルでバスを降り、そこからは歩きだ。外国の路線バスは犯罪の温床になっていることが多いから、もう徒歩の方が楽に感じてしまう。そもそも澳門は狭く、その狭い島の中に30を超える世界遺産があるのだから、その気になれば一日で、徒歩で、全てを周りきることも可能である。

 といっても既に昼過ぎ、流石に全部は無理だろうなと赤城はパンフレットを見ながら思った。澳門は平地も多いが坂も多い。特に教会は航海の安全を祈願したりしたからだろうか、坂の上の、見晴らしのいいところに建てられているものばかりだった。

 赤城の実家は由緒正しい仏教徒。しかし提督‥‥司令官はキリスト教徒だった。こういう巡礼が一度はしてみたいとボヤいていたのを思い出す。

 出張の多い赤城はあちらこちらで観光も一緒にしてしまうが、提督は自衛官の常として中々旅行にも行けやしない。あと機密保持の関係で中々彼女もできやしないと嘆いていて、本当に可哀想だと思う。

 まぁ自分も仏教徒といっても、世話になるのは死んだあとぐらいだろう。しかも今は艦娘としての仕事のせいか神道に傾倒しているから‥‥仏罰とかないだろうか、大丈夫なのだろうか。護衛艦だって神社を祀っているから、艦娘たる自分は存在そのものが分社のようなものなのだが。

 

 

「お寺とかだったら御守りでもお土産にすればいいんですけれど、教会はどうしたらいいんでしょうねぇ」

 

 

 見たところ、お土産屋さんのようなものはない。まさか食べ物、生ものは持って帰れないでしょうねぇ、と赤城は近くのエッグタルトの店を見ながら考えた。

 このエッグタルト、非常にお手軽に買えて美味しそうだ。日本だと横浜中華街で売られている肉まんとか、前にいったことのある太宰府天満宮の梅が丘餅とか、そういう位置づけのものだろうか。

 

 

日本人(リーベンレン)日本人(ジャポネース)?」

 

「むむ、随分と愛想がいい人ですね。田舎のおばちゃんみたいな。Yes, I'm Japanese. Would you sell me this one please? あー、英語は苦手なんですけど、通じてるかしら」

 

「‥‥?」

 

「ううう、伝わってない。いや、待ってください。困った顔してる。もしかして英語わからないんですかね。えーと、これ一ついただけませんか?」

 

 

 威勢よく話しかけてくれた屋台のおばちゃんにエッグタルトを一つ頼むが、どうにも言葉が通じない。なるほど、英語を話してるかと思ったらポルトガル語だったらしい。澳門はもともとポルトガル領だったので、公用語は広東語とポルトガル語なのだ。

 身振り手振りで一つください、とチャレンジしてみたら漸く分かってくれたらしい。硬貨を渡して熱々のエッグタルトを紙に包んでもらう。エッグタルトはポルトガル語ではパステル・デ・ナタと呼ばれ、もちろんポルトガル料理である。交流した香港の人民解放軍士官から熱烈に勧められたから楽しみにしていた。実に香ばしく、甘い匂いがする。

 

 

「‥‥うん、サクサクしたパイ生地とプリプリした卵の食感が素敵ですね。クリームみたいになっているのに、しっかり卵の食感があるのが不思議です。お菓子なのに、目玉焼きを乗せたフレンチトーストを食べてるみたいな感じ」

 

 

 澳門で一番有名な教会‥‥の壁を見学し、セナド広場からいくつも教会を経由して著名人の邸宅まで。艦娘としては外せない港務局で古い武器や大砲をみて、霊廟?から更に歩いてカテドラルへと向かう。

 カテドラルの次は、更に歩いて砦まで。この砦は四百年も前にイエズス会の修道士によって築かれた要塞で、博物館まである。本当は灯台まで行ければよかったのだが、もう一度セナド広場まで来たところで腹の虫が騒ぎ始めた。

 いくら澳門が狭くて世界遺産が密集しているとはいっても、このあたりが限界か。滅多にこられない海外旅行で、まぁ十分に堪能した方だろう。

 

 

「早めに晩御飯にして、フェリーに乗って香港まで戻らなければいけませんね‥‥。さて、どうしましょうか」

 

 

 セナド広場には公衆WiFiが通っている。これは海外旅行をしていると非常にありがたい。

 日本語の観光サイトにアクセスして、食事ができるところを探す。フラっと何処かに立ち寄りたい気持ちもあるが、さすがに海外旅行でそれをするのはリスクが高い。短い時間、少ない回数で可能な限り澳門のエッセンスを吸収しておきたいところ。

 

 

「‥‥飲食店街みたいな通りがあるみたいですね。ここからも近いし、行ってみますか」

 

 

 ぶらりぶらりと歩いていく。だんだんと辺りも暗くなり始めた。

 辿り着いたのは西洋風の街並みから随分と外れて、まるで京都にでも迷い込んだかのような、古い中華風の建物が並ぶ通りだった。石畳がまっすぐ続き、その両脇に二階建て程度の古民家めいたお店ばかりが建っている。人通りもそんなに多くはなかった。

 

 

「さて、澳門といえばポルトガル料理ですかね。さすがにポルトガルまで食べに行くわけにはいかないですから、本場の料理が楽しみです」

 

 

 この通りに来たはいいけれど、どうも見慣れた空気すら感じられる中華料理屋ばかりであることに赤城は気がついた。

 考えてみれば観光客向けのルートからはかなり外れている。この辺りは本当は観光客に人気の食事処というよりは、地元の人が外食に使う場所なのかもしれない。

 石畳と伝統的な家屋が立ち並んでいる景観は観光にも十分だが、となると求めているポルトガル料理のお店はあるのだろうか。そもそも時間と曜日が悪かったのか、空いているお店があまりない。

 いや、もしや開店と閉店の時間が厳格に決められているような店が少ないのか。その日の気分で開けて、食材がなくなったら締めるような、大らかな営業スタイルなのか?

 

 

「あ、ここかしら。いえ別に何かのガイドブックで見たわけじゃありませんけれど、並んでいるお店の中では一番ポルトガル“らしい”というか何というか」

 

 

 そうやって歩いていると、気になるお店を発見した。

 和洋折衷ならぬ、中洋折衷な外観。ポルトガル料理と書いてあった。中国語ではなくてアルファベットだから間違いない。看板だけ見ると中華料理っぽいけれど、確か葡萄の葡の字はポルトガルを表しているはず。

 やっぱり予め誰かにオススメのお店を聞いておけばよかったけれど、もうお腹もペコちゃんだし早いところ入ってしまおうか。

 

 

「ごめんくださ‥‥あらいけない、つい日本語を。えー、你好?」

 

「你好。只有你一个人吗?」

 

「‥‥なんて言ってるんだろう。あー、Excuse me, Can you speak English?」

 

「Oh, yes sir. Are you dining alone?」

 

「Yes」

 

「We have a table of you. Please follow me」

 

 

 外国と関わる仕事も少なからずある艦娘として、英語の講義はしっかりと受けてきたけれど‥‥どうにも拙い英語で、けれど何とか分かってくれたらしい。と言っても理解が難しくなるほど難しい英語を喋ってないのだから当然か。

 店構えと同じように、こじんまりとしたお店だった。最近日本ではチェーンのお店ばかり行っていたから、外国ならではの緊張感と共に落ち着きも感じる。二階に通されて席につけば、テーブルの真ん中にはタイルの装飾。壁も床も木で、ポルトガルの民俗なんて何も知らないのに、不思議と大航海時代を彷彿とさせる。

 ただ、幸いメニューは英語での併記があった。やっぱり観光客が多いのだろうか。それともオシャレなのだろうか。どちらにしても助かった。ひと昔に人気だった少年漫画のように、盲滅法に頼むなんて真似をしないで済む。

 

 

「とはいっても、食材と調理法ぐらいしかわかりませんねぇ。流石に此処だとWiFiも通ってないから調べものも出来ないし」

 

 

 先ほどのやりとりで英語がそこまで得意じゃないことに気がついてくれたらしい店員さんは、ちょっと離れたところで静かにこちらの様子を伺ってくれている。積極的に話しかけてきてくれるのも楽しいけれど、こういう風に気を使ってくれているのもありがたい。

 で、問題はメニューだ。本当に未知の世界だし、一人だからコースを頼むわけにもいかないし。

 いや待て、コースというのは悪くない判断だ。コースに出てくるような料理を適当にメニューから頼めばいい。幸いコース料理は居酒屋以外にも、ちゃんとした洋食屋で経験がある。オードブル、サラダ、スープ、海鮮、肉、ご飯だ。違ったかな? まぁいいや。こんな感じで頼めばバランスは良くなるはずだ。

 

 

「Excuse me! これと、これと‥‥お願いします。Please」

 

「Certainly. Thank you, sir」

 

 

 言葉少なだが笑顔は素敵だ。とりあえず最初に頼んでおいたビールを飲みながら赤城は満足げにメニューを机に置いた。

 そういえば早い時間だからか、客は自分一人だけだった。テーブルの数も少ないので、本当に穴場を見つけた気分だ。広いお店も悪くないけれど、やっぱり小綺麗で手狭な店の方がワクワクする。

 ‥‥ところでこのビール、当然だけど日本では見たことない銘柄。ちょっと薄めだけど日本では味わったことのないコクがある。あまりお酒は嗜まない方だけれど、やっぱりどこの国でも最初はビールなのだろうか。

 

 

「龍驤さんとか隼鷹さんなら、嬉々としてお酒を頼むのかもしれないけれど‥‥先ずはご飯が先ですよね」

 

 

 鎮守府には一応バーがあって、仕事終わりには飲みに行けるようになっている。艦娘の外出は厳しく制限されていて、任務のない土日にしか外に出られない。私物の持ち込みも制限されているから、外にアパートを借りて私物を置いている面々が殆どだ。

 私は加賀さんと二人で一部屋借りている。隣の部屋は四航戦で、よくよく見ると艦娘がやたら多いアパートだった。あそこを紹介してくれたのは提督だけれど、もしかしたら警務隊か何かに見張られているかもしれない。

 駆逐艦の娘たちは、御両親も鎮守府の近くに引っ越している場合が多い。御父君は単身赴任の場合が多いけど。もし実家に戻れないなら、土日も寮にいるしかない。もちろん外出は許可されている。鎮守府に設けられている学校に通っている年代が多いから仕方がない。

 艦魂の適合年齢については常に物議を醸す議題であり、今でも多方面で嵐が巻き起こっている。本人達が納得ずくの上だなんてのは有効な言い訳でもないし、義務教育を修了していても彼女達の多くは純然たる未成年なのだ。

 ただ、前に人権団体が穏便な殴り込みを仕掛けに来た時は不覚にも笑ってしまった。麾下の駆逐艦が彼らの目の前で煙草を吸ってみせて「お気遣い痛み入りますが、もう立派な成年なのです」と言い放ったのである。これもまた純然たる事実なので、実に良い笑顔だった。あの手の問題には本当に悩まされるから、たまには痛快な場面でも見ないとやってられない。

 

 

「Thank you for your waiting, sir. Can I put your dishes here?」

 

 

 と、思い出し笑いをしているとお待ちかねの料理がやってきた。まずは前菜。しかし多い。これはもしや二人、いや三人とかで分けるものなのではあるまいか。

 間髪入れずに魚料理。これまた多い。普通の婦女子では一人で食べない量だ。

 さらに肉料理。当然のように多い。むしろ巨大だ。ライスまで付いてきた。完全にヤラれた。普通こういう時は気を使うものだろうに、まさか私のことを知っていたとでも。

 最後にシチュー。やっぱり多い。そして矢のように料理が飛んできて、次々に机の上に並べられる。四人掛けのテーブルはそんなに狭くはないはずなのに、あっという間に埋め尽くされてしまった。

 辺りを見回せば、段々とテーブルにも他の客が。きっと一階もそうなのだろう。早めに料理を出しておきたかったのだろうか。厨房もそんなに人がいないことだろうし。

 

 

 

『ジャガイモと豆のスープ』

 →丁度いい温度加減。こってりとしてそうなのに、びっくりするぐらいあっさり優しい舌触り。

 

『キャベツと豚肉の炒め物』 

 →瑞々しいキャベツと、ベーコンみたいな豚肉が湯気を立てている。

 

『鶏肉とジャガイモのクリーム煮』

 →パリパリに焼いた鶏肉をクリームや野菜と一緒に壺の中へ。魔女の鍋みたい。

 

『にしんのグリル』

 →大きめの鰊が三匹丼ドンと寝そべっている。

 

『エビのカレー煮込み』

 →皿に広がった水っぽいカレーの中に大量の玉ねぎとネギが埋まっている。ライスつき。

 

『牛タンのシチュー』

 →覗いている部分からでもわかる、分厚い牛タン!!

 

 

 あくまで赤城はバランスよく頼んだつもりだった。もちろん完全に過剰戦力であり、普通は一人に出していい量ではない。

 成人男性でも二皿もあれば十分以上に満足だろう。二人で食べに来たとしても、片方は比較的大食艦でなければならないだろう。描写を忘れたが、籠いっぱいのパンも当たり前のように付いてきている。

 そもそもライスとパンで主食が被ってしまっているから、これはもう店側としても「やれるものならやってみやがれ!」という感じなのだろうか。いや、それともマカオの人達はこのぐらい普通に平らげるのだろうか。

 

 

「うわぁ、なんだか凄いことになっちゃいましたねぇ」

 

 

 流石にたじろいでしまう量。こんなに食事が目の前に並んでいるのは何時ぶりだろうか。鎮守府の食堂でも、おかずの量は決まってるからご飯で稼がなきゃいけないし。

 しかし焦らない。食事は落ち着いて食べるものだ。正規空母は狼狽えない。焦らず、慢心せず、食事という幸せを享受する。

 生きるということは戦うということだ。海の上では深海棲艦と戦い、陸の上では書類と戦い、食卓では料理と戦う。ペーパーネイビーの辛いところが溢れたが、先ずは食事だ。

 

 

「いただきます」

 

 

 前菜、キャベツと豚肉の炒め物。表面が油でコーティングされている、テラテラしたキャベツを噛めばシャキっと素敵な音。

 よしよし、いいぞ。油っぽいかと思ったけど淡白なぐらいだ。塩胡椒の味付けが丁度いい塩梅で、ビールにも合う。ベーコンみたいとは言ったけど、どちらかというとコンビーフみたいな味付けだ。

 キャベツは味が沁みるというよりも、味を纏う野菜だと思う。だからタレよりも塩胡椒の方が合う気がする。その点、こういう味つけの濃い肉との相性は抜群だ。早速これでご飯を食べたくなるけれど、あれは我慢しておこう。なにせカレーが香りだけでしっかりご飯をディフェンスしている。

 うん、美味しい。こんなに素朴なのに、どこか洒落ている。まるで昔の海の上の食事みたいな素朴さ。もちろん海の上で新鮮な野菜が手に入るはずもないから、雰囲気だけなのだけれど。

 

 

「わし、わし、って感じですよね、具合よく火が通ったキャベツって。ワインも頼んじゃいましょうかね、あまり詳しくないから適当になってしまうけれど」

 

 

 いつまでも食べ続けていられるキャベツの魔力を何とか振り切る。塩キャベツとか、千切りキャベツとか、とにかく箸が止まらなくなってしまうからダメだ。特におかず係数が高くなると危険度が増す。

 次は鰊のグリル。これはレモンを絞って食べるのか。レモンを絞ると湯気が立ちそうなぐらい、表面はカリカリに焼けている。尻尾は燃え落ちてしまっているけれど、皮を捲ってみれば身はプリプリだ。焼き過ぎということはない。

 味つけは塩のみ。これもさっきと似ている。素朴な焼き魚だけれど、レモンを絞って白ワインを口に含めば、地中海のリズムが聞こえてくるようだ。地中海にポルトガルは関係ないけど。

 鰊の定食とか日本でも食べるけど、それが三匹も鎮座ましましてると贅沢な気分。思う存分食べることができるというのは実に幸せだ。

 

 

「カレーの方はどうですかね。‥‥うーん、これはカレースープなのかしら? いやスープカレーっていうんでしたっけ? 少なくともタイカレーみたいな濃さではないみたいだけれど」

 

 

 山のようになっているタマネギめがけてフォークを突き刺すと、つるりとした感触があってタマネギだけがフォークにくっついてきた。

 今の感触、おそらくは海老。しかも煮たものではなく、焼いたものだった。グリルしたものをスープに入れるのがポルトガル流なのだろうか。しかし、このタマネギも随分とフレッシュだ。しっかり火が通っているはずなのに、シャキシャキと瑞々しい。

 

 

「タマネギってノスタルジックな味がしますよね。なんだか、昔を思い出す味です。一枚一枚皮を捲るごとに昔のことを思い出すような味」

 

 

 江田島の艦娘候補生学校では、残念ながら艦魂に適合せずに除隊してしまった同期と、加賀さんと下宿を借りていた。

 しっかり者の加賀さんも含めて、意外に三人とも金遣いが荒かった。週に一度の外出でうっかり遊びすぎて給料日前にピンチに陥ったときのことを思い出す。偶然安かったタマネギを大量に買い込んで、昼はご飯よりもタマネギの方が多いチャーハンを作ったんだっけ。確か夜は大量にキャベツの千切りと、一枚のロースカツを三人で分けたはず。それでも足りなくて、夜中にタマネギをケチャップで炒めて食べた。

 

 

「外に行くのが億劫なときは、高いお肉とか沢山買って、ステーキとかスキヤキとかやってたっけ。忙しくて会えずにいますけど‥‥除隊しちゃった同期も元気にしているといいな」

 

 

 海老は丁寧に頭がとってあって、豪快に殻ごと噛み砕いて食べた。

 おかずは大事に食べるのが常だけれど、こんなに沢山あるなら贅沢に頬張ることができる。なんて幸せ、海鮮が美味しい場所での勤務が多いけれど、異国の海鮮はまた旨味の質が違う。この殻というのが曲者で、味もしないくせに食感だけで楽しませてくれる。殻があるのとないのとだと満足感が違う。

 余談だけれど、エビフライも頭があって欲しい、素揚げが良いと普段から宣っているので頭がないのは不満かも。きっと頭は集めて、フライにして賄いで食べてるんだ。なんて所業だ、許せない。

 しかし殻があるのに、海老は不思議としっかりカレーの味が染み通っている。焼いたあとに煮るなんて手間をかけているのに、不思議なことだ。逆にその手間こそが味を染み通らせているのかもしれない。今度ぜひ試してみよう。

 

 

「うーん、それにしても凄い量ですねぇ。食べられないなんてことはないけれど、冷めないうちに食べてしまうのは中々難しそうです」

 

 

 チキンの煮込みはホワイトシチューみたいな味つけ。表面はバーナーで炙ってあるのか、焦げが食欲をそそる。

 そして何よりこの牛タンのシチュー! ステーキみたいな大きさの牛タンが、6枚も入っているのだ! もちろんフォークどころか舌で千切れるぐらいトロトロに煮込んである。こんなに素敵なシチューは今まで食べたことがない。

 舌のくせに舌に千切られてしまうなんて軟弱な。でも軟弱おおいに結構。是非とも屈服して、そのままの貴方でいて。こんなトロトロの牛タンを口いっぱいに頬ばることが出来る幸せ。そして味わったあとに思いっきりゴックンしてしまえる幸せは誰にも邪魔させない。

 タンばかりに目がいってしまうけれど、その旨味が染み出した汁も飲むというより食べると言った方がいい存在感。ご飯もパンも要らない、これだけで十分って言い切ることが出来る。むしろパンをおかずにシチューを食べる。そんな調子で夢中になって味わえば、あの量があっという間に終わってしまう。

 なんとも素晴らしい満足感。でもお腹には余裕がある。どんどん残りを片付けていこう。一つ一つがメインディッシュだ。コースだとか何だとか関係ない。ワインを味わうための料理なのかもしれないけど、いつの間にかワインは喉を潤すために脇へと追いやられて、一気になくなってしまった。

 

 

「‥‥なんてことでしょう、満腹になってしまいました。ポルトガル、恐るべし。流石は大航海時代の覇者、正規空母も乗りこなす圧倒的な質と量というわけですか」

 

 

 忙しそうでも仕事はしっかりと行う従業員のお姉さんが、気が付かないうちに一つ一つ食べ終わった皿を下げてくれていたらしい。テーブルの上は次第にスマートに片付いていき、漸く全ての料理を平らげた。

 食後のコーヒーを出してもらって、一息。デザートのプリンも奇をてらわない素朴な味で、あの食事の量と戦ったあとにはありがたい。これがケーキとかだと流石に食べきられなかった可能性もある。

 

 

「ヨーロッパの料理だとフランスとかドイツとかが有名ですけど、うん、ポルトガル料理も美味でした。艦娘候補生学校の援用航海実習‥‥私の期は太平洋コースだったから、リスボンに寄れなかったのは残念でしたね」

 

 

 ちょっと奮発してしまったけれど、一日だけの海外旅行と考えれば濃縮した一日を過ごせたということで相応の出費だろう。

 お代を払って外に出れば、すっかり夜も更けてしまっていた。とはいえ歓楽街澳門にとっては長い長い夜の始まりに過ぎない。フェリーと飛行機がある赤城はそうはいかないが、少し衰えたとはいえ夜通しカジノやショーに興じる客たちで賑やかな一晩になるだろう。

 

 

「お土産、空港で買えるといいんですが‥‥。エッグタルトはナマモノだから無理、ですよねぇ」

 

 

 別にアウトということはないが、この時間では難しいだろう。しかし澳門は他にもポートワインや中華菓子、ポルトガル雑貨など土産は選り取り見取りだ。

 しかし赤城、そんなことを気にしている場合ではないぞ。フェリーターミナルまでは意外に遠い。まずそこまでのバスが出ている、最寄りのホテルまでも意外に歩くぞ。

 勿論フェリーに乗ればそれでいいわけではなく、香港で飛行機に乗り換えなければならない。海上自衛隊では後発航期は御法度だ。

 走れ赤城、意外に時間がないぞ。ついでにいうと、香港行きのフェリーにも二種類あって、間違った方に乗ると一度香港へと入国してしまうから間違いなく飛行機には間に合わない。

 走れ赤城、意外とヤバイぞ。

 

 

「あ、セドナ広場のお土産屋さんはまだやってるかもしれませんね」

 

 

 その後の彼女がちゃんとフェリーと飛行機に間に合ったかどうか。

 まぁ相当心臓に負担をかけたが、まがりなりにも彼女は鍛え上げた海上自衛官であった、とだけ言っておこう。

 

 

 

 

 




作中では一度に大量に料理が来た、と書いてありますが、実際にはちゃんと順番に給仕されていますので、とても良いレストランでした。
あと流石にこの量、取材のときに一人で食べたわけではなく、二人で、しかも二日に分けて食べてます (´・ω・`)
次回は日本に戻って、遂に彼処が登場します。どうぞ楽しみにお待ち下さい!

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