光を纏いし少年は漆黒の闇より舞い降りし転生者~もうひとりの王~―fate and destiny―《リリカルなのは編》   作:もぬ

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13話 海鳴へ

「はぁ、はあっ」

 

 もう、どれだけの時をこうして歩き続けただろうか。

 日はとっくに沈み、辺りはすっかり闇に包まれている。

 疲労がたまった脚は棒のよう。一度立ち止まればしばらく歩き出せそうにない。

 だから探す。探し続ける。

 ――あった。

 自動販売機を発見。おつり返却口に手を突っ込むも、成果なし。次に、デバイスを展開し自販機の下をあさる。

 

「……!」

 

 掻き出す。街灯の光を照り返すその鈍い輝きはまさしく、100円玉。

 

「ウオオオオオオ!!!」

 

 歓喜の雄叫びを上げる。なんともはしたないものだが、内から溢れる喜びを抑えることが出来なかった。

 

「アッ……アッアッ……」

 

 立ち上がり、震える手を押さえつけながら、命を削ってかき集めた小銭を、投入していく。

 

「オアアアアアーーーー!!!」

 

 ゴトン、という心地の良い響き。生まれいでしは夢にまで見た清涼飲料水である。二度目の雄叫びが出た。

 手に取り、思わず頬ずりする。ああ。冷えている。久々に味わうこの冷たさに生の実感が見出せた。

 ここまで楽しんだら、後は飲むだけ。栓を開けようとプルタブを弄るが、かなりご無沙汰なせいかいまいち力が入らず、開かない。この数秒が非常にもどかしい。

 

「ンン……ンンンン……ウワアアアアアア!!!」

 

 奮闘の末、開けることに成功した。

 カシュ、という気持ちのいい音に息を呑み、やがて口に運ぶことを決意する。

 はやる気持ちを抑えつつ、すぐに無くなってしまわないよう、慎重に……ああ、止まらない、喉に染み渡る爽快感、胸を涼やかにするこの感覚!

 

「うまい!」

 

 心からの偽らざる感想が口をついて出た。脳直コメントとも言う。

 思えばここ数日、人間らしい言語を使っていなかった気もする。この缶ジュースが自分を知性ある生物へと戻してくれたのだ。

 餓えと渇きの向こう側――そこには、生きていることの素晴らしさがあった。

 

「……って、ちがーう!」

 

 空になった缶を地面に叩きつけ、己へのツッコミを口にする。それは缶が地面にぶつかる間抜けな音と共に、人通りの少ない路地に虚しく響いた。自分の心も虚しくなった。

 そして缶を拾う。ポイ捨てはいけない。

 

 ――さて。

 いつからジュエルシード探索は小銭探索になってしまったのか。最初の数日は確かに、ジュエルシードを探していたはず。

 しかし、探せども探せども見つからないのである。あれから何日経っただろう。サーチの範囲を街の外にまで広げたほどだから、かなり長い間探索に勤しんでいると思う。

 思い返してみれば本当につらい日々だ。これまでのゆとりに塗れた人生の中で、今が最も苦境に立たされている時期かもしれない。

 風呂の代わりに公園の水道で水浴び。補導というか保護しようとする善良な大人からはブリッツアクションで逃げた。餓えは鳩に餌をやろうとした爺さんからのパンの耳だったり、近所の子供たちからお菓子を恵んでもらったりして凌いでいる。今気付いたが俺は親に内緒で買うペットか? いつの間にか人語を発さなくなっていた理由がここにある気がする。

 公園の鳩を狩ったり、盗みをやろうかと考えた事もあるが、やめた。なんかこう、文明人としてのプライドがね? 逆に言えばそんな自尊心を保てるくらいの余裕はあったのかもしれない。

 リニスに褒められた髪も今じゃボサボサ、あとこころなしか痩せた気がする。8歳児の身体には、環境がよろしくない。公園のトイレで鏡を見ると、何故か涙が出てしまう。そしてそんな鏡の中の貧困に苦しむ少女の姿が自分とは思えず、さらに涙を誘うのである。二重に泣ける。

 と、そんなふうに悲しみに浸る余裕も実はあった。意外と状況を楽しんでいたのかもしれない。

 そんな感じでなんやかんやありつつ、ジュエルシードが欠片も見当たらないので、今はまだこの街に散らばっていない、という考えに至った。ジュエルシードは街にもともと眠っていたアイテムではなく、何らかの要因でどこからか落ちてきたモノだった、ということを思い出したのだ。

 そして時期が来るまで、まずは生き残ることを考えようということで、ジュエルシード探索は小銭探索にシフト。

 以上が、ここに来てからの記録である。

 

「それにしたって遅い」

 

 時刻は夜。今日の探索も終えて休憩していると、抱えていた不安が口をついて出た。

 あの人が次はジュエルシードだって言っていたはずなのに、まだこの街に散らばっていないというのはおかしいんじゃないか。

 何か間違っているのだろうか。アニメのストーリーの記憶違いもあり得るかもしれない。今や殆どうろ覚えだ、何かにメモしておくべきだったか。

 ――まさか、とは思うが。

 もう事件は全部終わっていて、母さんは、もういない――なんてことは。

 最悪の想像だ。経った日数がそれなりだから、ついそんな嫌なことを考えてしまう。

 

「こんなんじゃダメだ。しっかりしろ」

 

 今は待つことしか出来ないが、後ろ向きな気持ちではジュエルシードへの対応もうまくいかないかもしれないし、あの人にも真っ直ぐぶつかれない。

 きっともう少しの辛抱だ。頑張って気を強く持とう。

 

 ところで、この頃独り言が増えた気がする。ラブリュスはもっと私の独り言に反応してくれたっていいんじゃなかろうか。出会った頃よりつれなくて正直寂しい。自販機の下を掻き漁るのに使ったのを怒っているのかな?

 などということを考えていると、まさかそれを察知したのだろうか、ラブリュスが何か語りかけてきた。

 

《北東へ約800キロメートルの地点で小規模次元震と思しき魔力爆発の発生を感知》

「っ……!」

 

 魔力爆発に次元震!? ついに、ジュエルシードが来たのだろうか。

 ん? ちょっとおかしな点が。

 

「何が何キロメートルだって?」

《北東へ約800キロメートルの地点で小規模次元震と思しき魔力爆発の発生を感知》

「……それ、遠くない?」

 

 上空へ高度800キロ、とか、ではなく? 

 この街から出ちゃうどころの話ではない。かなり都道府県をまたぐことになる距離だ。

 

「おっかしいなー」

 

 ジュエルシードだとしたら、遠すぎる。あれはこの街に落ちてくるはずだ。ということは……もしや、ジュエルシード以外の災厄がこの世界に起きたのだろうか。

 そうなると、己はひよっこと言えど管理世界の魔導師。管理外世界で魔法関連のトラブルを見逃すわけにもいかない。そういう風にリニスから教わった。

 ……いや、俺が前提を間違っていて、これがジュエルシードの可能性だって十分ある。

 現場へ行くべきだ。

 

「ブリ、転移魔法を使う。そこまで跳べるかな?」

《次元震の起きたばかりの空間へ転移することは安全のために推奨しかねます。一晩ほど時間を空けることを提案します》

「そこをなんとか。早く行きたい」

《おおよそのエリアしか割り出せていないため、ジャンプ後の地点は爆心地から数キロメートル程離れたポイントになることが予測されます。よろしいですか?》

「はい、よろしいです」

 

 現場に行くには、到着した先で魔力の痕跡を探ればいい。

 座標をラブリュスに任せ、人気の無い影を見繕って陣取り、魔法を始動させる。

 

 

「んん……寒っ」

 

 冷たい風が身体を撫でる。

 先ほどまで居た場所とは気温が異なるのだろう、今の格好はこの地域では薄着すぎた。

 周りを見ればここはコンクリートジャングル、屋外、そして高所。雑居ビルかなにかの屋上のようだ。

 バリアジャケットに設定しているマントで身体を覆いつつ、ビルの淵へと歩を進める。

 おお、都会。

 そこから見下ろした町並みは、まあとくに目立った特徴も無い現代日本のオフィス街だった。

 先ほどまで滞在していた街に比べて、人口密度も高い。早足で行きかう人々は皆どこか忙しそう。高層ビルも乱立している。この景色が、夜の摩天楼というやつだろうか。

 つい最近まで静かな広い山の奥に4人ほどで暮らしていた、言わば田舎者の自分の基準では、ここは都会と言える。

 

 早速、付近の調査をすべきだが――それにしても人が多い。子どもが出歩くに遅い時間だし、さらにあちこち汚いこのみすぼらしい姿だとすぐに補導されてしまいそうだ。

 人がいなくなる時間帯までここで足を止め、サーチャーでも飛ばそうか。

 そう思考を進めつつ眼下の大通りを眺めていると、視界に青標識が入り込む。注視する――が、微妙に遠くて見えないので、デバイスに長距離射撃用の魔法で視覚を補助してもらうと、この街や周辺地域の名前と思しき名称が読み取れた。

 ローマ字とミッドの字はいくつか似ているものがある、というのはこの間確認したことである。

 

「ウ・ミ・ナ・リ。海鳴市、か……あれ?」

 

 その響き、字面に何か引っかかるものを感じ、足が止まる。

 海鳴市。現在、魔法的トラブルが起きているっぽい地域の名前。

 鳴海町。何日張っても一切の魔法的痕跡が見つからない地域の名前。

 

 似ている。

 どちらも街の名前に使っている記号――というより、おそらくもう読めなくなってしまった漢字だと思うのだが――に、『鳴』という字と『海』という字が使われている。

 ……まさか。

 ジュエルシードが散らばる場所は、鳴海町ではなく、海鳴市?

 

===============================

 

 街に残された魔法使用の痕跡をじっくり絞り出す頃には、人が出歩かない時間帯になっていた。あくびを漏らしつつ、夜の市街を建物の上から上へと移動する。

 どうもさっきまで、この辺りに空間隔離の結界が張られていたようだ。街中でのトラブルを防ぐためだろう。魔導師がドンパチやっていたのかもしれない。例えば、フェイトと誰かが。

 結界を張っていたのにもかかわらず、800キロ離れた場所でもデバイスが異常を感知したことから、相当の魔力を内包した危険物――高ランクのロストロギアが関わっていることが想像できる。

 ということは、やはり。

 

「出遅れた、か。はぁ~っ」

 

 ジュエルシードの回収は、既に行われている。

 海鳴を鳴海と間違えて覚えていたらしい。とんだ間抜けである。もう自分の記憶を当てにしない方がいいな。

 

 しかしもうやり直しは効かないんだ。さっさと気持ちを切り替えていこう。何もジュエルシードを自分で集めるのが目的ではないのだから。

 ジュエルシード探索を続けていけば、いずれフェイトとかち合うことになる。それが当面の目当てだ。あの子に手伝って貰わなければ話は始まらない。

 失敗は痛いものだが、道がはっきりと見えてきた。

 今夜、ようやくスタート地点に立てたのだ。この街に来られたなら、やれることは沢山ある。

 

 足を止め、探査のためのディスプレイの見すぎからか疲れた眼を抑えて上を仰ぐ。

 目を開くと、綺麗に弧を描いて輝く月が見えた。

 まだ、夜は長い。

 

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