赤城のグルメ   作:冬霞@ハーメルン

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美味しいものを食べるペースに執筆が追いつかない悲劇。あと取材費がピンチ。
4-2突破しましたが4-3が羅針盤に裏切られ続けて、ついでに3-2が提督の心臓を脅かす日々。



東京都新宿区西新宿のメンチセット

 

 

 

「これは‥‥すごいですね。女の子が戦闘機みたいに空を飛んで怪物と戦うなんて‥‥最近こういうの増えてきたような、そんな気がするんですが」

 

 

 鳴り響く流行りの歌。壁に張られた女の子が映っている沢山のポスター。購入を促す工夫を凝らした色んなポップ。

 一応、本屋。多分だけど本屋。近くのお店の人に本屋と聞いて教えてもらったから、本屋。本と言っても見たこともない漫画や、見たこともない小説のようなものばかりで違和感を覚える。他にもアニメのDVDや、よくわからないCDなども売っていて、奥のコーナーはどうやら私では入れない。

 本屋というともっと静かで落ち着いた雰囲気を想像していただけに、ちょっと面食らってしまう。ただ、それこそ若者向けというのか、ポップで賑やかな店内というのも決して悪くはないと思った。

 

 

「‥‥知ってる機体が出てこないのが寂しいところですね。あぁでもコレって敵は戦闘機の深海棲艦版みたいなものですから、艦戦とか陸戦ばっかりがモチーフなんでしょうね」

 

 

 ぱらり、とページを捲る。本来は本屋での立ち読みなんて迷惑行為の筆頭なのだろうけれど、この本には見本の帯がついていて、自由に立ち読みが出来るもの。

 頁の上では自分たち艦娘と近い年頃の女の子たちが、第二次大戦期の戦闘機を模したロケットみたいなものを脚に履いて空を飛び回っている。艦娘と同じコンセプト、というわけではなくて、実際のあの時代の並行世界を舞台にしているんだとか。

 自分たちと似た境遇に、親近感が湧く。とはいっても彼女たちは戦闘機そのものではなくて、実在した過去のエース達がモデルらしいけれど。

 

 

「そういえば戦車が出てくるアニメーションもあるらしいですね。陸空とこうやって娯楽の世界に進出してると、まさか深海棲艦みたいな化け物が他にも現れやしないか、なんて‥‥考えすぎ、かな」

 

 

 まぁ旧帝国軍には陸軍と空軍しかなかったけれど、昔の伝統を色濃く残す海上自衛隊では一部では似たような話が起きている、という噂を聞いたことがある。曰く、海に化け物が出たんだから、空からも陸からも現れたっておかしくない、と。

 もちろん今のところ、そんな情報は鎮守府にも入ってきていない。予兆すらない。だから巷の与太話ではあるけれど、成る程、こんな娯楽漫画が出回っていると不思議な信憑性を帯びてくるような‥‥。

 

 

「いや、考え過ぎよ正規空母赤城。だいたい、深海棲艦だけでも手に負えないっていうのに、またぞろ化け物が湧いて出て来たんじゃ困っちゃいますものね」

 

 

 ぱたん、と頁を閉じて棚へと戻す。“自由に読んでください”と置いてある見本とはいえ、読んで興味を持ってもらって、買ってもらうためにある。となると興味が湧いたのなら、やっぱり買って帰らなければならないだろう。

 他にも小説にしたものや、CDなどもあるらしく、この漫画を一通り読み終わったらそちらにも手を出してみようか。元々はアニメーションが原作らしいから、少し子どもっぽいけど、童心に帰ってみるのも悪くない。‥‥それにしても子ども向けにしては随分と難しい。最近の子どもは大人なのだなぁ。

 

 

「すみません、お会計お願いします」

 

「あ、はい、かしこまりました! ‥‥失礼ですが、正規空母の赤城さんでは?」

 

「え? ‥‥はい、そうですけど」

 

「やっぱりそうでしたか! いつも貴女のご活躍、応援してます。どうぞ頑張ってください!!」

 

 

 本を持ってレジスターへと向かい、お金を払おうと財布を出すと、とても事務的ではない問いかけ。

 見れば年若い女性の店員が、キラキラした瞳でこちらを見ていた。チラと周りを伺えば、何人かの視線も感じる。今の自分は少し涼しくなってきたから、浴衣ではなく袴を履いている。もちろん艦娘の装備ではないけれど、なるほど、よく知っている人なら見分けられてしまってもおかしくない。

 

 

「あ、ありがとうございます‥‥」

 

 

 旧日本海軍の艦艇にも熱烈なファンがいるように。現海上自衛隊の保有艦艇にも熱烈なファンがいるように。艦娘にも同じく、熱烈なファンは多かった。

 艦娘以外の通常兵器では有効な対策がとれず、主に輸入のための航路に出没し貿易を阻害。国民の生活に深刻なダメージを与えている現代の海魔(クラーケン)たる深海棲艦。直接目にしたことはなくても、その脅威は皆よく知っている。何せ今まで当たり前に買えていたものが買えなくなってしまったのだ、直接自分たちの生活に関係しているのだから、子どもですら知っていた。

 そんな深海棲艦、未知の化け物と戦う新兵器。正確に言えば新兵器に乗り込む唯一無二のパイロットのようなもの。人気にならないはずがない。

 まるでアイドルのようにプロマイドは出回り、グッズも売れている。あまりにも出撃や遠征、任務が多いため中々時間はとれないが、基地祭や広報などでも大活躍だ。流石に素顔で装備もなければ早々見つかりはしないだろうけれど、今回ばかりは場所が悪すぎたようである。

 強請られる侭に慣れないサインなど書いて、最後は旧軍よろしく万歳三唱で見送られる始末。

 

 

「‥‥はぁ、なんだかものすごく疲れてしまいました。最近はなかったから、油断しちゃいましたね」

 

 

 秘書艦としての教育課程を修了している自分は、提督と一緒に行動することが多く何かと忙しい。最近、鎮守府では広報室を担当している軽巡洋艦の那珂がイベントなどに出ているとかで、爆発的な人気があると聞く。

 しかし写真や動画がインターネットで出回る現代では公式行事に出動した時の画像データなども恐ろしい勢いで流出するものだ。たまにドキュメンタリーなんかもやるし、メディアへの露出度を比べたらあまり変わらないかもしれない。

 

 

「なんていうか、こういうの軍機扱いに出来ないのでしょうか」

 

 

 多分、無理。プライベートは十分にあるはずなので、こういうのも有名税の一部だろう。

 それに艦娘というのは基本的にエリートの軍人だ。そんじょそこらの国立大の学生も顔負けの頭脳に、装備を保持し、運用するための鍛え上げられた肉体。深海棲艦との白兵戦もこなせる格闘能力。ついでに生半可な薬物にも耐性があるし、たとえば不埒な真似を働く輩がいたとしても、徒党を組んだって相手になるまい。

 

 

「気疲れのせいですかね、どうもお腹が減って‥‥。そうだ、ご飯にしましょうか」

 

 

 新宿の街は忙しない。そのせいか昼時はどこを眺めても大入り満員で、行列すら出来ている店も多かった。そしてそうでないお店は、正直どこに入ったらいいか分からないという始末。そういうわけで珍しくお昼ごはんを後回しにしたわけだけれど、ツケは大きい。

 艦娘は度重なる出撃に過酷なトレーニング、装備運用のための演算による脳の酷使と、とにかくオーバーワークな毎日を過ごしている。必然、摂取しなければならないカロリーも普通の女学生に比べれば多いというのが赤城をはじめとする比較的に大食艦たちの意見だった。実際思うのだが、燃費がよいというか腹持ちが悪いというか、エネルギーを摂取した端から使ってしまうのですぐにお腹が減ってしまう。

 もちろんそれは個々人の主観によるものだろうけれど、少なくとも赤城自身について言えばとにかく食べても食べてもすぐに空腹になってしまうのだ。ただ、軍人であるから我慢は出来る。ちゃんと待てる子、欲しがりません勝つまでは。ちょっと目つきが悪くなったり、物騒な言葉が増えたりするだけで。

 

 

「さて、となると何処にしましょうかね。なんだか居酒屋とかチェーン店ばっかりで気に入ったところが見つからなくて、残念です‥‥」

 

 

 新宿の街はゴミゴミしていて、活気がある分だけお目当てのお店を探しにくい。目に付くのは見慣れた牛丼屋やうどん屋、チェーンの居酒屋が昼にやっているランチなど、少なくともお出かけした時のお昼ご飯としては物足りなかった。

 本来ならば即応状態が求められる艦娘としては、鎮守府から外出するというのは結構なイベントで。

 だとすると適当に食事を済ませるわけにはいかない。食事というのは一日に三回しかない、人間の活力を得る大事な儀式なのだから。

 

 

「‥‥あら、ここはさっきすごく混んでたお店。今は随分と空いてるみたいですね、行列がありません。やっぱりお昼時を過ぎてしまったからかしら」

 

 

 ぶらりぶらりとお眼鏡に適わない店を通り過ぎては溜息をついて、なんとなく遊び心で入り込んだ路地裏で見つけた、一つのお店。

 お店といっても中が見えない。狭い階段の先、二階にあって、看板とメニューだけが通りかかる人の目に入る。かなり地味で、しかし先程ここを通りかかった時には階段の周り、隣の店の前まで長い長い行列が並んでいたのが印象的だった。

 なお、あまりの行列から食事処であること以外は何も情報が得られなかったので、その時は気にしながらも立ち去ったのだが‥‥。こうして空いているのを見てしまうと、ムクムクと好奇心が湧いてくる。

 

 

「ふむ、ふむふむ、ここはとんかつのお店ですか」

 

 

 あの時は行列ばかりに目がいっていたけれど、よく見れば階段の真上に堂々とトンカツのお店であることを表す看板、そして幟。壁にはわかりやすく写真付きで―――色褪せた年代物である―――お品書きが載せてあり、これは中々“美味しそうな”匂いがする。

 色鮮やかな、それこそ本当に目の前に料理があるようなメニューより、お店の雰囲気にあったこのようなレトロなメニューや、あるいは昔ながらのショーケースに飾られた食品サンプルに心惹かれてしまう。年月を経たものに惹かれるのは大戦期の記憶のせいだろうか。

 

 

「お値段は程々‥‥ふむ、悪くない。何よりアノ行列が何を理由としたものなのか、私、気になります。ここは一つ、入ってみますか!」

 

 

 カツン、カツンと下駄とリノリウムの階段が音を立てる。結構、急な階段。袴だからまだ良いけど、もし浴衣なら登るのにも苦労したかもしれない。登りきると入口の反対側にはうず高く積まれたソースの缶。これほどの量を常に用意しておかなければならないぐらい人気のお店なのだ。

 階段も入り口も狭いけど、さっきまではここにむくつけき男達がたくさん並んでいたことを考えると、それほどまでにして食べたい昼食に対して期待を抑えられなかった。

 

 

「いらっしゃいませ! お一人様? ご注文はお決まりですか?」

 

「注文‥‥ですか?」

 

「はいー。そちらのメニューから選んで頂いて、先にご注文もらってるんですよー」

 

「成る程、わかりました。ごめんなさい、ちょっと待ってもらえますか?」

 

「大丈夫ですよ、お構いなくー」

 

 

 元気なお姉さんに促され、階段の側面に据えられたメニューを眺める。

 やっぱりトンカツが基本のお店のようで、揚げ物の定食がズラリと並ぶ。看板メニューのとんかつ、串カツ、メンチカツ。イカフライやアジフライもある。

 揚げ物オンリーではあるけれど、種類はいっぱいで悩んでしまう。スタンダードにとんかつを選ぶのもいいけれど、その横にある、少しお値段がお安い紙のようなカツというのも気になった。おかず係数を比較するとマヨネーズたっぷりのアジフライも捨てがたいけど、イカフライのボリュームも魅力的。

 というかご飯お代わり自由じゃありませんか! 白飯(シロメシ)ですよ、白飯! これは満足できそうですね!

 

 

「‥‥メンチカツと串カツの定食で、お願いします!」

 

「かしこまりました、ではどうぞこちらへ」

 

 

 本当ならお魚とお肉という組み合わせの方がバランスがとれていたかもしれないけれど、ここは欲望に素直に従っておかず係数が程々の組み合わせを選択。案内されるがままに席につく。

 カウンター席などはなく、今は空いているのかテーブルに通された。テーブルも椅子も少し小さめに作ってあって、なんとなく可愛らしい。自分などはそこまで大柄な方じゃないけれど、会ったことはないが噂の戦艦長門さんや陸奥さんならば、さぞや窮屈だったことだろう。

 

 

(新宿のビル街の中なのに、随分と風情のあるお店ですね‥‥)

 

 

 老舗なのだろう。それこそ料亭ほどの風情はないが、とてもビル街の中にあるとは思えない落ち着いた雰囲気が漂ったお店だ。

 茶色い壁に年月を感じさせる渋い色合いの机と椅子。そして赤いクッションが調和している。やはり小さなビルの二階という立地からか、そんなに広くはない。四人掛けのテーブルが10ぐらいだろうか。ざっと眺めた限りだけど、あの行列は人気と共に店の狭さも示していたらしい。

 一応障子窓になっていたり、そこかしこに置かれたさりげない置物とか、細かいところに心配りが見える。近代的なオフィスを戦場に日本を支えるビジネスマン達が癒されるオアシスなのかもしれない。

 

 

「お茶とお漬物、先にお出ししますね。もう少しお待ちください」

 

 

 少しだけ涼しくなってきたからか、お冷やよりもお茶の方がありがたい。少しだけ啜ってお腹をおちつけ、割りばしをとって漬物をつつく。

 赤黒くて細切れになった‥‥きゅうり? しその実の漬物に似ている。ちょっと食べづらいけれど、しょっぱくてお茶請けには丁度良い。味噌をついばむみたいに少しずつ箸でつまんでいると、驚いたことにすぐに先ほどのお姉さんがやってきた。

 

 

「お待たせしました! こちらメンチセット定食です!」

 

「は、早かったですね‥‥?」

 

 

 繁盛する時間だから下拵えを十分にしていたのだろうか、予想したより随分と早い。揚げ物、特にトンカツは時間がかかるとばかり思っていたけれど、これは良い誤算。

 食事を楽しむためには色んなマナーや条件をクリアーしないといけない。綺麗に美しく食べるのは勿論、食事に対する敬意が必要だ。

 待てないのは躾のなっていない狗。狼は飢えていても誇り高い。ちゃんと待てる。待つ時間も楽しめる。けれどまぁ、待たなくて済むならそれに越したこともないんだけれど。

 

 

『メンチセット』

 →少し小ぶりなメンチカツと串カツのコンビ。ズッシリしていて食べごたえ十分。

 

『ごはん』

 →柔らかめに炊かれた白飯。ホッカホカ。

 

『豚汁』

 →肉は切れ端だけ。出汁で勝負。

 

 

 ‥‥全体的に、思った程ボリュームはない。こじんまりとしている、というよりはスマートに纏まっていると言うべきか。

 よくよく考えてみれば大盛りが目玉のお店ばかりあるわけでもないし、働き盛りのサラリーマンとはいえ軍人ほどは食べないはず。艦娘は駆逐艦であっても一般人に比べれば食べる方だから、普段の鎮守府の食堂と比較するのはおかしなことだ。

 

 

「まぁ別に、ごはんはお代わり出来るわけですからね。失礼なことを考えてはダメよ赤城。―――いただきます」

 

 

 ちょっとフライングスタートで漬物を突いてしまった箸を再び手に取り、黙礼。いざ得物を伸ばす。

 最初の一口だけは何もつけずにそのままで。先ずはメンチカツから。スーパーのお惣菜コーナーなどで見慣れた薄っぺらいものではなく、ずっしりと丸みのついたフォルムが食欲をそそる。ハンバーグとかでも言えることだけど、この厚みというのは食べ物の価値を定める大事な基準の一つだ。

 予想した通り、持ち上げてみると小さめのサイズとは裏腹に感じる重み。期待のままに、ぱくりとささやかな一口‥‥。

 

 

「ッ! うん、美味しい! これぞお肉っていうお肉の風味があって、しっかり下拵えがしてあるからソースをつけなくても、驚きのおかず係数です!」

 

 

 期待通りの重厚な食感に漏れる、歓喜の声。普通のトンカツよりもメンチカツの方が肉の旨味が凝縮されている。

 噛みしめれば口の中にジューシーな肉汁が広がる。しかも柔らかくて、ほぐれるように。普通のお肉ではこうはいかない。料理人の仕事が生きている料理だ。

 せっかくだしソースをかけよう。辛口たれと、秘伝のたれとある。きっと敢えて辛口と書いてあるんだから、この秘伝のたれは甘口に近いものだろう。メンチカツに濃厚な甘口ソース‥‥堪りません! 思わずごはんを思いっきり、かつ上品にかっ込む。

 このソース、というよりはタレが白飯には欠かせない。このタレと和芥子だけで何杯でもお代わり出来てしまう。

 

 

「辛口ソオスと半々でかけちゃいましょうね。‥‥ええい、もう思い切って串カツにもかけちゃえ! やっぱりソオスはご飯のオトモですよね! 思わずニャアなんて声が出ちゃいますよ」

 

 

 本当なら串カツも最初はソースなしで味わうつもりだったけれど、もうこうなってはお上品に我慢なんて出来やしない。

 今度は辛口ソースを串カツに半分ぐらいまでたっぷりかけて、口の周りを汚さないように、串を手にとって一口。

 

 

「むぅん、ずっしりメンチカツとも違って、こっちはお肉本来の噛み応えが気持ちいいですねぇ。

 それにこの、ポロリと頼りなく分解する感じ。串カツって不思議と食べすぎちゃうのってコレのせいですよ、絶対」

 

 

 串カツは一口サイズの豚肉と、ネギか交互に串に刺さっている。だからメンチカツのように器用に少しずつ食べるというのが難しくて、思わずかぶりついてしまいがちだ。

 しかし今それをやってしまうと白飯のおかずがなくなってしまう。それは困る。仕方なく、こちらもまた器用に一口サイズの豚肉を半口まで分解する。

 

 

「あ、このお店は玉ネギじゃなくて長ネギなんですね。なんだか新鮮だなぁ」

 

 

 串カツといえばホクホクのタマネギ。しかし長ネギは更に和風の趣が増す。繊維がタマネギよりも密集しているからか、噛み応えも少し違う。

 タレをたっぷりつけてやって、ご飯の上にのっけてタレを染みこませ、白飯と一緒に食べれば幸福のままに笑顔が零れる。ソースの奥から熱々に熱せられた野菜の汁も溢れてきて、また一口ご飯を放り込んだ。

 長ネギの方が玉ねぎよりも汁を含んでいるのだろうか。それとも揚げている時に豚肉の肉汁を吸い込んだのだろうか。これも中々、悪くない。独特の汁気はまるで海の中に潜む潜水艦、とは言い過ぎだろうか。

 

 

「‥‥うん? この豚汁、お肉が入ってないんですね。あー、でもよく考えてみればトンカツに豚汁だと豚と豚で豚がかぶってしまいますものね」

 

 

 箸休めに口をつけた豚汁。そんなに大きな器ではない。そして何より気になったのは、豚汁なのに肉が欠片ぐらいしか浮かんでいない。

 普通に考えれば客を馬鹿にしているようなものだけれど、一口啜ってみれば、うん、成程、これは悪くない。むしろ良い。豚の出汁がしっかり効いているから、文句なしという程に肉の味が主張する。舌全体、口全体でお肉を味わっているかのようだ。

 

 

「おっきなお肉が入ってる豚汁もいいですけど、これも風情がありますね。すごい満足感」

 

 

 むしろトンカツという重いおかずがあるからこそ、サイドメニューまで重くあってはバランスが悪い。もっとも例えばこの豚汁がたっぷりのお肉が入ったものだったとしても、しっかり美味しくおかずの一つとして頂いてしまうのだろうが。

 そんな年頃の乙女としては少々はしたないことを考えながらも箸は止まらず、しっかりとおかずを残したまま白飯とお味噌汁を完食。

 

 

「失礼します、ご飯と豚汁のお代わりはいかがですか?」

 

「あ、はい、ありがとうございます。じゃあお願いします」

 

「少なめでよろしいですか?」

 

「‥‥あの、その、大盛りで」

 

「はい、かしこまりました」

 

 

 ほんの少しだけ目を見開いて、苦笑されたことが恥ずかしくて耳まで真っ赤になる。流石に鎮守府の外で胸を張って大食艦を名乗れる程に開き直ってはいないし、もしそうなったら残ったお淑やかさの最後の一欠片までも日本海溝に投げ捨ててしまうのと同義だろう。

 何処か慈しみに満ちた笑顔でお代わりを持ってきてくれたお姉さんの顔を見ることも出来ず、俯いたまま千切りキャベツにかけると思しきドレッシングを手に取った。普段は大盛りご飯を頼んでも平然としているのに、何故だろう、年齢が近いからか恥ずかしかった。

 

 

「‥‥チリソオス? なんでまた、トンカツ屋さんなのにドレッシングがチリソオスなんですかコレは。いや、まぁ別に悪くはないんですけど‥‥ちょっとこう、辛いですねぇ」

 

 

 ドレッシングの代わりに置いてあるのはスイートチリソース。辛くて甘い、というあまり経験のない味が新鮮だ。これ自体もそうだけれど、これをとんかつのたれに合わせるというのも中々珍しい。

 しかし合わせて食べてみれば以外にも、単体ではくどくなるチリソースの甘さが程よく打ち消され、辛さもたれに加える良いスパイスだ。

 トンカツと一緒に食べるのも良いが、たれとチリソースをブレンドしてやると当然ながら千切りキャベツもおかずとして立ってくる。大事に食べているカツと相まって、ご飯の進むこと進むこと。

 

 

「お代わり、いかがですか?」

 

「‥‥お願いします」

 

 

 恥ずかしくはあるけれど、やっぱり自分のお腹には正直になるしかなかった。

 しっかりと千切りキャベツを食べ尽くし、最後は残しておいたメンチカツの端っこでお皿にへばりついてしまった、ソースをたっぷり含んだキャベツを回収してお米に乗せ、一気に頂く。なんでだろう、この最後の一口がたまらなく幸せだ。

 

 

「―――ごちそうさまでした」

 

 

 もう一度お代わりした豚汁を啜り、ふぅと吐息をつく。食事の〆には温かいお茶、あるいは汁物。腹八分目まで食べて、温かいものをゆっくりと啜ることで丁度よいお腹の落ち着き具合を得ることが出来るのだ。

 そう考えるとこの豚汁は最高。ただでさえ濃い豚の香りと味が、満足感を何倍にも高めてくれる。豚と豚という重い組み合わせを、少し外した妙技と言えよう。芳醇な香りを鼻に通せば、脳まで直接落ち着けてくれるような気がした。

 

 

「ありがとうございました、またいらっしゃいませー!」

 

 

 元気のよい声に見送られて階段を下りる。ちょっと濃い味のものを食べすぎたからお口の匂いが心配だけど、少なくとも向こう半刻ほどはこの余韻を味わっていたい。無粋な真似はするべきではないだろう。

 午後になって今度はサラリーマン以外の姿も多くなってきた新宿の街をゆっくりと歩き、休みを満喫する。お腹がいっぱいになったからこその余裕。そして幸せな気持ち。やっぱりお外での食事は楽しみの一つだった。

 

 

「‥‥もしもし。あぁ、加賀さんですか。今どちらに? 品川ですか? これから上野まで行ってショッピングですか。私も一緒に行きます! はい、上野駅で待ち合わせしましょう!」

 

 

 官用のものとは別の、プライベートな携帯電話にかかる加賀さんからの電話。

 今日は五航戦の二人と一緒に東京までショッピングに来ているのだとか。加賀さんは普段から五航戦とをライバル視しているわりに、オフの時は正規空母仲間としてなんだかんだ仲が良い。

 二航戦の二人は他の鎮守府に配属されてしまったから、余計仲間意識が強いのだろう。かく言う私も、また同じ。せっかくだから合流しましょうか。

 

 

「確か上野駅にはケーキが食べ放題のお店がありましたね。みんな甘いものが大好きですし、誘ってみるのも良いですね!」

 

 

 一人で食べるご飯も良いけれど、みんなで食べるご飯も美味しい。仲良く楽しく美味しいご飯を食べるのは、とても良いことだ。

 上野の散策を楽しみにしながら、切符を買って電車に乗り込む。

 艦娘達の休暇を邪魔することを恐れたのだろうか。幸い、その日は鎮守府からの緊急招集がかかることはなかったのであった。

 

 

 

 

 




Q.オフ会やったらしいじゃん?
A.ハーメルン上位ランカー、理想郷古参揃いのオフ会でした凄かった。

Q.学生は勉学が本分じゃん?
A.あ、はい、すいません。

Q.今年の内に論文三つも書かなきゃいけないらしいじゃん?
A.あ、はい、その通りです。

Q.しかもそのうち一つは英語じゃん?
A.Fuckin shit! Hung your mouth!

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