掩護屋さんはハルコンネンとともに   作:瑕疵

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一人娘

 青髪が美しい狙撃手の首を飛ばして、一ヶ月と数日。GGOにて。

 

「いや速いな」

 

 P90の引き金を引いたまま、感心気味に言った。弾が爆発的に銃口から飛び出す音で、この感嘆の声は搔き消されているだろう。

 

 現在位置は、砂漠地帯。白いような黄色いような粒がこれでもかと密集して積み重なった乾燥地帯。しかし現実の砂漠とは違い、風は吹けど風化はしない。殺風景な砂地から飛び出す巌は永遠に削られることはなく、その堂々たる佇まいのままであり続ける。

 

 仮想砂漠にて、例のごとく僕は待ち伏せしていた。衣服や防具、武器に砂の迷彩を施し、地に伏せてひたすら待ち続ける。周りから見れば苦そのものだが、周囲に対する感度をびんびんにして激しい戦闘をするよりかはマシである。とある毒鳥とフィールドで遭遇したことがあるが、かつてない地獄を味わった。もう彼女とは戦いたくない。とても疲れたから。

 

 待ち伏せを開始して数十分。潜伏場所から100メートルほど東の後方、この世界では至近距離と呼べる場所を一人のプレイヤーが歩いた。短機関銃を持って、砂に足を取られないように歩いてきたのは、女性のプレイヤーであった。そのプレイヤーは、砂漠地帯と相性がいいピンク色の迷彩を装備全体に施している。こちらには気づいていない。チャンスだ。

 

 AWMのスコープを覗く。狭い円の中心を女性――現実の僕の娘のように小さなアバターだが(相対的に見て)――の頭部に合わせる。まだこちらに気づいていない。狙いを定めようと右往左往する着弾予測円。引き金には人差し指をかけていない。故に弾道予測線は照射されない。呼吸を停める。そうすれば意識が研ぎ澄まされ、ブレが収まり、鼓動も遅くなって予測円も大人しくなる。

 

「…………」

 

 ひたすら息を殺す。迷彩は存在をくらませることは可能だが、存在を消すことはできない。どう足搔いてもバレるときはバレる。だから、ただただ息を殺して悟られないようにするのが一番である。

 

 予測円が最も小さく収縮する。場所は頭部。ピンク色のうさぎの耳付き帽子を被ったプレイヤーの後頭部である。今だ。僕は人差し指で引き金を引く。

 

 そういえば僕は、女性には優しくがモットーである。であるがしかし、なにも殺さないとは言っていない。勘弁するときはあるが、ここはGGO。ゲームの世界。容赦はしない。さあ当たれ。

 

「わっ」

 

 しかししかし、だがしかし。ターゲットはスコープから消えた。一瞬にして存在を虚構のものにしたのである。AWMで放った渾身の銃弾は、狙った頭をぶち抜くことなくお(そら)の彼方に飛んでいった。銃がぶれたわけではない。ましてや予測円が馬鹿になったわけでもない。一体何があった、何が。スコープで除くのをやめて、肉眼で状況を確認する。

 

「ん?」

 

 なるほど。どうやらピンク装備の女性は、砂漠の地面からひょっこりと頭を出した小石に躓き、転んでしまったようだ。いやなるほどとか言って冷静に状況判断している場合じゃない。「今のって」ってバレちゃったじゃないか。サプレッサー付けてたのに。ええい、今がチャンス!!

 

 僕はAWMを横に放り、腰のホルダーからP90を取る。AWMが仮想の砂地に転がる音に気づいた女性ははっとした顔でこちらを向く。彼女の目には、砂の迷彩を施したP90を寝そべって構える男子中学生が映っていることだろう。さて、その中学生から銃口を向けられている。応戦する? 逃げる? 何もしない?

 

「うわっ!?」

 

 ピンク装備の女性は脱兎のごとく逃げ出した。逃げるのね。まあでも、状況的にはそれが一番正しいのかもしれない。しかしこの至近距離で逃げ出すとは。さてさて、このP90の嵐から逃れられるかな? 引き金を引いて、女性に連続射撃を仕掛ける。

 

「……ん?」

 

 速い。女性は、見るからに速かった。もしかして、前時代的と言われているAGI極振りだろうか。今どき珍しいタイプである。ある程度STRにステータスを振っていないと銃などを満足に装備することができない。AGI極振りとなると尚更である。

 

「いや速いな」

 

 そして冒頭に戻る。

 

 しかし本当に速い。一生懸命狙って撃っているのに少ししか当たらない。かするだけだ。DEXにもステ振りしているのだが、それを上回るAGIとは恐れ入った。

 

 ここで弾切れを起こす。空になった弾倉を取り外しホルダーにしまう。弾が入ったものに取り替え、スライドを引く。女性が逃げていった方向をスコープで覗くが、もう見えないほど遠くに逃げてしまったようだ。

 

「……ログアウトしよ」

 

 そう言って僕は転がったAWMを取る。肩掛けベルトで斜め掛け。手にはP90。そのまま歩いてSBCグロッケンを目指した。別にこの砂漠でログアウトしてもいいが、AWM盗られたら嫌である。もちろんハルコンネンも。

 

 

 

「起きます」

 

 某目の死んだ主人公みたいなことを言ってベッドから起き上がる。ただいまの時刻、16時過ぎ。我が子が学業を終えて帰宅する時間帯である。VRワールドにダイブするためのまったく新しい装着型機器のアミュスフィアを頭から外し、枕元に置いておく。それから伸びるUSBケーブルをノートパソコンから抜き、寝室から出る。

 

 正午過ぎからやっていて、それほど汗はかいていないからシャワーを浴びる必要はない。廊下を歩きリビングへ。そこから更に歩いてキッチンにある冷蔵庫を開け、1.5リットルの三ツ矢サイダーを取り出す。残り僅かだったのでラッパ飲みし、ラベルを剝がす。ラベルはプラスチックゴミのゴミ箱に捨て、空になったペットボトルは流しに置く。また冷蔵庫を開いて、今日の夕餉はどうしようかと考える。

 

 僕と僕の一人娘が暮らしているのは、愛知県は名古屋市瑞穂区。とあるマンションの二階にある角の一室。201号室である。僕は愛知生まれ愛知育ち。根っからの愛知っ子であるが僕の妻は東京生まれ東京育ちで、根っからの都会っ子。お互い愛知に住みたい東京に住みたいと何度も話し合いが行われたが、最終的に東京に比べれば物価が安い名古屋に住むことになった。名古屋に比べ、土地や家賃の相場がえげつない東京。マンションも例外にあらず。流石に無体ってものである。金銭面についていろいろな視点から話すと渋々了承してくれた。ちなみに最後の話し合いが行われた翌日、僕は消防士になるための試験に合格し、消防士になることが決定していた。愛知で。

 

 そして妻は蒸発した。我が子の、小学校入学式の日に忽然と姿を消してみせた。捜索願は出しているが、続報が来る気配は皆無。蒸発の原因は不明。ただ、リビングのフローリングに「ごめんなさい」と書かれたA4サイズのコピー用紙が落ちていた。

 

 僕は、現在30歳。消防士になって12年経った196センチの大男。子を持つ大男。頭はそれほど良くなく、もしかしたら子供に抜かれるかもしれない。

 

 娘は、昨日で12歳を迎えた小学六年生。髪を肩の高さで真っ直ぐに切り揃え、細いフレームの眼鏡をかけた才女である。頭の良さと目つきの悪さは母親譲り、背の高さと趣味がゲームなのは父親譲り、達観した視点と寡黙さは自身によるものである。身長は173センチ。デカい。しかし僕からは相対的に小さい。

 

 冷蔵庫の野菜室を見て、キャベツがあったから今日はロールキャベツにしようと頭の中で思うと、今度はチルドを確認する。よし、挽肉がある。牛と豚の合い挽き。ハンバーグ用に昨日買ってきたが、キャベツがあるので予定変更。

 

「ただいま」

 

 玄関の開閉音と、娘の声が重なる。僕は「おかえり」と返す。

 

「今日はどうだった?」

 

 冷蔵庫から夕餉の材料を取り出しながら、学校での様子を訊ねる。

 

「調理実習は、女子たちによる男子たちへの「邪魔」ボイスの大合唱。流石に男子が可哀想になるレベル。男子よりかは料理ができるってだけで踏ん反り返るんだもの」

「あーあるある。僕も小学生の時の調理実習で言われたなぁ」

「他の授業はいつも通りにつまらなかった」

「今は何勉強してる?」

「昨日数Ⅲを勉強し始めた」

「すごっ」

 

 この子は頭が良い。それはとてもとても。この年で文字式はおろか微分積分まで学んじゃうとは恐れ入った。数学ではない他の教科にも手を出していて、そのほとんどは義務教育の分を修了しているそうだ。いつ勉強しているのか聞くと、「学校で」らしい。もしかして授業中だろうか。ちゃんと板書をノートに写しているだろうか。聞いてみよう。

 

「ちゃんとノートに写してる?」

「そんなの無駄な作業だよ。写さなくても分かる」

「いやでも、ノートが提出物になるときってあるじゃん」

「ノートが提出物になる教科は()()()()と同時進行で写しているので悪しからず」

「そのレベルにまでとは……尊敬するよ」

 

 うちの娘に非の打ち所はないようだ。

 

 米は炊けていて、新しく米を研ぐ必要はないので、僕は夕飯作りを始める。今日も美味しく作ってみせよう。

 

 

 

 飯を食べ終え、Twitterに投稿した夕飯の画像に対するリプライ(返信のこと)をチェックしたあと、近々GGOで催される《スクワッド・ジャム》――略称SJの情報をチェック。

 

 GGOのイベントといえば、言わずと知れた最大のイベント《バレット・オブ・バレッツ(BoB)》があげられる。そいつの大会方式はソロのバトルロイヤルだが、スクワッド・ジャムはソロではなく分隊、つまりチーム戦である。これは極度のガンマニアであることで一部では有名な小説家が主催で、話を聞いた限りでは、その小説家がGGO運営であるところの詳細不明組織《ザスカー》に交渉を持ちかけたそうだ。自分がスポンサーになるのでこれこれこういうイベントを開催してほしい、と。そして結果的に、BoBクラスにまでは届かなくとも、それなりの注目度を集めるイベントに至ったのである。

 

 学校で早々宿題を終えて、リビングのソファに座って読書中の娘に訊いてみる。

 

「二週間後あたりに開催されるスクワッド・ジャムだけど、どうする?」

「出るか出ないかって?」

「うん」

「出るよ」

「そっか。じゃああとでエントリーしに行こうか」

 

 あとでとは、風呂に入ったあとのこと。今日は金曜日。金曜日と土曜日に限り、娘は夜更かしをする。自分のことは自分で管理できる娘は、いつも規則正しい生活リズムを送っているが、金曜と土曜は例外だそうだ。まあ学業になんの影響も出ていないし、逆にいつの間にか高校レベルを勉強しているし、問題ないだろう。背の高さも、規則正しい生活の賜物であろう。あ、遺伝っていうのもあるか。

 

 

 

 双方風呂に入り、頭洗って体洗ってタオルで拭いて、寝間着に着替えて布団に寝っ転がってアミュスフィアを被る。リンク・スタート!! ……という極めて重要な発言でもってやってきたVRゲーム《GGO》。実際、ダイブするときのワードは自分たちで設定できる。しかし娘の場合「()()()()()()」という理由で今もこの言葉を使っている。僕としてはあまりよろしくない思い出であるが、娘にしてみればまた違って見えるのだろう。

 

 ちなみに我が家のリビングには、よくない思い出でも()()()()()()()にするため、頭部全体を包むヘッドギア型フルダイブ装置――ナーヴギアがガラスケースの中に置かれている。

 

 ゲーム内の大きな酒場でSJのエントリーを済ませる。チーム名は《FoFF》。Family of Fire Fighter(消防士の家族)……という安直な意味を持つチーム名である。

 

 今更だが、娘の名前はれいな。GGOでもれいな。そして僕はポーレット。リアルネームは(てつ)

 

 そして、第一回スクワッド・ジャムが開催する二週間後は、思いの外すぐにやってきた。




 さてピンクの女性は言わずと知れたあの人ですが、何故逃げたのでしょうかね。
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