光を纏いし少年は漆黒の闇より舞い降りし転生者~もうひとりの王~―fate and destiny―《リリカルなのは編》 作:もぬ
わたしのママ。優しい人。大好きな人。
不器用な人だ。でもわたしはわかってる。あの人は――
意識が、だんだんと眠りから戻ってきた。
今になってはっきり感じるようになってきたことだが、俺にはアリシアの記憶があるように思える。
プレシアさんの説明から、最初はアリシアの記憶は無いんだと思っていた。だけど時折――優しい笑顔のあの人を思い出すことがある。
そんな顔を俺に向けたことは、無い。だからきっと、それはアリシアの記憶だ。
アリシアって……マザコンだったのかな。
いやいや。シングルマザーでまだ5歳だったんだ、優しい母のことが世界で一番好きだったのは当然だろう。マザコンという言葉は不適切だな。
アリシアの記憶を持つフェイトも母さん大好きっ子みたいだし、アリシアはとてもあの人を愛していたんだと思う。
だから。もしかしたらこの、あの人を想う気持ちは、自分のものではなく――
そろそろ、目が醒める。
身体に、知覚が、力が戻る。
瞼の裏から、外に光源があるのがわかる。
眠りから覚める時だ。俺は、ゆっくりと目を開いた。
「ん……」
『おはよう!! いやあ君の反応がどこぞの児童保護施設から感知されてね! 急いで引き取ってきたんだよ! なんだい!? もう私の娘になりに来たのかね!? 何、遊びに来ただけ!? お菓子食べるかい!? 何か贈り物でもしたいところだが、生憎今は忙しくてね! 少し手が空けば君の腕の一本や二本をドリルに改造してあげるものを』
「マジか」
目を開けて最初に見たのは、視界いっぱいに広がる不審者の顔であった。
正確には、不審な人物――ジェイル・スカリエッティ博士の迫力あるご尊顔がアップになった空中ディスプレイが、目と鼻の先に出現していた。
気絶して再び夢の中へ舞い戻ることにならなかったのは、この鍛え抜かれた鋼の心臓のなせる業だと言って良い。
『フフ、冗談だ』
本当に冗談かな……。
見る度にいつも全身で変態というものを体現しているスカリエッティ氏だが、目は常にマジな気がする。
マジで、危ない人である。
身の危険を覚えるこちらをよそに、ドクターはいつもの、笑いを含んだような声色で話し始めた。
『突然のことに驚いているかい? 今君がいるのは、私のラボのひとつだよ』
なぜ。少し脳内を整理する。
確か……そうだ。あの人から電撃をくらって、その後――……
『君はプレシアに捨てられたんだろう? 勿体ないから、私が施設からさらってきたわけだが――』
捨てられた。
生きたまま、時の庭園から追い出されたんだ。
そこを、ドクターに見つかって、お持ちかえりされたらしい。この人ならいつかやりかねんと思っていたからか、意外と驚かないものだ。
というか勿体ないからって何だ。
『――まだ君の意思は聞いていなかったね。もし、どうしても外の世界でやりたいことがあるのなら、ここにいることを強制したりはしない。これから何をするのも君の自由さ』
あれ。
誘拐してきたくせに、おかしなことを言う。誘拐した意味はあるのか。
「それは、また。なんで?」
『私も、何かに縛られるのは嫌いだからね。親愛なる君を縛り付けるような真似はしない』
「はぁ」
ホントかよ。この人が口にすることって、全部うさんくさい。
そうやって常に不気味な薄ら笑いを浮かべているところを見ると、なんだか不信感が膨らむ。
『私が言いたいのは、君が私の研究対象でいてくれるなら、その間の生活は保障しよう――という提案だ。君のこれからに、一つの選択肢を投げかけているんだよ』
「……え」
『何、私の元で暮らすにあたって、命の危険は絶対に無い。他に行くところの無い君を助けたいだけさ』
とんでもなく怪しい匂いがする提案だ。
……それでも、何も無い人間には、救いになるのだろうか。
『では、この辺で失礼するよ。これから何をするのか、自分の頭で、じっくり考えるといい』
その言葉を最後に、ディスプレイは消えた。
「……ふう」
体を起こして周りを見る。
暗く飾り気のない、独房のような部屋だ。そこのベッドに寝かされていたらしい。
あんなことがあったというのに、気分は落ち着いている。なんでだろう。状況が急変し過ぎて、ついていけてないだけかもしれない。
とりあえず、再び寝台に横になり、天井をぼんやりと眺める姿勢になる。
「……自分の頭で、か」
――これからは、自分の思う通りに、生きなさい。
そうは言われたが、目が醒めてからずっと、わけもわからないまま流されてきた俺には、自分は何をすべきなのか、何をしたいのか、全然分からなかった。
この世界の俺には、何も無い。未来から目を逸らして、自分では何も考えずに、ただ、生きていた。
だけど、今はどうだろうか。
あのとき、俺はあの人に、なんて言おうとした?
「レプリお嬢様、食事の方をお持ちしました」
静かな空間に、扉をノックする音と女性の声が聞こえた。
慌てて思考を中断し、飛び起きて自分の身だしなみを確認する。あの人のお遣いから帰ってそのままだったから、外行き用の格好だ。問題ない。
「ど、どうぞ」
「失礼します」
自動開閉のドアが開く。トレーに料理を乗せて立っていたのは、以前に来た時にも会った、ウーノさんという若い女の人だ。
ウーノさんは俺と目を合わせると、ひとつ笑みを浮かべてから部屋に足を踏み入れ、台に食事を用意してくれた。
美人は卑怯だ。正直、食べ物に何が入っているかもわからないというのに、ニコッと笑いかけられただけでホッと安心感を得てしまうのだから。
食べ終わったら呼びつけてくださいと言い、ウーノさんは部屋を後にしようとする。
が、そうはならなかった。ふいに、この人に聞きたいことが思い浮かんだ俺が、呼び止めたからだ。
「ウーノさん、ドクターのこと好きですか」
相手にとっては、急に話しかけられたと思ったらこれだ。少し面食らったのだろう、数瞬の間が空いたが、それからウーノさんはちゃんと答えてくれた。
「はい、好きですよ。娘として、秘書として、いずれ偉大なことを成し遂げるあの方を尊敬していますわ」
「変態なのに?」
思ったことがストレートに口に出た。ドクターは、人に遠慮をさせない空気というものを持っているタイプなのかもしれない。あれ、それって慣れ親しみやすいってことになるか? それはおかしい。
と、気に障るようなことを言ってしまったかと思ったが、ウーノさんは苦笑しながら答えてくれた。子どもの言ったことだから波風立てずに流せるのかもしれない。
「そうね、何かに夢中になると、他に目が行かなくなる性質ですけど、それもあの方の魅力の一つなんですよ」
うーん、ものは言いようだな。
だが、本当に聞きたいのは次だ。
「ウーノさんはドクターが造った戦闘機人なんですよね。だから、その」
さすがに、これを聞いたら怒るかもしれない。そう思って一呼吸分のためらいができる。
ええい、言ってしまおう。
「失礼を承知でお聞きするんですけど……それって、刷り込みってやつじゃないですか?」
創造主を愛することを強制されているのではないか――その感情は、本当の気持ちとは言えないのではないか、という問いかけ。
それに対してウーノさんは……怒り出す事も無く、ふむ、と考えるような仕草をした後、やがて口を開いた。
その表情は、真剣なものだ。
「私達はただの戦闘兵器ではなく、人間として自由な思考活動を行うことを許されています。私は生まれたその瞬間からドクターに好意的だったというわけではありませんし、妹たちがドクターに抱く感情も様々です。いわゆる刷り込み処理はありません」
ですから、と間を置き、ウーノさんは手を胸に当てて穏やかな表情で続けた。
「あの方と共に理想を追いたいという想いは誰に与えられたものでもない、私の内からの感情。私は心から、あの方をお慕いしているのです」
「……おお」
顔が熱い。あてられた。
ただの悪役サイボーグだとか思っていたけれど、そんなことはない。みんなそれぞれの想いを持っているんだ。
あんな風に惚気られたら、そう思わざるを得なかった。
変な質問をしたことを謝ると、ウーノさんは構わないと許してくれ、この部屋から退出していった。
再び静かになった空間で、思考に埋没していく。
自分は何をすべきなのか。何をしたいのか。全然分からなかった。目が覚めてからずっと、わけもわからないまま、流されるままでいた。
けれど。
最後にあの人の顔を見た、あのとき。やっと自分の気持ちが、願いがわかったんだ。
――ずっと、一緒に居たい。優しい母さんと一緒に。
それが、私自身が、本当にしたいこと。
答えは出たけど、少し、悩んだ。この気持ちは、元はと言えばアリシアの記憶から零れ落ちたものかもしれない。他人からの借り物の感情に過ぎないのかもしれない。そんなことが頭を過った。
だけど。
「誰に与えられたものでもない、私の内からの……」
それでも、この願いそのものは本物だ。それがアリシアのものでも、心から湧き出た想いであることに変わりはない。そして――
その想いを大事にしたいと思ったのは、他の誰かじゃなくて、俺自身なんだ。
「よし、決めた」
行こう。そう決心して腰を上げる。
……もうシナリオをはっきり思い出すことも出来ないけれど、自分は本来ここにいるはずの無い存在だ。このままフェイトやアルフ、プレシアさんと関わりなく、どこかでひっそりと生きる。あるいは死ぬ。それが正しいカタチなのかもしれない。そんなことを考えて、フェイトと距離を置いてみたりもした。
まぁ、今思えばあんなの、バカな行動だった。
もうこの縁は切れない。今更正しいカタチなんて知ったことか。
今、俺には願いがある。誰のためでもなく、私自身のための願いが。
だから、行く。
ここから自分を、始めるんだ。
「あ」
ぐう、と腹が切ない呻きを一声あげた。
そういえばせっかく出してもらった食事に手を付けてない。
力強く立ち上がったときの動きをそそくさと巻き戻して、ありがたく頂くことにした。
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一息ついたところで、再び顔に気合を入れ直す。キリッと。
まずは母さんに会って、話をしなくちゃいけない。あの時は気持ちの全部をぶつけられなかったから、あんなことになったんだ。
まだ終わってない。きっと想いは伝わるはずだ。
……いいや、というか伝わるまで諦めない。もし拒まれても、今度は強制転移で追い払おうったってそうはいかない。バインドで縛りに縛ってから、あの人が折れるまで四六時中、俺やフェイトという健気でお利口な娘の存在について耳元でプレゼンテーションしてやる。
まず転移で時の庭園にとんぼ返りして――
「って、デバイスが無いと何にも出来ないじゃん……!」
今、ちゃんと持っているのだろうか。焦りながら全身をあちこちまさぐる。と、手のひらに収まるサイズの小さなブツを発見。待機状態のラブリュスだ。
「おお……無事だったかマイバデー」
ちかちかとクリスタルを点滅させて応えてくれる。本当に頼もしい相棒だ。最近は頼り過ぎだとよく本人(本デバイス?)から注意されるが……。
ともかく、こいつがいてくれれば転移は出来る。
「さて……ドクター! ドクターァ!! もしもし!!」
『呼んだかい』
「うわっ」
また、目と鼻の先に映像が現れた。もうちょっと離してもらわないと困る。
「んんっ……えっと、スカリエッティさん。まず、この度は行き場の無くなった私に対し、懇意にして下さって、ありがとうございました」
拙いながらもまずお礼を言う。
これからの身の振り方についてひとつの案をくれたのは、この立場からすればありがたいことだ。
「それで、これからどうするか、なんですけど」
自分の頭で決めたことを、口にする。
「母さんに、会いに行きます」
それを伝えると、少しだけ……ほんの少しだけ、ドクターは驚いた後、いつもより一割増し真面目な顔になったように見えた。
『……さっきも言ったが、君はプレシアに捨てられた。それを承知で行くんだね?』
「はい」
『そうか……フフフ、ハハハ』
「あははは」
なんか笑い出したので、とりあえずのっておく。
『すばらしい。君のその決断を、私は尊重しよう』
「……ありがとうございます」
なんというか。
意外と今日は誠実な対応をしてくれた。
この人、変態が極まり過ぎているだけで、本質は悪人ではないのかもしれない。
無事ことを終えたら、お土産くらい持って行こうか……いや、やっぱり怖いな。よく考えたら誘拐されてるし。騙されるな自分。
さて。
もう話すことは無い。ならば先を急ごう。
「じゃあ、もう行きます。お世話になりました」
『また会えるのを楽しみにしているよ』
「……ブリ、お願い」
聞かなかったことにして、転移魔法の発動シークエンスに入ることにする。
移動する次元座標の値の入力処理を、ラブリュスに任せる。自分で読み上げるのはめんどくさい、というか座標忘れた。
《移動座標の固定が完了しました。発動タイミングを使用者へ》
「おーけー。えーと……開け誘いの扉。テスタロッサの主の元へ」
目を閉じて、準備を終えた魔法を発動する。
跳ぶ寸前に、声が耳に入った。
ドクターからの最後のあいさつだろう。
『何かあったら、いつでも頼りたまえ!』
嫌だ二度と来たくない。
あれ。
なんかこのやりとり既視感あるな。
――空気が変わった。あの陰湿な雰囲気のラボから外へと、無事ワープすることに成功したのだろう。
瞼越しに、まぶしい陽の光を感じて目を開ける。
「……え?」
しかし。
目の前に広がる景色は、見慣れた荘厳な建造物ではなく――それが存在していたことを示すような、大きな、大きなクレーターだった。
「えーっと。これは……えー……」
家が無い。
物理的に、忽然と、無い。
「場所、間違えた?」
《いいえ、間違っていません。時の庭園は次元間移動が可能です、おそらくどこかへ移動を始めたのでしょう》
移動庭園……そういえば、そんなことをリニスかプレシアさんから聞いた気がする。本当にあんなのが、色んなところに生えてたでっかいトゲトゲごと、天空の城みたいにどっかに飛んでいくとか……自分がすごい所で暮らしていたことを自覚する。
それで――人が寝ている間に、さっさと引っ越していったというわけか。
「もう二度と会うことは無い、っていうのはそういう意味か……ラブリュス、庭園に転移って出来るかな?」
《不可能です》
「なんで?」
《記録している時の庭園の座標はここのみですから、別の場所に行かれては打つ手がありません。まして次元空間を移動中であれば現在地の座標は一定ではありませんから――》
「うん、わかった。大丈夫、打つ手はある」
打つ手は、ある。
何故なら、これからのあの人の目的を、俺は知っている。ジュエルシードだ。そしてそれにまつわる『物語』も、知っている。
今からならきっと、先回りすることが可能だ。
「もう一度転移魔法を使う。目的地は別の次元世界。名前は『地球』」
《了解しました――3件、該当の異世界があります》
「日本っていう島国があって、えーっと……海が多い星なんだ」
《第97管理外世界と判断。日本列島のどちらへ転移しますか?》
「……えーっとお」
どこだっけ。
さすがに舞台となる街の名前までは覚えていな……いや、待て。
なんかキテる。
今なんかビビッときてる。思い出せそうで思い出せないときのもやもや感に今包まれてる!
「う~~~、あぁ~~~~」
《大丈夫ですか?》
「待って! 今話しかけないで!」
リリカルなのは、物語の舞台、という検索ワードに対して頭の中で引っかかる単語……
『鳴』……『海』……『鳴』……
「ナル、ミ……! そうだ、鳴海だ!」
町の名前は鳴海。完璧に思い出した、間違いない! 思い出せそうで思い出せないものを思い出したときのすごくすっきりした気分だ。
――良かった。折角目的を見つけたんだ、いきなり躓くわけにはいかない。
《該当する地域を発見、座標を検索中……特定しました。転移魔法を使いますか?》
「ああ、善は急げだ!」
目を閉じ、呼吸を整える。魔法陣が現れる時の綺麗な音やアルトセイムの風をはっきりと感じ取れた。
……ここは本当に良い所だ。少しの間離れてしまうことになるけど、いつかまた、ここに帰ってきたい。
起動した転移魔法にデバイスの補助を加え、問題なく発動プロセスを通過していく。
やがて、ふわりと身体が浮くような感覚とともに、草木の匂いが遠くなっていくような気がした。
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「よろしかったのですか?」
かの少女が去った後、秘書はふと尋ねてみた。
一度手中にしたモノをみすみす逃がすなど、らしくない真似だ。
問われた男は身を震わせながら、歪んだ口の端からくつくつと笑いを漏らす。
「彼女の身体を診ることは後からでも出来る。またいつか、ここに連れてくるだけの事さ」
暗い室内に、哄笑が響き渡る。
レプリが初めてここを訪れた時、その身体にはスカリエッティの手によってナノサイズの発信器が埋め込まれていた。専用の受信機を使うことで、ある程度の次元世界を跨いだとしてもその位置を把握することの出来る代物だ。主要管理世界内であれば詳細に位置を知ることすら可能である。