赤城のグルメ   作:冬霞@ハーメルン

7 / 12
三月に行ったところなので、恐縮ですが季節の設定もそちらに合わせています。
あと記憶が殆どさようならしてしまって、少し書くのが大変でした。
クオリティ低めの九千文字で申し訳ないです。


新潟県新潟市中央区のみそタレカツ丼

 

 

 

「―――はあぁ~、いいお湯。やっぱり温泉は日本の心ですね。こうやって浸かっているだけで体中の疲れが解れて消えていくわ」

 

 

 舞台は飛んで、東北。

 春も近いとはいえ、やはり北に来ると少しは寒い。海に出れば北に南にと東奔西走の勢いで駆け回る一航戦ではあるが、母港は関東、流石にこの季節にここまで冷えはしなかった。

 しかし思ったよりは冷えない。しっかりと着込んできているのもあるが、山間部は寒い時と暖かい時があるのが原因なのかもしれない。流石に風は冷たいが、日差しがしっかりしている日中は心地よい気温で過ごすことが出来た。

 

 今日の仕事は中学校への出張。正確に言えば、大湊へ寄港してから東北を経由して陸路で鎮守府へ向かう途中だった。

 艦娘は戦略上は艦船として扱われるが、戦術的には歩兵に近く、実際の航行能力は通常の艦船に遠く及ばない。要するに戦闘能力自体は戦艦や空母のそれでありながら、海の上を走る歩兵なのだ。具体的に言えば、長距離を単独で航行することは出来ない。

 例えばこれが陸路を征く歩兵ならば、休憩や食事、睡眠は野営によって問題なくとることが出来る。陣地を造り、あるいはその場で、座って食事をとりテントを張って眠ればいい。しかし海上ではまるで話が違う。

 先ず食事からして困難だ。艦娘は海上を走るように航行する技能を持つが、流石に座ったり寝そべったりすることは出来ない。いや、出来るが、それは普通の人間が海面で浮いたり漂ったりすることと何ら違いはないのである。そんな状態で食事などとれないし、眠った瞬間に流されてしまう。

 服や身体を海水から守ることは出来ても、流石に手に持った食べ物まで防水してやることは不可能。

 

 海の漢だ艦隊勤務。月月火水木金金。

 基本的に航行とはやたらめったら時間のかかるものだ。内洋ならともかく外洋ならば更に。そんな状態で、歩兵のように行軍など出来るはずもなく、基本的には護衛艦やら輸送艦で遠洋へと移動し、作戦海域で戦闘や索敵を行うのが基本だった。

 赤城自身、式神による航空機の運用は護衛艦の甲板から行うことの方が遙かに多い。無論いざ戦闘海域での戦闘任務の最中などは海水に濡れた携帯糧食で餓えを満たし、僚艦に曳航してもらいながら仮眠を取ったりもする。しかし通常航行の最中までそんな過酷な環境に身を置くのは御免である。

 

 そういうわけだから新幹線での移動というのは、正規空母たる赤城にしても決して珍しいことではないし、電車大国日本の出身としては慣れ親しんだものであった。

 軍務に就く以上は一刻も早く鎮守府に戻り待機の体制をとるのが道理。しかし艦娘というのは世界でも運用している国が少なく、日本ではもはやアイドルにも似た扱いを受けている。

 あっちこっち引っ張りだこで、講演やら何やら、下手すれば握手会まで。

 基本的に資質に大きく左右されるため候補生の数に比して正規の艦娘として“竣工”できる者は少なく、稀に殉職する艦娘の補充や新造艦のための訓練など、勧誘の必要は大いにある。

 赤城自身も鎮守府以外で、子ども達や見学の人達との話をするのは嫌いではなかった。人の知らないだろう自分の経験を説明する、というのは珍しくも楽しいものであった。

 

 

「お仕事、ですから気を緩めてはいけませんが‥‥。余った時間にこうして休養をとるのも仕事の内ですよね。本当、遅くまでやっている温泉があって良かったです」

 

 

 新潟駅にホテルをとって、小学校や中学校を廻って丸一日。

 大勢の人を相手に喋るというのは意外に疲れるもので、気がつけば肩は重く、よく考えれば出撃がないにせよ気を休める暇もなかった。

 せっかく遠いところに来ているのに、これでは疲れてばかりで風情がない。遠いところに来たなら、やはりご当地の美味しいものを食べたり、美味しいものを食べたり、美味しいものを食べたりしたい。

 

 その前に体を休めたい。

 

 新潟といえばお米とお酒が有名。しかしお酒は苦手だし、お米は必ず食べるものなので楽しみではあるが、観光やら何やらにも興味がある。

 青森では五稜郭などの史跡を観光したが、新潟は生憎と心惹かれる観光先を探し当てることが出来なかった。佐渡へ行くには少し遅い時間だったし、ならばと選んだのがこの温泉地だった。

 本当は宿をとっている新潟駅の近くに温泉があればよかったのだが、どうやら市街地には満足いく温泉はないらしい。仕方がなく、というわけではないが、遥々電車で一時間。遠いだけに素晴らしい温泉をこうして楽しむことが出来たのは、まさに旅の醍醐味、僥倖というべきものだろう。

 駅から少し遠かったけれど、町内を回るバスが出ていてくれて本当によかった。帰りは‥‥まぁタクシーを呼べばいい。あとでロビーの人にお願いしよう。

 

 

「しかしスーパー銭湯みたいなのに、ちゃんと温泉っていうのが凄いですねぇ。特にこの露天が最高です。夜空を眺めながら、寝そべって温泉に入れるのは本当に素敵」

 

 

 市街地からは随分と離れてはいるが、かなり豪華な温泉施設だった。内湯もひろいし、何より露天は更に広い。寝湯に加え、五右衛門風呂や立ち湯など数種類もあれば十分過ぎる。

 一般的な硫黄泉なのか、かなり強烈な匂いがする。嫌な匂いではない。むしろ良い。如何にも温泉っていう温泉だ。匂いから身体が癒されていくようだった。

 周りを見ると意外にも若い、おそらく二十歳未満の娘さん方が多く、少し驚く。地域密着型なのだろうか、新潟美人ばかりで、もしかしたら美容にいいお湯なのかもしれない。海水に晒されてばかりの職場にいるから、熊野さん程ではないけど、結構この手の話題には敏感なのだ。

 

 

「おや、今夜は随分と月が赤いですね。‥‥むぅ、お腹が空いてしまいました」

 

 

 気がつけば、もう夜の七時を過ぎた。この温泉にも食堂はあるけれど、ちょっとそういう気分ではない。

 となると此処の駅近で済ませるというのもアリだ。しかし、どうもこの町の様子だと暗くなってからやってるお店を探すには苦労しそう。

 終電も遅いだろう。とりあえず、ホテルのある新潟駅へ早めに帰りついておかなければ一安心というわけにはいかない気がした。

 

 

「そうと決まれば善は急げ。名残惜しいですが、早く上がってコーヒー牛乳飲んでからタクシー呼んでもらいましょう!」

 

 

 しっかりと身体を洗い直し、湯あたりしないようにしてから着替えてロビーへと出る。

 新潟の夜は流石に冷えるけれど、長いこと温泉に浸かっていた身体は芯からポカポカと暖かい。装備の重さに中々ほぐれない肩凝りも、今は随分と楽。伸びをすると、いつもより気持ちいいくらいだ。

 

 やはりタクシーを呼んで帰る人は多いらしく、ロビーの人も手慣れた様子。ものの五分もしないうちに、気さくなオジさんが運転するタクシーは私を乗せて出発した。

 小さな町の、細い路地を全速力で突っ走るタクシーは、普段鉄風雷火の中を駆け抜ける私でも少し怖かったけれど、無事に電車に間に合うことが出来たのでありがたい。やはり予想した通り、この駅に止まる電車はかなり間が空いているらしくて危ないところだったそうな。

 

 券売機が車内にある電車に揺られ、リラックスした身体はすぐに睡魔に降参した。

 乗客は自分一人。静かな車内に響く、車輪がレールの上を転がる音。そして風がドアを掠めていく音。たまにふと瞼をあげれば、灯りもなく真っ暗で、静かで、どこまでも続く田んぼが、まるで慣れ親しんだ夜の海のようだった。

 

 

『―――次は終点ん、新潟ぁ、新潟ぁ〜。お忘れ物のございませんよぉう、おぉ気をつけくださいぃ』

 

「‥‥あ、すっかり熟睡しちゃってました。うぅ〜ん、ちょっと痛いけど、やっぱり温泉の効果ですかね、身体がいつもより軽いわ」

 

 

 すっかり夜も更けた新潟駅。人通りは驚く程に少ない。遠いところへと行く電車が多いのだろうか、確かに終電は早い。駅に人が少ないのは、おそらくそのせいだろう。

 代わりに繁華街へと足を伸ばしてみれば、結構な数の人があちらこちらを歩いていた。土地のものを扱った飲み屋が非常に多い。風情のある店構えも心そそられるが、今はとにかくお腹がすいてしまっていた。

 

 

「そういえば新潟って、なんでもかんでも美味しいイメージがあって何を食べたらいいのか分からないんですよね。‥‥ちょっと調べてみましょうか」

 

 

 海の上では使い物にならなくなるスマホを久々に取り出し、“新潟、ご当地、グルメ”とインターネットブラウザに打ち込んで検索をかける。

 流石に涼しいを通り越して寒さを感じる夜風もそうだが、繁華街で立ち尽くしてしまっているからだろう、騒がしさと眩しさが耳と目に痛い。ここは早いところ、落ち着けるお店に入ってのんびりご飯を食べさせてもらった方がよさそうだ。

 

 

「海産物、へぎそば、鳥の半身揚げ‥‥? どれもお酒に合いそうな。おそばは、ちょっと今の季節だと気がノリませんねぇ。―――あ、これが美味しそう。たれかつ丼、ですか」

 

 

 鎮守府の食堂でも縁起担ぎのためによく出るカツ丼。けれど普段の見慣れた卵とじではなくて、ソースでもなくて、カツをたれに漬けて丼に乗せるのが新潟流だと言うではないか。

 カツ、というのは中々特別な食べ物だ。ソースで合わせるのが基本だが、おろしポン酢に青ネギを散らすのも悪くないし、塩だれも好みだ。ボリュームも食べ応えもあるのに味付けが万能というのは頼もしい限りである。

 その安心感のある頼れるおかずを、ご当地グルメにするというのはかーなーり気になる。そもそもからして色んな種類があるのだから、自信の程が伺えるというもの。

 

 

「‥‥あ、でもこの時間だと殆どのお店、閉まっちゃってるんですね」

 

 

 酒場ならともかく、新潟の食堂は閉まるのが早い。というか、いつの間にか東京でも店が空いているか不安な時間になってしまっていた。

 これでは目当ての品は食べられそうにない。となると、どこか適当な居酒屋に入って、メニューにないかどうか探すか。しかしそれではあまりにも当てずっぽうだ。索敵なしに敵艦隊と邂逅なんて戦場なら洒落にならない話だ。

 

 

「あの、すいません」

 

「はい、なにか御用ですか?」

 

「旅行者なんですが、この時間でもタレカツ丼を食べさせてくれるお店を知りませんか?」

 

「タレカツ丼ですか? 旅行してきた人に喜んでもらえる店かぁ‥‥。そうですね、この時間なら反対側の、北口の大通りをまっすぐにいったところにある、量販店の二階に行ってみたらどうでしょうか。行けば、すぐわかりますよ」

 

 

 大きなリヤカーを曳いて歩く移動販売のお兄さんに尋ねると、親切に駅の向こう側を指してくれる。

 今いるのが南口で、繁華街などがあって人の数も多い。北口はまだ行ったことがないけど、ビルも建ち並ぶこちらとは変わり、広々とした風景が広がっていると聞く。

 お礼に、というわけではないけれど、せっかくだからと売っていたロールケーキを一つだけ買って歩き出した。リヤカーは保冷庫になっているようで、少し歩いて汗をかいた身体にフルーツとクリームの甘酸っぱさと爽やかな甘さがうれしい。

 昔、中学でバスケ部に入っていた頃、よく顧問の先生の奥さんが持ってきてくれた差し入れに似た味。あの人はたいそう品がよかったからお皿に乗せて持ってきていたけど、あれは市販の品だったのだろうか、それともあの人の手作りだったんだろうか。

 

 

「さて、北口‥‥何処から行けばいいんですかね」

 

 

 乗ってきた新幹線のホームは新潟駅の上層階。けれど一階には講演のために赴いた学校へと続く普通の路線が敷かれていて、向こう側へと行くことが出来ない。

 見渡した限りでは地下道も踏切もなく、漸く捕まえた駅員さんから教えてもらった階段を上って、反対側への北口へと漸く到着。

 ‥‥成程、確かに広くて建物も低い。しかし区画整理が進んでいたのだろう。整然と並んだ建物と綺麗な道路は近代的で、良い景観だ。

 

 

「教えてくれた量販店は‥‥あれですね。随分と遅くまでやっているみたい。この街は夜が早いイメージありましたけど、やっぱり若者が集まるところって賑やかなんですね」

 

 

 カラオケやゲームセンターも併設しているらしく、夜も遅くなってきたのに若者の姿が多い。

 今日は陸でのお仕事ということでスーツを着ていたから、さぞかし浮いて見えるのだろう。少し無遠慮に視線を向けられているのを感じる。

 講演の時は艦娘としての制服ではなくて、海上自衛官としての制服を着ていた。それは小ぶりのスーツケースに収めてあって、それも浮く原因になっているんだろうか。どう見えているんだろう。就活生だろうか。大学生だろうか。

 

 

「まぁ、旅先の恥はかき捨てともいいますし」

 

 

 艦娘、というよりは自衛官として恥ずかしくない立ち居振る舞いは必須だけれど、こんなところにまで気を遣ってはいられない。そんなことよりもお腹が空いている。

 エスカレータを躊躇なく使って、二階へと上るとすぐにお目当てのお店は軒を構えていた。

 

 

「ごめんくださーい」

 

 

 そんなに古いお店じゃないのだろうけれど、軒先は和風で感じがいい。

 中に入るとすぐにテーブルの席が並んでいて、奥はどうやら座敷になっているようだ。デパートとかの上の階にあるレストラン街に、こういうお店はあるイメージ。家族とかで来たいお店かも。

 

 

「はい、いらっしゃいませ。おひとり様ですか? お座敷とテーブルとご用意してますけど‥‥?」

 

「テーブルで大丈夫です」

 

「ありがとうございます。こちらへどうぞ!」

 

 

 座敷も悪くはないけれど、今日は若い人たちでごった返しているみたい。夜でもたくさんお客さんが来るお店なのだろう。今日は賑やかな学生たちに囲まれて長い講演をこなしたからか、今はその賑やかさから少しだけ遠ざかりたかった。

 

 

「ご注文はおきまりですか?」

 

「‥‥この、味噌カツ丼を下さい。大盛りで。あと、お漬け物も」

 

「お新香はご注文下さらなくてもご用意しておりますが‥‥」

 

「へぇ、そうなんですか。じゃあ、おうどんとサラダもください」

 

「ふ、普通のサイズでよろしいですか?」

 

「はい、勿論」

 

「‥‥かしこまり、ました」

 

 

 バイトだろうか、同じ年頃の女の子が苦笑いしながら去っていった。

 自分も世間一般だと、もしかしたら大学生とか新入社員ぐらいに見られる年頃。ということは、もしもこうして艦娘になっていなかったら、あんな風に大学に通って、バイトして、そんな普通の生活も待っていたんだろうか。

 大学で友達と一緒に講義を受けて、時にはサボッてしまって代返をしてもらって、テニスサークルとかに入ったら飲み会で倒れてしまったり、バイト先で素敵な先輩に恋をしたり、そんな日々も待っていたんだろうか。

 今の生活に不満はない。ただの、ifの話。特に意味もない。普通の生活に憧れているわけでもない。

 ただ、一度そうやって自分の人生を見つめ直した時、この選択が全くもって後悔の必要ないものだったのだということを再び確認出来るとも思う。

 あの広島の山奥の田舎。畑しかないような田舎から。お母様とお父様の反対を押し切って飛び出してきたのは間違いなんかじゃなかったと。

 今でこそ仕方がないと認めてくれているお父様とお母様には、でも、悪いことをしてしまったかも。

 後悔というよりは、いわゆる反省。

 

 

「お、お待たせしました。こちら味噌カツ丼大盛りと本日のサラダ、おうどんでございます」

 

「ッ! きましたねぇ!」

 

 

 少し重そうに、フラフラとお盆を持って現れる先ほどのアルバイトのお姉さん。

 流石に音も立てずに、というわけにもいかず。ズシンと置かれたお盆の上には四つものお椀。それぞれが大きくて、蓋がされているのがとても良い。

 

 

『味噌カツ丼』

 →たっぷりと濃厚なミソダレ、そしてボリュームは日本アルプス!

 

『サラダ』

 →海藻盛りだくさん、海の香りとさっぱりしたポン酢味。

 

『カレーうどん』

 →素うどんかと思いきや、濃厚なカレー味。お兄様絶賛。

 

 

 パッ、と蓋をとれば広がる色んな匂い。

 それぞれがそれぞれを妨げることなく。自分を食べて! と訴えてくるかのようだ。

 

 

「うわぁ、ものすごいボリューム! カレー丼みたいになってますねぇ。いや、甘い匂いもしますね。これはまた豪勢な。では‥‥いただきます」

 

 

 先ずは何はなくともカツの一口目。

 惜しみなくかけられた味噌はチョコレートみたいに濃厚な色。その上に散らしてある青ネギがなかったら、本当にチョコレートだと感じてしまったかもしれない。

 あまりにも視覚に訴えかけてくるボリュームに、おそるおそる箸で持ってみると想像した重さはなく、びっくりするほどに軽い。間違えてペーパークラフトでも持ってしまったのだろうか、というほどに。

 思わず眉に皺が寄り、しかし一口。

 

 

「む、むむ、おいしい?!」

 

 

 じゅわり、と口の中に広がる油。いや、肉汁。

 そして肉汁と混ざり合った、つけダレの味。

 塩っ辛いかと思ったのに、柔らかいと感じるぐらいにさらさらと優しい味だ。

 

 

「溢れた肉汁の旨味としみ込んだタレの混ざり具合、ちょうどいい。まるでスープみたいです」

 

 

 紛れ込んで舌の上へとやって来た青ネギが、思ったよりも存在感を発揮している。

 思わず全部飲み下してしまって、あ、と一言。

 確かにタレカツ、おかず係数が高い。けどご飯とのバランスが一番大事だ。

 調子に乗って食べていたらすぐになくなってしまう。

 

 

「このキャベツ、フワフワしてる。キャベツの敷布団に味噌だれの掛布団。お風呂上りにベッドにもぐっても蒸れないなんて、いいですねぇ」

 

 

 たっぷりのキャベツは幸せの象徴。

 スーパーとかで売られてるお惣菜のカツに、申し訳程度に敷いてあるキャベツなんてタオルをシーツ代わりに使うようなものだ。

 ‥‥もっとも艦娘訓練校ではフワッフワの布団なんて縁がなくって。ぴっちりと敷いたシーツの上に、同じくらいぴっちりと敷いた布団。その封筒みたいな隙間に潜りこんだものである。

 しかも起床した瞬間に着替えたのでは間に合わないから、入学直後は早めに起きて、布団の中で着替えていた。女の子なのに。

ちなみに起床合図前に布団から出て着替えちゃいけない。寝間着を着ないのも駄目。とんだ理不尽だけど、これが軍隊。

 

 

「キャベツを間に挟むと、ご飯とカツの間にワンクッション入って良い感じです。ご飯が敷き布団で、ミソダレが掛け布団‥‥間のキャベツって、何布団ですかね?」

 

 

 敷き布団onキャベツon掛け布団‥‥、毛布ですね! 分かれよ赤城そのくらい!

 キャベツとか漬け物とか、ポテトサラダとか、秋刀魚の塩焼きについてる大根おろしとか、そういうものが少し多めについていると嬉しくなってしまうのは何故だろうか。

 おっと忘れてはいけない、お漬け物。今日は大根を短冊に切ったものか。鳳翔さんのお漬け物もいいけど、こっちも悪くない。たぶん土地が違うから味も違うんだろう。しゃきしゃきとしていて、歯の奥の神経が喜んでいる。

 

 

「お味噌汁も味噌に合わせて濃厚‥‥。濃厚×濃厚で、超濃厚。でも悪くない、なんでかしら舌が重くない」

 

 

 さて、汁物といえばカレーうどん。

 カレーというと、鎮守府では艦娘が交代で作る名物料理。それぞれレトルトカレーなんかも商品開発したりして、一家言ある。

 一方でカレーうどん、というのはあまり馴染みがないような。近いようで遠い、そんな料理。

 

 

「‥‥うん、そんなに重くない。カレーにうどんを入れたっていうよりは、カレー味のうどんって漢字です。ヨーグルト飲料みたいな、ヨーグルトじゃないけどヨーグルトみたいな」

 

 

 具はオーソドックスな豚バラ肉。肉に歯ごたえがあって、カツよりも噛み応えがあるかもしれない。

 この豚バラ肉の隣に浮いている、二つに割られたゆで玉子。どうも味噌に隠れて分かりづらかった、カツのタレで味付けがしてあるらしい。

 ゆでたまごだけを救出してご飯の上へと避難。よくタレの染みた卵はうどんにも合うけれど、ご飯と合わせても悪くなかった。 

 元々関東で普通に出されているカツ丼は、カツを卵でとじたもの。となると卵とカツの相性は約束された勝利の組み合わせである。

 

 

「普段は関東の味付けばかりだけれど、北のご飯も美味しいのね。そういえば、お酒も北の方が好きって隼鷹さんが言っていたような‥‥。

 そういえば新潟駅には日本酒の利き酒が出来るお店もあるって聞きましたね。隼鷹さんに、何か買っていってあげてもいいかも」

 

 

 キャベツとご飯に対してカツを少し多めに残して食べ進むと、一番最後から少しだけ前、カツだけを惜しみなく頬張ることが出来るから正義(ジャスティス)

 もう少しカレーうどんの汁が濃かったらご飯にかけてもよかったかもしれない。このうどん、コシがあるというよりは柔らかくて優しく打ってあるから薄いぐらいの汁が合うんだろう。

 

 

「うーむ、最後の一切れはせつないですが‥‥ごちそうさまでした」

 

 

 少し残ったキャベツとご飯、そして一番小さなカツの切れ端で丼の中を掃除するように、一口。

 そして同じく残していたカレーうどんの汁でフィニッシュ。

 流石にお腹も良い調子。さっきまでの空腹が見事に癒され、駄目押しのように相変わらず苦笑いのお姉さんが出してくれたお茶で一息。

 やっぱりお米が美味しい場所は、お米に合うおかずもダントツに美味しかった。

 

 

「あの、すいません」

 

「なんですか?」

 

「日本酒の利き酒が出来る場所があるって聞いたんですけど」

 

「新潟駅の利き酒館ですか? あすこは居酒屋‥‥お食事所はまだ開いてますけど、利き酒は終わっちゃってますね。明日のお昼前ぐらいからやってると思いますけどぅ」

 

「そうなんですか。ありがとうございます」

 

 

 そうだ、もう夜も遅い。

 お会計を済ませて外に出ると、さっきまであんなに賑わっていたショップの中も、人影疎らになってしまっていた。

 新潟の夜はまだそんなに寒くはない。けど、流石に吐く息は白かった。

 戦場でもあるまいし早寝早起きは軍人にとって子お灸みたいなもの。

 今夜はいつもよりゆっくりと寝て、明日は昼過ぎの新幹線に乗って帰らなければいけないから、その前に利き酒館というのに向かってみよう。

 きっと隼鷹さんにも気に入ってくれるお酒がたくさん選べるはずだ。

 もっとも、選ぶこっちが、選ぶ前につぶれてしまっては意味がないんだけど‥‥‥‥。

 

 

 

 


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