赤城のグルメ   作:冬霞@ハーメルン

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各資材を30kほど消費して無事にE4までクリア!
E5? いや、あの、その、本艦隊ではちょっと、無理かなって。


東京都杉並区高円寺の牡蠣食べ放題

 

 

 

 

「―――赤城さぁーん! こっち、こっちですよー!」

 

 

 大都会、よく足を運ぶ新宿や渋谷などに比べれば比較的人通りの少ない駅構内。いつもの地味ながら目立つ女学生姿で歩いていた赤城へかけられた声。

 慣れない街にあちらこちらを彷徨っていた視線を動かし目に入ったのは、よく知った女子大生とおぼしき姿だった。たくさんの人の中でもかなり目立つ美女。道行く人もちらちらと目を向ける。

 落ち着いた短めの黒髪と、斜に被った深い青のベレー帽。色を合わせたブレザーは一見すると女子高生のようにも見えるが、中に着込んだ洒落たシャツやシックなスラックスのおかげで大人っぽい雰囲気が出ている。ボーイッシュではある一方で、まるでヅカ。

 

 

「高雄! 久しぶりですね」

 

「こちらこそ。調子はどうですか?」

 

「それは私の台詞ですよ。半年近く姿を見なかったので心配していたんです」

 

「最近は商船について外洋を遠征してましたからね。私も日本に帰ってくるのは久しぶりですわ。突然お誘いしてしまってごめんなさい」

 

「いえこちらこそ。丁度東京に出ていたので良かったです。遠征のお話、楽しみにしてたんですよ。私は鎮守府に詰めて作戦行動ばかりですから」

 

「あまり楽しいものではありませんわよ、任務ですし。でも土産話には十分かしら」

 

 

 顔は同じく大和撫子。それにしても系統があまりにも違う格好の二人はちらちらと周りの人達から視線を寄越されている。二人はそれを知ってか知らずか談笑していた。

 高雄。彼女は重巡洋艦の艦娘だ。正規空母として鎮守府の第一線で戦い続ける赤城とは異なり、深海棲艦との戦い以外にも様々な任務に従事している。具体的には彼女の話していた遠征任務もその一つであり、今日の彼女は商船の護衛任務をこなして鎮守府に帰投したばかりであった。

 

 護衛を終えて報告書を提出し、顔見知りに挨拶したはいいが陸に上がった時の一番の楽しみといえば料理。昔の船乗りなら女漁りなんて答えたかもしれないが、もちろん年頃の女性である高雄が女漁りなんてアブノーマルな娯楽に手を出すはずがない。大井じゃあるまいし。

 陸に上がって食べたいものは、日本が近くなってからは毎日毎時間のように考えていた。海の上の食事は味気ないとは言わないが、もちろん陸と同じ料理が食べられるわけがない。しかも今回は外洋を巡る大航海であった。思いもひとしおである。

 

 

「あと二人来るって聞きましたけど?」

 

「一人は程々に遅れると。もう一人は‥‥もう来ましたわね」

 

「―――ごめん、遅れちゃったッ!」

 

 

 落ち着いた、かどうかは知らないが大人の女性の会話に割り込む元気な声。人波をかき分けて近づいてきた少女に、二人は笑顔で声をかけた。

 

 

「時雨、久しぶりですわね!」

 

「高雄さん、ご無沙汰してたね。長い遠征、お疲れ様」

 

「ありがとう。今日はわざわざ呼び出してしまってごめんなさいね。どうしても皆と美味しいものが食べたくて」

 

「こちらこそ、呼んで頂いて嬉しいな。高雄さんと久しぶりにお話するのを楽しみにしていたんだよ」

 

 

 紺色のダッフルコートとデニムのスカートに、黒いタイツ。少し長めの黒髪を三つ編みにした少女。

 駆逐艦、時雨。最近さらに装備の改装が行われ、最前線でも活躍するようになったエリート艦娘である。赤城も何度も共に肩を並べて戦ったことがあり、温厚そうな見かけによらず勇猛果敢な戦いっぷりで知られている。

 

 艦娘の基本的な性能は発達した科学と、数多の術者の研究により再び現代に蘇った陰陽術や神道系の技術によって決定する。具体的には機関の出力であり、大砲の口径であり、装甲の厚さであり、それらと艦娘がその身に降ろした第二次大戦時の艦船の魂とのバランスだ。

 例えば艦娘がいくら大口径の主砲を装備しても、彼女に憑く艦船の魂が駆逐艦のものであった場合は装備を扱いきれない。枠が違うのだから嵌るわけがないのである。

 艦娘によって装備の違いが生じる由来はここにあり、性能とは別に魂の相棒たる自らの艦船と曰くのある装備を好む艦娘が多いのも同じ所以だったりもする。例えば赤城にとって烈風などの最新鋭の式神よりも、使い慣れた零戦などの式神がしっくりくると感じているように。練度とはまた異なった感覚があるのは、艦娘ならではのことだろう。

 これらから艦娘の候補生は装備の扱い方や身体の鍛錬と共に巫女としての修行も併せて行い、自らの相棒として艦船の魂たる艦魂を授けられる。このとき、やはり成績の良い候補生ほど有名かつ強力な艦魂を降ろすと言われているが、そういう意味では時雨は駆逐艦でありながらエースとして活躍する叩き上げだった

 

 

「高雄さんはご実家がこの辺りなんでしたっけ?」

 

「お祖母様のお家がね。今日はこのあと顔を出すつもりなの。でもその前に美味しいもの食べましょう。もう一人は遅れて来るから、先に行っちゃいましょうね」

 

 

 高円寺駅の南口から、商店街を横目にまっすぐ進む。

 この辺りは住宅地であり、若者が多い街でもあった。大都会たる渋谷や新宿に比べれば華やかな街というわけでもないが、若者向けの店は一通り揃っている。しかし今回、彼女達の目的はウィンドウショッピングでもファッションショーでもない。

 今日は高雄が待ちに待ったお食事会だ。わざわざ高円寺に出てきた理由がある。

 

 

「あ、ここですわね」

 

 

 駅から歩いてほんの少し。やや下り坂になるそこまで広くはない路地の途中にその店はあった。

 レトロというよりは大雑把、いやいや豪快な店構え。まるで寒風吹きすさぶ海岸に紛れ込んだかのような風情のある小屋である。そんなに大きくはないが、鋭角な三角形の屋根が特徴的で迫力がある。

 風が強いからか、申し訳程度に置かれた粗末な灰皿の近くで煙草を吸っている二人組などは寒そうにコートの襟を立てていて、それこそ海風を感じるようで期待が大きくなった。

 

 

「ごめんください。予約していた高雄ですが」

 

 

 おそるおそる入る、初めてのお店。外観と同じように、中も豪快に海の小屋をイメージした造りになっている。雰囲気よし、だ。

 壁には牡蠣の殻がたくさん飾ってあり、それぞれ何処の牡蠣の殻なのか分かるように名札がついている。牡蠣といっても種類は様々で、もちろん日本だけの名物ではない。海外ではオイスターバーというものがあり、盛んに食されている。

 高雄自身も海外遠征で寄港したときに牡蠣を食べる機会はあったが、どうにも日本の牡蠣が気になって仕方がなかった。安くたくさん牡蠣が食べたい。それも日本の美味しい牡蠣が。いや、外国の牡蠣も十分以上に美味しいのであるが。

 

 

「はい、ありがとうございます。お待ちしていました。四名様‥‥でよろしかったですか?」

 

「一人は遅れて来ます。始めてしまって、大丈夫ですわ」

 

「かしこまりました。では奥のお席にどうぞ」

 

 

 大量の牡蠣が発泡スチロールに入れられた調理場を通り過ぎ、店の奥の席へと案内された三人。

 この店では鉄板を使って客が料理をする。網焼きではないのは不満だが、まぁ鉄板焼きも悪くはない。素朴な感じと共に屋外にいるイメージが素敵だ。鉄板で焼くのがお好み焼きだと屋内のイメージなのに、何故か海産物になると途端に屋外のイメージになるのが不思議である。

 

 

「このブリキの缶に食べ終わった殻を入れるのかしら?」

 

「ワイルドですわね。赤城さん、飲み物は用意して来まして?」

 

「あ、はい。ビールを少し。時雨ちゃんは‥‥」

 

「すまない、慌てて来ちゃったから持ってこられなかったんだ‥‥」

 

「気にしないで。急に呼んでしまったのは私の方だから。どうしても皆と一緒にご飯を食べたかったんだけれど、忙しい人が多かったのよね」

 

 

 珍しそうにちらちらと辺りを見回す赤城と、幹事として店員と話を進める高雄、恐縮しッ放しの時雨と特徴的な三人。辺りの注目も集めそうなものだが、どうやら此処ではどの客も鉄板で魚貝を焼くのに集中しているらしい。

 赤城が話していたように、机の下には大きな一斗缶が鎮座坐している。これに豪快に牡蠣の殻を入れていくのがこの店のスタイルだが、下を見て投げ入れるような丁寧な真似をしない紳士淑女が多いとあっという間に机の下が海岸よろしく貝殻だらけになる。

 テーブルの上に氷水が入ったバケツが老いてあって、これが安価で牡蠣を楽しめる秘密の一つ。所謂持込可のお店であるのだ。もっとも持込は飲み物に限り、持ち込んだ量に関わらず追加で料金を払う。しかしジャンクな雰囲気があって良い。特に缶ビールなど最高だと、航海の間に浴びるほど酒を飲んだたぐいの高雄は口角をつり上げた。

 

 

「失礼します、こちらお通しのカキフライと(ちまき)です。焼き物はすぐにご用意しますので、もう少々お待ち下さい」

 

 

 爽やかな青年がやって来て、大皿を二つ置いていった。

 お通しとしては随分と重いが、今回一行が頼んだ牡蠣食べ放題のコースは本当に焼くための牡蠣しか出てこない。また牡蠣は蒸し焼きにするのだが、火が通るのに十分以上かかるので最初の牡蠣が出来上がるまでは大事な酒の肴だ。

 

 

『大盛りカキフライ』

 →一人あたり四コぐらい? 大食艦の暴走に注意。

 

『牡蠣粽』

 →一人一個。意外に大ぶりで熱々。

 

 

 保冷容器に入れて持ってきた酒を氷水のバケツの中へと移し、赤城と高雄は嬉々としてビールの缶を手に取った。

 時雨は麦茶。基本的に駆逐艦の艦魂は未成年の候補生に適合しやすい。駆逐艦の運用方法に対して、成熟した精神あるいは熟練した巫女たる候補生よりも、情動が激しく身体能力の特性も新鮮な未成年の少女が合っているのだ、というのが通説である。こればかりは実際に未成年ばかりが駆逐艦の艦娘として艦魂に選ばれるのだから仕方がない。

 中学生程度の艦娘ばかりの駆逐艦というのは一般大衆にも浸透していて、艦魂はロリコンだとネット上では有名だ。しかし、どちらかというと艦娘にとっての艦魂は相棒でありながら一心同体の、もう一人の自分のようなもの。よって艦娘の感覚的には同性だ。そもそも伝統的に艦は女性名詞なので―――欧米諸国の話ではあるが―――ロリコンというのは少し違うだろう。

 勿論レズビアンである可能性も否定出来ないのだが。

 

 

「それでは皆様、グラスを。今日は私のために集まって頂き、ありがとうございます」

 

「また何を水くさい」

 

「高雄さん、僕らこそ呼んでくれてありがとう」

 

「遠征ばかりで鎮守府を離れがちなのに、来てくれて本当に嬉しいですわ。今日はいっぱい食べていっぱい呑みましょう!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 

 お店が用意してくれたグラスに飲み物を注ぎ、ささやかに乾杯をして飲み干した。

 キンキンに冷えてやがる‥‥ッ! とまではいかないが、外は寒かったし悪くはない。次の缶を空ける頃には冷えていることだろう。高雄に比べて酒はあまり嗜まない赤城だが、こういう時のビールはたまらない。

 さて、カキフライも粽も熱いうちに食べてしまわなければ。

 

 

「いただきます」

 

 

 まずは揚げ物だ。テーブルにはソースも用意されているが、まずは何もつけないで一口。

 ほかほかと湯気をあげるカキフライを箸でつまみ、口へと運ぶ。うっかり力を入れすぎてしまわないように、そぉーっと、そぉーっと。サクリ、という小気味のよい音。

 

 

「美味しい‥‥ッ!」

 

 

 外の皮は薄くてサクサク。食感を邪魔しない薄さから、すぐに衣が包んだ牡蠣へ辿り着く。

 スーパーなんかで売っている、安っぽいカキフライなんかとは比べものにならない分厚い身。そして衣の中に閉じこめられた汁が溢れ出て来る。油と混ざって何とも美味い。カツや揚げ餃子にある、肉の存在感に勝るとも劣らない。

 ちょうど一口、しかし美味しそうな香りが我慢出来ずに半分ほど食べてしまった。箸で摘んだまま、ソースを数滴垂らして再び一口。

 

 

「うん、牡蠣の汁がソースと混ざって、すっごくまろやか。ソースだけだと味が濃いけど、衣が薄いのにしっかりしてるからサラリと中に染みこんでくれてビチャビチャしない」

 

 

 揚げ物のはずなのに、しっかりと牡蠣の匂いがする。目の前の高雄が幸せそうにビールを煽っていた。

 なんだかんだ日本のビールはとても美味しいらしい。いつも適当に流し込むビールだが普段は触れないだけで様々な種類があり、当然ながら海外で日本のビールが手に入ることは殆どないらしい。

 そもそも遠洋航海の最中は寄港の時が補給のチャンスで、それこそ酒であるならば殆ど工業用アルコールに近いものまで手当たり次第にかき集めるそうで。また肉やら何やらばかりが多くて野菜が少ない。

 世界でも比較的、食に煩い日本人。楽しいこともあったが、中々辛かったと高雄は語る。

 

 

「あ、粽も一つ貰いますね」

 

「どうぞどうぞ。一つは残しておいて下さいね。遅れて来る人がいるんですから」

 

「分かってますよ。他人様のご飯まで盗ったりしませんって」

 

「‥‥‥‥」

 

「なんですか時雨ちゃん。何か言いたそうですけど」

 

「別に、なんでもないよ赤城さん」

 

「いい笑顔が逆に恐いんですが‥‥。何はともあれ、いただきます」

 

 

 アチチ、と少し手こずりながら粽の包みを明ける。途端に、むわっと広がる山と海の匂い。

 贅沢に大ぶりの牡蠣を二つも入れた炊き込みご飯だ。お米全体に牡蠣のエキスが染みこんでいるようで、とても良い香りが余すところなく全体から漂ってきた。

 

 

「ご飯と一緒に食べる牡蠣、最高ですね‥‥! 汁が搾られてカスみたいになってるかと思ったのに、まだ肉厚じゃないですか!」

 

 

 ご飯の中にしっかりと染みこんだ牡蠣のエキスが、お米一粒一粒を噛みしめるだけで口の中から鼻の中まで行き渡っていく。すっごく重厚な歯ごたえだ。

 この皮にへばりついた餅米。これが中々の曲者。どうしても食べたい。残したくない。しかし難しい。悩む。上手く剥がすことが出来ない。美味いのに。

 

 

「赤城さん‥‥」

 

「ちょっと、はしたないかもだね」

 

「わ、私はお米一粒も無駄にしてはいけないと思ってですね?! 何故そんな冷たい目で見るんですか?!」

 

 

 お米は八十八回噛んで、お百姓さんの苦労に感謝すると必死で主張する中、店員さんがボウルに山盛りの牡蠣と海老を盛ってやって来た。

 海老は初回サービスで、牡蠣は先ほど通ってきた廊下に山ほど積んであったものから好きに取ってくる。ただ、一つ問題があって。

 

 

「‥‥焼くのに十分以上かかるのね」

 

「彼女ちょっと遅れてるけど、ちょうど間に合いそうですわね。あと十分ぐらいで到着するそうです」

 

「いいとこどりじゃないか。いや、まぁ僕は別に気にしないけどね」

 

 

 鉄板の上にはプレートが置かれていて、その上に牡蠣と海老を並べる。

 日本酒を大雑把に注いで蓋をすれば、成るほど蒸し焼きにして食べるらしい。牡蠣は一度に十数個は鉄板の上に並べることが出来るが、赤城が寂しげに零したように火が通るまでに十数分かかってしまう。

 待つのは嫌いじゃない。けど、ちょっと辛い。

 

 

「そ、そういえば高雄! 遠征の話を聞きたいです!」

 

「うん、そうだね。僕も遠征したことがないから気になるな。どんなことをしていたんだい?」

 

 

 仕方なしに、ぐいっとグラスのビールを飲み干して注ぎ足し、雑談に興じる三人。

 注目はやはり外洋での遠征任務に参加した高雄の土産話。赤城も時雨も最前線で深海棲艦との戦いを主な任務にしているため、遠征任務に参加したことは全くなかった。

 

 “鎮守府”と呼ばれる艦娘運営部隊では様々な業務がこなされる。

 代表的な任務は、やはり深海棲艦との戦いである。鎮守府によって制海権が確保されていない海域へと艦隊を派遣し、深海棲艦を駆逐するのが鎮守府の本領だ。鎮守府は国内に五カ所、海外に数カ所存在しており、それぞれに艦娘の部隊を指揮する提督と呼ばれる佐官以上の幹部が複数人所属している。

 このとき仮に一軍とする、正規空母や戦艦、夜戦能力や索敵能力に優れた重巡洋艦、対潜水艦能力に優れた計巡洋艦、エリート駆逐艦などから外れた艦娘は何をしているのだろうか。

 艦娘は唯一無二である。艦魂もまた唯一無二である。同じ装備がいくらあっても、同じ艦魂を持った艦娘は存在しない。故に艦娘にも限りがあって、基本的に暇をもてあます艦娘など存在しない。

 深海棲艦との戦いに赴く“出撃”任務以外にも、“遠征”任務が彼女たちの大事な仕事だ。

 

 

「そうね、今回は輸送船の護衛任務だったわ。鉱石を運ぶ大きな船に同乗して、深海棲艦の警戒をする任務」

 

「結構襲われるものですか?」

 

「艦隊からはぐれたイ級とかロ級とか。二隻以上に遭ったことはないですわね。普通の出撃と違って何もすることがないぶん時間が多くて、船員さんと毎晩お酒呑んで」

 

「自堕落だね」

 

「私の仕事なんてないんですもの。入港や出港の時は仕事も手伝えるんですけど、他の時間は見張りみたいな真似しか出来ませんし。海賊に威嚇射撃したことはありますわよ」

 

 

 深海棲艦は港を攻撃しない。

 沿岸部にも出現はするが、基本的に彼女たちの攻撃目標は遠洋航海を行っている船だ。艦娘だろうが護衛艦だろうが空母だろうがタンカーだろうが、客船だろうが変わらない。とにかく自分たちの領域に入った命ある存在を何かの仇のように追い回す。

 この影響は輸出入によって国力を維持している国家へ強く及んだ。具体的には我が国、日本もその一つである。近距離にある国、中国や韓国との交易は比較的保護しやすい航路であったが、特に太平洋航路は致命的な大打撃を受けた。

 危険な航路を使わなければいい、という理屈は簡単に見えて難しい。不可能である、と言ってもいい。太平洋航路を使わなければ運搬時間は破滅的に長期化し、コストも跳ね上がる。航海時間が延びるということは危険もまた多くなるということであり、結果として誰も得などしない。

 太平洋航路だけが危険なわけではない。それこそ見える距離ぐらいでなければ、基本的にどの航路であっても危険であることには違いないのだ。

 

 結局のところ国力を維持するためには太平洋航路をはじめとする海を使った貿易を何とかして保護するしかない。飛行機による貿易は現在のところ深海棲息艦の妨害を受けてはいないが、詰める荷物に制限があるため、どうしても海を使う必要があったのだ。

 鉱石、車、石炭、燃料たる油など様々なものが日本には不足してるし、売り出さなければいけない。よって鎮守府も何とか多忙の隙間を縫って、艦娘を輸送船の護衛任務に回して貿易の保護を行っている。

 高雄が話していたとおり、深海棲艦が艦隊行動をとって輸送船を襲うことは稀だ。一人だけでも、艦娘が護衛していることに意味はある。意思もたぬ深海棲艦に対して厳しい訓練を受けた艦娘は護衛という任務をしっかりと果たすことが出来る。

 以前に比べて効率やコストは悪化したが、何とか日本を始めとする各国は交易による国力の維持に成功していた。

 

 

「深海棲艦がウヨウヨしてる外洋に、まだ海賊なんて出るのかい?!」

 

「信じがたいことですけれど。艦娘が護衛についていない船もないわけではありませんし、比較的近海周辺では快速を活かした海賊が未だに出没しているわ。まぁ私が今回護衛していたのは鉱石船だから、あまり旨味がないらしくてね。遭遇したのは数回ぐらいですけれど」

 

 

 各国の艦娘による護衛がついているにも関わらず、深海棲艦が蔓延る海にも関わらず、無法者は出現する。

 彼らの狙いは主にタンカーで運ばれる燃料類だ。何処に売っても金になるし持ち運びも鉱石や石炭、車に比べると楽だ。特に日本の船舶は他国に比べて所謂、用心棒が乗船していないので標的にはもってこいだった。

 成功する確率は高くはないが、かつて深海棲艦が出没する前なら外洋を航海することを生業にしていれば一度や二度は遭遇する。今もまた、同じように。

 

 

「あ、二人ともごめんなさいね。‥‥もしもし?」

 

 

 日本に帰ってきてからすぐに契約関係を見直したのだろう、すぐに使えるようにしておいたらしき携帯電話を高雄がとった。

 どうやら遅れている、もう一人から連絡が来たらしい。

 

 

「はい、奥の方に来て下さい。食堂の、そうです、左側を向いてくれれば分かると思いますので。はい、よろしくお願いします」

 

「‥‥もう一人が到着したのかい?」

 

「高円寺の駅に着いたそうですわ。もうすぐに店まで来るでしょう。ちょうど牡蠣が蒸し上がるころでかしら」

 

「ナイスタイミングということですね」

 

「赤城さん、涎」

 

「垂らしてなんかいませんからね?!」

 

 

 ご飯がないとお酒を飲むしかない。幸か不幸か下戸ではない赤城と、ザルを通り越してワクの高雄。若干だが目の据わってきた赤城が少し恐いのかドン引いた様子の時雨をフォローする人は誰もいなかった。

 

 

「あ、来ましたね。こっちですよー!」

 

 

 廊下から奥の客席ゾーンに入ってくる、小柄な人影。

 灰色がかった、透き通った短めの黒髪。綺麗に切りそろえられており、瀟洒な印象を受ける。年頃は高校生ぐらいか、あるいは少し童顔な女大生か。赤城や高雄に比べても若く見えた。

 髪の色に合わせたグレーのタートルネックセーターと、ペンギンに似た謎の生物の意匠をしたネックレスを首に提げている。キュロットは少し寒そうだが、活発というよりは童顔を加速しているのが面白い。

 

 

「大鳳、貴方よく暇がとれましたね」

 

 

最新鋭の装甲空母、大鳳。赤城の所属する鎮守府にも最近になって着任した艦娘だ。装甲化された飛行甲板と最新鋭の艦載機を搭載している。この大鳳という艦魂に適合する艦娘は中々おらず、今まで長らく空位であった。

 艦娘と艦魂にはどうしても相性というものがあって、気難しい艦魂はいつまでたっても相棒たる艦娘が見つからない。この大鳳も所謂その手合いだ。艦魂の性能自体が良いのもあるが、焦らしに焦らして漸く巡り会った一人と一隻は最高のコンビらしい。

 一心同体の言葉をこれほど体現した者はいない、とまでの有能っぷり。今では押しも押されぬ第一艦隊のエースの一人。小柄な体ながらも、赤城や加賀とも並ぶエースとしての人気はプロマイドが速攻で売り切れるほどだった。

 

 

「私もそういつまでも忙しくはいられません。作戦行動も、アイアンボトムサウンド攻略戦の終了を以て小休止ですよ。だいたい、それを言うなら赤城さんだって東京くんだりして休暇を満喫できないはずでしょう、高雄さん?」

 

「‥‥まぁ、それもそうよね。しかし来てくれて嬉しいですわ、ほら、お座りなさいな」

 

 

 小柄ではあるが大鳳も立派な成人である。まずはプシュッとビールのプルトップを鳴らす。

 艦娘には二種類、酒の飲み方がある。淑女たらんとお淑やかに呑む艦娘達と、海の男よろしく完全に軍隊呑みをするパターンだ。

 なお、高雄も赤城も大鳳も、残念ながら? 生粋の軍人然とした比較的珍しい艦娘である。

 

 

「丁度、牡蠣が蒸し上がったところですよ! さぁ食べましょう、早く食べましょう、すぐ食べましょう!」

 

「落ち着きなさいな赤城。‥‥うん、思ったほど熱くない。開けますわよ」

 

 

 重い銀色の蓋を持ち上げると、ぶわっと視界を覆うほどに噴き上がる白い蒸気。

 ただの蒸気のはずなのに、もう口の中に牡蠣の芳醇な香りと味。まるで煙を食べているみたいだ。

 

 

『牡蠣の蒸し焼き』

 …熱く焼けた鉄板で、日本酒を垂らして蒸し焼きにした牡蠣。ぷりっぷりのあっつあつ。

 

『海老の蒸し焼き』

 …サービスの海老。おかわりはないが、食べ応え抜群。

 

 

 鼻からいっぱいに吸い込むと、自然と笑顔になるぐらい濃厚な香り。海の幸の中でも特上のご馳走だ。たしなめる高雄に気のない返事を返しつつ、赤城は机に備え付けの軍手を嵌めて牡蠣を手に取った。

 欲張って大ぶりの牡蠣を手に取ったが、予想したよりも重い。殻の重さなのか、身の重さなのか、期待は高まる。

 

 

「あ、熱っ?!」

 

「落ち着きなよ赤城さん。ほら、氷」

 

「別に、慌ててなんかいませんからね!」

 

 

 殻はぴったりと閉じていてナイフを差し込むのが中々難しい。思えば牡蠣を食べるなんて随分と久しぶりだ。基本的に、赤城は量を食べる種類の人間(艦娘?)であるという認識が周知されているため、高価な食事に誘われたことがない。

 一見すると歪に見える牡蠣の殻だが、その実しっかりと閉じている。なかなかナイフを差し込むべき場所が見つからない。

 

 

「赤城さん、貸してごらんなさいな。こうやってほら、貝柱の近くにナイフを入れれば簡単に開けられますわよ」

 

「ご、ごめんなさい高雄‥‥ありがとうございますって熱?!」

 

「あぁ牡蠣の煮汁が‥‥」

 

 

 殻を開いてもらって、渡された牡蠣を傾けてしまい熱い汁が手にこぼれた。慌てて軍手を脱いで一旦皿に置く。殻も熱いが中も熱い。生命の迸りを感じる。

 思っていたよりも小さめだが、ぷるぷると真っ白い身が殻の上で震えていた。熱々の湯気が上がっているのに氷みたいに輝いている。

 

 

「‥‥いただきますッ!」

 

 

 慎重に牡蠣の身を箸で掬うように掴んだ。

 豆腐でも掴むぐらいに、慎重に。ちょっと力を入れると真っ二つに千切れてしまうどころか、粉々に砕けてしまいそうだ。

 少しだけふぅふぅと冷まし、ぱくりと一口で口の中へ。

 

 

「‥‥ッ! 蒸しあがったばかりの牡蠣、やっぱり美味しい。柔らかいのに、すっごい味が濃い。潮の味より、もっとこう、ミルクに近い濃い味」

 

「海のミルクとも呼ばれているらしいですわね。‥‥うん、濃厚」

 

 

 貝類はどちらかというと薄味で、あっさりとした舌当たりをこそ楽しむものという印象がある。潮の香りを味わい、鼻へと通る海の風情が実に渋いものである。

 しかし牡蠣は、どちらかというとその真逆。

 柔らかさからして違う。噛みしめる程に味が染み出してくる他の貝類とは異なり、さっぱりしているとすら言える。しかし噛みごたえは柔らかなだけではなく、肉を噛んでいるようなイメージがある。

 

 

「醤油を少し垂らしてみても‥‥うん、牡蠣から染み出してきた汁と混ざって上品な舌触り。濃い醤油は主張が強すぎるけど、こうやって出汁と薄まると侘び寂びって感じですね」

 

 

 牡蠣に直接垂らしては意味がない。少し端っこから、それも、片方に偏ってしまわないように一滴ずつ慎重に回しかける。

 たっぷりと殻の上に溜まった出し汁をくるりくるりと全体に巡らせて、丁度よい塩梅に味の濃さを調整してから口へと運ぶ。調節に苦心しただけあって満足いく濃さ。舌を刺激せずに鼻へと抜ける、出汁の柔らかな香りと醤油のパンチの効いた濃さ。

 舌で千切れてしまいそうなぐらいに当たりが柔らかいのに、その香りと味の芳醇さにはしたなくも鼻から息が漏れた。美味しいものを食べるとついついやってしまう。

 

 

「レモン、レモンが足りないわ。牡蠣にはレモンよ」

 

「大鳳さん、酸っぱいのが好きなのかい?」

 

「練習航海でヨーロッパに行ってた時は、オイスターバーに入り浸ってましたからね。すいません店員さん、レモン下さい」

 

 

 醤油はあるが、レモンは有料。しかしたいした値段ではない。躊躇無く注文。

 余談だが基本的に艦娘はやたらめったら高給取りだ。彼女達は歴とした自衛官であり国家公務員なのだが、彼女たちにしか相手取れない深海棲艦は夜討ち朝駆け昼夜を問わず出現する。結果として休みらしい休みも満足に取れず、へたすれば長い航海と戦闘を終えて帰港しても、補給を済ませれば取るものも取りあえず再び出撃だ。

 過酷な就業時間と厳しい就業規則。前の夜には酒を酌み交わし談笑した戦友が翌日の昼には海の藻屑になってもおかしくない命の危険と隣り合わせの職場。そして専門性に加えて国家の保証と補償があるとはいえ肉体改造までついてくるなんて、ブラック企業も真っ青である。

 そこらへんの企業の重役なんか鼻にも引っ掛けない高給取りであっても、誰だって文句はいえないのである。

 

 

「あぁこれこれ、やっぱりレモンがないとね」

 

「私はお醤油だけでも。むしろお塩があれば十分なような気も」

 

「大根おろしも合うのよ、高雄。あとお味噌汁なんかも」

 

「そんなもの海外じゃ出ないでしょうに」

 

「大湊の方で、少しね」

 

 

 牡蠣は大きさでもかなり味が変わった。

 小さいものは小ぶりな身に合わない、意外にパワフルな味と香りがする。一方で大振りな殻を持っていても身は小さかったり、小ぶりな殻のいっぱいいっぱいに身が詰まっていたり。

 貝類独特の潮臭さにも一つ一つ個性があって、三人が話している牡蠣の味付け持論にもある通り、レモンや塩や醤油の調節や組み合わせで風味もまるっきり変わってくる。

 

 

「はふ、もぐ、ごくん」

 

 

 気が付けば、いつの間にか鉄板の上に牡蠣はない。代わりに海老が皿の上へと移動していた。

 気を遣った高雄あたりが寄越してくれたのか。ぺこりと頭を下げ、箸で掴む。

 頭も尻尾もそのままの、真っ赤に熟れた海老。遠慮なく頭から噛り付き、ぼりんと小気味いい音を立てて真っ二つに。

 

 

「シシャモも海老も、やっぱり丸齧りに限ります」

 

 

 少し頬の内側にチクチクと髭や足が痛いが、この感触が堪らない。それに固い頭を噛み破った時に顔を出す味噌がいい。おやじ臭いけれど、これをビールで流し込むのは最高だ。

 このお店では持ち込みできるのが飲み物だけだけど、白米があったら醤油を垂らした海老を少し焦げるぐらいまで鉄板の上で熱々に焼きあげて、ごはんの上に乗せたらどれほど美味しいだろうか。

 

 

「赤城さん、牡蠣のお代わり取りにいきませんか? このボウルに入れてくればいいんですって」

 

「! ‥‥そういえば食べ放題でしたね! 早速とりにいきましょう、蒸しあがるのに時間もかかりますしね!」

 

 

 さっき丁度通った、たくさんの牡蠣が積まれた場所へと行ってボウルの中に牡蠣を入れていく。

 大きいものばかりがいいとは限らない。小さな牡蠣だってたっぷりに身が詰まってるかもしれないし、小さいなら小さいでまた別の味わいがあって好きだ。

 しかし一度に蒸すことの出来る量は限られている。上手く噛み合うようにして並べなければいけないだろう。地味に大鳳も小柄な体格に似合わずよく食べる。下手を打てば奪い合いになるかもしれない。

 牡蠣の奪い合いになったら最悪この店で死人が出る可能性だってあるのだ。

 

 

「‥‥赤城さん、そんなに鉄板を睨んでも火が通る時間は変わらないよ」

 

「時雨さん、貴方確か本式缶を」

 

「鎮守府に置いて来てるに決まってるじゃないか。落ち着いて」

 

「慌てるんじゃないわ赤城。正規空母はうろたえない‥‥」

 

「すでに手遅れよ。あと、出来れば貴女の言う空母の括りからは装甲空母を外しておいて」

 

 

 蒸しあがるのに十分から十五分ほど。待つのは嫌いではない。しかしご馳走を前にお預けを喰らうのは中々辛抱が難しいものだ。

 ちびりちびり、と高雄が持ってきた日本酒を舐める。何故この重巡はさっきまで海外にいたのに何でもない顔をして地酒を仕入れて来られるのだろうか。

 

 

「ほら、蒸しあがりましたよ赤城」

 

「いただきますっ!」

 

「あぁ、すごい。これが一航戦の誇り‥‥」

 

「こんな誇りを威張られても同僚‥‥戦友として辛いのですがそれは」

 

 

 

 熱い、熱いと苦戦しながらも冷めないうちに牡蠣を手に取る。

 艦娘は総じて常人と隔絶した身体能力を誇る。最悪、殻は割ってしまえばいい。素手で。

 もちろん一度それをした瞬間に風情も何もあったものがないと凝り性の大鳳に叱られたが。

 時間制限のためか満足いく量を食べられたわけではないが、しっかりと誰よりも牡蠣を確保してご満悦のお食事会。

 

 その後、話し足りないと移動した喫茶店で更に注文を重ねて、またそういう場所ではないと大鳳に叱られたのだが。

 牡蠣の匂いがきついので、本日はこれにて仕舞い。

 

 

 

 




今回は取材に複数名同行したので試験的に孤独じゃないグルメ。
赤城さん一人に喋らせるよりも難しいですね。
当人達の希望で個性とか出しづらい艦娘選んだのが原(ry

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