赤城のグルメ   作:冬霞@ハーメルン

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東京ばかりだと何なので、思い出しながらの執筆に。
ご紹介頂いたお店は暇があれば訪れてみます。取材費の許す限り( ´・ω・)


山梨県富士吉田市上吉田の茸ほうとう

 

 

 

 ―――海がない。山ばかりだ。

 海がない土地に来るのは久しぶりだった。大海原を戦場として、波濤の隙間を滑るように駆け抜ける日々を運命づけられた日から、常に海を枕に漣を子守唄として眠ることが常だったからだ。

 潮の香りがする海風も、時には荒れ狂う波音も嫌いではない。むしろ好きだ。けれど、山も悪くないのだなとも思う。

 山から吹いてくる風は優しく、空を見上げれば雲の流れ方も海とは大違いだ。少し忙しなく動いているように見えるのは、きっと海の上とは違って視界を遮るものがあるからだろう。山によって閉ざされた空は、少し狭いけれど、その分だけ深く見えた。

 鎮守府は日本という国の沿岸部の特性上、山と海とに挟まれた場所にある。しかしやはり視界に入る緑の量は山とは違った。そもそも鎮守府は鋼鉄の色ばかりで、外に出ない限りはあまり緑も目にしない。

 結局これもさっき呟いた通り、かつてした戦いの日々に身を投げる覚悟が故かと自分の運命が少しおかしく思えた。無論、それを一切後悔してなどいないのだが。

 

 

「‥‥少しソワソワするような感じは、気のせいでしょうかね」

 

 

 戦場に出るとき以外は装備を外してしまっているとはいえ、やはり艦娘として海から離れるのは何処か居心地が悪い、そんな気がしないこともない。

 もちろん自分も今は艦娘とはいえ元々は普通の女学生だったわけだが、もしかしてこれも運命づけられたことだったのかと不思議なことを考えてしまう。

 

 

「まぁ、気のせいですかね。あっ、提督! 置いていかないでください!」

 

 

 うっかり純白の軍服姿において行かれそうになり、少し小走りで急いだ。

 今日は深海棲艦との戦いの戦勝祈願だそうで、こうして山梨の奥、富士山の麓までやって来ている。

 生憎と夏の盛りであるからか富士山も真っ茶色で、あの美しい雪の傘を被った姿は見られなかった。まるで空と溶け込んでいるような、それでいて壮大で見るものを圧倒する美しさを一度この目で拝んでみたかったものだが、今の素っ気ない姿も荒々しく素朴で悪くはないように感じた。

 戦勝祈願に来た神社は富士山をお祀りする由緒正しく古い社だそうで、なんでも坂上田村麻呂や武田信玄公などにも所縁があるらしい。もっとも堂々といい加減なことを言う癖のある提督の話だから、あとでこっそり調べておかなければいけないが。

 

「今日だけでしょうか、なんだか街が騒がしいというか、浮ついているような気が‥‥」

 

 

 四方を山に囲まれたこの街は、一見とても和やかで麗らかで、まるで都会と同じ時の流れ方をしていないような、そんな感じたった。だが、もちろん初めて訪れる街なので確とは言えないが、なんとなく雰囲気が“普段のそれ”ではないように感じた。

 老若男女問わず、人が多い。富士山の麓の街ということで観光客も多いが、それだけではない。きっといつもなら家の中や店の中でのんびりしているだろうお爺さんお婆さん、小父さん小母さん達が忙しそうにあっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。

 彼らは忙しそうだが、同時にとても楽しそうだった。ワクワクしているような、そんな気がした。訓練学校時代に開校祭があったが、その準備をしている時のみんなを思い出す。

 

 

「‥‥ここですか? すごく大きくて、綺麗な木ばかりですねぇ」

 

 

 軍人らしい一直線な歩き方でドンドン前を行ってしまう提督の後に続くと、目の前に現れたのは大きな森だった。

 いや、森ではあるけれど森ではない。大きな鳥居の向こう、境内の中にたくさんの木が生え揃った、神社である。どの木も真っ直ぐ天に向かって伸びていて、そのせいだろうか、この空間だけ文字通り、神域と称するに相応しい独特の、厳かな空気に満ちていた。

 大きな鳥居の先は一直線の坂道。大きな神社らしく、階段は随分と間隔が広くて登りづらかった。なんでも馬の歩幅を基準に作っているそうで、空母という名前を冠してはいても人間サイズ‥‥というか人間そのものである私には少し面倒。

 気がつけば鳥居を潜り、暫く歩くだけで外の喧騒からは完全に隔離されて。

 辺りにはたくさんの観光客が賑やかに歩いているというのに、空気だけは変わらず厳かなまま私達を包み込んでいた。

 

 

「あれ、これなんだろう。藁の束‥‥? 何に使うものなのでしょうね、すごく大きいですけど」

 

 

 ふと振り返れば、そういえば謎の藁束がある程度の間隔を空けて転がしてあるのに気がついた。藁なんて艦艇の補修の時に木材の隙間に詰めたりするぐらいの使い方しか思いつかないけれど、これはどうやらバラして使うものではなく、この状態で使うらしい。きっちりと結索してあるし、端が切り揃えてある。

 気になって周りの知ってそうな人に聞いてみようと思っても、提督はどんどん先へ進んでしまう。これだから軍人は、と自分も軍人であることを棚にあげて、やれやれと溜息を一つ。

 色んな格好の人達が賑やかに歩き回る中でなお目立つ真っ白な背中を追って少しばかり小走りに。そして一際高めの段差を超えれば、そこには大きな門が聳え建っていた。

 門の左右にはそれぞれ、左大臣と右大臣と思しき像が据えられている。かなり古くて、色褪せていた。門は二つあって、手前の片方は補修中。少し残念であるが仕方が無い。

 

 

「ふわぁ、ここが本殿ですかぁ‥‥!」

 

 

 その古めかしい門を潜り抜けると、そこに広がっていたのは森の中に、山の中にポツンと現れた聖域。否、神域。

 天も衝かんとばかりに所狭しと聳え立っていた木々がなくなり、ぽっかりと開けた空間はまるで結界の中にいるような気分だった。真正面に鎮座する本殿(と言うのだろうか?)の両側には首が痛いほど見上げても天辺が見えない大樹が二本。看板によると、これは夫婦杉と呼ばれているのだとか。

 まったくもって誂えたかのように美しく本殿の前に並び生える巨木。その周りを縫うようにしてたくさんの人が歩き回っている。法被や羽織を着ており、忙しなくも楽しそうだ。お祭りの用意だろうか、基地解放(オープン・フリート)で出店の準備をしたときの、あの楽しさを思い出す。

 

 

「ここでお参りすれば良いんですね。え、と、二拝二拍手一礼でしたっけ」

 

 

 うむ、と提督に頷かれ、階段を上ってお参りする。今日お参りに連れて来てくれると聞いた日から、選びに選びぬいた五円玉だ。勝利に御縁がありますように、鎮守府の宿舎(四階建て)の屋上から、中庭に置いたバケツの中に投げ込み続けて運を磨いたこの子なら、きっと勝利を呼び寄せてくれるはず。

 えいっ、やぁっ、と大きく振りかぶって一投。硬貨は鋭い軌跡を描き、一直線に賽銭箱へと飛び込んだ。

 

 

「‥‥早く戦いが終わって、平和な世の中になるといいですね」

 

 

 私の小さな呟きを聞いて、無言で頷く提督。そのまま口を開くことなく、二人で歩き始めた。いつから始まったのかすら定かではない深海棲艦との長い長い戦いの一端にて運命を共にし、互いの思いは一つだった。

 そんな決して居心地の悪くない沈黙の中、表側の山門とはまた別に、横道があってそちらへと向かう。小川、というよりは水路に沿って伸びる舗装された道は、途中から山道になって下へと降りていた。

 途中、奈良でもないのに何故か存在する鹿園で妙に堂々とした鹿達を眺めたりもしたが、まぁそこまで大きい神社ではなく、すぐに小山の麓に辿り着く。

 

 

「提督? どうかしたんですか?」

 

 

 小川のせせらぎを眺める後ろで、忙しなく電話でやりとりをする提督。

 艦娘は特殊な訓練を受けた艦娘候補生である“素体”たる女学生と、工廠で造り出された武装、そして唯一無二の存在となるための旧大日本帝国海軍の艦艇の魂とが合わさって“建造”される。

 装備が複数あったとしても、同じ艦娘は二隻といない。正規空母赤城に使われる装備はいくつも予備があったとして、それでも正規空母赤城はこの自分一人だけ。もし轟沈したら、今度は同じく訓練を受けた別の候補生が装備によって艤装を施され、魂を注がれて新たな正規空母赤城として誕生する。

 だから艦娘達はあくまで“モノ”であったはずの艦艇達の記憶を持つ、不思議な存在だった。自分は携帯電話なんて、それこそ子どもの頃から慣れ親しんだ電子機器。でも今の半身、相棒たる空母赤城としては、珍しく、魔法のように先進的な謎の機械。

 艦艇の魂は、艦娘とっては自分そのものでもあり、切り離されたものでもある。上手く言い表せないけれど、二人分の感情が混ざったそれは、ものすごく不思議な感覚だった。

 

 

「‥‥お仕事、ですか? 敵はいないけど、警戒体制? 今から鎮守府に向かっても間に合わないし、指揮なら電話でも‥‥あぁ、パソコンを使って、ですか。わかりました、私のことは気にせず行ってください。適当な時間になったら、宿に向かいますから」

 

 

 どうやら鎮守府で何か非常事態があったらしい。もちろん、富士山の麓から鎮守府まで、どんなに急いだって非常事態に間に合わせることが出来るはずがない。

 でも、提督だって別に対策をしないでこんなところまで物見遊山にくるはずがなく。

 

 

「まだ非番の艦が急いで呼び戻されるような状況じゃ、ないんですよね? 私も携帯は持っていますから。何かあったらすぐにご連絡を。‥‥いってらっしゃい、提督」

 

 

 今夜の宿は軍の保養所。当然上級将校が泊まる場合を考えて、遠方からでも十分な指揮がとれる設備が用意されている。軍用直接回線を経由して、ほぼリアルタイムで機密が守られた情報のやり取りが可能。

 それに向こうには提督の副官、他の艦隊の提督、自分と同じく秘書艦としての訓練を受けた仲間もいる。

 これから戦線に復帰するために急行したところで、装備を整えるのにどれほど時間がかかることか。即応状態以外のお嬢様はお化粧に時間がかかる、というのは工廠の整備兵達の口癖だった。

 

 

「加賀さんも金剛ちゃんも、みんないるし大丈夫ですよね。私がここで心配していても仕方がないし‥‥あぁ、お腹が減りました」

 

 

 タクシーを捕まえるや否や飛び出して行ってしまった提督を見送って、ぐっと強く拳を握り吐息をつく。

 どうしようもないことで思い悩んだって、何も解決しやしない。出来ることしか出来ないのは、人間でも艦娘でも変わらない。

 ならばまぁ、とりあえずはこの満たされずに飢え苦しむお腹の面倒を見てやらねばなるまい。もしも遠方にいる自分にまで緊急収集がかかるような逼迫した事態だったなら、まともに食事をとれるのは暫く先になることだろうから。

 

 

「しかし山一つ跨いでしまったみたいですし。お食事する場所には困りそう‥‥あら、ここはもしかして」

 

 

 山一つが神社だから、商店街からは完全に裏側へ回ってしまった。少し歩かないとお店はないだろうし、どうも意識し始めると空腹は気になってばかりでいけない。

 お腹が空いたのを我慢するのは嫌いだ。我慢に我慢を重ねるのは、出来れば必要のある時だけにしたい。お腹が空いたら、その場で満たす。それが生き物の在り方というもの。

 重々しく、如何にも思慮深そうに、むぅ、と唸りながら振り返り、目の前に飛び込んだ文字に目を見開いた。

 

 

「‥‥ほうとう?」

 

 

 神社のある小山に、寄り添うように建つ一件の邸。

 周りは住宅ばかりなのに、ここだけ妙に浮いている。そんな立派な建物である。小さいながらも庭園まで備えた純和風。よくよく周りを見回せば、バスやらタクシーやらで駐車場はやけに忙しない。成る程、観光名所の近くにあるお食事処となると混むのは当然。

 しかし‥‥

 

 

「ほうとうって、なんでしょうかね」

 

 

 広島、呉の一術校で訓練を受け、今の鎮守府に着任した正規空母赤城。生憎と海育ちで山の幸には馴染みがない。まぁ呉でもお好み焼きなどに親しんでいたわけではないので、広島出身というと期待する友人は多いが、申し訳ない限りであった。

 しかし山の幸となると、やはり山菜。これは大いに興味が湧く。

 

 

「確かめねば、私の舌で」

 

 

 周りは大勢、少なくとも一人で来ている客は自分だけ。しかし決して物怖じなどしない。というか一人のご飯には慣れている。

 最近なんて休みに街に繰り出そうとしても、一緒にご飯を食べに行ってくれる子は少なくなってしまった。なんでも「え、外で赤城さんと一緒にご飯食べるのはちょっと‥‥」だそうで、自分がどう思われているのか考えると涙が零れそうだった。

 一緒にお出かけに出ることが多い提督だって、滅多にご飯は一緒にしない。そもそもあの人は常在戦場がモットーだから、ご飯なんてものは手早く適当に済ませてしまうので、自分の食事ペースとはあまり噛み合わないのも原因の一つだが。

 

 

「‥‥ごめんくださーい」

 

「はい、いらっしゃい! お一人様ですね、二階のお席にご案内しますぅ!」

 

 

 玉砂利の道を抜けて店の中に入れば、既にたくさんのお客さんでごった返していた。

 しかし広い。こんなにお客さんがいるのに、まだ十分に空いた席があるらしい。外に停まった観光バスを思い返せば、成る程、ツアー客などの来店を想定しているのかもしれない。

 二階へ上がると、簾で区分けされた席へと案内された。嗅ぎ慣れた鉄と油の匂いではなく、木の香りと山の風が心地よい。冷房も効いているのだろうけれど、穏やかな涼しさは体にも優しかった。

 

 

「あの、すいません、ほうとうっていうのは‥‥行っちゃった。まぁ、忙しそうだし仕方が無いか」

 

 

 メニューを見ると、この店のお勧めと思しき“ほうとう”が写真つきで並んでいる。どうやら煮込みうどんのような食べ物らしい。味噌味‥‥だろうか? 思ったよりも色んな種類があって、これは迷う。

 つみれ、豚肉、とにかく一つの種類の料理のはずなのに、中身は様々だ。これは悩む。あとお代金も中々。これではちょっと、お腹を満たすためとはいえ豪勢にお金を使うわけにはいかない。

 

 

「お肉、お肉にも惹かれますが、やっぱり山の幸といえば山菜。やっぱりその土地のものを食べるのが旅の醍醐味。となると‥‥」

 

 

 やはり一番大きく出ている、この茸のほうとう。

 野菜は数あれど、その殆どは畑で採れるもの。それに比べて、茸は山菜の代表というイメージが何となくある。

 昔の時代の軍隊も戦時中では他に比べると随分と良いものを食べていた“記憶”がある。けれど現代では食糧事情もよく、流石に深海棲艦の影響で輸入しなければ手に入らない食品が割高になってはきたが、まぁ国内の食材であるならば比較的潤沢に、鎮守府の食卓にも並んだ。

 しかし茸に関しては、それこそあまり良いイメージはなかった。新鮮、という言葉が上手く機能しない食品という認識が強い。新鮮なのか、良いものなのか、なんだかよく分からない。そんな食べ物だった。

 

 

「すいません」

 

「はい、ご注文ですか?」

 

「この‥‥きのこほうとうを下さい。あと、ご飯を大盛りで」

 

「かしこまりました、少々お待ちください」

 

 

 人の好さそうな女将さんに注文を伝えると、簾が降りて、途端に静かになる。もちろん密閉された空間ではないから周りの話し声や騒ぎ声は聞こえるが、実際に聞こえる音とは別に、まるで結界みたいにプライベートな空間を確保していた。

 木々のざわめきまでも、微かながらはっきりと聞こえる。待っている時間も、いつにも増して心地よい。

 

 

「―――お待たせしました、こちら茸ほうとうです。ご飯は後でお持ちしますね。お熱いので、お気をつけください」

 

 

 ‥‥瞬間、目の前に一つの小山が現れた。

 豊作のあまり湯気を発し、草木の実りで萌える小山。その正体は触れていなくても熱々に熱せられていると分かる鉄鍋である。

 木蓋を取ると、鼻の中に飛び込んでくる深い深い、そしてびっくりする程に優しい味噌の香り。思わず、わぁと歓声をあげてしまったぐらいに良い香り。

 

 

「思ってたより、随分と大盛りなんですねぇ。冷める前に―――いただきます」

 

 

 箸を取り、掌を合わせて黙礼。そして待ちきれないとばかりに手を伸ばす。

 味噌の煮汁の中に浮かんでいるのは、多種多様な山の幸の数々。茸にいんげん、かぼちゃに白菜、大根などなど‥‥。そしてその奥には真っ白なおうどんがひっそりと隠れていた。

 野菜の旨味が染み出しているからか、汁は想像したよりも随分とドロリと存在感がある。山の力がたっぷり詰まった泥の中で、うどんがパックされているような。そこまで考えて、ちょっと馬鹿らしいかなと麺を啜った。

 

 

「‥‥! おいしい、すごく優しい味噌の味がする。舌に染み込んじゃうぐらい自然で、すっごく穏やか」

 

 

 うどんはよく煮込んであるのか、煮込み過ぎには達していない柔らかさでとても美味しい。うどんは硬めの方が食べ応えがあるという持論だが、成る程、この味付けだと硬くてはうどんばかりに食感を奪われてしまうのか。

 味噌はいつぞや食べたラーメンと同じ濃厚な味付けかと思いきや、意外にも薄いとすら思うぐらいの優しいものだ。薄いからといって物足りないわけでは断じてない。むしろ柔らかい後味が口の中の隅々まで行き渡って、まるで撫でるかのように嗅覚に主張する香りが実に見事だ。

 

 

「この汁だけでも、いくらでも飲めてしまいそうな‥‥。はっ、いけない、お野菜の面倒も見てあげないといけませんね」

 

 

 食事はバランス、ご飯とお汁とおかずとバランスよく、と口ずさみながら、先ずは堂々としたエリンギを汁の中から取り上げる。

 かなり分厚い。立派な肉厚だ。はむ、と口の中へと導き、ぎゅっと噛みしめる。驚くほどに頼もしい噛み応え! まるで肉を食べているかのような感触に、むぅと唸った。

 

 

「茸って、すっごく立派なお野菜だったんですね。そうですよね、山の力を直接もらってるんですものね」

 

 

 ホカホカと湯気をあげる椎茸に顔を近づけてみれば、ほんの少しだけ土の香り。でも決して不快じゃない。むしろ食欲をそそる。エノキ、しめじ、舞茸とキノコのオンパレードだ。口に入れた端から全身に大地の力が回って、もう今すぐにだってイ級ぐらいの駆逐艦なら握りつぶしてしまえそう。

 他のお野菜は畑で採れる。けど茸は畑じゃなくて、山から生える野菜。だからかな、こんなに力を感じる。直接山の力をもらった茸から、その力を分けて貰っているような気分だ。

 

 

「このインゲンも、また違う歯応えで素敵ですね。それにカボチャ。最初はどうかと思ったけど、いい意味で存在感がある。味噌の味にもぴったり合うし、栄養たっぷりですね。飽きさせない鍋って良いなぁ」

 

 

 むしろおうどんよりもお野菜の方がよく進む、奇妙な体験。淡白な味噌だからこそ、どんな野菜でも仲間に入れるのだろう。それを纏め上げる旗艦たるうどんも含めて、山の上なのに随分と精鋭の一個艦隊だ。

 煮込み料理だから量も作れるし、もしかしたら鎮守府の食堂でも採用してくれるかもしれない。寮に戻ったら食堂のオバチャンに相談してみるのもいいかも。

 

 

「お待たせしました、こちら大盛りご飯ですー」

 

「あ、ありがとうございます。待ってました‥‥!」

 

 

 こちらもまた別の山の恵み。真っ白く輝くご飯に、たっぷり味噌が染み込んだ白菜を乗っけて、少しだけ間を空け、口へと運ぶ。

 きゅっと口を締める力を強くすれば、たちまち溢れ出す旨味! 溢れた汁が更にご飯に染み込み、ゆっくりと味わい、飲み込んだ。

 おうどんですら吸い込みきれなかった旨味も、こうやってご飯で余すところなく味わうことが出来る。余ってしまった汁は言わずもがな、飲み干すことに何の躊躇いもあるものか。

 

 

「―――御馳走様でした」

 

 

 気がついたら、ぺろりと鉄鍋の中身をすべて平らげてしまっていた。ものすごく充実した食事だった。心なしか頭の中がキラキラしている気がする。全身に山の恵みが行き渡り、力が漲っている。

 今からでも緊急出動があったって、空の上を走って海まで行けそうだ。まぁ、流石にそれは冗談ではあるけれど。

 

 

「‥‥提督? はい、赤城です。そちらは‥‥特に問題はなさそう、ですか。いえ、残念そうだなんてそんな、安心しました。戦いなんて、本当ははない方がいいんですから」

 

 

 お会計を済ませて、外に出ると提督からの電話があった。

 警戒体制は解除されて、とりあえず私達が急いで戻る必要はないらしい。今晩はゆっくりできるぞと、少し嬉しそうだった。きっとお酒が飲みたいだけだろう。

 私は‥‥身体中に力が満ち満ちているので、やる気を少し削がれた気分。でも提督に言ったとおり、本当なら戦いなんてないのが一番なのだ。

 

 

「じゃあ私はどうしましょう、宿に戻りますか? ‥‥え、街に行く? お祭りがあるんですか? 有名な‥‥火祭り? いいですね、行きましょう!」

 

 

 ああ、やっぱりこの喧騒はお祭りのためだったのか。なんでもさっき寄った神社は年に一度、日本でも五本の指に入るという荘厳な火祭りがあるのだとか。

 それは凄く楽しみだ。きっとお祭りなら、今よりもたくさん人が増えて、きっと屋台も出るに違いない。

 屋台の料理は不思議と人を惹きつける。少し遅いお昼ご飯を食べた後ではあるけれど、たこ焼きに林檎飴、焼きそばに綿飴、串焼き、チョコバナナ‥‥とにかく楽しみだ。

 

 

「これはお土産をしっかり用意しないと、加賀さん達に恨まれてしまいそうですね‥‥」

 

 

 この辺りのお土産とはなんだろうか。ほうとうを持って帰るわけにはいかないし‥‥。

 そんなことを考えながら提督が迎えに来てくれる場所へと歩き出す。

 空を見上げれば、お祭りの賑やかさを告げる花火が、昼間だというのに打ち上がっていた。

 どんな苦境の時にあっても、変わらず元気なこの山の里の力強さを私に教えてくれているように。

 

 

 

 

 




Q.3-2突破できた?
A.心臓に悪いから控えてる

Q.学会終わったん?
A.しんどかった (´・ω・`)

Q.未来福音は観た?
A.最高だった!


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