就活もひと段落したので(内定ないけど)、執筆も少しずつ再開していきますね!
夏、である。
誰が何と言おうと夏である。
正確には夏ではない。初夏が精一杯というところであろうが、場所が場所なので体感的には完全に夏であった。
「‥‥暑い、ですね。うん、暑い。最近は北の方への出撃が多かったから、久しぶりの暑さかも」
まだ六月だというのに辺りにはアロハシャツを着た人達が歩き、昼間の日差しは横須賀に比べると相当に強い。
確かに最近は早い時期から随分と暑いが、それにしても横須賀とは大違いだ。少し涼しい風が吹いていた向こうとは大違いで、かなり暖かい空気が流れていた。
そんな街を歩きながら、赤城は手に持ったクリアファイルで恥ずかしさも気にせず顔を仰いでいた。
今日はOLみたいなパンツスーツ姿で、いくら鍛えていても流石に汗が滲む。もう少しラフな格好を出来ればよかったと後悔したが、仕事だとそういうわけにもいかない。
「日が暮れてもこんなに暑いんですねぇ。少しは涼しくなったような気がするけど、それでも関東に比べると」
横須賀よりも日が暮れるのは遅い。夕暮れの時間が長くて、さっき通った歩道橋では海の上で見たものに負けず劣らず美しい残照に目を奪われた。
那覇と言えば沖縄県の県庁所在地であり、同時に観光地である。行政の中心、経済の中心というよりは、やはり観光の街という印象が強い。実際あたりを見回すと異国情緒が強く、どこか穏やかでゆっくりとした空気が満ちていて実に落ち着く。
沖縄に旅行と言えばマリンスポーツ! とよく聞くが、どうにも赤城にはピンと来ない。普段から海の上を殆ど生身で走ったり滑ったり、時には少しばかり潜ったりと暴れ回っている艦娘としては、激しいマリンスポーツにはあまり魅力を感じないのである。
シュノーケリングや釣りにしても似たようなもので、そもそも艦娘にとっての海とは戦場。特に赤城はその認識が顕著で、どうにも海ではくつろぐ気分にならなかった。
「まぁ観光は十分に楽しみましたし、私としては大満足ですね。あ、いえお仕事もちゃんとやりましたよ‥‥って、誰に言ってるんだか」
仕事での出張とはいえ、余暇ぐらいは出来る。観光自体は十分に済ませていた。
沖縄は日本で一番小さな県である。が、それでも本島は非常に広く、拠点を那覇に定めると、とてもじゃないが一日では半分も周りきれない。
那覇自体かなり南寄りに位置するため、北の方にある有名な水族館などはかなり遠い。具体的には、朝に出発して帰ってくる頃には日が暮れてしまう。
かといって石垣島やら宮古島やらは更に遠い。フェリーや飛行機でないと行けないのだから当たり前なのだが、そうなると本島の南にある遺跡などを巡る以外の選択肢は選べなかった。
しかし本島南部の遺跡はどれも非常に見応えがあり、赤城は大満足である。特に
「最近は霊地の価値も見直されてきていますから、観光産業で食べて来た人達にとっては面白くない話かもしれませんけど」
以前は一般の観光客でも最奥まで立ち入れる場所だった斎場御嶽も、今では女人限定、男性禁制の聖地として定められた。重要文化財、世界遺産、などとは別に、国が聖域や神域を保護する政令を定めたのである。
艦娘は国が定める霊能力者の中でも高位の職であるため、赤城はかなり奥まで立ち入ることが出来たが‥‥。一般の観光客は女人であっても、途中までしか立ち入りを許されていない。
もともと雀の涙ほどの見学料を払って立ち入る場所ではあったが、ますます厳しくなり、観光客の中には不満をあらわにする者もいた。逆にパワースポットとして正式に認められたが故か、周辺や資料館の見学のみであっても喜んで訪れる者も多い。
要するに今まで通りのやり方は、どうしても出来なくなったということ。そしてそれが受け入れられない人もいるし、受け入れて更に地元を盛り上げていこうという人もいるという話。基本的に優しく、おおらかで、親切な沖縄の人達は殆どが後者であった。
地元の人達が大切にしている場所が、本当に神様や精霊などがいる場所だと証明されたなら、それを嫌がる人なんて殆どいないのだ。だから困ったのは地元の人ではなくて、観光ツアーの会社かもしれない。
「お伊勢さんもそうでしたけど、世界的にオカルトが見直されて一番順応してるのはこの国かもしれませんねぇ。キリスト教が強いヨーロッパだと教会ばかりが元気で土着の宗教は失われてたりしてしまってるそうですし」
世界規模でオカルトの存在が科学と同格視されるようになって、随分と経つ。赤城が呟いたように、各国はオカルト文化の見直しと体系化に必死であった。
先ず世界最大宗教の一つであるキリスト教圏。どうもキリスト教の信仰は、霊能力者の発掘にあまり寄与していない。一部の
一方でネイティブアメリカンや南アメリカ大陸の神官達は非常に熱心に活動しているそうで、神々とまではいかずとも、一般的に悪霊と呼ばれる存在の使役に成功している。またヨーロッパでもイングランドや北欧などでは妖精の存在が確認されており、オセアニアの方でも呪いの検証が盛んに行われていた。
中国も道教の仙人達が苛烈な修行を再開しているが、そもそも中国では歴史が軽視される傾向にあったため、多くの文化が失われてしまっており、かなり難航しているらしい。
インドの宗教は霊能力に直結しない。韓国もまた同じで、こちらは文化らしい文化がそもそも残っていない。エジプトや中東圏では昔からある呪術の類が見直されており、早くも呪いによる犯罪を規制する法律が整備されたそうだ。
実のところヨーロッパでは聖職者に比べて
現状、艦娘の実用化に成功する国の候補に上がっているのはイギリス、フランス、アメリカなど。第二次大戦時に強力な海軍を保有していた国々である。しかし少なくとも海との関わりが薄いネイティブアメリカンの神官達が霊能力者の中核であるアメリカは、かなりの時間がかかりそうだ。
むしろ霊能力者が雨後の筍のように次々と発生し、育成機関まで整備された日本が異常であり、今では経済大国としての名声に代わってオカルト大国なんて呼ばれ方もしている。なおドイツは魔女の国、ブロッケン山なんて呼ばれ方もしている。
「どうも多神教の方がこの手の話には強いみたいなんですよね。お坊さんとかだと法力で悪霊を退散させたり、なんて人も出て来たみたいなんですけど」
妖精、悪霊、精霊、妖怪、そういったものは続々と確認されている。神々は姿を見せることはないが、加護はしっかりと顕われていた。
しかし深海棲艦に対抗出来る確たる戦力は、未だ艦娘のみ。その点、付喪神という概念が存在した日本が抜きん出るのも当然か。あるいは深海棲艦が太平洋戦争、第二次大戦に絡む概念であるという研究成果から察するに、日本とドイツで艦娘の実用化が進んでいるのも、その辺りが原因なのかもしれない。
もちろん艦娘という兵科が非常に有効であるとはいえ、艦娘でなければ深海棲艦を倒せないなんてオカルトを通り越してファンタジーな、ゲームみたいな話がまかり通っているわけでもなく。
圧倒的な物量で、苦戦しながらも何とか深海棲艦を粉砕している米海軍とのミーティングも非常に有意義なものであった。
この前はあろうことかミズーリなんて骨董品を引っ張り出してきて、巨大深海棲艦を棲地ごと艦砲射撃で吹き飛ばしたんだとか。
「さて、教えてもらったお店はこの辺りのはずなんですけど‥‥」
以前は近隣諸国の脅威に対応するために駐屯していた沖縄の米軍。今では深海棲艦が人類全体の敵として大きな脅威である以上、米海軍と海上自衛隊の重要度は逆転、この辺りは面倒な話なのだが、種々の問題を孕みながらも何とか上手に両国の付き合いは続いている。
さて、そんな米海軍とのミーティングを終えた赤城が歩いているのは、那覇でも少々南寄り。県庁からは少しばかり離れた、海に程近い街中であった。慣れ親しんだ潮風が微かには肌を撫でる、アメリカ占領時代の名残を残す路地。
仲良くなった米海軍の士官から貰ったメモを片手にキョロキョロと辺りを見回すと‥‥あぁ、見つけた。ここだ。
「わぁ、すごい自己主張してるお店。車もいっぱい停まってるし、人気のお店なんですねぇ」
店の横から正面へと回ると、先ず目につくのは駐車場にたくさん停まった車。そして並んでいる客の列。
二階を覆うように、大きな赤と白の看板が激しく自己主張をしていた。創業六十年の老舗であると堂々と書いてあり、店の歴史への自信が伺える。
沖縄といえば、チャンプルーや豆腐よう、らふてー、そーきそば、など様々な沖縄料理が有名。一方で米軍によって占領されていた時代に発展したアメリカ料理‥‥タコスやステーキ、ハンバーガーも人気だった。
実は昨夜、沖縄料理は堪能済み。地元でも有名な赤提灯で、一人で豪遊してしまったのだ。さっき挙げた料理も、だいたい全部食べた。ぐるくんの天ぷらなんかも頂いてしまった。正直食べ過ぎた、というぐらいに。
沖縄の料理は味付けが濃いめのようで、意外にあっさりしている。肉類だと脂の料理の仕方が非常に上手で、するりするりと入ってしまうのがよくない。いや、ホテルに戻るときに調子に乗ってコンビニに寄り、沖縄でしか変えないお弁当とオリオンビールの缶を買ってしまったのもよくない。明らかによくない。
「どうして出張に来ると、ホテルの部屋で余計にご飯が食べたくなるんでしょうねぇ‥‥」
大食艦なんて揶揄されることもある赤城だが、それでもアレは完全に食べ過ぎであった。激務の影響で肥えることこそ今はないが、もし
あぁいけない、それでも今夜も食べてしまう。食のジレンマは食べることでしか解消されないのである。旅行に来たのだから、と言い訳をして赤城はステーキ屋の扉を開けた。もちろん鎮守府に帰れば、仕事があるからと食べる寮が減ることはないのである。
「ごめんくださーい」
「いらっしゃい、お一人様ですね! そこ、そこに名前書いてお待ち下さいね! ごめんなさいね!」
扉の横には古めかしいポスターと、その上には何故か信号機。
この信号機で空き具合を教えてくれるらしい。元気な女将さんに促され、ソファーに座った。
沖縄の人の発音は独特だ。日本語が完璧な外国人のような、独特のイントネーションで喋る。よく漫画や映画で見るような、日本語とは到底思えない不可思議な言葉は使っていない。少なくとも那覇では。
だが少しゆっくりとした喋り方は非常に耳に心地よく、赤城はソファに座ってぐるりと辺りを見回した。
「芸能人や俳優のサイン‥‥やっぱり有名なんですね。‥‥あれ、これ加賀さんのサイン。もしかして前の出張の時に」
内装は木で統一されていて、特に洒落た印象は受けない。しかしそれこそ六十年前から貼ってあるようなポスターや古めかしいフォントのメニューを見ると、老舗の貫禄十分と言ったところ。
かなり広く活気のある店内は、今まで行ったことのある老舗とは違って非常に開放的でアメリカ的だ。あちらこちらから、客席からもジュウジュウと肉の焼ける音が耳に届いてきて、もうお腹まで同じリズムで鳴ってきてしまいそう。
「御待たせしました、どうぞこちらにお座りになって。ご注文はお決まりですか?」
「あ、ありがとうございます。じゃあ‥‥テンダーロインステーキのLサイズ。ご飯、大盛りで。あとビールも下さい」
「かしこまりました。御待ちくださいませね」
遠くにAと読める、額に飾られた小さなポスターがある。紹介してくれた米海軍の女性士官曰く、これは当時の米軍が認めた最高ランクのお店の証明らしい。
沖縄では安くて美味しいステーキが食べられると有名だけど、このお店はその中でもトップクラス。となると否応なく期待が高まる。
先んじて運ばれてきたオリオンビールで、一人で静かに乾杯だ。本土のビールに比べると、少し薄いような印象を受ける。けどさっぱりしていて、するすると飲めてしまう。昨日のお店では泡盛、
肉料理には赤ワイン、と前に龍驤が力説していたような。しかし生憎とワインには詳しくない。
艦娘候補生学校ではテーブルマナーの授業もあったが、どうにも覚えが悪かった。教官からは食べ方の奇麗さは褒められたものの、フォークとナイフの使い方や細かい決まりを全く守れていないと怒られたものだ。
「御待たせしました、こちらテンダーロインステーキLサイズです! 熱いから、鉄板には触らないようにね!」
肉用と魚用のナイフの違いは何だったかしら、と卓上に置かれたナイフを眺めていると、先ほどの女将さんが鉄板を抱えてやって来た。
早い。想像したより遥かに早い。これがアメリカンスタイルなのか。確かにアメリカ人は待つのが苦手なイメージがある。
テーブルに置かれる前から、肉の焼ける匂いだけが鼻を直撃する。混じりっけなしの肉の匂いだ。それはとても新鮮で、舌でも胃袋でもなく、牙が疼くかのようだった。
『テンダーロインステーキ』
→まるで生きてるかのようにピンクに色づいている。野生に帰って頬張れ!
『クリームスープ』
→ミルクと小麦粉で味付けされたスープ。さらさらしている。
『サラダ』
→フレンチドレッシングがかかっている。箸休めに丁度いい。
『ごはん』
→何がおかずとして立ってくるのか、それが問題だ。
赤城は思わず息をのんだ。
艦娘というのは比較的、公の場に出る機会の多い仕事だ。会食やら接待やらの経験がないわけでもない。もちろん其れよりも海の上にいる時間の方が遥かに長くて、どちらかというと簡素な食事に慣れている。
だからこそ、この肉は素晴らしい。赤でも茶色でもない。生きた牛から今、切り出してきたみたいなピンク色だ。
「こんなに良いお肉、久しぶりです。しかもステーキでなんて、すごい贅沢。では――」
いただきます、といつもよりも長めに掌を合わせ、ナイフとフォークを手に取った。
フォークを肉に突き立て、ナイフで切り分けると。
「こ、これは!」
突き立てただけで、フォークだけで肉が裂けるではないか。
この分厚さで、この柔らかさ。舌からの触感ではなく、指先の、それもフォークから味を感じるかのようだ。
試しにフォークを立てて、峰で押すと、流石にかなりの抵抗があったが‥‥切れる! ナイフと合わせて使えば、ハンバーグか何かのように切れる。
その感触だけで舌がジュンと音を立てた。目、鼻、耳、手、全て使って食事に没頭しているみたいだった。
「はむ、もく、もにゅ、ふむ。‥‥お、おいしい。こんなに美味しい、焼きたてのステーキ、初めて食べたかも‥‥」
汁がしたたっていない。肉から逃げ出していない。
口に入れて、噛んで、咀嚼して、やっと肉汁が口の中に溢れる。これは凄い、ステーキってこんなに美味しかったのか。
何もつけてないのに、味がする。肉を食べてるって感じだ。塩も胡椒も要らないぐらい、お肉の味がする。
素材の味がー、って拘りは人一倍だったけれど、例えば塩とか胡椒だけの味付けに拘るなんて、それは“そういう料理”の味だったんだ。素材の味を引き出す料理の味だったんだ。
これは素材そのものの味だ。ステーキって料理は確かに馴染みが薄かったけれど、こんなインパクトがあったなんて。
「もし狩りに出て、獲物をその場で焼いて食べたらこんな感じなんですかねぇ、もきゅもきゅ」
それはステーキの焼きの技術もあるだろうから、少し失礼かも? そんなことを考えながら、一心不乱に肉を咀嚼した。
こんなに柔らかいとすぐに飲み込んでしまいそうなものだけど、じっくりと味わえるのが不思議だ。
先ず目で見た時の興奮、鼻からやってくる匂い、そして手で持ったフォークとナイフで触った感触、肉が弾ける音、そしてそれが口の中から全身へと再び広がっていく。
いつまででも、いくらだって頬張り続けてしまいそうだった。こんな調子では、こんな小さな肉なんてすぐになくなってしまう。慌てて鉄板の上でおとなしく相席している、じゃがいもと玉ねぎに手を伸ばした。
‥‥うん、イイ。ちょうどいいポテトだ。これぐらいでいいんだ。必要以上にしっとりとしていなくて、程よくパサパサと舌触りがいい。付け合わせのポテトはこのぐらいが丁度いい。
一方で玉ねぎはシャキシャキと素晴らしい食感。ポテトの少しもっさりとした感じとは実に好対照で、瑞々しい。しっかりと火が通っているのに生のような音がするのは、これもいい玉ねぎを使っているからだろう。シンプルなのに美味しくて、こちらも思わずフォークが進む。
「ご飯が余ってしまう、なんて早々ないことですよ。由々しき事態です。肉って主食だったんですね、ご飯がおかずなんだわ。すごいですねぇ、新しい発見です」
ご飯を口に運ぶ合間に肉を食べるのではなく、肉を口に運ぶ合間にご飯を食べる。元々ご飯の方が量が少ないけれど、これは普段の感覚ではなくて、例えば豆みたいに捉えた方がいいんだろう。
どこだかは知らないけれど、海外では豆はサラダなどに使うらしいし。ステーキの付け合わせにコーンが出てくるようなもの、と考えてもいいかもしれない。
しかしお肉が美味しいなぁ。
「‥‥おかわり、欲しくなっちゃいますねぇ」
最後の一切れは切ない。
けれどグルリと見回すと、実に人が多い。次から次に人が入ってきて、これはのんびりと長居をしていい雰囲気ではなさそう。
名残惜しいけど出なければいけないだろう。名残惜しいけど。この最後の一切れも、冷めてしまえば美味しくなくなる。
せつないだけに時間をかけて味わいたくなるけれど、その衝動を押さえ込んでモグモグと飲み込む。最後の一口を惜しむ気持ちからは逃れられないけど、必要以上に変な思い入れを込めてしまっては食事の純粋さを損なってしまう。
「いや、そんなこだわりなんてないんですけど。‥‥ごちそうさまでした」
しっかりと肉の欠片の一つまでも胃袋に収め、赤城は会計を済ませると店を出た。
今日はビジネススーツだったからか、サインを求められなかった。ということは加賀は一体どんな格好で来店したんだろう、と取り留めのないことを考えながら。
自己主張の激しい人でないから、やっぱり艦娘の制服で来たのだろうか。艦娘は普通の自衛官に比べてもいろんな用事の出張が多いけど、本来は制服で出歩くようなことはしない。あれは制服というか、正確には戦闘服である。一方で式典で身につける礼服としての側面も持っているが。
もしくはきっと、一緒にやってきた米海軍の友人にでも紹介されたか。テンションの高いアメリカ人にテンション高く紹介されて困惑する加賀の顔を想像すると、少し愉快な気分だった。
「‥‥戦闘海域も段々本土に近づいてますし、もしかしたら那覇の近くで戦うこともあるかもしれませんね」
戦史の研究は自衛官の必修科目。かつて太平洋戦争で悲惨な歴史を刻み込まれた街が、再び戦火に包まれる未来を想像すると胸を締め付けられるような思いだった。
深海棲艦は決して海だけに現れる存在ではない。海洋での戦闘に人類が敗北すれば、すぐにでも沿岸地域は連中の棲地となるだろう。
そうさせないためには、自分たちが今よりもっともっと奮闘するしかない。たった二百隻にも満たない自分達だけで、この海と国の平和を守らなければいけない。その重さを改めて感じる。
先の見えない戦いに課せられた責任が、こんな些細な瞬間にものしかかってくるようだった。
しかし耐えなければならない。悲観してはならない。
いつか深海棲艦を駆逐し、平和を実現するために。またみんなが不安もなしに、笑顔でご飯を食べられるように。
強く決意を新たに綺麗な沖縄の空を見上げる赤城の胸中には、そんな思いが渦巻いているのであった。